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第40話 決闘

ウィルは自らの権威を示した炎を納める。そして、足元に置いた師匠の剣を引き抜く。これに頼ることだって、プライドの高いウィルには屈辱なのだ。


剣から流れ出すウィルのものとは違う黄金の魔力、今のウィルよりはるかに強かった師匠が使ったこの剣の力は尋常ではない。一瞬で普段のウィルを上回る力がウィルのぼろぼろの体を駆け巡る。


「グッ!!」


苦悶の声をあげながらも、目線は標的を、エドガーをにらめつけて離さない。


(小癪なガキがあ!)


エドガーは左手の杖をかざして、雷の矢を頭上に展開する。その数10。


振り翳した杖を振り下ろし、雷の矢が決闘場の地面に降り注ぐ。


『ドドドドドドドドドドドドンッ!!!!』


それが決闘開始の合図となった。


当然のようにそれをかわし、戦闘を組み立てるウィル。


(できる限り早く決着を着けたい、だが…ッ!)


そもそもウィルの体も肺も蓄えた魔力の量も限界だ。元気なのは手にある師匠の形見の剣だけだ。


戦いが長期化すればすぐに動けなくなる。しかし、それでも初手に一撃斬り込むだけの決着には踏み込めなかった。


(まだ体が重い!)


エドガーはすでに容赦を完全に切り捨てている。左手の杖から弾数重視の雷矢を大量に打ち出し、右手で雷の鞭を振るう。


「オラよぉ!!!」


雷矢は数を増やして威力を弱めたとはいえ、今のウィルの体はボロボロ、一撃でももらえば危険だ。距離を離して回避する。


『バチンッ!!』『バチィィィン!!』


無造作に振るわれる雷鞭も脅威だ。闘技場の中心に座すエドガーに対して、半径20mの円形闘技場の範囲ギリギリまで距離をとって回避を図るウィル。


飛び退き、跳ね退き、身を屈め、弾幕と鞭を避け続ける。


「クソッ、この地面硬てえ!」


弓もないウィルは反撃がわりに石ころでも投げてやろうかと思ったが、貴族用の決闘状はかなり硬く、ウィルが踏み抜こうが、エドガーの魔法を受けようがまるで砕けない。


攻勢に出ることなくウィルが回避を続ける状況が続く。防戦一方のジリ貧、観衆にはそう見えた。


「流石に…」


「辛いか、“問題児”…」 


(ウィル様…)


ウィルの勝利を期待する観衆達も苦しそうなウィルを見て諦観が浮かんでいた。


「どうした、避けるだけかぁ?」


ボロボロの体で良く避けるものだ。そう内心関心しながらも決して口には出さないエドガー。彼はウィルの顔色がどんどん悪くなっていくのを観察していた。


「そうして限界が来て、お前は終わる。分かってるいるだろう?」


地面にひれ伏した少年をどうしてやろう。己の手でゆっくりと苦しめて、最後は可愛い“奴隷(ティーゼル)”の手で殺させてみたいものだ。


(流石に抵抗するだろうか?)


あの少女が命令に逆らったことなどないが、人を殺させたこともない。あの少女の瞳をエドガーと同じくらい暗く染めてやりたいものだ。


最早勝利後のことすら考える余裕すらあったエドガー。


しかし、


「だんだん、速くなってる?」


それに最初に気付いたのは、観戦に駆け付けたユノとダインの母、カーネルだった。


ウィルの高速機動を何度も見たことのある彼女は、普段とそう変わらないかに見えたウィルがそのボルテージを段々と上げていることに気付いた。


ウィルは、普段から早くに決着をつけることを心掛けている。時間制限(喘息)を持つ身として当然の判断だ。


しかし、師匠の剣から溢れ出る黄金の力は一瞬で使いこなせるような簡単なものではなかった。


「グッ!!」


歯を食い縛って全力で暴れる金色の魔力を制御する。一歩間違えば足がすくみ、壁に追突する。そんなじゃじゃ馬な力を全力で使いこなす。


「ハー、フーッ!」


エドガーの弾は速いが避けられないものじゃない。


(あのボスハウンドの方が速かった)


ウィルは想起する、己の脳裏に焼き付いた強者たちを。


(師匠の方が、もっと速かった!!)


エドガーの腕の振る速度に依存する鞭など、まるで怖くない。当たるわけがない!


