第38話 エドガーの話、ウィルの話
エドガー・ウィンストンはここから東にあるウォーベンという国の貴族である。
まだ20の貴族の若者で、何より貴族たちの権威の象徴でもある“魔法使い”の一人だ。
“魔法使い”とは血によって受け継がれる才能であり、貴族はその才能を囲う者達の権威を保っていると言っても過言では無い。
しかし、そんな彼等にも実力差は存在する。そしてエドガーは、その中では決して優秀な人間ではいられなかった。
家族の中では数少ない魔法使いだと持て囃され、東の学院に赴いたエドガーは、その才能の差を目の当たりにした。
その号外不遜な性格はトラブルを引き起こし、足りない実力で決闘も多くした。そこでは辛酸を多く舐めることになった。
周りの人間が大体一年ごとに進級していくのに対して一つ留年したこともあった。結局、学院最大の称号である「魔導士」の権威にまで預かることはできなかった。
決して、無能ではなかった。魔法使い達は厳しい世界だ。エドガーよりも後ろにいる人間は多く存在する。しかし、エドガーより前にいる人間も多く存在した。
家と学院でのそのギャップが、エドガーを狂わせた。いつしか自分より低い人間としかアイデンティティーを保てず、関わることが出来なくなっていったのだ。
そうして生まれた歪んだ感情を身分の低い人間にぶつけるようになっていった。最も身分の低い奴隷に対する態度など最たるものだろう。
平民とは決してエドガーの上に立たない人間達だ。“英雄”などと呼ばれるようなほんの一握りの者達のを除いて、彼等は皆エドガーを超えられず、見下されてくれる。
そんな平民のはずの少年は、吠えていた。
ウィルは唯一の装備であろう青銅色の剣、それを震える手で丁寧に地面に置くとマントを払い除け、鎧すら身につけていない姿を衆目に晒す。
(何のつもりだ?)
「貴族に逆らうな。俺みたいなガキでも知ってることだ。」
唯一の装備すら投げ捨て、何も飾るものがなくなったウィルは、その心のうちを語る。
「彼等を尊び、命令に従い、感謝をして生きろと。」
それが、この時代の常識だ。
装備すらなく自身の身一つでだけで奇跡を造出できる優れた存在、それを“魔法使い”と呼ぶ。
血に宿る才能、どれだけ努力しても魔法使いでないものは魔法使いにはならない。
実際エドガーが肉体を強化すれば、一般人を軒並み上回る腕力を身に付け、魔法によって生み出す盾は、上級冒険者であろうと貫くことは能わず、生み出す雷は“雷豪”のガゼルの一撃を凌ぐ。
「並外れたその魔法の力を持って1000の魔物を撃ち払い、人々を守る存在なのだと!俺はそう教わった!」
それが、ウィルが幼い頃伝え聞いた魔法使いの姿だ。
「そうだとも、だからこそ尊ばれ、頭を下げるべきなんだ。それが出来んから問題児などと呼ばれるんだ、このクソガキッ!!」
エドガーも叫び返す。しかし、
「だからこそ、肝心な時こそ命を張って、戦う義務があるはずだ!!」
その言葉に、観衆の中の特に年配の魔法使い達が強く同意をしめす。その中には先日ウィルと共闘したハインリヒの姿もあった。
彼等はもう、気付いている。
「お前は何だ!エドガー!勝てる相手としか戦わず!怖い相手なら身を隠す!“冒険者”や“騎士”に護衛なんかをさせて、あまつさえッ!人を奴隷のように使役してッ!!!」
「黙れッ!貴様のような平民が知った口を聞くな!魔法使いに命をかけて戦えとでも言うのか!!」
その言葉にエドガーのような若い魔法使いたちが同意する。彼らは皆自分たちは特別で大切にされるべき存在なのだと育てられてきた者達だ。だが、
「そうだッ!!!それが出来ないのなら、出来ないのなら貴族を名乗るな!」
今叫んだウィルの怒りは12年生きて来た彼の価値観そのものだ。東の地で育ったエドガーとはまるで違う、生まれてからずっと戦いの中に身を置き続けた者の考え方だ。
「それでもお前のような奴が貴族を名乗ると言うなら、名乗ることができると言うなら!!!」
ここまで来て、観衆の多くが気付き始めた。エドガーを除いて、
(まさか…)
ティーゼルも気付いた。
「ウィル…、まさか。」
ユノも気付いた。
ウィルはやった。いつもと同じ変わらぬ工程を。
今も脈打つ自らの心臓の右に、五感では感じ取れない六つ目の感覚でもう一つの心臓を感じ取る。心臓のように常に波打つソレの常に均一な脈動を敢えて乱す。するとソレから染み出るように透明な魔力が流れ出す。流れ出した魔力を赤く染めて、全身に流す。
直後、闘技場の中心に『ゴウッ!』と音を立てて巻き起こる火炎柱。危険性から飛び退く衛士達。
魔法使いとは、身一つで普通は装備が必要なものを造出することができる存在。ウィルが言うところの、皆の羨望と尊敬を集め、命を張って戦うべき者達。
繰り返すが、少年は装備を何一つ身につけてはいない。唯一持っていた青銅色の剣ですら、地面に投げ出されている。
ならば、ウィルの全身から吹き出るこの炎は…!
