第5話 馬鹿にしやがって!
朝日が上り、目を覚ます。
ウィルの泊まる開拓村の宿屋は木製で、そう高価な出来の宿ではなかったが、ウィルにはレンガや石膏造りのものより、こういった建築物の方が馴染む。
今日は一日非番のハズだ。昨日帰る時、ティーゼルが送ってくれた気がするが、いつの間にか寝てしまっていた。
昨晩は久々に心ゆくまで眠れたのあって、ウィルの表情には幼いあどけなさが浮かんでいた。
「ん〜〜気持ちのいい朝だー!」
ウィルの声は、ここ数日のぶっきらぼうな響きとは違い、年相応の明るさに満ちていた。
剣と弓を持つと、弾むような足取りで外に出た。
「訓練所ってどこにあるの?」
村には戦いを生業にしてる人が多くいる、ならば剣を振る場所の一つや二つあるはずだ。
宿の人間に訓練所の場所を聞くと、ウィルは一人そこに向かった。
流石は開拓村、戦闘に関するものは作りがしっかりしている。広々とした訓練場にはウィルと同じような人間が沢山いた。
街と比べ、利用料金が少し高かったが、その程度で訓練を渋るウィルではない。
そうして朝の日課を始める。まずは素振りだ。
「1、2、3、4………!」
かつての“師”の剣術を思い出し、休憩を挟みつつ剣を1000回振る。
それが終わると、手持ちの強弓ではなく、貸し出しの弓で射撃訓練だ。
と言っても、こちらは長いこと成果はない。ゴブリンサイズの的の頭の位置に、100発綺麗に頭に当てると日課は終わりだ。
宿屋に戻ると、ちょうど朝食の時間だ。冒険者御用達の宿屋の食堂は、体が資本といった感じでみんなが朝から大量にかっこんでいる。
「席がないな。」
どこも満席で、荷物が置いてあったりで食べる場所がない。仕方なしに食事をもらって部屋で食べに行こうとしていると。
「お、昨日の殊勲者じゃねえか、こっちで食ってけよ!」
と声をかけられた。誰だろうと思って見ると、やはり見覚えのない顔だった。ガタイがよく大柄だが、人懐っこい笑みを浮かべ、優しそうな表情をしている。
「うーん、誰?」
ウィルが尋ねると、
「アンタは覚えてなくて当然だぜ。昨日防衛戦に参加してたんだよ。アンタの戦いぶり、サイコーにイカしてたぜ!」
「イカしてた?」
「そう、イカしてた、めっちゃ凄かったってことだよ!ささっ、こっち来て食いな。」
そういって男は自分の荷物をどかすとウィルのために座るスペースを作ってくれた。
「えっと、ありがとう?」
せっかくなので好意に甘えることにする。
普段ウィルが人と特に冒険者と接する時は、舐められるのが嫌いなのでかなりぶっきらぼうに接するのだが、この男はどうもウィルを高く評価しているようで、ウィルのガードも少し下がっていた。
お盆を持っていくと男の隣で食事をすることにした。
「ん〜ゼシー、なんだそのガキ?」
すると対面にいた少し細い男が尋ねる。男はウィルを見たことがないらしい。
「こいつが、昨日の最高戦果を叩き出したガキだぜ。300匹は殺したんじゃないか?」
とゼシーと呼ばれた男は、我が事のようにウィルを讃える。
「別に、自慢するようなことでもない。」
それは本心ではあるが、褒められて悪い気はしない。少年は心なしか鼻の下が伸びていた。
「ほらな〜すげぇだろ?ベート、この年でそんだけやれんだぞ。今のうちにツバつけとこうぜ。」
実際、ゼシーの賞賛は留まるところを知らない。だが、人の華々しい功績を見た時、必ずしも全員がそれを讃えるとは限らない。
「どうだか、雑魚を弓で狩りまくっただけだろ。どうせ大物と出くわしたらチビっちまうんじゃねの?」
と、ベートと言われた男はいう。しかし、それを聞き逃すウィルではない。
