第29話 英雄の思惑
「というわけで、練習がてら炊き出しをするわよ〜!」
ウィルが台車に30匹のハウンドの死体を詰めて戻ると、エプロンを装備し、万全の用意で迎え入れたユノの姿がそこにはあった。
「なんだ、まだ眠ってるかと思ったよ。」
「ウィルにだけ行かせといてそんなことしないわ!」
炊き出し、とは料理大会を控えたこの時期、飲食街で無料の試食会が行われているのだ。
ウィルも何度か目にしたが、まあ魔物料理限定なこともあって中々阿鼻叫喚の地獄となっていた。一応どれも“食べれる”ものが並んでいるらしいが、余って捨てられていく数々の料理をウィルは勿体無いとは決して思えなかった。
「この味!食べてさえくれれば!」
ユノはそう言ってユノはかなり大きめのサイズの包丁を取り出すと、大量のハウンドをズバズバと解体し始めた。運ぶ過程で頭を落として血抜きくらいはウィルもしたが、ここからはユノの領域だ。
「頑張れよ〜。」
そう言い残すとウィルはその場を離れた、ら大会当日ならともかく、練習日に1〜10まで見る必要もないだろう。
そうして炊き出しのエリアから抜け出そうとすると、
「ウィル君、ちょっといいかな?」
「えっと、ガゼル、さん…?」
疑ってしまったのは、その格好がいつもとまるで違ったからだ。黒い布地にボタンの多い整った格好、ウィルは知らないがコートアルデと呼ばれる類の服装だ。なにか緊張しているようにも見える。
時は少し遡る。
「何故オレがウィシュタリア様に呼び出されるのだ?!」
ガゼル宅でガゼルはいそいそと礼装の準備をしていた。“上級冒険者”として長く活動しているガゼルの家は平たくいえば金持ちだ。
二人の子供を育て、ある程度の教育をし、一人には個人の店をさせるくらいの出資をしていながら尚のこと金がある。
「十中八九ウィル君のことだと思うけど、何故あの子を呼んではならんのだ…。」
「可能な限り内密にともあったし、あの子じゃ秘密を守り切れないと思ったから、とかしら…?」
「保護者扱いなのはいいんだが、オレ自身ウィシュタリア様との会食など…くっ、この帯もう少し緩められないか?」
「ダメよ〜、気軽に来てくれと書いてあったけど相手は“英雄”様よ。しっかりしていかなくっちゃ。」
「ぬうう、キツいぃぃいいい。」
そして会食、場所は貴族街近くの高級店だ。
明らかに装いを意識しているガゼルと異なり、ウィシュタリアは黒いチュニックとズボンといった簡素な格好だ。およそ貴族の上の立場の人間のする格好とは思えない。
個室に案内され、高級な装備が並ぶ。
「ガゼル殿、今日は来てくれてありがとう。」
ウィシュタリアはその体格に恥じない器の持ち主ということでも有名だ。ガゼルも下手なことを言って処罰を受ける、だなんて警戒はしていないが、用意した礼装は“英雄”に向ける最低限の敬意だ。
「いえ、この都市に居を構えるものとしてウィシュタリア様のご依頼とあらばどこへでも駆け付けますよ。」
「そうかそうか、かの“雷豪”にそう言われて嬉しいよ。まあさて、本題に入ろうか。」
そう言って運ばれて来た食事を手を伸ばすウィシュタリア。先に自分が手を伸ばすとことでガゼルも手を出しやすくするための配慮だろう。
「やはり、ウィル君のことですか…?」
ガゼルも食事に手をつけながら伺いを立てる。
「察しがいいな、とはいえ無理もないか。その前に、君はあの子の保護者の様な者だと考えているのだが、実際のところどうなのだ?」
「どうでしょう。大人として、あの子を導いてあげられればとは思っていますが、あの子自身は、どこまでわたしのことを信用しているのやら。」
「ほう、それはよい心意気だな。」
「ギルドであの子について調べたときに担当の者から頼まれたのですよ。わたし自身は娘に良からぬ虫がひっついたのではないかと思っただけだったのですが…。」
最初は大人としての義務感から来るものだった。しかし、
「それにしては、随分思い入れている様にも見えるが?」
「そうでしょうか?」
「そうだとも、少なくともあの日あの子を心配する貴殿からは義務や責務以上のものを感じたよ。」
そう言われてガゼルもウィルについて考える。あの少年は強く、それ相応にプライドも高い、人懐っこさなんて皆無だ。だが、だが…
ガゼルはユノやダインと仲良く過ごす少年を、いつしか同じくらいの大切にしている自分に気付いた。
「それは、そうかも知れません。」
「だからこそだ。わたしはあの子に例の竜の素材を渡してやりたいと考えている。その相談に来たのだ。」
「そ、それは??」
ガゼルは瞠目する。竜の素材、それは金で売り買いなどできない代物。“名持ち”の魔物と同等の竜の素材、それを手に入れることは多くの冒険者の悲願とも言える。
あの竜を倒したのはほぼほぼウィシュタリアだ。だからこそ、あの素材は出回らず貴族及びそれに準ずる騎士の誰かに使われるのだと思っていたが…
