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第7話 どんな奴であれ、死んでいいはずがない

開拓村、南部戦線にて、


「チクショウ!チクショウ!!」


傭兵団兼冒険者団“獅子の牙”団員のベートは、逃げていた。


あいつ(オーガ)さえいなければ…!)


中級冒険者でもあるベートは、オーガの従えるゴブリンに追い回されていた。


ゴブリンなど怖くはない。しかし、これと応戦すれば足を止めることになる。


今は“獅子の牙”の中でも団長を除いて打ち合いに自信のあるゼシーが、ボコボコにされながらもオーガの足を止めてくれている。


そのお陰でなんとか逃げられているが、それも時間の問題だ。


そのオーガは尋常ならざる巨体を誇り、まるで岩石の塊が歩いているかのようだった。その顔に刻まれた不気味な皺と、獲物を捉える金色の瞳は、獲物の恐怖を煽る。


オーガは鈍重だが、それは行動の切り替えが遅いだけで一度追いかけられ始めたら機動力に自信のあるベートといえど簡単に追い付かれるだろう。


「すまねぇ、すまねぇゼシー!」


団長が居れば、他に強者がこの場にいれば、考えてもしょうがないことがベートの頭を駆け巡るが、それでも逃げるしかない。


昨日自分より小さなガキに謝罪をさせられて苛立っていたのは認める。件の後でギルドで調べたが、どうも“上級冒険者”だったらしい。


(あんなガキでも上級冒険者を名乗れるなんてな。)


だからこそオーガが現れた時、中級冒険者でも実力派2人であるゼシーと自分なら時間稼ぎ、なんなら討伐だって可能ではないかと殿を勤めたのだ。


だが結果はどうだ。ベートは片腕を折られ、ゼシーはボロボロ、「逃げろベート!」そう言って本当の殿を買って出たゼシーに生かされて逃げる自分の何と情けないことか…


「グハッ!」


聞こえてくるゼシーのやられる音。


「ゼシー!」


振り返れば、ゼシーは力無く地面に倒れ込み頭から血を流している。


そしてオーガの金色の瞳は早くもベートに狙いを定めている。


「チクショウ、チクショウ!誰か!誰かゼシーを助けてやってくれ!!!」


こだまする残響、届かない声、くだらないプライドで自分と大切な仲間を殺す、これが自分の運命だというのだろうか。


「そのくらいならせめて!」


この追って来るゴブリンを切り殺し、潔くオーガと戦って死のう。これでも元は傭兵団、覚悟を決めるのがゼシーより遅かっただけでいつでも死ぬ準備はできている。


もしかしたらオーガが自分を仕留めて喰らうことでゼシーが助かるかもしれない。


決死、その覚悟で振り返り、片腕に握りしめた短刀で追って来るゴブリンを蹂躙しようとして。


「グガガッ!!!」


一本の矢が、ゴブリンの頭蓋を貫いた。


「ヘッ?」


何処からだ?周囲を見渡すが、人影はあまりにも遠い。当然だ、殿を務めた自分たちを置いて周りはできる限り逃げたのだから、


「ガガッ!」


しかし再び届く矢は、雨粒ほどにしか見えない遠くの人間から射かけられたものだ言っている。


そして、その雨粒は信じられない速度で人の姿をして近寄って来て、しかし近くに来てもまだ小さかった。


「走れクソ野郎ッ!!!!!!!!!!!」


その小柄な姿を確認した時には、ベートを追うゴブリンは全員射殺されていた。


しかし直後ベートに近づく巨体の影、オーガの追撃だ。


(終わった。)


