第39話 プライドの高い2人
一方、ウィルの隠していた秘密を知ったエドガーは
「魔法使い………?あの平民が?」
最初は驚愕にその表情を染め、
「馬鹿にしやがってぇぇえええ……ッ!」
だんだんとその相貌を怒りに歪めていった。
平民だったはずだ。下の人間だったはずだ。エドガーに歯向かうことそのものが罪な存在だったはずだ。
「え、エドガー様、先ほどあのガキの装備を少し調べてみたんですが!!」
そう言って宿に待機させていたはずの護衛がやってきて、
「全部、何の魔法も付与されてないただのガラクタみたいで?!どうなってるんでしょう?!」
要するにこれまでの少年の戦いは全てあの少年の魔法によるものだけだった。ということなのだ。
12歳で上級冒険者でも優秀なレベルの戦闘力。それは、間違いなくエドガーより優れた才能の証明だ。彼がウィルくらいの年の頃、せいぜい中級冒険者と同等程度の実力しかなかった。
それが尚のことエドガーを苛立たせた。
そして何より、エドガーは自分がどうしてウィルが嫌いなのかをやっと理解した。
ティーゼルだ。後ろの少女はエドガーの命令を聞いて一言も話さないが、その目はウィルをずっと追っている。少女がウィルに向ける感情をひょっとすると少女以上にエドガーは理解していた。
エドガーは8つも離れたティーゼルにこれでも執着しているのだ。欲しい時に欲しい言葉と行動をくれ、自身より決して上にならず、不満の吐口にすらなってくれる少女に歪んだ執着を向けている。
そんな彼女は、ウィルが現れてから少しだけ、ほんの少しだけ気が利かないことが増えた。
しかし、相手は平民だ。嫉妬などという感情があり得るはずがない。そう思っていた。
だが、ここに来てあの少年は自分と同じ魔法使いだという。そしてやっとエドガーは自分がウィルに嫉妬していたことに気付いたのだ。
怒りに染まっていた相貌は怒りのあまり笑いにすら代わって行く。
「はっはっはっはっはっは………いいだろう。」
確かに少年の言う通り、8つも年下の少年との戦いから逃げるなど、エドガーにはできない。その方向が大きく違えど、エドガーはウィルと同じくらいプライドが高いのだ。
そうしてエドガーはその魔法で肉体を強化してひとっ飛び、『ズンッ!』という音と共に闘技場に降り立った。
「おおお、マジか?!」
「見られるのか?!“問題児”のウィルと魔法使い様の決闘!」
観衆がうるさい。ウィルの勝利に期待しているものも多いだろう。あの、少女だって。
(ふざけるなよ)
そんなことは認めない。決闘は決闘だ。観衆の前でこの少年をボコボコにして力の差を証明してやる。エドガーはウィルの才能を認めている、恐れていると言ってもいいくらいには。
(だが、まだだ。まだ、弱い。)
エドガーはウィルの全力の戦闘を3度も見たことがある。ハウンドのボス、灰色の竜、そして首無し騎士。あのどれもが手を抜いて戦っていたとは思えない命懸けだったはずだ。
(まだ、余裕だ。)
あの爆発する剣の一撃ですら一度で障壁を破られることはないだろう。
(勝てる。そうして2度と歯向かえないようにしてやる。)
貴族の決闘は重い。勝者は敗者にどんなことも命令することができる。
貴族同士と決闘に持ち出したのだから、そのくらいは当然だ。
目の前の少年はどこをどう見ても満身創痍、闘志だけは高いが、あれだけボコボコにしたのだ。立っているのもやっとのはずだ。
現に、杖代わりにしていた剣を投げ出して炎を放ったウィルは今にも倒れ込みそうだ。
ウィルは自身のプライドの高さをよく理解している。そしてそれが欠点ではないとも思っている。ガゼルと重なった師匠の言葉を思い出す。
(「お前のそのプライドの高さは誇りとなり強さになる。決して捨てる必要はない。だがな、プライドに殺されるなよ?」)
ウィルはエドガーが許せなかった。自身の理想全てを否定するような魔法使いであるエドガーの全てが許せなかった。
だが、このボロボロの体を突き動かす想いは、それだけのものじゃない。
「ティーゼルッ!!!!」
大声でまた叫ぶウィル。
壇上に立つ白髪の少女。彼女は先ほどウィルの欲しい言葉をくれなかった。私たちは別れた方がいいと、悲痛な事実を伝えて来た。
ウィルが彼女に向ける感情は、彼女以外に抱いたことのない生まれて初めてのものだ。
決して理想を追い求めて戦うこれまでの自分の姿と違う。彼女のことを想うと胸が苦しくなる。笑っている姿を見れば、胸が明るくなる。
しかし、少女は何も答えない。ウィルに呼ばれたのに気付いて肩を震わせたが、目を合わせないように下を向いている。
「アイツは何も話さんぞ。オレの“モノ”だからな。」
歪んだ執着をエドガーは語る。だが、
「知ったことが、俺が勝ったらあいつを自由にしてもらう。」
そこでウィルはやっとその目をエドガーに向ける。
(そして、アイツの本音を聞き出す。)
