第33話 それはあまりにも熱い
「最後の1週間は、うちに泊まって行ってよね!」
依頼も終わり、そろそろユノの店から離れるべきか考えていた矢先のことだった。
「ああ、分かったよ。」
ユノだけじゃない、ガゼル、カーネル、ダイン、皆がそれを当然だよな?という顔でウィルを見てくるのだ。
ユノも一度店を閉めるそうで、出立の日まで家をガゼルの宅にすることになった。
「ウィル〜!塩とって〜!」
「はいはい。」
ユノは昨日から更に甘えるようになって来た気がする。とはいえ、彼女とこうして笑い合えるのもあと1週間だ。ウィルもついつい許してしまう。
龍人とはいえ、彼らは本当の家族のようだった。
「服を買いに行きましょう。」
カーネルの提案だった。鎧以外、ダインの服を借りるウィルのため、記念にもなるようみんなで服を買いに行こうというのだ。
「「「いいわね!」っすね!」だろう」
かくしてガゼル一家及びウィルの五人は、ウィシュタリアの服飾エリアに向かうことになった。
「ここはウィシュタリアでも1番の規模の仕立て屋さんよ〜。亜人にも仕立てが出来るいいところが他にあんまりないってのもあるけど。」
と、カーネルさんが説明してくれる。
とはいえ、ウィルは服なんてまともに選んだことがない。どう選んだものかと考えていると、
「ウィル〜、これ着てみてよ!絶対似合うよ!」
「姉貴!兄貴にはこっちの方が似合うぜ!来てみてくれ兄貴!!」
と、お互いの好みを押し付け合いながら物凄い剣幕で迫ってくる姉弟。
「待て待て待て、落ち着けお前らぁぁああ!!!」
「ふう…、つっかれたぁ。」
そのまま1時間くらい着せ替え人形にされていた。姉と弟、女と男、同じ親から生まれたとはいえ絶妙に好みが違う様で、二人は「こっち!」「こっち!」と今も熱いバトルを繰り広げている。
ウィルはその場から冒険者の身体能力でひょいっと抜け出して、高台の上から下の町並みや二人を眺めている。
「はっはっは、お疲れ様、ウィル君。」
隣に現れたのはガゼルだ。そういってどこから買って来たのか冷たい飲み物をウィルに渡して来る。
「ありがとうございます。…甘くて美味しい。」
口の中から濃厚に広がる甘味、初めて食べた。
「なんですか?コレ?」
「チョコライト、というらしい。初めてかい?」
「そうですね。」
少し沈黙して二人で飲み物を啜っていた。決して気まずいものではなかった。
「早いものだな。君と出会ってもう2週間か。」
ふと、ガゼルが口を開く。
「そうですね。長かった様な短かった様な。」
「本当に、行ってしまうのかい?」
「…はい。」
「そうか。ウィル君、あの時の問いだがね…。」
ガゼルがある事を切り出そうとしたその時だった。
ウィルの目に、見覚えのある白い髪が目に入って来た。
「!!ティーゼル!」
高台のすぐ下、間違いなく声が聞こえたであろう距離。決して見間違えることなどあり得ない。ティーゼルだ。しかし、
「あ、おい!」
逃げた!あのディーゼルが。気のせいじゃない。ウィルの声を聞いて、一瞬ウィルの方を見ると、間違いなくその場から逃げ出したのだ。
…その行動は、ウィルの追いかける足をすくませてしまった。
ウィルはティーゼルに嫌われたくない。彼女とは是これからも仲良く語れる仲でいたいのだ。
しかし、彼女はそうではないのではなかろうか?原因に全く心当たりはないが、これ以上ティーゼルに近づく事はお互いのためにならないのではないか?
(どうしよう)
普段は行動を滅多に迷わないウィルは、珍しく動けなくなってしまっていた。
その様子を横で見ていたガゼル。ガゼルはカーネルほど人の機微に聡いわけではないが、これまで多くの年を重ねた経験がある。
あれは先日ウィルと対決した時にも率先して治療に現れ、竜の襲来の際、自分たちを見て逃げる様にさっていった少女だ。
ふと、今も下で服について息子と真剣にやり取りをする娘のことを思う。娘はあけっぴろいが、たまに何を考えているか分からない、そんな年頃だ。彼女がウィルに向ける感情は…しかし、それを考えても、だ。
「ウィル君、追いなさい。」
ガゼルは、ウィルのためだけを思ってそう告げた。
「!!」
「君はいつだって、思うがままを伝えるべきだ。今止まったらきっと後悔するぞ。」
「ありがとう。ガゼルさん!」
そう言ってウィルは高台から飛び降り、少女を追い始めた。
「悪いな、ユノ。」
娘の方を見ながらガゼルはそう溢す。だって、あの時立ち止まったウィルは、年相応の“迷い”を抱えていたのだから。
「あいつ!なんでこんな速いんだッ!!!」
ウィルは想像以上にティーゼルに追い付けずに驚いていた。
ティーゼルは異常に動きが速い。直線距離での走行速度はウィルの方が速いのだが、右へ左へ、狭い人の間をすり抜けて動き回る。まるで風の様だ。
「ええい!!待てぇええええ!」
ウィルは人の間を飛び交うのを辞めて、建物の屋根を伝って駆け始めた。
『ガスンッ!』『ズゴン!』
鎧を身につけたそれなりに重量のあるものが、かなり無茶な挙動で動き回るせいで建物の屋根に傷が付くが、なりふり構ってはいられない!