「なんだ、近付いて来た…?」


余裕そうにしていたエドガーは気付く。右へ左へ飛び交うだけだったウィルが、だんだんと自身に近付いてくることに。


ウィルは加速していた。


速くなるということは、その分余裕を持って回避ができる。なればこそ、距離を詰めてエドガーへの圧を上げる。


「舐めるなよ…!」


エドガー、右手に持つ雷鞭の数を二本に増やして、更に激しく振り回す。


しかし、ウィルはそれすら容易く避けるようになっていく。


「くっ、何処へッ!」


エドガーは一瞬、ウィルを視界から見失った。直後後ろから響く轟音。


『ズガァァァン!!!』


「なっ!!」 「チッ!!」


後ろからウィルがエドガーの障壁を黄金に輝く剣で切り付けたのだ。


しかし、障壁にはヒビ一つ入らない。


「舐めるなよッ!!!」


エドガーは後ろを振り向きながら雷鞭を振り払うが、当たらない。


当然ウィルの追撃は終わらない。


再び背後に回り込んで2撃目


『ズガァァァァン!』


脳天から振り下ろす3撃目


『ズガァァァァァン!』


隙だらけの真正面から4撃目


『ズガァァァァァァン!』


ウィルの攻撃は一撃ごとに威力も速度も上がっていくが…


「は、はは、やはり傷一つ付けられないようだな!」


まるで目で追えないウィルの機動性に圧倒されていたエドガーは、何度ウィルの剣を受けてもヒビ一つ入らない自身の障壁を見て冷静さを取り戻す。


エドガーはまだまるで疲れていない。活力はありあまっている。対して少し距離をとって出方を伺うウィルはどうだ。


「ハアッ、ハァッ、フー、ハァッ、フーッ!!」


息は上がり、唇は病的なまでに白く、疲弊し切っている。


(よく動くものだ。)


限界を超えて動き続けているのだ。その力を与えているのは黄金の剣だが、動き続けているのはウィルの意志そのものだ。


プライドが、誇りが、そして怒りが、ウィルを突き動かしていた。


ウィルにとって戦いとは自身を示す唯一の方法だ。口下手なウィルは怒りを戦いで証明し、勝利することで、賞賛と畏怖を手にして来た。


だからウィルには強さだけが欲しかった。全てを失ったウィルには、それだけで良かった。


「良かったはずなのに、な。」


ふと声が溢れる。


貴族(魔法使い)としての責務を、己の理想を、否定するエドガーが許せない。理不尽な命令をし、ウィルに鞭を撃ち、ウィルが唯一頼れる少女に鞭を撃たせたことも許せない。自身の実力不足で、固い誓いを二つも破った自分が許せない。


この戦いは、そんな怒りの証明だ。


だが、この戦いの勝利で得たいのは、賞賛でも、畏怖でも、名声でもない。眼前の憎き貴族に封じられた、ひょっとしたらそう思いたいだけかもしれない、白い少女の心の声だ。


「フーッ!ハァッ、ハァッ、ハァッ!」


ウィルは乱れる肺を無理矢理整えて、体中に酸素を行き渡らせる。無理に動かす肺すら痛くなってきた。


「カハッ!!ハァッ、ハァッ!」


肺が無理を訴え、口から血が出る。


(だからなんだ)


体の痛みはとっくに限界を超えた。挙動の一つ一つが全身をヤスリで擦られるような激痛をもたらす。


(だからなんだッ!)


目の前のエドガーが自分に何をしたか!


(許せるわけが無い)


あの白い少女に何をさせたかッ!!


(許せるはずがないッ!)


「ア ア ア ア ア ア ッ!!!!」


激痛を堪えて、剣を構え直す。構えは、エドガーも見たことがある爆発の剣。


エドガーは雷矢の展開をやめ、杖先からも雷鞭を伸ばし、残りのリソースを全て障壁に回す。


一度なら彼の竜の“息吹”ですら防ぎ切るであろう硬度まで高め上げ、その中の安全圏からの雷鞭!


(撃たせる隙すら与えん!)


