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第32話 敗北

「勝者は、『秘境の食卓』より、メノウ選手〜!今年は粒揃いでしたが魔物料理専門店は流石に強かった!会場の皆さんは温かい拍手を〜。」


続いて発表される二位、三位にも『龍角の角煮亭』の名はなかった。


そんな虚しい結果発表をウィルは一人で聞いていた。


ウィルは実際に食べたわけではないが、ユノのシチューを食べた人の反応がよくないのには薄々気付いていた。



大会も終わり、早いところは撤収作業を終えている中、少し遅れてウィルはユノの元に戻って来た。既にガゼルやカーネル、ダインはその場に来てユノの肩を叩いている。


「あ、ウィル。」


ユノが真っ先にウィルの接近に気付いた。いつもの元気さはなりを潜め、尻尾は項垂れている。落ち込むだろう。どれだけこの大会に想いを賭けていたか、2週間程度の付き合いだがウィルはよく分かっている。


「ごめんね、賞金一つ、貰えなくて…。依頼の報酬は、今度別で…」


「要らねえ。最初からの約束通り、報酬から山分けだ。無いもんは無い。お疲れ様だ。ユノ」


そういうとユノは少しだけ笑って


「うん…ありがとう。ウィル。」


と言った。尻尾は下に垂れたまんまだ。これだから彼女の考えることは分かりやすい。作り笑いなんだとウィルは気づく。


「にしても、今年はよっぽどだんだんだな、ユノのこの料理に勝つなんて。」


そういってウィルは何となしにブースに残った僅かなシチューの残りを指でなぞり、口元に運んだ。


「あ、!」


しかし、それを見てユノが焦った。ウィルがなんだと思って舌先でそのシチューを味わった次の瞬間。


「なんだ…これ…?」


不味い。先日食べたビーフシチューとは比べ物にならないほど、不味い。まさに魔物料理というほどでは無いが、彼女の料理は、こんなことにはならない。


ビーフシューに向けて彼女がスパイスの工夫にどれだけ心を割いていたかウィルは知っている。


普段は大雑把な彼女がグラム一つ、混ぜる順一つ間違わぬように繊細に丁寧に調合したのが今回のスパイスだったはずだ。


「ユノ、お前これ…」


「あ、あはは、そのミスっちゃって。」


嘘だ。彼女は何かを誤魔化す時、尻尾が左右にうねる。今のようにだ。


彼女は、料理においてそんな失敗はしない。彼女とウィルなんかよりよっぽど付き合いの長いダインもそう言っていた。


思い当たる可能性はただ一つ。


妨害(混ぜ物)!」


何故思い当たらなかった!ウィルは自分の頭の回転の悪さを呪う。妨害されるのは、“自分”だけだと思い込んでいた。


ウィルはいい、己にかかる妨害なんて卑怯な手は、自らの手で打ち破れた。


だがユノは?疲れ果てたウィルがブースからいなくなって、普通は複数人でやるような作業をただ一人やり続けるユノ。そこに他人の姑息な妨害まで気付く余地があるだろうか?


「許せない!」


気付けばウィルは剣を引き抜いていた。


それを見たガゼルが慌てて静止する。


「ウィル君!どうするつもりだ?!」


「大会運営に抗議してくる!」


「抗議に剣がいるか!落ち着きなさい!」


「これが落ち着いて居られるかよ!!」


ユノがこの大会にどんな想いで望んでいたか!


(「この大会で名前を上げて稼いだお金でお父さんお母さんに恩返しするんだぁ!お店を立ち上げる時、いっぱい手伝ってもらったしね!」)


どれだけ努力していたか!


(「おいユノ?!凄い音がしたぞ?!大丈夫か?」


「イッテテ…、ごめん。寝ちゃってたみたい。」


「火を刃物もある厨房で寝るな!危ないだろ!もう今日は休め。」


「もう少し、もう少しやらせて…!」)


「こんっな!姑息なッ!!!!」


怒りが、溢れてくる。誰だこんなことをしたのは!買収しようとして来たあの女か?!それとも一位を取った優勝者か?!誰であろうと必ず報いを…!


「ウィル!」


頭に血が上り、今にも飛び出しそうなウィルにユノの声がかかる。


それが、「やめて」とか「必要ない」と言った言葉ならウィルは止まらなかっただろう。だって、ユノが許せても、ウィルが許せない!だが、ユノから発せられたのはそのどちらでもなかった。


「ありがとう。」


「…は?」


それは、感謝の言葉だった。


訳がわからない。ウィルはユノを優勝に導かなかったのだ。ユノの実力を発揮する場を用意してあげられず、スパイスに混ぜ物などという致命的な妨害を許してしまったのだ。


もし、“喘息”がなかったら…!もし一言でも「妨害に気をつけろ」とユノに忠告することができていたなら…! 


