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第36話 貴族

「お疲れ様です。エドガー様。ご活躍おめでとうございます。」


そう言ってエドガーを讃えるのは後からエドガーお付きの騎士たちと共に現れた、小間使いのティーゼルだ。


「ありがとうござます。魔法使い様!」


次の感謝はそこらのうだつの上がらなそうな冒険者だ。


「何、簡単な相手だったよ。」


エドガーは澄ました顔で返しながらも内心ほくそ笑む。


エドガーは、もう2、30分以上も前からウィルの戦いを遠目で観察していた。首無し騎士(デュラハン)の攻撃は自身の脅威にならず、鈍重な動きは格好の的。


(楽に勝てる相手だな。)


そう判断してやっと出てきたのだが、周りの人間はそのことを知る由もないだろう。


粘り強さは認めてやるが、目の前の小さな少年も所詮はただの“冒険者”、やはり魔法使い(貴族)である自分には程遠い存在なのだ。


エドガーは彼の世代に多い貴族たちと異なり、平民と話す時も大っぴらに見下した口調では話さない。


彼らはそれだけでエドガーを良い貴族だと称え、賞賛する。


それはエドガーの自己肯定感を満たし、自身が必要とされる存在だと再認識させてくれる。目の前の、少し強いだけの問題児(クソガキ)などとは違ってだ。


(間違いなのだ。“英雄”がこんなガキを讃えるのも。)


ふと、想起される“城塞”のウィシュタリアが、問題児(ウィル)を称え、隠れ人(エドガー)を非難したあの日(竜の襲撃)の光景。


この程度のガキがなんだというのだ。


あれはエドガーのプライドを傷付け、激しい怒りを与えた。


(間違いなのだ。悔しそうに自分を睨め付ける“冒険者(平民)”など。)


そうに決まっている。


(間違いなのだ。“所有者(ティーゼル)”がこのガキに向ける羨望も。)



騒ぎも収まり、人々が辺りの救助活動を始めた頃。


「ウィル君」


ふと、エドガーはウィルに直接声をかけた。


「なん…ですか?」


話しかけらると思っていなかった少年は、口の書き方に一応の注意を払って答える。


しかし、隠しているつもりかも知れないが、少年が何を考えているかは本当に分かりやすい。全て顔に出ている。


不平、不満、苛立ち。この少年が自分のことが嫌いなのをエドガーはよーく理解していた。


昨日、次の出発のための少年の荷物を荷台に乗せる為、すでに運び込まれていた。荷物が増えたそうなので、先に受け取る手筈だったのだ。


エドガーに中身を確認する権利などないが、魔法使いにも見逃せない、あるものがそこには入っていた。


「君の荷物には、例の“竜”の素材があるだろう?それを、()()()()()()()()。」


「?!」


ウィルの顔が驚愕に染まる。後ろのティーゼルが息を呑んだのも伝わってきた。


それは、あまりにも理不尽な“命令”、だった。竜の素材、それを求めないものなど魔法使いでも少ない。


竜の装備を身につけた騎士を連れ歩けば、貴族社会でも羨望の的だ。社交界でも高い評価を得られる。


「それは、命令、ですか?」


(ったくこいつは。)


丁寧な言い方をしてやったというのに、平民は魔法使い(貴族)に従うもの。角が立つ様な言い方をすることそのものが、悪だ。


「ウィル君、あまりこういうことは言いたくないが…、逆らうことは許さんぞ?」


そして、手元に雷の鞭を出し、地面に叩きつける。


『バチィン!!』


それを見て周囲がザワつく。


(知ったことか、平民は平民だ。)


しかし、目の前の少年は、やはり従わなかった。


あまりにも理不尽なその命令に、その相貌を怒りに染めて、


「あんま馬鹿なこと言ってんじゃねえぞ、魔法使いだからって!!」


「待ってください、ウィル様、」


「黙っていろティーゼル!」


何か言おうとしたティーゼルを黙らせるエドガー。彼女は命令に背くことはない。それだけで沈黙する。


「このッ!!」


少なからず仲の良いであろう少女に命令するエドガーの姿を見て少年は怒りのボルテージをあげる。


手の早い少年がそれでもまだ手を出さないのはギリギリ理性が働いているのだろう。


(思ったより考えて動くのだな。)


少し印象を改めるが、この先に起こることは何も変わらない。


「命令を聞かないというなら“教育”が必要だな。」


突如浮かび上がる殺さぬよう威力を弱めた雷矢。


「ッ!!」


少年は首無し騎士(デュラハン)と違って素早い。


飛び退いてそれらを避ける。


「やるじゃないか。しかし、いつまで続くかな?」


当然、一度で終わることはない。直後再び浮かび上がる雷矢。


「クソッ!!!」


「ハッハッハッ、それそれぇ!!」


その俊足で飛ぶ様に避けるウィルに、笑いながら雷矢を放ち続けるエドガー。


ウィルは貴族相手に攻撃していいか、明らかに悩んでいる。


剣を抜いてこそいるが、一向に攻める気配がない。


「なかなか粘るな、ではこれはどうだ。」


そうして左手の杖で雷矢を出しながら、右手で雷の鞭を作り出し、振り抜く!