「話を、しろぉぉぉおおおお!!!」
追いつかれると思ったのか、ティーゼルはついに狭い建物の隙間に入り、取っ手や窓の出っ張りを掴んで上へ下へ立体的に逃げ始めた。
しかし、それが悪手だった。
「おらぁあああああああ!」
建物の隙間、それはウィルにとって上から下の直線距離!
「ヒェッ?!!!」
なんとウィル、上から下にフルダイブ!取手なんかの出っ張りを体で引きちぎり、下に『ズゴォン!』と音を立てて降りたった。
そうして初めて、久しぶりにティーゼルとウィルは邂逅した。
「ど、どうかされましたか?ウィル様。」
「流石に無理があると思うぞ、ティーゼル。」
久しぶりの会話は、そんな間延びしたやり取りだった。
一方残されたガゼル一家は、
「ちょっと〜ウィルはどこ行ったの〜?」
「兄貴〜、どこ行ったんすか〜?」
「ええい、お前ら落ち着け、居ない間にもう少し吟味してこい!ウィル君は着せ替え人形じゃないぞ!」
「「え〜でもぉ〜!」」
「こんな所ばっかり姉弟で似やがってぇぇえええ!」
「あらあら、ふふふ。」
舞台は移り、場所を変えたウィルとティーゼルは広場のベンチに座って話していた。
「竜と戦いに行ったことを怒ってるのか…?」
「…違います。怒ってなんかいないです。」
「じゃあ、呆れてるのか…?」
「…違います。」
ティーゼルはさっきからウィルの目を見てくれない。ウィルにはそれがもどかしくて、なんだか焦りすら感じてしまう。
yes/noの質問で尋ねるのは、想定外の答えが返って来るのを恐れているからだ。しばらくそんな意味のない問答をやっていて、ウィルはその情けない感情に気付いた。
(馬鹿馬鹿しい!しゃんとしろ俺!)
「…なんで、俺を避けるんだ?」
「避けている様に、見えましたか…?」
しかし、ティーゼルはそれでも明確な回答を避けようとする。もどかしい。
「私は、ウィル様のことを避けても、嫌ってなんかも居ないです。そんなことできる立場の人間ではありません。1週間後にまたお会いしましょう。それでは。」
「あ、ちょ、おい、待てって!」
このままではまた逃げられてしまう。ウィルはそのことに焦って、ついティーゼルの肩を掴んで、半ば無理矢理ウィルの方を向かせた。すぐに後悔することになった。
「あ…」
それはどちらの声だったか、
ティーゼルは、泣いていたのだ。その青い瞳をとめどなく閏わせて、涙のせいかいつもの宝石の様な瞳は少し濁っている。
「そ、そんなに…そんなに…悪いことしたのか…俺。」
ウィルのせいだ。そうに違いない。ウィルは頭の中が真っ白になる。一体何をしてしまったのだろう自分は…そんな不安で頭がいっぱいになり、ティーゼルの肩から手が離れ、頭を下げて地面を向いてしまう。
だが…
「違いますッ!!!」
それをティーゼルは強く否定した。
「違います!ウィル様は!ウィル様は何にも、何にも悪いことはしてないんですッ!!!」
顔を上げると、ティーゼルがウィルを見ていた。青い瞳からは涙が垂れながらも、ウィルのことを真っ直ぐ見ていた。
“先生”は言っていた。
(「相手を想う人同士が目を合わせて語ったら、決して、嘘はつけないものよ。」)
「本当に…?」
ティーゼルの瞳は、嘘だとは言っていない。けれど、ウィルは自信がなかった。
この問題が強いだけの魔物だったらどれだけよかったか、何度となく立ち向かい、命ある限り挑戦できる。
だが、この問題は目の前の少女のものだ。少女を逃してしまえば、2度と解決しないかもしれない…。
「本当です!悪いのは、悪いのは全部私なんです!」
青い瞳を震わせながらティーゼルはそう言ってまた涙を流す。手で涙を拭ってもまた新しい涙が溢れて来る。
そんなティーゼルを見て、ウィルは、
「あ…。」
ふとティーゼルから声が漏れる。