そう、ウィルが苛立っているのは、何よりも無能な自分自身に対してだった。


だから、その意味不明な感謝の言葉は、ウィルの動きを止めた。


「何を、感謝してんだ…!俺は…!」


「ありがとう。わたしのために、そんなに怒ってくれて。」


振り返った怒りに満ちたウィルの黒い瞳を、ユノの輝く緑の瞳が射抜く。


「違う!俺は…!!」


やるせない怒りが、感情が、その緑の瞳に押さえつけられていく。


「この大会の1番の目標は優勝だったけど、わたしこの大会のおかげでウィルと知り合えて嬉しかったよ。」


「俺は…」


ユノが段々と近付いてくる。ウィルは段々と覇気を失っていく。


「ウィル、頭、撫でてもいい?」


優しい声で、ユノはそう尋ねる。いつものウィルはその手を振り払って来た。血の繋がらない遠い他人にそんなことするんじゃねえ!と。けど、


「………いいぞ。」


気付けばウィルは許していた。ユノの背はウィルより高い。手を伸ばし、ウィルの頭のつむじの辺りを優しく撫でる。


「よしよし、ありがとうね、ウィル。ありがとう〜。」


「俺は……ごめん…。」


「謝ることなんて何もないよ〜。本当に、本当にありがとうね、ウィル。わたしのために怒ってくれて、わたしの代わりに、怒ってくれて。」


「ク…ソォ…!!!」


「ありがとう〜」


そうしていくばくかユノがウィルの頭を撫でていると、ふとガクッとウィルの体から力が抜けた。


「おっとっと。」


「スー、スー。」


ウィルは再び眠ってしまっていた。ユノが抱えようとするが、


「兄貴はオレにお任せを!」


と言ってダインが出て来てウィルを抱えて去って行ってしまった。


その後、カーネルが後ろからやって来て。


「ユノ、偉かったわね。」


その一言がトドメだった。


「う、うう…!お母さんッ!!」


ユノの瞳からとめどなく涙が溢れ出す。


「よしよし、ユノはお姉ちゃんだもんね〜。」


「う、うう、うぇぇええええええん!!!」


「よしよし。」


カーネルがユノを正面から抱きしめて頭を撫で、ガゼルも無言でユノの頭を撫でる。


「うぇぇぇえええええええええん!」


ユノの慟哭は、人数の減った会場中に響き渡った。



ふと目を覚ますウィル。


見覚えのある天井、見覚えのある高そうな布の布団。魔法覚えのある灰色の寝巻き。


「また外で寝ちまったのか?」


ガゼル一家の家だった。


(最近気が抜けてるなぁ。)


危険はなかったとはいえ自分の用意した床以外で眠るなど気が抜けている証拠と“師”に怒られてしまう。


体を起こそうとして、


「ん?」


両手に重量を感じた。足で蹴って布団を剥ぐと、右手にはユノが抱きつき、左手にはダインが乗っかっていた。


「ふへへ、弟が、二人…」


「兄貴ぃ…」


「こ、こいつら…。」


振り払って抜け出したくなるが、ユノなど昨日は頑張ったばかりで流石に忍びない。


「えい!」


なので左手のダインを布団から叩き落とす。最近知ったがダインはかなり頑丈だ。鎧を付けてなくても中級冒険者並みの硬さがあるのだろう。龍人とは強い種族だ。



「イテェ!な、何が?」


「おいダイン、お前の姉貴を退かすのを手伝え。あんま音を立てずにな。」


「うう、酷いっすよ兄貴〜。」


と言いつつユノの方に向かい起こさないようにユノをウィルの手から引っ剥がすのに付き合ってくれた。


「よいしょっと。」


「兄貴?どこ行くんすか?まだ暗いっすよ?」


「昨日だけで寝過ぎた。外でも散歩しようかなって。」


「じ、自分も行くっす!」


「起こしといてなんだが…寝なくていいのか?」


「兄貴のいるところにならどこへでも行くっす!」


「そうかよ。」



ウィシュタリアの夜の街を歩き回るのは初めてだった。


「やっぱデッカいな〜。」


大河を利用した巨大な水車に、それを動力としたロープウェイが四方八方に伸びている。それは、夜でも構わず動き、見えやすいよう魔力灯が付いて光っている。


「見慣れたはずですけど、あの仕組みを僅か一年で作ったらしいっすよ。」


「へ〜って言ってもどんくらい凄いのかわかんねえや。」


ウィシュタリアは壮大だ。そのことを再認識させる。


ウィルはしばらくウィシュタリアの夜の景色をダインに案内されていた。夜であろうと街灯が付き、動く人が必ずいる。


「この都市に居るのも、あと1週間か…」


ふと、ウィルの口からそんな言葉が漏れた。


「兄貴、やっぱり考え直さないっすか…?」


ガゼル一家は皆既にそのことを知っている。


「残れってか?」


「そうっす!ここで俺たちと、このウィシュタリアで一番の冒険者になりましょうよ!きっと楽しいっす!」


ダインは真剣だ。これまで何度もそうやってせがまれた。ガゼルは受け入れる用意があると言っていたし、ユノも口には出さないが、ダインがそんな話をするたびに尻尾が揺れている。


「悪いな。俺はどうしても東に行かなきゃならないんだ。強くなるために…。」


「兄貴は十分強いっすよ!そしてここに居てももっと強くなれるっす!なんで東にこだわるんすか?」


最もだ。東だったら何が違うのかダインにはわからないだろう。今は強者は強さを求めて西に行く時代だ。ウィルはそれと逆行している。


「いつか…」


ウィルはそんなダインのアッシュグレーの瞳を見て伝える。


「いつか俺が強くなって、ここに戻って来た時、」


それは、未来への希望だ。


「全てを話すよ。ダイン、だからごめんな。こんな弱い俺で。」


「くっ!分かったっす!約束っすよ!」


二人の顔を登って来た朝日が照らし出す。


「ああ、約束だ。」


結果として、この約束は果たされなかった。ウィルの気持ちに嘘偽りはなかったが、この約束が果たされることはなかった。







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