振るわれる雷鞭。しかし、


迫り来る雷鞭を見ながら、ここに来てほんの一瞬、束の間の一秒、ウィルのボルテージが最高に達する。そしてその一秒がウィルの戦闘できる最後の時間だろう。


(思い出せ)


ウィルが想起するのは自身がその目で見た憧れの形。剣一つで山を切り裂いた“英雄”たる師の姿。


師は金色の魔力を纏い、その剣一つで竜すら容易く仕留めて見せた。


その力を自身で再現しようと、体を鍛え、魔法による肉体の強化に励み続けた。それでも、まるで届かなかった。


最強の龍人は、肉体も最高のものを持っていた。


(「お前が、それでオレを越せると思うなよ。」)


体を鍛え、魔法で肉体を強化し続けるウィルに師はそんな厳しい言葉を投げかけた。あの人がウィルに優しかったことなどほとんどない。それでも、憧れたのだ。


(「でも、師匠には炎も風も起こせないもん!」)


幼いウィルは負けじと言い返した。


(「だから、この剣に炎も風も乗せるんだ!」)


それが、ウィルのこの技の原点。


師匠に追いつくために、生まれつき埋められない肉体の差を努力と工夫でくらいつく執念の一撃。


「そうしたら、師匠の一撃(スラッシュ)だって俺にも打てるもん!」


「フン、やってみるといい。期待しているぞウィル」


そう言って師匠は、珍しく、本当に珍しくウィルに笑ったのだ。


師匠の剣、その地に着いた側の刃が炎に包まれる。


「終わりだ、平民ッ!!!!」


襲うエドガーの雷鞭、その数三本。


『『『バチィィィイイイイ!!!』』』


「ヅゥゥウ!!!」


それをウィルは避けようともせず受け止めた。肩を、腹を、足を、その雷が焼くが、“倒れない!”


「馬鹿な?!」


エドガーの雷鞭は、本来拷問用のお遊びの魔法だ。そしてそれを当てやすくするために分散させたせいで威力が本人の想像以上に落ちていた。


そして放たれるウィルの“必殺”!


「フーーーーーッ!!!!」


上がり切ったボルテージの中、ウィルには世界が止まってすら見える。


今のウィルの爆発剣の威力は、“爆発魔法”の火力とそれに耐えて剣を振り切る“身体能力”の2つのの要素で火力が決まる。


その釣り合いの天秤が爆発魔法の威力に大きく傾いていた。では、その足りない身体能力を“英雄”の武器で補ったら?


闘技場の地面を強く左足で踏み付いて突撃する。これまで傷一つ付かなかった闘技場の地面にヒビが入る。一瞬で、驚愕した表情のままのエドガーの眼前に辿り着く。


下段からの切り上げに炎と風の魔法を込め、爆発の反動を利用して切り上げる。音はとうに置き去った。


全身を黄金の魔力で強化して、体を壊さないように剣を振り切る。


その一撃に込める意思はエドガーへの膨れ上がった怒りだ。


最後に、いつか師に頼らずにこの一撃を完成させてみせる。そんな願いを、この技の名に込めた。


いつかたどり着く一撃エヴォルブ・スラッシュ!!』


その一撃はエドガーの障壁をバターのように切り裂いた。そのままエドガーの体を両断しそうになったところを、


「グゥッ!!!!」


全身の筋肉に悲鳴を上げさせながら、無理矢理軌道を曲げて、逸らす。


(この剣は、人を殺すためのものじゃない。)


その高潔な精神は“師”に教わったものだ。


そしてその斬撃は、硬い闘技場を地面から引き裂き、闘技場を覆う壁までを、大きく切り裂いた。


『ズザァァァァァァァン!!!!』


「なっ、なあッ?!!!」


障壁を切り裂かれたエドガーは正真正銘、敗北だ。まさか一撃で叩き割られると思っていなかった彼は驚愕に顔を染める。


そして轟くウィルの怒号。


「お前のッ!!!!!」


すでに金色の魔力の輝きは消え失せている。それでも、ウィルは動く。


「負けだッ!この、クソやろぉぉおおおお!!!」


そして、エドガーの頬に叩き込まれる、よく鍛えられた少年の握り拳。


12歳の少年が、成人した大人を殴りつけても大した威力にはならない。だが、それでもウィルはその拳に“意志”を込めた。


全ての感情を混ぜ込んで、目の前の男を許せないという、怒りをッ!!!


『バキィィィッ!!!』


エドガーの左頬を殴りつける鈍い音がし、彼は地面に投げ出された。


正真正銘、勝者が決定した。

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