ウィルは慰めるように、少女の頭を撫でていた。己の姉ぶる輩が、昨日そうしてくれた様に。何かに苦しんでいる少女が少しでも、安心できる様に。
(俺がこんなことするなんてな…)
少し前までウィルの周りには、大人しかいなかった。彼らは幼いウィルを慰めることはあっても、決して弱音を吐くことはなかった。少なくともウィルの前では。そんなウィルが、誰かを慰めるのは、生まれて初めての経験だった。
しばらくそうしていると、少女の涙を拭う手が止まった。
「落ち着いたか…?」
ウィルは問いかける。
「…はい。ありがとうございます。ウィル様。」
少女は目の周りを赤くした顔を上げ、ウィルと目を合わせた。そうして見つめ合ってしばらくして、
「何があったか、話したく無い。そう言ったら、納得して頂けますか?ウィル様?」
そんなことをティーゼルは言った。
「お前がそれで俺を嫌わないでくれるなら、それでもいいかな。」
「はい、もちろんです。そして、もう一つお願いを聞いて頂けませんか?」
「いいぞ。何だよ?」
何だろう。先日の竜に一人で挑むくらいの無茶なら聞いて上げたい気分だ。
「頬を、撫でさせて頂けませんか…?」
「…?」
「へへへ」
しばらくウィルは左の頬をティーゼルに撫でられていた。
(な、何考えてるか全く分からん!)
「ウィル様」
「なんだよ?」
「前もお伝えしましたが、私、貴方のことを尊敬しているんです。」
ふと、そんなことを言うティーゼル。
「そりゃ、どういたしまして。俺は、強いからな。」
強さで尊敬されることはウィルの目標だ。光栄という他ない。
「違います。いえ、違くはないんですけど、言葉足らずでした。私が尊敬しているのは、ウィル様の心の強さです。」
「心の、強さ?」
そんなことを褒められているとは思っていなかった。自分の性格は酷いものだとウィルは思っている。
“問題児”、気に入らないが相応しい称号だと思っている。代わりに、腕を、実力だけを磨いてきたつもりだった。しかし、
「私は、ずっと人の顔を伺うことしかできませんでした。伺うままに行動して、いい様に思ってもらうために語る。」
「俺には絶対出来ないことだな。」
そういうとティーゼルはクスクスと笑った。
「なんだよ、笑うなよ。」
「失礼しました。けれど私は、そんな自分が嫌いでも、それを変えようとすら強く思うことが出来ませんでした。人に言われるがままに動いて、いつしかこうして売られてしまいました。それが、我が家にとって一番嬉しいこと、だったんです。」
ティーゼルには才能があった。なんでも器用にこなす彼女は、女性であっても家督を継ぐに値する。そう両親に言われる程度には優れていた。
しかし、そんな両親が事故で亡くなり、兄たちはそんなティーゼルをうとんだ。
奴隷として売られるか、毒を飲んで死ぬか。跳ね除ける意志を持てなかったティーゼルは、まだマシだろうと奴隷に身を落とした。
「家が家がって、お前の意見はどこいったんだよ。」
ウィルには到底理解できない、胸糞悪い話だ。
「私は、人を跳ね除ける強い意志を持たなかったんです。けどウィル様を見ていたら、私も少しはウィル様みたいになれるんじゃないかって思ったんです。」
「俺みたい、に?」
自分みたいなティーゼルが想像できなくて少し笑ってしまう。それを見て少しティーゼルが頬を膨らませて抗議している。
「あ、おい、悪かったって。」
「ふふ、これでおあいこですね。」
フェイクだったのか少女はすぐにいつもの可憐な笑みを取り戻した。ずるい。
「だから、ウィル様は私の憧れなんです。本当です。」
「それが、今俺の頬を撫で続けてる理由か…?」
憧れなのは分かった。理解し難いがなんとか理解した。しかし、ウィルは師の頬など撫でたかっただろうか?
