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第4話 ウィルの傷

開拓村の防衛戦線にて、


土豪や鉄条網、はては魔道具による防御結界などが敷かれている。持ち運びの弓を使う者は少なく、陣地内からの攻撃は備え付けの飛び道具型の魔道具やや大砲、大型弩砲だ。


一般に、弓とはこの時代、評価が低い。その理由は威力、弾速、それに射程距離が遠距離用の魔道具と比較して非常に低いからだ。


魔物の多くは硬い。弓で有効打を与えるには最低でも地面に固定し、ギミックで弦を引くような大型弩級でなければ成り立たない。


女子供向けの牽制武器とまで言われることもあるのだ。実力思考の強い開拓村では特にあまり良い印象を持たれないのは当然だ。


実際、今も弓を構えて陣中に立つウィルを見て、子供の練習か?と小馬鹿にする視線は多い。


しかし、ウィルが矢を射掛け始めるとその評価は一変する。


『バヒュッ!!』


今も放った一つの矢が前線で、ある冒険者と死闘を繰り広げていた魔物の脳天を貫いた。


「?!誰だ、助かった!!」


ティーゼルには見慣れたものだが、ウィルの弓は普通の弓ではない。強力な装備を身に着けた冒険者が引くことが前提のとんでもない強弓だ。


その射出力は明らかに大型弩級以上、引き絞り当てることさえできれば、一矢一矢が確実に一匹の魔物の命を奪っていく。


あっという間に先程購入した100矢を使い切った。ティーゼルが確認する限り全て命中(クリーンヒット)していた。


そして、ウィルは矢が尽きたのを確認すると


「これ、任せた。」


そういってその強弓をテイーゼルに渡すと、身に着けた黒剣を引き抜き、陣中から飛び出した。


「え?分かりました。ってちょっと待ってください!!」



「凄え...」


そうこぼしたのは先ほどウィルを子供の練習か?と小馬鹿にしていた冒険者の一人だった。


それもそうだろう。まだ手足の伸びきってない少年が、自分の倍は以上も丈のある魔物に決して臆することなく飛び掛かり、一撃を元に引き裂いていく。


今引き裂かれたのはオークだった。しかも少年は上下に引き裂かれたオークの上半身を()()()軽々と持ち上げると、魔物の群れに向かって投げつけた。


「グギャギャッッッッッ?!?!」


凄まじい勢いで投げつけられたオークの死体はそれだけで大きな兵器だ。それだけで魔物の数匹は捻りつぶされた。


そのまま少年は戦闘の最前線まで駆け抜ける。最前線で魔物たちと迫り合いを繰り返す冒険者たち、その先頭を駆け抜けた。


そうして始まる少年の大暴れ。


「ここまでの機動戦もできるなんて…」


その機動力は、これまで車上で矢を射り、稀に剣を振るウィルしか見る機会のなかったティーゼルにとっても驚きだった。


その戦いぶりは凄まじく、先ほどまで前線で武器を振っていた冒険者たち十数人が武器を下げ、少年の戦いぶりを品評する余裕ができるだった。


「うわ、あいつあの速さでなんて腕力だよ。」


「うお、オークの頭叩き割りやがったぜ。」


「死体をぶん投げて火力を出すとか、なんかの冗談みてぇだな。」


半刻ほどウィルが戦っていると、襲撃の一波が去った。ウィルはそこで剣をしまって最前線から退いた。


「お疲れ様です。ウィル様。」


最前線の()()()()で待っていたティーゼルは、矢と矢筒をウィルに差し出した。


いつの間にかティーゼルの腰には貸し出し用の剣が備え付けられている。


(自衛でもするつもりだったのか?)


「考えなしに突っ込み過ぎたな、すまん。」


冒険者ですらない少女を戦わせるつもりなどなかったのに、悪いことをした。そう思い弓一式を受け取りながら謝罪するが、


「いえ、私のことなどお気になさらず。」


と少女はどこ吹く風だ。


ウィルは空っぽの矢筒を見つめながら受け取ると、帰るか、と溢し帰路に着こうとした。


と、その時ウィルに後ろから声をかける者が居た。


「おい冒険者、これ使うか?」


そういって左頬に布を当てながらウィルにたっぷり矢が入った矢筒を渡して来たのは、なんと先ほどウィルが殴り飛ばした金髪の騎士の男だった。


〜〜その日の夕方、とある大衆食堂にて。


「いや〜〜〜こりゃたまげたぜ。まさか、こんなガキがあんだけ戦えっとはよお!」


ある大衆食堂で、ウィルたちは例の騎士:アルヴィンと食事をしていた。


あの後、ウィルはアルヴィンから貰った大量の矢を全て使い切って外の魔物を射抜いきまくった。


弓という武器の不人気具合もあって、矢はかなり余っていた。撃破数は500を超え、本日のMVPである。


弓に関しては硬そうな魔物を避け、雑魚に狙いを絞ったとはいえ、少年は白兵戦でもその強さを示した。


アルヴィンは、侮った謝罪だと言って好き放題食べさせてくれている。


何故か同行しただけのティーゼル(撃破数0)とアルヴィンの同僚(撃破数0)も同伴に預かっている。


(気、気まずい…)