流石に間に合わない、そう思ったベートは、凄まじい衝撃で体を吹き飛ばされたのを感じた。


当初オーガにズタズタにされた衝撃かと思ったが、違う。信じられない速度で駆け抜けて来た少年に抱き飛ばされ、共に地面に投げ出されたのだ。


直後、先ほどまでベートがいたところを薙ぎ払うオーガのフルスイング。そのまま突っ立って居たら死んでいただろう。


「お、オマエ…!」


小柄な救援の正体がウィルだと気付き、何でオレを助ける…!ベートはそう言いたかったが、それどころではない。


「グォオオオオオ!!!!」


目標を仕留め損なったオーガがその巨体に相応しい巨木を棍棒代わりに振り翳し、2人目掛けて叩きつけて来たのだ。


『グシャアァァン!!』


しかし、その一撃を少年は飛び起きて立ち上がり、体勢もままならぬ状態から剣で受け止めてみせたのだ。


「オラァァァアアア!!!!」


そして響く怒号と共に、オーガの棍棒に比べれば針のようにしか見えない剣で、その木を振り払ったのだ。


あまりにも現実味のない光景に、ベートは瞠目するが今は修羅場である事を思い出し、冷静になる。


「お、オマエが打ち合ってる間に、援護する…!」


痛む全身に鞭打ちながら、援護に入ると伝えたのだが。


「邪魔だ!!下がってろ!!!」


直後鳴り響く少年の凄まじい怒号。その声に込められた熱量は、昨日食堂で怒っていた時の比ではない。


「は、はい!」


ベートはまるで団長に怒号をかけられた時のように、言う事を聞いて下がるしか無かった。


オーガ、危険な魔物であり、安全な討伐には上級冒険者に加えて他にも中級冒険者がいることが好ましく。上級冒険者が居ない場合は、討伐依頼を受けられない。やむを得ず接敵した場合は生存を最優先するべし。


これが冒険者ギルドがオーガに対してかける評価だ。



〜〜ウィルが凄まじい速度で駆けていった後の冒険者ギルドにて、


「いくら上級冒険者とはいえ、子供一人に任せるなんて危険だ!誰か他にも援護に向かわせるべきだろう!」


辿り着いた伝来が、ギルドの受付にそう伝えて居た。しかし、


「あのな。なんであのガキが一人で依頼を受けてるとと思う?」


各支部のギルド内で共有されるウィルの情報をすでに調べていた受付はまるで取り合わず質問を質問で返す。


「そりゃあ、あの性格だ。パーティーなんか組めないだろ。」


帰って来た答えは皆の目にも痛烈に映る少年の性格。


「…まあ、それはそうだ。その通りだ。だがな、あいつは上級冒険者ですらチームを組んで受けるような依頼を一人で受け続けてるんだぞ。」


そこで伝来の男も受付の引いてはギルドの意図を察した。


「そりゃあつまり…!」


「ああ、あいつは、上級冒険者の中でもトップクラスの実力を持ってる、そうギルドは評価してるんだ。」




「おおッッッ!!!!」


再び振り抜かれた木の棍棒に対しウィルの黒剣による一閃、圧倒的な膂力から繰り出される斬撃で棍棒を中央から真っ二つに切り裂く。


「グガガッ?!」


想像の埒外の反撃にオーガは驚愕し、頭の中に一瞬逃亡が過ぎるが、鈍重なオーガが下す判断はあまりにも遅過ぎた。


「よっせい…!」


半分にして尚巨大な棍棒を、ウィルは片手で持ち上げると。


「死ぃねぇぇぇえええええええ!!!!!」


一投、その投木速度は先ほどのオーガの振り回す速度を上回り『グシャア』かつ、狙いも正確、頭を潰されてオーガは容易く絶命した。


「これが、上級冒険者…。」


その一部始終を眺めて居たベートは驚愕と共にその光景を見ていた。ベートは自身を上回る実力を持つ人間を、よく知っている。自分たちの団長がそうなのだから。


しかし、彼はその中でも上澄み、特別な存在なのだと信じて疑っていなかった。そんなことはなかった。


中級冒険者と上級冒険者の壁は広い。中級冒険者までの相手する魔物であれば、下級冒険者以下が集まることで討伐できることが多い。


だが、上級冒険者の相手する魔物は違う。必ず上級冒険者以上の実力を持つ者が居なければ討伐できないのだ。


“問題児”のウィル、そんな二つ名を付けられつつある彼は、そんな上級冒険者に認定される、問題児である。


「おい嫌な奴!お前自分で治療できるよな?」


再び響く怒号。


「お、おう。もちろんだ。」


「ならさっさと人を呼びに行け!相方の治療をするんだよ!」


「あ、ああ勿論だ。」


痛む全身(特に折れた右腕)をさすりなから、何とか、遠くに避難していた人だかりのもとに辿り着く。周りの人間は殿を務めたベートを労り、手当てをしようとするが、


「違う!オレじゃない!ゼシーの!相方のために手当の用意をしてくれ!オレなんて後でいいんだ!!」


少しして、


「ほらよ、運んで来たぞ。医者はいるか?」


ベートが医者を呼んで少ししてウィルがゼシーを抱えて医療テントまで運んで来てくれた。


明らかに運ぶ者と運ばれる者の体躯の差が合っておらず、運び方が適切ではなかったため、


「グフッ…!」


運ばれるゼシーが明らかに苦しそうだった。しかもその小さい手で患部の一部を掴んでいるのだからタチが悪い。


「うわぁぁああ!アンタどんな運び方してんだ、下ろせ下せぇ!!って痛みで意識が戻った!」


響く医者の絶叫。


「うぉぉぉおおお、ゼシーーーーぃいいい!」


轟くベートの絶叫。医療現場は混沌を極めていた。



「アンタのおかげで、ゼシーが助かった。ああ、勿論オレもだ。感謝してもしきれねえ…」


とはいえウィルたちの迅速な判断でゼシーの容態が安定し、少ししてベートは別のテントでウィルに“土下座”をしていた。


だがウィルは、


「別に、当たり前の事をしただけだ。」


そう本心を返した。


しかしベートはとてもではないがその顔を直視することができなかった。さんざ馬鹿にして、勝手に腹を立てて、相棒共々死にかけたのだ。この子供相手になんと言えばいいのか分からない。