「なんだアンタ、馬鹿にしてんのか?」
先ほどまでの気の抜けた態度とは一変し、声変わり前の喉から精一杯の低く野太い声が出る。
ウィルはフォークを握っていた手を机に叩きつけた。『ダンッ!』という鈍い木の音が鳴り、食堂の注目が集まる。
だが、どんなに荒っぽかろうとウィルは12歳の子供でしかないのだ。まるで怯えることなくベートは煽る。
「いや、ただ弓でも狩れるような魔物を沢山狩って、いい気になってるのはどうかと思ってな。そんな年でこんなとこにまで来ちまいやがって、ひでぇ勘違いだ。」
そこまでべートがいったところでウィルの苛立ちは、すぐに沸点を迎えた。
ウィルが今にも殴りかかろうとしていたとき、
「おい、ベートやめろ。」
ベートと呼ばれた男の後ろからまた別の男の声がかかった。
ベートの後ろから現れたのは、高めの上背、引き締まった体躯に、温和そうに見えて鋭い眼光をその茶色い瞳に宿した強い覇気を纏う男だった。
「なんすかアニキ?俺はこの世間知らずのガキを教育してやろうと思ってですよ、」
「黙っとけ、昨日筆頭騎士のアルヴィンさんがガキ一人に殴り倒された話、聞いてねえのか?目の前のそいつの仕業だぞ。」
どうやら昨日の一件でウィルはそれなりに有名になったらしい。
「はぁ?あのアルヴィンさんが?なんの冗談だよ。」
「冗談じゃねえ、とにかくこれ以上はやめろ。お前も殴り飛ばされるぞ。部屋に戻れ、ベート」
「…分かったよ、アニキ。」
そうしてベートは食事を残して去ろうとするが、
「おい、待てよ。何勝手にそっちで話付けて終わろうとしたんだ。馬鹿にされたのは俺だぞ、謝れよ。」
それで済ますウィルではない。
「俺は魔物を殺して飯を食ってただけで馬鹿にされたんだぞ。言われたままで済ますと思ってんのか?」
「…いや、ウィル君、謝罪はちゃんと私の方から、」
まだ名の知れぬ男がすかさずフォローを入れようとするが。
「お前は誰だよ。俺はそっちのベートって奴に話してんだ!」
ウィルは声を荒げて威嚇する。
(結局のところ、こいつもあいつも、ガキだからって見下してんだ。)
「…そうだな、君の言う通りだ。おいベート、謝れ。」
「冗談でしょアニキ?こんなガキに、謝れ?兄貴の面考えてこの場は下がってやろうっていうのにそれ以上はおかしいでしょ。」
ベートが心情を吐露すればするほど、それは幼いウィルに対する心からの侮蔑であり、それを聞いたウィルは更に苛立ちを膨らませていく。
(もうここまで言われたら喧嘩しかねえよな。)
「ベート、オレのいうことが聞けねえか!!」
だがウィルが動くより僅かに先に兄貴と呼ばれた男から怒号が飛んだ。
「ッ!!分かったよアニキ、すみませんでした。」
ベートの謝罪は、言わされた感満載の不服そうなものだった。
「足りねえ。」
当然、それで許せるウィルではない。
「ッ!!」
「頭を地面に擦り付けて、謝罪しろよ。謝る気がなくても、そんくらいの屈辱は噛み締めるべきだろ。」
「テメェ、調子に乗ってるんじゃ…」
「ベート!」
「………ッ、クソォ!申し訳ございませんでした!!」
ベートは土下座こそしなかったが、頭を下げて、逃げるようにその場を去った。その悔しそうな顔を見て少しは溜飲が下がったが、土下座までしてないのはやはり少し癪に触った。
食堂の雰囲気は荒れに荒れたので、流石のウィルもその場を離れて部屋に行こうか悩んだが…
(あの男のせいで場所を変えなきゃとか意味わかんねえや。)
と思い、そのまま留まって食事を続けようとしたところ。
「ウィル君、すまなかったね。」
