第2話 優秀?な冒険者
ウィルにも一応護衛任務を成功させた経験はある。故に護衛任務が難しい、と考えたことはない。
ただ、貴族の護衛依頼というのはかなり珍しい。貴族とは多くの場合、自分たちだけでも戦える力を持っているからだ。
そのことについて目の前の可憐な少女に尋ねると、少し言い淀んでいたが、どうも当の主人のエドガーの問題で、端的にいうと拗ねてしまっているらしい。
「ですのであまりコネを作ったり、というのは難しいかも知れません。」
というのも、そもそも今日まで今のメンバーのみで移動を続けていたらしいのだが、彼らの主人であるエドガーの機嫌がすこぶる悪いのだそう。
交渉や手続きは全てティーゼルに任せ、移動中も馬車のキャビンに引きこもってしまっている。
(俺にとってはそっちの方が都合がいいんだろうけどさ。)
依頼を受ける直前に、内密な話としてティーゼルから聞いたが、彼らの主人であるエドガーは“魔法使い”だそうだ。
魔法使いが冒険者の護衛を雇う話は聞いたこともないが、事実らしい。
何せ、”魔法使い”である。その実力は一冒険者の存在など意に介さないもののハズだ。しかし、どんなに強かろうが戦わなければ意味がない。
魔法使いは、皆を守る者、その常識が浸透しているウィルにとってはそれでいいのか?というのが正直な感想だが、依頼を受けた以上、今更文句を言うわけにも行かない。
ウィルが護衛依頼を受ける際に、一番に躓く子供扱いも、エドガーはしなかった。滑り出しは快調なのだ。
そもそも貴族が出す依頼というだけあってこの依頼は報酬も条件もかなりいい。
たが、ウィルはエドガーとこそ何も無かったが、すでに一波乱起こしている。
先に、これから共に任務をこなすということで他の騎士である護衛たちは当初、年端も行かないウィルを見て難色を示していた。
実際街を立つ前、護衛騎士の一人ベンはウィルに対し、かなり横柄な態度をとった。結果、取っ組み合いの喧嘩が勃発した。
「お前みたいなガキが戦えんのか?」
「あぁ?テメェ今ガキだと馬鹿にしたか?」
が、ウィルはその喧嘩に難なく勝利した。してしまったのだ。それで反対の声はなくなった。....代わりに騎士の全員からウィルは距離を置かれる羽目になったが。
一応、その話は主人であるエドガーの耳にも入ったが「まあ、強いならならいいじゃないか。」と契約を切られることはなかった。
しかし、これから行動を共にする以上誰かが彼とコミュニケーションを取らなければならない。
そして、そういった面倒ごとはティーゼルに回ってくる。結果、この旅の間、ウィルのことは全てティーゼルに一任された。
護衛任務が開始されて数日後、そんなティーゼルはウィルの優秀さに驚いていた。
ワンピースの裾をたなびかせながら馬車の馬に鞭打つ少女の視界の中で、魔物が次々と鋭い矢に撃ち抜かれていく。
まず少年の優秀な点の一つだが、魔物に気付くのが早い。外に出て歩く騎士の護衛たちを差し置いて、誰よりも早く魔物の襲撃に気付き、荷台の上から弓を構える。
そしてゴブリン、トロール、動きの速いハウンド(狼型の魔物)、全て頭に当てて一撃で仕留めている。
今の時代、武人の優秀さ及び強さ、というのは装備の質によるものがかなり大きい。
彼らの身に付ける装備は多岐に渡り、丈夫さはもちろん威力の増大、耐久性の向上や敏捷性の増加に加え、特定の属性効果を付与するものなどもある。
ウィルもあまり似合わない黒い鎧を身に纏い、更に背には如何にも禍々しい両刃の黒い剣を背負っている。そしておまけ程度に弓を持っていた。
が、戦闘でウィルが多用するのは弓だった。
唯一矢を頭に当てても死なず近づいてこれたオークには、荷台から降りると、背に背負った黒い両刃の剣を片手で振り抜き、簡単に切り伏せた。
今も誰より早く魔物の接近に気付くと、矢を放ってハウンドを仕留める。
「素材の収集?あんな弱いの集めても時間の無駄かな。」
ということで馬車を止める必要すらないのは一行にとっても非常に助かった。
異様な勘の良さによる索敵、決して外さない強弓、そしてそれらを掻い潜り迫ってなお、高い身体能力から繰り出される剣技。
少年のお陰でここまで一行の中で戦闘らしい戦闘は起きなかった。
ウィルはほとんどの時間を馬車の上で座り込んでいる。しかし、魔物に気づくのも攻撃するのも常に少年が最初だ。
これにはウィルに渋い顔をしていた騎士たちもその実力を認めざるを得なかった。
(それにしても…ウィル様の身体能力というか装備は随分なものですね。)
ここ数日ティーゼルは少年を観察しながらそう思う。
基本的に、冒険者や騎士たちのような武人たちの評価は、どれだけの装備を持っているか、が重視される。
もちろん運動神経や動体視力、反射神経に武術のセンスとそれ以外の要素によっても差が出るが、それらの要素は、装備の性能によって覆る。
…稀に肉体に秘められた力だけで1人が10人に勝る腕力を、四足の獣に容易く追い付く走力を手に入れる者達もいるが、それらの力は正しく“才”と呼ばれるものだ。
とにかく、この時代の武人の力とは装備の力、ひいてはその力を強く使いこなせる者が、武人として優れている、ということなのだ。
そういう意味ではウィルはこの年にして非常に優れていると言える。応戦の速さ、弓を当てる動体視力、近距離でも臆さぬ度量、何より優れた装備。
装備に振り回されないよう修練もしているのだろう。先ほどのオークへの一撃、体の動かし方から、小さい体躯ながらなんとか装備に振り回されずに動いているのがティーゼルには見て取れた。
ただ欠点も分かりやすい。ギルドでも言われていたが、彼はとにかく揉める。任務初日から騎士と喧嘩していたのはティーゼルとしても冷や汗ものだった。
どちらが悪かったのか傍目で見ていたティーゼルには分からなかったが、結果として彼は護衛の中では孤立し、一人で任務にあたっている。
だが、それを差し置いても優秀であるのは間違いがない。この年でこれだけできる者がどれだけいるだろう。
(ゆくゆくは名の知れた冒険者になるのかも知れませんね。)
ティーゼルはそう評価していた。
一行の中でウィルとまともに話すのはティーゼルだけだったが、彼女は戦闘が終わるたびによくウィルに声を掛けていた。
「ウィル様、今回もお見事です。」
「この程度で褒められてもな。」
最初は素っ気ない返事だったが、
〜〜
「ウィル様、お疲れ様です。」
「弓打っただけだがな。」
〜〜
「ウィル様、流石です。」
「…どうも。」
といった具合に、周りの予想とは異なり、最初はぶっきらぼうだったウィルの反応が、ティーゼルの賞賛に礼を返す程度にはまともな関係を築けていた。
そうして一行は初日の喧嘩以外に大きな問題を抱えることなく、中継地点である開拓村にたどり着いた。