ティーゼルは端でお茶ばかり啜っているが。


ウィルも最初は怪訝な顔をしていたが、アルヴィンのウィルを立てる気持ちは本当らしく、今もウィルの背中をバンバンと叩きながらウィルのことを褒めちぎっている。


「しっかし、本当に1発も外さなかったな。大したもんだ。」


「練習すりゃ誰でも当たる、誇るものじゃない。」


謙遜にも聞こえるが、数日の付き合いのティーゼルには分かる。ウィルは見栄を張ることもなければ、謙遜をすることもない。ただ思ったことを述べているのだ。


あれだけの戦果を上げても本当に大したことだとは思っていないのだろう。


「それに、弓術は褒めれても、剣術はそう褒められたもんじゃないだろ。」


そう言ってウィルは腰に横に置いている剣を叩きながらそう溢した。


(珍しく自虐的ですね…お疲れなんでしょうか?)


少し珍しいウィルの様子を観察するティーゼル。


確かにティーゼルから見てもウィルの剣術は、百発百中の弓の腕に比べれば、突出してるとは言い難い。


ティーゼルから見た正直な評価を語れば、道場剣術の域を出ていない。なんとか装備の力に振り回されずに扱っている状態だ。よく手入れされているが、あの腕力なら鈍らで斬るのと対して変わらないだろう。


「剣で切った魔物の数より弓で仕留めた魔物の方が多いんだ。これじゃ飾りも同然だ。」


一応その自覚はあるらしい。そういうとウィルは手元のグラスを一気に煽り、深いため息を落とす。ちなみにグラスの中身はオレンジジュースだ。


どうも少年の中では、剣を使いこなすことに強いこだわりがあるようだ。


「白兵戦でもあれだけ暴れられるんなら十分誇って良いもんだと思うけどなぁ、やっぱ面白れぇガキだぜ。今日の戦果は当然お前がトップだぜ。」


「魔法使い様達を除いて、だろ。結局俺が一番じゃない。」


ウィル達が討伐戦をやっている間に、エドガー含む魔法使いも当然戦っていた。彼らの炎が、雷が、吹き荒れる風が、一撃で数十の魔物を薙ぎ払って行った。エドガーなどウィルの半分の時間も戦ってはいないが、その撃破数はウィルより上だろう。


しかし、それは当然のことだ。何せ、彼らは“魔法使い”。一冒険者とは並ぶべくもない存在だ。


「お前、貴族様(魔法使い)と競ってるのか?」


その執着にアルヴィンは驚く。隣で聞いていたティーゼルですら驚いた。


「おかしいか?俺の腕力(装備)、そこらの冒険者と競うようなものじゃないのは見ればわかるだろ。」


と、自分の装備を指差しながら語る。ウィルにとっても自身の腕力(装備)が並外れたものである、という認識はあるらしい。


「だからあれと競ったっておかしくはないハズだ。実際、騎士や冒険者も魔法使いに並ぶのが夢な奴も多いって聞くぞ?」


少年は珍しく年相応な冒険者としての夢?を語る。


「そりゃあそうかもしれないが、みんながそうって訳じゃない。俺みたいに騎士としてどっかに実力を認められて定職に着きたい奴だってたくさんいる。というかそんな奴がほとんどだ。」


誰もがそんな夢を追っている訳じゃ無い。アルヴィンはそう言う。


実際そうだろう、魔法使いに優劣を数える程の装備なんて冒険者の数に対して、ほんの僅かにしか存在しない。


そういったものはもはや金で手に入るような代物ではないのだ。古代の迷宮の秘宝であったり、高名な鍛冶師や錬金術師の手によって()()作り出されるような代物だ。


「けど、俺はアイツらに負ける訳にはいかないんだ。」


そう呟くウィルは、やはり見栄を張っているわけでは無い。そんなウィルを周りの騎士たちは子供の見栄だと受け取り、しかし何も言わなかった。笑ったら殴られると思ったのかもしれない。