「多分…そうだと思います。」
「なんだよ多分って。」
とはいえウィルは抵抗しない。こんなことでティーゼルが元気になってくれるのなら一日中付き合ってやるつもりだ。
「ウィル様は、ウィル様はどうして、私の言うことに付き合ってくださるのですか?」
「確かに今日は願い事が多いな。」
「…?!すみません。」
「思っただけだって、そんな構えないでくれ。」
自分の雑な言動はこんな時くらい謹むべきだとよく理解した。
「そうだな…、俺も、ティーゼルのことを尊敬してるから、かな。」
ティーゼルは驚く様にウィルを見る。
「そんな驚くことか?お前は、俺の出来ないことを何でもできるじゃないか。」
馬車の運転、洗濯、炊事、計算、交渉。ウィルのできないことをこれでもかと詰め込んだ程にできる。
「いや、それだけじゃないか。」
けど言っていてそれだけじゃないことに、思い至った。自分とティーゼル、彼女が普段自分にどう接していてくれていたかを考える。慣れないことを、考える。
「俺は、酷い人間だから。お前が俺の顔を伺って、いい様に行動してくれるお前との会話が、居心地が良かったんだ。」
そうだ。楽しかったのだ。ティーゼルと話すのが。気遣ってもらって、優しく接してくれて。彼女の意思など関係なく。
「だから、お前が何か辛くて、そんなことやってられなくなったら、何かしてやりたくなったんだ。お前だからこそ、だぞ。」
そういうとティーゼルが目を見開く。頬を撫でる手も止まった。
「私だからこそ、ですか?」
「そうだ。」
「あの赤髪の龍人の子でも“雷豪”相手でもなく?」
「…なんでユノやガゼルが出て来るんだ?ああ、あいつら相手でもこんなことしねえよ!」
「人の顔色ばっかり伺う、私だからこそ?」
だんだんと、ティーゼルの声が震えている気がした。
「そうだ。ティーゼル、お前が大切さだからこそだ!!」
ああ、そうだ。ウィルにとってティーゼルは、“大切”なんだ。嫌われたくなくて、嫌われないためどころか、彼女のためなら苦手な気遣いだってするくらいには、大切なんだ。
「ウィル、様」
(私は、こんな私が嫌いなのに…)
何も自分の意志を語れない。だから何もなせない。流されるままに不幸になっていく。けど自分では何もできない。奴隷なんて関係ない。ティーゼルは生まれてからずっとそうだ。そんなティーゼルを、一番にティーゼルが嫌っていた。
けれど、なのに、そんなティーゼルが、ティーゼルだからこそ、と目の前の憧れは言うのだ。
(ああ、ああ!)
彼の頬に触れる手が熱い。火傷しそうだ。心臓の音がうるさい、うるさすぎる。交わす視線が熱くて眩しい。太陽を見続けている様だ。
「ッ?!!!」
あまりの眩しさにティーゼルはウィルから目線を逸らしてしまう。
「あ、おい、なんで目を逸らすんだよ!」
「その、なんだか、今ウィル様の目が見れないんです…!」
「ハァ?やましい事があるってのか?」
その顔の白い肌は普段とまるで違って朱に染まっていた。
「そ、そう言うわけじゃないんですけど、と、とにかく今日はもう帰ります!」
そういってティーゼルは飛び退いてしまう。
「あ、おい!もう大丈夫なんだろうな?!」
ティーゼルの突然の挙動にウィルは瞠目する。
「もう、本当に!今度こそ!大丈夫です!ありがとうございました!」
そういうとティーゼルは目にも止まらなぬ速さで去っていった。
(なになになに!)
ティーゼルは戸惑っていた。人生で一番戸惑っていた。
ウィルの茶色い瞳、真っ直ぐな視線、あれが堪らなく好きだ。好きなはずなのにとてもじゃないが直視できない!
(なんなのなんなの?!)
ウィルから逃げてきたしまった。でも今の顔を何故か少年に見られたくなかった。
「ごめんなさいウィル様!」
誰も聞いてないのに申し訳なさで声に出てしまっていた。
ウィルはティーゼルの憧れだ。今や一番尊敬する人物だ。そんな少年に特別扱いされて、気が昂ってしまったのだろうか?!
(分からない!分からない!!分からない!!!)
たった12年の人生で、今ティーゼルは一番強い感情の唸りの中にいた。その感覚はあまりにも新鮮でまるで言葉にできない。
言語化できない感情を形にするように全力で走って、ティーゼルはウィシュタリアを駆け回るのだった。
一方残されたウィルはと言うと、しばらく呆気に取られていたが、それ以上できる事もないので、伝えられた通りティーゼルの快調を信じることにした。若干不安だが。
仕立て屋に帰り来る道、さっきガゼルに買って貰った甘味を見つけ自分で購入した。
甘味は、僅かな苦味の後にとても甘い味がした。




