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第37話 全てを捨てていけ

「ウィル?!ウィル?!!」


「兄貴?!」


ティーゼルが離れたから暫くして、ユノとダインが、倒れたウィルの下に辿り着いた。


装備は剥かれ、背中に血を滲ませた満身創痍。


「何があったの?!」


その倒れ方はとても不自然だ。いつもの鎧も弓も剣も無く、剥かれている姿は魔物の戦いでついた傷とは思えない。


「貴族様に、拷問を受けてたんだよ…。」


ふと、近くの冒険者が遠くから見て得た情報をそのまま話す。


「そ、そんな…」


「そ、そんなことが…貴族ってそんなにクソなんすか?!」


激情を露わにするダイン。


市民を守るはずの成人した貴族が、特権階級というだけで12歳の少年の“竜の素材”を奪うために痛めつける。そんなことが倫理的に許されるのか…。しかし、法は彼ら(貴族)の味方だ。


「最近の貴族は横暴な人が多いと聞いていたけどこれほどだなんて…」


「と、とにかくまずは兄貴を医療棟へ…」


「行か、ねえ…」


「ウィル!」「兄貴!」


起き上がったウィルを見て、2人はそれでも嬉しそうな声を上げた。


対照的にウィルは目を閉じ、何かを思い詰めたような顔をしている。


「行かない訳にはいかないでしょ?!とにかく治療を」


ユノが心配して声をかけるが、


「行かねえっつってんだろ!!!」


目を見開いて顔を怒りに染め、飛ぶ怒号。それは、ユノが少年から受けたどんな声より怒りに満ちていた。


「ウィ、ウィル…?」


「兄貴…?」


瞠目する姉弟。


そしてウィルは枕代わりにしていたポーチを握りしめると、一人歩き出した。


「ちょ、ちょっと待ってウィル!」


ウィルは装備を全て剥ぎ取られているのだ。鎧も、剣も、弓すら無い。今やただの12歳の子供の筈だ。


そんな少年が一人でどこに行くと言うのだろう。しかし、少年の剣幕に負けて止めることができず、何歩か離れてついていく姉弟。


向かう先はユノの店の中の今日まで自室だった場所だ。


そこには小さな荷物入れが入っている。そこから、ウィシュタリアに来てから一度も使わなかった青銅色の剣と以前買った高級ポーションを取り出した。


「フー、フー、フー。」


乱雑にポーションを背中にかけるが、息切れは止まらず、体には碌に力が入らない。


店の外に出ると、ガゼルがユノとダインを引き連れて腕を組んで待ち構えていた。


「ウィル君、何が起きたかはある程度聞いた。落ち着きなさい。1人で貴族と事を構える気か?」


(クソ、ちょうどウィシュタリア様がいないこんな時期に…)


先日ウィシュタリアはガゼルと話をした際、少し都市を離れると言っていた。相談ができる、かもしれない権力者がいないのだ。


だが、ウィルは


「そうだガゼルさん、どいてくれ。あんたには関係ない。」


「関係ないわけがないだろう?!良い加減な事を言うな!!」


体はボロボロ、店にあった黒いチェッニックとズボンを来て、赤いテーブルクロスをマントがわりに纏っている。


その相貌は怒りで染まり、尋常ではない闘志を宿している。


(止めなくては…)