「けど、確かにお前さんならやれるかもな。」


そんなウィルを眺めながら、しかし今日最もウィルのことを馬鹿にした騎士、アルヴィンは否定しなかった。


ウィルのことを子供と侮った騎士は、この時確かにウィルを認めていたのだ。


〜〜帰り道


ティーゼルはウィルを宿屋まで案内していた。宿屋がどこかよくわかって居なかったらしい。眠そうに目を擦りながらティーゼルに腕を引かれる少年の姿は、珍しく年相応だ。


(負ける訳にはいかない、か)


ウィルの原動力(プライド)だろう。自分には全くないものだ。


ティーゼルはその言葉を反芻した。誰にも負けない、という純粋な、そして揺るぎない少年の意思。


常に他人の顔色を窺い、与えられた役割を全うすることしかできなかった自分には、理解しがたいものだった。


「全く共感できません...本当に同い年なんでしょうか?」


ティーゼルがそう疑ってしまうくらいには考え方が隔絶している。


しかし、彼女にとってその無理解は拒絶を生み出すものではなかった。むしろ、ティーゼルはウィルを尊敬すらしていた。


(アルヴィン様はウィル様を認めていました。)


当初ウィルをバカにしていたアルヴィンは、ウィルを称え、いつか魔法使いに並ぶほどの冒険者になるかも知れないと、賞賛していた。


エドガー一行の騎士も、ウィルの活躍を見るにつれ、彼を見る目が変わっていく者が居た。


「凄いですね...。」


この歩み方はきっと多くの衝突を繰り返すものだ。普通は賢くなり、衝突を避け、上手くやっていくようになる。それが大人になる、ということだ。しかし、まだ幼い少年は実力でそれを黙らせ、踏み抜いていく。


ティーゼルにはできない。他人を押しのけて我を通し、人と衝突することなどできない。人を押しのけてまで自分の意見を通そうとするほどの意思が、彼女には欠けている。


だから、ティーゼルは、自分のために一歩を踏み出せない。でも、


(ウィル様には、そんな風になって欲しくないですね。)


と彼女は思う。目の前の少年は、衝動的で感情的だが、自分と違って、己の意思で生きている。だから、そんな自分と違う少年がこれから先も強く生きてほしい、と願うのは卑しい身分(奴隷)ティーゼルにも許されるハズだ。


だから、ふと見えてしまったウィルの傷を見つけた時、キュッと身が引き締まる思いだった。


眠そうなウィルを部屋に連れていくと、ウィルは半分寝ぼけながら、装備を外して着替え始めた。


貴族の着替えの手伝いなどの業務に慣れているティーゼルは、特に難しことを考えずその手伝いをしていたが、ウィルがインナーも脱ぎ始めたところでふと、冷静になった。


(あれ、これ、結構恥ずかしい…?)


思えば、エドガーですら自分より5は離れ、同年代の男の子の裸など見たことがなかった。自分の立場上、見るような状況になる可能性は大いにあったが、実際見たことはなかった。


「あ、あの、ウィル様、私………ッ!!」


そこで、ウィルの背中を直視した。ウィルの背中には傷があった。明らかに、魔物によるモノではない鞭の跡だ。ティーゼルには分かる。


貴族が躾、と称して人に振る魔法の鞭の跡だ。適切な治療をしなければ、こうして跡が残る。


…ティーゼル自身も、何度もエドガーにそれを撃たれたことがある。凄まじい痛みで、気に入らないことがあればそうやってぶたれ、不満のはけ口にされた。


見目麗しいティーゼルはいずれ()()()()目的のために使うつもりなのだろう。鞭で打った跡、高い治療薬で治され、傷は残っていない。


ウィルに残るこの傷は、気に入らないこと全てに抗っていく少年の反抗の代償だ。


「ウィル様……」


ティーゼルは、無意識のうちにウィルの背中に手を伸ばしかけた。その指先が触れる寸前で止まる。


少年は、痛みを知らないから旁若無人に振る舞えるような甘い存在ではないのだ。


ティーゼルとまるで違う、強い意思を貫く少年が、自分と同じような痛みをその身に刻んでいる。その事実に、ティーゼルの胸は締め付けられるような悲しみに襲われた。


「ウィル様は、私とは違うのに…」


まるで、自分の憧れが傷つけられたような気持ちだった。


気落ちしたティーゼルは、ウィルには悪いと思いつつそのまま部屋を出て、自分に割り当てられた宿の部屋に戻った。


その日の夜、少女はあまり寝付くことができなかった。

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