「相方が死ななくて良かったな。」


愛想が悪く、怒りやすいだけで、いい奴なのだ。目の前の少年は。そんな人間にベートができることなどあるハズがない、あるとしたら間違った物言いを訂正する事だ。


「弓でもだなんて、」


「ん?」


土下座をして、顔も見れないままベートは言った。


「弓でもだなんて馬鹿にして済まなかった。あんたの弓は、手の届かない人を助ける事もできるんだな。」


「?!」


その言葉を聞いた自分は、どんな顔をしていたのだろう。


「…あの暴言を許して欲しいだなんて言わない。ただ、あんたは立派だよ。ウィル君。」


嫌いな奴だが、やはり褒められて悪い気はしなかった。


「ウィル様、な。もし次会った時はそう呼んでもらうぜ。じゃあな。」


ウィルがそうして去った後も、ベートはずっと頭を下げたままだった。


「おいベート、ベート、大丈夫か?この野郎。」


そのまま疲労で気絶してしまっていたらしい。目を覚ました時、ベートは医療テントのベットの中だった。


ふと団長リュースの声がしてベートは目を覚ました。


「オーガと2人で戦ったと聞いたぞ。誰かに助けられたそうだが、よく生きながらえたな。しかも殿を務めるだなんて、やるじゃねえか。」


いつもなら嬉しい団長の賞賛が今はただ恥ずかしい。


「違うんだ、違うんだ団長…」


「おうおう、荒れてんな。まあ話は後でゆっくりと聞くから。その前に一つ、助けてくれた奴はどこのどいつなんだ?」


ただ敬愛する団長は少し焦っているような気がした。


「団長?どうしたんで?」


「いや何、どうもそいつゼシーの奴を手当する前に超高級なポーションをかけてくれてたみたいなんだが、いやそれが本当に高級品でな、流石にそのままには出来ねえんだ。同額以上の金を包まねえと流石に申し訳が立たねえだろ?」


そこまで聞いてベートはハッとする。


「ウィル、ウィル君、いやウィル様です。団長!そんなもの使わせていただなんて、全額当然オレが!」


「悪いが…お前の給金で早々払える額じゃないぞ。オレでも手痛いくらいだ。普通は必要かどうか医者の判断を待つような代物なのに…」


ていうかウィル様って何だよ…。そうぼやきながらもリュースは急ぎウィルの所在を確かめに行った。しかし、


「もう居ない?!」


冒険者ギルドまでやって来て、リュースはその事実を聞き驚愕した。


「はい、元々護衛依頼を受けている途中だったそうで。今朝出立されたそうです。」


「嘘だろ…」


あまりのことにその場で崩れ落ちるリュース。団員を助けられ、信じられないほど高価なポーションを使われ、あまつさえ一言も言わずに去っていく。


「アレを導くなんて土台無理な話だったんだ…。器が、器が大き過ぎる…。」


「リュースさん?本当にどうなされたんですか、またあの子が何かしら問題でも起こしたんですか?」


「行き先を、教えてくれないか?一時、村を離れたい。」


「本当に何をしたんですかあの子?!リュースさんはどの人の開拓村から移動だなんてそうそう認められるわけないでしょう?!」


響く受付の絶叫。


「うぉぉぉおおお!!ウィル君、絶対にお礼をするから待っていろよぉぉぉおおお!!!」



〜〜エドガー一行の馬車上にて


上機嫌な空気がウィルから漂っていた。


「ウィル様、随分とご機嫌ですね。何かいいことでもあったのですか?」


一昨日の夜と一転してご機嫌なウィルが不思議でティーゼルは尋ねた。


「いや?ちょっと弓を褒められてね」


「弓を?ウィル様の弓が素晴らしいのは、私も十分理解していますよ。」


「まあそうなんだけどさ〜。」


(うーん、男の子の考えることって分かりにくいですね。)


こんなご機嫌なウィルを一行は初めて見たため、ティーゼルだけでなく他の護衛の騎士たちも不思議そうにウィルを見ている。


先日は自分の弓が上手いのをまるで悪いことのようにすら言っていたのに、どういう風の吹き回しだろうか。


(まあ、楽しそうなのはいいことですしね。)


先日のような暗い顔よりも、笑っているウィルの方が好ましい。ティーゼルは確かにそう思った。


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