「もちろん全てというわけじゃない。しかし、オレとしては先日の素材をウィシュタリアの中で全て使うのは反対なのだ。」
「それは…どういう…?」
ウィシュタリアはそれに否定的な様だ。
「竜の素材といえど“大敗走”を生き抜いた我々老骨には意味が薄い。我々は、“魔法使い”なのだからな。」
「それは、そうかも知れません。」
確かに魔法使いに魔法装備を与えるのは、剣士に二本目の剣を与える様な者だ。彼らは生まれながらに剣を一本持っているというのに。
「このウィシュタリアに割り当てられる魔法使い、どういう人間が知っているか?」
「…勉強不足で申し訳ないですが、あまり把握しておりません。」
平民は平民、貴族は貴族、共に戦うことは稀にあっても彼らと生活を共にすることはない。市井の者と関わりを持つことは稀なのだ。
「数こそ多いが、若者が多いのだ。“大敗走”の頃、まだ幼かった者達が勉強のため派遣されるのだ。オレ、という最大の盾がいるからな、安心して任せられるのだろう。」
「なるほど…。」
確かに稀に見る貴族は若者の方が多かった、ような気がする。
「あまりこういうことは言いたくないが、彼らには貴族としての誇りが欠けている。」
「…そ、それは。」
「貴族社会と縁がない貴殿にこんな話をしても迷惑だろうが、彼らは“魔法使い”というだけで大切にされ過ぎた。とにかく魔法使いの数が減ったあの時代、それも仕方がないと思うが…」
不満を露わにグラスを一気にあおるウィシュタリア。
「ウィル君とハインリヒ殿が交戦してからオレが来るまでの間、誰も他に間に合わなかったと思うか?」
「ま、まさか…」
「皆臆してあったのだ。己を殺しうる竜の威容にな。貴族という重宝されてきた身でありながらな…。」
そういうとウィシュタリアは深いため息を落とした。そのことは、“英雄”として由々しき問題なのだろう。
「だから彼らよりウィル君に竜の素材を渡したい。と?」
ガゼルも話の全容が見えてきた。
「雑魚狩りしか脳が無い者に竜の素材を渡してなんとする?まあそういうことだ。だがまああの少年、オレにすら対抗意識を向けてくるプライドの塊だ。素直に渡しても受け取らんだろう。」
「そ、それは…。」
容易に想像できてしまった。もちろん貴族の命令にも近しい渡し方をすれば受け取りはするだろうが、それは無駄な軋轢を生みかねない。
ウィシュタリアはそれを避けたし、ウィルとしてもその方がいいだろう。
「まあ、あの子自身が使う可能性は薄いだろうが、あの子が受け取ったら一言“宿題”だと伝えて貰えるか?」
「宿題、ですか?」
「ああ、次このウィシュタリアに会った時、胸を張って言える使い方ができるのか?とな。」
「それはまた、大変な宿題ですね…。」
「はっはっは、期待しているのだよ。オレは。」
次の“英雄”にな。その言葉をウィシュタリアはグッと飲み込んだ。その言葉は12歳の少年に本物の“英雄”がつげるのには余りにも重過ぎる。
時は戻り現在、
「ということがあったんだよ。」
先ほどの会食であった話をウィルにするガゼル。
「え…受け取らなくちゃダメですか、それ?」
明らかに嫌そうな顔をするウィル。
「当たり前だろ!あとウィシュタリア様は、どう使うにしろこの都市で使うのはやめて欲しいとのことだった。」
「なんでです?」
「一応その素材はウィシュタリア様が使ったという名目になっているらしい。ウィル君、君のそのプライドの高さは君の強さにもなるんだろうが、時には丸くなることも学びなさい。」
というと、ウィルは少し目を丸くして驚いていた。
「ん、どうかしたか?」
「師匠と、師匠と同じことを言うんですね。ガゼルさん。」
その言葉はウィルの幼き記憶を想起させる。
「ほお?君の師匠は、君のことをよく分かっていたんだな。」
「うん!」
師匠が褒められて嬉しそうなウィルだが、その顔には一抹の悲壮感が漂っていた。
ウィルには凄惨な過去がある。そのことにガゼルはとっくに気づいている。だから深掘りしない、いつかウィルが自分達に心を開いてくれるまで、待つ。そういう腹づもりだ。
師匠はウィルの誇りだ。ユノの店の自室に戻ってウィルはその肩身の剣を荷物から取り出す。
手入れを怠らない青銅色のその剣は、今もウィルの顔を鏡のように映している。
(「ウィル、そのプライドの高さはお前の強さだ。捨てる必要はない。だが、」)
師の言葉を想起する。師からは戦い方と、戦う者の基本を教わった。もっといろいろ教わりたかった。
この言葉の続きはなんだったか…ガゼルのいうと通りもっと丸くなれみたいなことを言われた気がするが…
「俺、師匠のこと忘れかけてるのか…?」
それは、よくないことだ。師匠や先生、あの場所で培ったことを、忘れていいはずがない。
師匠の鋭い眼光、先生の柔和な笑み、大丈夫、覚えてる。
「師匠…、俺は絶対、あんたくらい強くなってやるからな…」