「グッ!!!」


少年はそれすら避けるが、直後襲う雷矢の一本が少年が背負う矢を擦り、弦が切れた。


「ッ!!!」


「まだ舞ってみせるか?」


そういって雷の矢を、雷の鞭を振りかざす。


だが直後、少年の動きが明らかに遅くなった。


そして少年の体に衝突する雷矢。


『バチッ!!!』


「ヅアッ!!!」


溢れる苦悶の表情。死ぬような威力ではないが、少年の体に走る激痛。


そして少年は地面に倒れ込んだ。


「ヒュー、ヒュー、ヒュー」


額には悪い汗が浮かび、息が上がってしまっている。喘息の発作だ。体に力が入らず、もう動けない。


ポツポツと雨が降り始めた。


地面に倒れ込んだウィルにズカズカと近付くエドガー。


「流石にバテたか?いや、その息切れ、貴様病気でも持っているのか?まあ、()()()()()()()()()()、なっ!」


直後うつ伏せに倒れ込んだウィルに叩きつけられる雷鞭。


「ウグッ!!」


「ふん、鎧が邪魔だな。おい。」


そう言って後ろの自分の配下を呼び寄せる。


「邪魔だ、剥け。」


「はい。剥いた装備は、その…?」


「当然、持って行け。あとで使えるようにしてやる。」


「へへッ」


本来ならティーゼルが率先して動くべき仕事だが、ウィルの装備が欲しかった護衛の一人が率先して動いた。


「ヒュー、ヒュー、ヒュー。」


酸素が体に十分に行き渡らず、力がまるで入らないウィルは簡単に装備を剥かれ、傷跡の残る背中を露わにする。


「ははは、すでに“教育”を受けたことがある様だ。流石は“問題児”。ならば手加減は要らん、なっ!」


「クアッ!!」


そして容赦なく叩きつけられる雷鞭。


「1ぃ!2ぃ!!3ッ!!!〜」


鞭を振るエドガーには酷い笑みが浮かび、振る毎に威力を増していく。


「ヅア!ガッ!アグッ!!」


すぐにウィルの背中からは血が滲み出した。周囲には止めようとする人もいたが、その周囲の人間がそれを静止する。


平民は、貴族に逆らうことなどできないのだ。冗談ではなく明日は我が身になるかもしれないのだ。


「エ、エドガー様、殺してしまうおつもりなのですか?」


いつもよりかなり震えた声でティーゼルが尋ねる。


「いやいや、そういうつもりではなかったのだが…やれやれ、つい力が入り過ぎてしまったな。」


思った以上に自分はこの少年が嫌いらしい。今も、自分を嗜めるようで少年を心配する少女の姿を見ると、イライラする。


仕方ないので硬い革靴で少年の背中を踏み付ける。


「ガッ!!」


「この無礼な少年の教育、わたしでは殺してしまうな。」


「フー、フー、フーー。」


息をなんとか整えようとする少年を睨め付けた後、エドガーは嗤った。いいことを思いついた、とでもいう様に。


「ティーゼル、()()()


「…あの、エドガー様、今なんと?」


白い少女はその信じられない命令を聞き返す。まるで脳が理解を拒んでいるかの様に。


「お前が命令を聞き返すとは珍しいな、お前がコイツに鞭を打てと、そう言ったんだ。」


「ッ?!」


それを聞いてエドガーの靴の下の少年は顔を歪め、白い少女は絶望的な表情をする。


「あ、ああ…」


雷の鞭は持ち主の手元を離れても暫くは機能する。エドガーはティーゼルの手に鞭を握り込ませると…


「やれ。いつもお前がされている様に、な。」



「…96、97、98、99、100」


ディーゼルは、命令に逆らえなかった。


できるかかぎり痛くないよう、それがエドガーにバレない様に100度、ウィルの背中を痛めたつけた。


一度叩く毎に、ウィルが上がる苦悶の声がどうしようもなくティーゼルの心を抉っていった。なのに、命令に逆らえない。


だって、逆らえば逆らうほどにエドガーは鞭打ちの回数を増やしていくというのだ。


(ウィル様が、死んでしまう。)


喘息の発作を起こし、背中からは酷い出血、雨は酷くなり徐々に少年の体温を奪っていく。12歳という小さな体にこの仕打ちはあまりにも辛い。


(辞めたい、辞めたい!辞めたい!!誰か、助けて!)