今のウィルはただの12歳の少年だ。そうでなくとも大人として、力ずくでも貴族と争うのはやめさせなければ。


「どうしても、邪魔するんですか?」


「当たり前だ!!」


戦いは避けられない、その事を理解するとウィルはまだ荒い息を一瞬止めて、大きく息を吸い込み。


「上等だ。いつかの決闘の続きをしてやるよ!!」


そう、雷のような声で怒鳴った。


「また矯正してやらんとな、ウィル君!」


満身創痍の12歳の子供相手に負けるはずがない、そう思ってガゼルはウィルと再び戦った。



「ば、バカな…」


腹部を小さな拳が強打し、思いっきり吹き飛ばされるガゼル。


『ズドォォォオオオン!』


しかもその体はユノの店に吹き出し、店を半壊させた。


「あ…」


ユノから溢れる声。その声は悲しみに満ち溢れていた。


「お、親父?!」


ガゼルの元に駆け寄る姉弟。


それを冷たい目で見つめながら、ウィルは青銅の剣を鞘にしまった。


「ウィ、ウィル。」


ユノがガゼルを介抱しながらウィルに向ける目線は、普段は明るい少女のものとは思えない、恐れを孕んだものだった。


「邪魔を、するからだ…!じゃあな!“雷豪”のガゼル!」


最後にウィルはユノに顔を向けてからその場を後にした。


その顔を見てユノは何かを思ったようだった。


「フー、フー、フー。」


今の運動でまた発作が起きかけている。それでも足取りは止まらない。ふと、気づく。


「ダイン、いるな。」


「はい、兄貴…」


物陰から現れるダイン。


「親父の面倒を見なくて良いのかよ。」


「親父は、姉貴が見てるんで。俺はそれより兄貴っす。」


「ハッ、いつまで弟のつもりだよ!兄弟ごっこは終わりだって分からねーか??」


「兄貴!」


そうなじるウィルをダインは正面から見つめる。


「止めて、見せるっす!」


剣を構えるダイン。


「お前にできるわけねえだろッ!!」



一分も持たず殴り飛ばされるダイン。


「チク、ショウ…。」


地面に体を倒しながら、悔しそうに意識を失うダイン。


そんなダインを残して、再び歩みを進めるウィル。目指す先は、この街の東北部に位置する貴族街だ。



〜〜時は2週間ほど遡り、“城塞”のウィシュタリアと、医療棟の長メディシアが語り合う場面。


「あの子には、戦闘力以外に致命的な欠点がある。それを改善できない限り必ずどこかで死ぬ。」


「なんだ、その欠点とは?」


「それはね…人を頼れないことさ。」


メディシアはその権威を持って傷だけではなく心の医者としての観点からもウィルの経歴を確認した。実際に話した時の言動と経歴にあるその姿。


ウィルは苛烈な性格をしているが、助けを求められば必ず助け、頼りになろうとする存在だ。しかし、自分自身が人を頼ることが許せない。


ギルドの少年の取り扱いも、手助けにならないように、少年のプライドを傷つけないように手伝うべし、と一貫されていた。


「それは、確かに致命的かもしれんな。」


ウィシュタリアも同意する。人は絶対に一人では生きていけない。集合体を結成したからこその人なのだ。どんなに強かろうとそれは変わらない。


「魔法使いであろうと、そればっかりは誰かが直してやらんと、早死にするだろうな。」


そして二人はウィルが魔法使いであることに気付いていた。優れた魔法使いであれば、彼に触れればその右の心臓から全身に魔力が流れているのを感じ取れる。


「まあ、もしあんたがあの子を気にかけているって言うなら、もうちょっと気を張って見守ってやることだね。」


と助言するメディシア。


「ふーむ、やはり竜の素材でも送りつけて、誰か優秀な仲間でも作れる手助けに…」


「そんな簡単な話じゃないとは思うけどねぇ。」



〜時は戻り貴族街、エドガー宿泊宅にて。


「荷物は片付いたか?」


「はい、エドガー様、もう間も無く。」


ウィルを伴わずエドガー一行は出立の用意を終わらせていた。エドガーが戦えば一行はウィルがいなくても都市間の移動は容易なのだ。


「へへへ、エドガー様、この装備たち。よろしくお願いしますよ?」


ふと、ウィルから装備を剥いた騎士の一人、ベンがそんな事を言う。


「ああ、当然だ。これでお前たち護衛の“格”もあがり、オレの箔もつくと言うもの。」


上級冒険者の装備ともなれば“(ロック)”がかかっていて当然というもの。しかし、鍵というのは無くなることもある。


然るに、それを開ける鍵開け(ピッキング)という技術も存在するのだ。魔法使いの力が必要だが。


それに加え、ウィルから強奪した竜の素材を確認してみれば“竜の魔核”である。これほどのものがあれば、開拓村の失敗もある程度溜飲が下がると言うものだ。


「エドガー様、出立の用意ができました。」


白い少女がそう告げる。グレーのワンピースを着た少女の青い瞳はエドガーのように少し暗い色を宿しており、エドガー好みの色だ。


「そうかそうか。では、そろそろこの都市ともおさらばするとしよう。」


そんな愛らしい奴隷の頭を撫でて、そろそろ出発しようとした、そんな時だった。


「出てこいッ!!エドガー・ウィンストォォォォォオオオオン!!!!」


街中に響き渡る凄まじい音量、おそらく拡声魔道具でエドガー呼ぶ声がした。


「チッ!!」


忘れる理由がない。問題児(ウィル)だ。無視したいところだがここは貴族街、平民相手に逃げ出したなどという風評を受けたくはない。


「ウィル、様…」


白い少女は呆気に取られている。


「おい、ティーゼル。奴とは、何も話すな。」


「…はい。」


「お前らは出立の用意をしていろ。ついてこいティーゼル。」


そうしてエドガーは沈黙したティーゼルだけを引き連れて声がする方に向かった。


(ウィル様、どうして…)


自分の言う事を聞いてくれない少年に、少女は一人涙した。



少年は、貴族街の決闘場。観客席が外側にあり、中央下がに向けて掘られた形になっている円形闘技場の中で拡声器を手に騒いでいた。


貴族街すら飛び越えて遠く響き渡った少年の声に引きつられて、貴族だけではなく、冒険者や騎士など、かなりの人数が集まっていた。


貴族を呼び出し、あまつさえ剣を引き抜いている少年はすでに治安維持の対象だ。衛士に槍を向けられて囲まれている。


まだ取り押さえられていないのは一応呼び出し相手のエドガーを待つと言う判断なのだろう。


「ほう、予備の装備があったか。」


その様子をエドガーは、観客席のある上の土台から見下ろしていた。


見れば見慣れない青銅色の剣を握りしめている。安物では決してない魔法装備だろう。


とはいえ、だからなんだと言う話だ。少年は未だに肩で息をし、満身創痍。ここから何ができると言うのか。


「エドガーぁぁぁあああ!!!」


少年は容易くエドガーが現れたのに気付いた。


「ふん、犬のような奴だな。」


これだけ人がいる中でエドガーの出現に気付くとは匂いでも嗅ぎ分けたのか、大したものだ。


衆人監視の中、しかしエドガーは何一つ焦ることなどなかった。


問題児(ウィル)は平民、自分は魔法使い(貴族)。先ほどはティーゼルを苦しめたかったのもあり手加減したが、あの場でウィルを殺したとしても罪に問われることはない、それほどの権力の差が、自分たちには存在するのだ。


「エドガー、勝負しろぉぉぉおおお!!」


衛士に囲まれながら、少年は降りてこい、とエドガーに命令する。


「馬鹿を言うな、お前は平民、オレは貴族。この闘技場上から下まで彼我の差がオレ達の権力の差だ。決闘というのは対等な相手の同士で成立するものだ。どうしてオレとお前が決闘なんてできると思った?」


戦いすらすることはない。反逆罪で衛士に捕らえさせ、首を括らせて終わりだ。その様を見るためにもう少しこの都市に残るのもありかもしれない。そんな風にエドガーが考えた時だった。


「お前は俺と戦うよ。必ずな!!」


ウィルはそう叫んだ。



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