「今一度だけ俺も名乗ろう!“貴族”を!!!」
その言葉で観衆のどよめきは最高潮に達した。
「“問題児”のウィルが、魔法使い?!」
「冒険者がか?!」
「ありえねえだろ?!」
戸惑う観客たち。
「わ、我々はどうすれば…」
ウィルを取り囲んでいた衛士達は、皆騎士であり魔法使いではない。彼らは結局のところ平民であり、ウィルより権力が下ということになってしまう。
「さ、下がろう。我々が口を挟むべき問題ではない。」
一方ウィル。
少年は衛士にしょっ引かれるべき犯罪者から一転、羨望すら孕んだ視線を受けていた。それほど、魔法使いという存在に与えられた力は強いのだ。
魔法使いでは無い貴族はいるが、貴族でない魔法使いはいない。
そんな青い血を持つ少年は、魔法使いとしての自分を育んだ、かつての記憶を回想する。
ウィルの生まれは、ある西の開拓村だ。“大敗走”の折、西に取り残され、全滅したと判断された一団だった。
その中には戦える者戦えぬ者、皆々が存在したが、彼等を守ろうと戦った“魔法使い”は既に全員死んでしまっていた。
ウィルは生まれて“10年間”東の文明に戻れぬ人々の間で育てられた、戦場で生まれた子供だったのだ。
父はとっくに死に、母はなんとかウィルを産み残して死んだ。どちらも魔法使いだったらしい。
余裕のない開拓村で、唯一の幼子であったウィルを皆が大切に育てた。魔法使いであることが分かった際には一層尊んだ。
周りが自分を「ウィル様」と呼ばれることが当たり前だと思って育てられたのだ。周りからすれば貴族として当然の扱いだった。
「魔法使いって、なんなの?」
ウィルは自身が尊ばれる理由を“師匠”や“先生”に求めた。だって村には自分以外の魔法使いがいなかったから。
「誰よりも強くて、みんなを守ってくれる人だよ。あの人みたいに。だから、ウィルも大きくなって強くなったら、わたし達を守ってね?」
「うん!もちろんだよ!!」
それは“先生”の口癖だった。大切にされるのには理由がある。されるだけの価値を、自分に築き上げてみせる、幼きウィルはそんなことを考えながら育っていった。
お前はどうなりたいんだ?そんな問いを投げかけたウィルの師匠は「みんなに凄いって言われたい!」そう答えたウィルを見て初めて“師匠”になった。
「立てウィル!あと素振り100回だ!!」
ウィルから鬼!と陰口を叩かれていた“師匠”は魔法使いではないが、最強の龍人だった。
後に聞いたが、彼1人なら西側の魔物の包囲を突破して東に帰ることができただろう。しかし、彼は村に残る100人近くの仲間達を見捨てることができなかった。
ウィルの人を守る高潔な精神は、彼によって鍛えられた。
師匠は魔法使いではなかったため、魔法装備を使って肉体を強化する経験からウィルの身体強化と剣の振り方くらいしか教えることができないのを、影でずっと悔やんでいた。
ウィルの炎、そして爆発を引き起こす時に使っている風の魔法は完全に独学であり、ウィルが初めて自力で火を起こした時、滅多にウィルを褒めない厳しい師匠は「よくやった」と手放しでウィルのことを称えた。
そしてウィルはそれでいてプライドが高かった。周りに褒められて、尊ばれて当然の人間になるのだと、できる鍛錬は欠かさなかった。
この頃から自信が激しい運動を繰り返すと“発作”を起こすことに気付き、それを周りに隠そうとしていた。
ある訓練の最中、
「ヒュー、ヒュー、ヒュー!」
だんだんと鍛錬のレベルを上げていた師匠は、初めてウィルの“喘息”に気付いた。少年がそれを隠そうとしていたことも。
「何故黙っていた?!!」
慌てて“先生”を呼びに行こうとした師匠にウィルは縋った。
「嫌だ。言わないで…!」
「ウィル…」
「俺は、ヒュー、戦えなくちゃ、ヒュー、ダメなんだ!」
歯を食い縛り、師匠の足に縋るウィルの剣幕は“師匠”も初めて見るものだった。
ウィルは自分の“持病”が戦士としてどれだけ不利益なのかよく理解していた。
この頃からその剛腕で敵を殺せるよう弓や投擲を教わり始めた。
そうして、何とかウィルも魔物と十分戦えると判断された折、生き残った全員での東に向けての脱出作戦が決行され、ウィルだけが生き残った。
師匠は最後、ウィルを助けるために命を落とした。
その時のことは一生忘れられない。
「何が、魔法使いッ!!何が、どこが、どこにッ!大切にされる理由があったんだよ。師匠ッ!!」
ウィルを大切にしてくれた人たちに、ウィルは何も返すことができなかった。「いつか守ってね」と言った先生も、それ他の「ウィル様」と尊んで育ててくれた開拓村の大人達も、師匠も、ウィルが何一つ返せることなく死んでしまった。
「こんな、魔法使いが、いるものか…!」
ウィルは己の弱さを呪った。生まれて10年間、本物の魔法使いを見たことのなかったウィルは、その頭の中に凄まじいほど優れた“魔法使い”の理想の姿があった。
皆に尊ばれ、崇められ、その代わりに命をかけて弱い人たちを守る。最低限師匠のように。
そうでなければ、どうして自分が生きながらえたのか分からない。自分以外の誰かに、それを返せなければ、ウィルが愛し、愛された全ての人の想いを否定してしまう。
だから、理想の自分に成れるまで、ウィルは魔法使いと名乗るのを辞めたのだ。
尊ばれたい。崇められたい。凄いって褒められたい。それはウィルが生まれながらに持つ強い承認欲求だ。しかしそれは“魔法使い”という称号に対してでは無い。
(実力で示し証明する。)
西の安全な開拓村で拾われてからずっとウィルはそう考えている。
だからこそ、今こうして“魔法使い”という名前だけで羨望を受ける自身に激しい憤りを感じているのだ。