先ほどから二人に、アニキと呼ばれていた人物から声をかけられた。
「馬鹿にしたのはアンタじゃない。アンタがオレに謝る理由もない。ほっといてくれ。」
そう言って突き放そうとするが、
「これでもあのベートやそこのベンの頭を務めてる人間でね。だからオレには君に謝罪する義務がある。オレはリュース、ちょっと話をさせてくれないかな。」
そういうとリュースは先ほどまでベートという男が座っていた席に座り込んだ。
「他になんの用事があるってんだ。あのベートとかいう奴をあれで許す気はないが、そのことでアンタからなんか言われることはもうないハズだぞ。」
「いやはや、ベートの奴には二度と君の前に現れないようキツく言っておくよ。本当は、君のことをスカウトしに来たんだけどねぇ。」
「スカウト?俺を?」
怪訝な顔をしてウィルは初めて対面の男の顔を見た。
「その通り、昨日の活躍は聞いたよ。その若さでそれだけの活躍を、しかも騎士様を殴り飛ばすくらい強いそうじゃないか。君みたいな人材は誰だって欲しい。」
「ならもうちょっと調べとくことだな。俺は協力、だとかチームプレイとかが一番向かないんだ。前のとこじゃ問題児の冒険者だなんて言われたたくらいだ。他を当たってくれ。」
「それでも君の才能は是非ともうちに加わって欲しいんだけど、まあベートの件もあるし諦めるよ。あとは、これ、謝罪代わりに受け取ってくれないか?」
そう言ってリュースは袋を一つウィルに差し出してきた。…お金だろう。
見ただけで額が計算できるほどの教養がウィルにはないが厚みからしてかなりの額が入っているだろう。しかし、
「アンタから受け取れる謝罪はないといった。これを貰っても俺の気持ちは変わらねぇし、ベートって奴を許す気もねえ。」
だからこれは受け取れない。そういってウィルは金袋をリュースの胸に押し返す。食事も食べ終わり、お盆を持ってウィルは席を立つ。
「悪かったな、ゼシーさん。やっぱ俺には関わらない方がいいよ。」
最後に、食事の席を開けてくれただけで喧嘩の中心に入れられたゼシーに謝罪だけしてその話は終わった。
「ハァ、ベートの奴もやってくれたなぁ。」
「はは、お疲れ様です、リュースさん。それにしても、あの子、本気でスカウトしようとしたたんですか?」
ウィルもゼシーも去った後、リュースが残っていると、配膳係が食事を運びながら話しかけてきた。
「当然だとも、あれほどの才能、まだあまり知られていないんだろうが素晴らしいものだ。それに、昨日殴り飛ばした騎士のこと、君は知ってるかい?」
「いえ、騎士様が殴り飛ばされた〜としか。」
「筆頭騎士、アルヴィン様だ。」
「?!それはまた、本当なんですか?」
「ああ、間違いない。本人にも今朝確認した。不意を突かれたとはいえ、あの年でそれだけのことができるのだ。いずれ、名を挙げるだろう。」
「そうですかねぇ?確かに若くて才能もあるんでしょうけど、あの性格じゃあどっかで人の恨みを買って早死にしてしまうかも知れませんよ?」
「そこは彼次第、だな。実力でその全てを捩じ伏せるか、はたまた良縁に出会い、彼を上手く使える人が現れれば、間違いなく名を挙げるだろう。」
ほんとはオレがそうなりたかったんだがなぁ…。とリュースは悔しがった。
リュースは、さる有名な傭兵団“獅子の牙”の団長であり、最近は冒険者業にも手を出し始めたかなり名の知れた人間だった。
もっとも彼はこの先もここに居座り開拓業の助けになるつもりだったため、どのみちウィルが彼らの一員となることはなかったが、それでも彼は見ただけでは分かりにくいが、失意の底だった。