ティーゼルは鎖に巻かれている。目には見えない、人の意思を決して跳ね除けられない少女は、エドガーの命令という鎖に巻かれて動けないのだ。少なくとも、ウィルにはそう思えた。
それは自分のエゴなんじゃないか?今だにそんなことをウィルは疑っている。
別れた方がいい。それが本当の彼女の想いなのかもしれない。人の機微を察すのが苦手なウィルには、声に出して告げられた言葉、が何よりも真実のように感じる。
それでも、
(違うかもしれない、いや、違っていて欲しいんだ。俺は。)
ウィルはそれを聞くためにこの場に現れたのだ。
この戦いに、プライドは不要だ。
だから、名乗りたくもない魔法使いを名乗った。しかし、捨てるプライドはそれだけでは足りない。
今のウィルは満身創痍、次炎を放てば肉体による力を失い、それでも動くことができてる力の源、魔力すら無くなるだろう。加えて喘息の発作もいつぶり返すかわからない。体も肺もまるで休めていないのだから。
だから、もう一つ、プライドを捨てるのだ。
「ハハッ!クソ…ッ!」
その怒りに笑えてすら来る。
頑固なプライドだ。命をかけてでも守るべきことじゃない、頭では分かってる。けれど、ウィルは自分の感情を制御できない。悔しいという感情はずっと付き纏う。
必要な時に、感情に振り回されて必要な行動が取れないのはウィルの弱さだ。
己の弱さを認めているから魔法使いを名乗らないのに、幼いと馬鹿にされることが許せないのはウィルの器の小ささだ。
そして今、自分は未熟な腕ながらもエドガーと戦うため“魔法使い”を名乗った。
“魔法使い”、そんな尊い存在が“魔道具”などと言うものに頼るなど、ウィルには到底許せることではないのだ。
だが、それでも…今は…!
少年は苦痛に歪む上体を下げ、地面に置いた青銅色の剣を拾う。
「師匠、力を貸して下さい…!」
この剣はウィルの師匠の形見だ。魔道具の使用者を認める“鍵”は死に際の師匠がウィルに渡したらしい。今はウィルを所有者としている。
青銅色の剣を引き抜き、その力を行使する。
五感では感じ取れない六つ目の感覚で剣の中の心臓を感じ取る。心臓のように常に波打つソレの常に均一な脈動を敢えて乱す。するとソレから染み出るように魔力が流れ出す。流れ出した魔力はすでに金色に染まっており、その力を剣を握る腕から全身に流す。
これが、魔法装備の使い方だ。自身の内部の魔力を使う魔法使いと装備の魔力を使う差異。
「フーッ!フーッ!フーッ!」
そしてこの装備から流れる力は尋常ではない。十全の状態のウィルでもまだ満足に扱える代物ではないのだ。強い負荷がかかり、肉体を蝕む。
(イテェ!!)
強化を強める程に、背中の傷が痛む。体中の筋肉が一本ずつちぎれ、骨が締め付けられていくような感覚に襲われる。それでも強化を止めない。
エドガーは強い、万全のウィルでも勝てるとは到底断言できない相手だ。きちんと教育を受け、成人した魔法使いは、多くのことを学んでいるのだ。
体が痛みに震えながらもなんとか肉体を強化し続ける。
かつてこの剣を使っていた師匠は「技術と筋力」と言っていたが、そのどちらもウィルにはまだ足りていない。
しかしそれでも、今のウィルの身体能力は、自身の魔法で肉体を強化した時を上回る。
「ま、まさかあれは…」
「そんな馬鹿な…」
老齢の魔法使い達が、その威容に反応する。彼らには見覚えがあったのだ、その金色の魔力に。
(知ったことか!)
エドガーは自身の敗北の可能性を切り捨てる。
何もかもが気に入らなかった。ウィルが勝つかもと期待を寄せる場の空気、壇上のティーゼルの抱く考え、この少年が魔法使いであるという事実。
「貴族同士の決闘のルールをしっているか?平民。」
そう言って、球状で黄色半透明の障壁魔法を展開する。学院中等部の魔法使いが身につける魔法だ。
“名持ち”の魔物の攻撃でもある程度は防ぐことができる。それ以下の魔物の攻撃などヒビ一つ入れさせない。魔法使いが安全に魔物と戦うことができる理由の一つだ。
「知るわけねえだろ、小便みたいな色の盾を使いやがって。」
もはやエドガーへの嫌悪感を隠す気もないウィル。両者青筋を額に浮かべている。
「障壁魔法を破かれた方が敗北だ。だが貴様は障壁魔法を持たないのだろう?その時点ですでに敗北とも言えるが…」
「知ったことか。魔法を当てていびろうと殺そうと、好きにすればいい。俺は動けなくなるまでお前のその小便みたいな盾を狙い続けるだけだ…」
ウィルが決闘に差し出すのは己の全て、負ければ今度こそ殺されるかもしれない。しかしそんな恐怖を怒りが、衝動が塗りつぶす。戦いを止めるつもりは無かった。
ウィルはとっくに冷静などではないのだ。
「その“覚悟”なんてものを、“後悔”に変えてやる。人としての尊厳を全て踏み躙ってやるから覚悟しろよ、クソガキ。」
そうして魔法使い2人の戦いは幕を開ける。