そうして終わらせた100回の鞭打ち。しかし、


「力をちゃんと入れたのか?」


「………も、もちろんで、」


「嘘をつくなっ!!!」


突如響く怒号。


「もう一度、100回だ。次は手を抜くなよ。」


「…………」


「返事は??」


「は、はい!」


「トロいんだよ!110回だ。」


「はい!」


(ああ…)


「1!、2!、3!〜」


「グッ、ガッ、アッ!」


(私は…)


「21!、22!、23〜!」


「ツゥ、グッ、アアッ!」


(どうしてこんなにも…)


ウィルに輝きを与えられた蒼い瞳はいつしかまた、暗く濁り始めていた。


「74!、75!、76!、〜」


時間が長過ぎる、自分が鞭に撃たれる時よりよっぽど長い。


「82!、83!、84!、〜」


すでにウィルから声がしない。今すぐに介抱をしたい、けれどそれは許されない。


「101!、102!、〜」


(速く、速く終わって…)


「106!、107!、108!、109!、110!」


『バチィイイイン!』


エドガーの顔を見ると彼はまだニヤけていたが、ティーゼルの手元の鞭が消えたので、許された、ということなのだろう。


「ははははは、愉快愉快。まあ流石に命令に従わない冒険者を連れていくわけには行かんな。ティーゼルには心苦しいだろうが、仲の良い“問題児”に、ちゃんとお別れをしておくんだぞ?」


(ああ、そうか…)


エドガーは、自分の所有物が他人(ウィル)と仲良くするのが気に入らなかったんだ。


人の機微に鋭いつもりだったティーゼルは、ウィルとの交流が、触れ合いがあんまりにも楽しくて、それに気づかなかった。


(私の、せいで…)


ふと、雨が激しくなって来た。重く、その頻度を増して。


「先に戻っておくぞ、ティーゼル。帰ったら都市を出る準備を終わらせておけ、ではな。」


そう言ってエドガーは護衛を引き連れて去って行ってしまった。


エドガーが見えなくなった瞬間、ティーゼルはウィルに飛びついた。



ウィルは朦朧とする意識の中、口元から送られてくる甘い空気を感じ取った。


なんだか唇が暖かい気がする。


「ガフッ!!フーーッ!!!」


息が止まっていた。喘息で動けなくなったところで鞭を撃たれ、鞭打ちがティーゼルに変わったところまでは記憶にあるが、途中で息が出来なくなり意識が飛んだのだ。


「ウィル様?!息ができますか?!」


唇の暖かさが離れ、聞き覚えのある少女の声がする。視界はボヤけ、周囲の様子がよく見えない。


「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ」


肺の負担が強く、とても声が出せる状態じゃない。それでも、目の前の少女に一言伝えたかったのに、


「喋ろうとしないでください。息を、息をすることだけを考えてください。」


ティーゼルはそういうのだ。彼女の言うことだ。従うべきなのだろう。


(痛い…寒い…)


背中が痛い。貴族の鞭は体を芯から傷つける。体温は下がり少年の体はまるで言うことを聞かない。


「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。」


ウィルの呼吸がなんとかできる様になったのを確認した少女は、何かを背中に塗りながら、ずっと謝っている。


「謝るな」そう言いたいのに、声が出ない。体が動かせない。


どれくらいそうしていたのだろう。


「ヒュー、ヒュー、ヒュー。」


今だに声は出ず、体は動かず、目の焦点も合わない。雨風が冷たく体を冷やす。たが、段々と回復していくのは分かる。


(あと、少しで…)


ティーゼルと話せる。ウィルはティーゼルと話したかった、けれど…


「ウィル様、私、ウィル様が、大事です。」


少女は一方的に告げることしかしてくれなかった。まるで理不尽なウィルのように。


「カッコよくて、憧れで、優しくて、認めてくれて、そんなウィル様とまだまだずっと要られると思っていました。けど、」


何を言おうというのだ。待って欲しい。ウィルにも、喋らせて欲しい。


「けど、大事だからと言って、()()()()()()()()()()()()()()()と思います。ですからウィル様、ここでお別れです。」


そういうとティーゼルはいつも身につけているポーチをウィルの頭の後ろに枕代わりに置くと、立ち上がった。


「エドガー様と私がウィル様にしたことを、これで償えるとは思って居ません。居ませんが、ウィル様、どうか私のことは忘れて、幸せになってください。それが、お互いのためなんです。」


そうして少女は、雨に濡れながらも立ち上がり、その場から去っていった。


ウィル(意志)を、そこに置いて。


ティーゼルを見送るウィルの口元に入った雨水は、信じられないほど苦かった。

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