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第25話 “城塞”のウィシュタリア

“城塞”のウィシュタリアまたは、“人類最硬の盾”とも言われる彼は、魔法使いすら超えた存在である“英雄”の一人だ。40という初老に差し掛かった彼は、しかしまだ歴戦の猛者を表す凄まじい覇気をその身に宿している。


大地を思わせるアースカラーの髪色に緑の瞳をし、魔法で編んだ大地の鎧を大柄なその身に纏い、盾にもなるほどの幅を持った巨大な剣を彼は、容易く片手で振り回す。


この地、ウィシュタリアの名になった彼は10年前の“大敗走”の際、失うことで人類の生存圏を大きく狭めたであろうこの地を数多くの敵から守り抜いた時代の英雄だ。


この地の安寧は彼が守り続けていると言っても過言ではなく、魔法使いすら超越した彼のような人物を、人は英雄と呼ぶのだ。


そんな彼が、今にも死の覚悟を固めつつあったウィルの窮地を救ったのだ。


「あ、アンタは…?」


初対面の相手だが、その凄まじい覇気にウィルは疲労困憊ながら瞠目する。


「この地最強の英雄だ。少年、よく頑張った。君は立派な戦士の素質を秘めている。ハイリンヒ殿も、よくやったな。」


「わたくしのやったことなど褒められるようなことではございません。その子こそ、讃えられるべき人間です。幼い子供ながら竜を都市から引き離し、こうして時間を稼いだのです。」


そういうハインリヒは、既に体の力を抜き、完全に緊張感が薄れている。目の前にはまだまだ元気な竜がいるというのに、だ。


「ハインリヒ殿も一番に駆けつけ、よくやったなものだと思うが、まあ確かにこの子の功績は凄まじいものだ。童、名前はなんという?」


そう言ってウィシュタリアはウィルに向き直り名を尋ねた。


「子供扱い、すんな!俺は、まだッ…!」


戦える、そう言おうとして力も碌に入らない体のことを考え、言い淀む。戦場での戦力の虚偽報告は自分以外の人の命を危険に晒す。絶対にしてはならないことだと“師”に教わった。


「…ウィルだ。あとは、任せてもいいのか?」


「な、なんと?!」


瞠目するハイリンヒ、ウィルは知らないだろうがウィシュタリアは英雄であるが故に、人類有数の権力者でもあるのだ。そんな相手にため口をきくのはハイリンヒとしては驚愕ものだった。が、


「ハッハッハッハッハ!なんと痛快な少年よ。いや、ウィル君。童と言ったことを謝ろう。貴様のやったことは成人した大人でも、魔法使いであっても誰でも出来ることではない。」


ウィシュタリアはそんなことを気にするような器の小さな人間ではない。人類有数の英雄、その中でも彼は非常におおらかな人間だ。


「ウィル君、君は十分に戦った。後のことはこのウィシュタリアに任せて休むといい。その闘志と意地を高く育て、より多くの人を救うのだ。」


そう言ってウィシュタリアはウィルに近付くと、肩を軽く叩いた。その手は温かく、強い安心感をウィルに与えた。


「ハインリヒ殿、動けるのであればこの子を少し下げてやってくれ、見た目以上に疲労している。」


「ハッ!お任せください!ウィル君とやら、歩けるか?」


「舐めんな、それくらい…アレッ…」


ウィシュタリアに肩を叩かれた瞬間、強い安心感を覚え、ウィルは気が抜けてしまったのだ。まだ敵は目の前にいるというのに、


「体に、力が入らない…」


ウィルはとっくに限界だったのだ。


「ハインリヒ。」


「ハッ、お任せを。」


その様子を見た二人はウィルを抱え、ウィシュタリアから離れようとして


「ねえ、魔法使い、様。」


「なんだね?」


「人類最強、見てみたい。」


「…いいだろう。中々ない機会だろうしな。」


ハインリヒはそういうとウィルを背に抱えたまま少しだけ離れてウィシュタリアの様子を見させてくれた。



「グガァァァァア!!!!」


突如現れたウィシュタリアの放つ異様な覇気に、警戒を強めていた竜たが、いつまで経っても動かない相手に苛立ちを募らせ、“息吹”を放った。


『ドゴーン!』


しかし、繰り出された大地の壁が僅かに削れるばかりですぐに盛り返してしまう。


「僅かとはいえわたしの大地の障壁を削るとはな。冒険者と魔法使い二人だけでよくここまで耐えたものだ。」


しかしウィシュタリアは後ろのウィルのことを考えて賞賛する余裕すらある。


「グガァァァァア!!!」


直後その壁に竜は体当たりをかます。


「ズウゥゥゥン!!


大地が揺れるが、しかし障壁は割れない。強爪、体当たり、“息吹”、尻尾の薙ぎ払い。ありとあらゆる手を尽くすが、削れた土壁は容易くその損傷を補填しウィシュタリアには僅かな攻撃も通らない。


「ガルルルルルルッ!」


どうしようもないやらせなさに怒りを募らせる竜。しかし、何も出来ることはなかった。


「それで終わりか?竜?ならば、()()()()()ぞ?」


直後、竜にかかる種として最強である竜が今まで感じたことのないプレッシャー。それが、本能からくる逃げろという警告であることに気付く前に、先ほどまでの障壁とは比にならないレベルの造物がそりたった。


そりたったのは首の無い大地の巨人であった。大地から作られたその巨体は、先ほどの障壁と同じようにウィシュタリアの高密な魔力が練り込められている。


「グ、グガ?」


そのサイズは、家ほどもある竜がペットの犬にしか見えないレベルだ。そして握り込まれたその拳が、


『グワァァアアアアアアン!』


凄まじい速度で竜の顔面に叩きつけられた。


『バキィィイイイイイイン!』


一撃、それで決着した。その拳は容易く竜のの頭蓋骨まで到達し脳みそを破壊した。


「…」


ウィルはその一部始終を見届けた。


「凄いだろう?コレが人類最強の英雄に数えらるウィシュタリア様の力だ。分かったらお前も次からあの方には敬語を…」


「いつか、いつかあれくらい強くなってやる…」


「何?」


「いつか、あれくらい強く…」


そう言いながら少年は疲労を抱えた体をやっと労るように眠ってしまった。



「どうだ?その子の様子は?」


程なくしてウィシュタリアが二人の元に戻ってきた。


「目立った外傷はないんですが、コレばっかりは医療棟に運んでみないとなんとも…」


「そうか、有望な冒険者だ。メディシアの奴にでも頼むとしよう。」


「それがよろしいかと、あと有望といえば、この子、気絶する直前、ウィシュタリアくらい強く、といっておりましたよ。」


そういうとウィシュタリアは目を丸くして


「ハッハッハッ、それは本当に優秀な冒険者ではないか。どれ、この竜の素材の多くをこの少年に与えてみるか?」


「それは…、どうでしょう。コレほどの竜の素材です。お偉方が許すかどうか…。」


「お偉方に全て任せたらまた貴族だけで占有されてしまうぞ?わたしには魔法使いであるというたけで誰もが貴殿やこの少年のように勇気ある戦いが出来るとは思えん。そうは思わんか?()()()()()()()使()()()


そういうと、ウィシュタリアは唐突に自分達の背後の大木の方を向いて問いかけた。


「?!」


その近くの茂みが、『ガサッ』と揺れる。


「何?!魔法使いが今、この場で、隠れているのですか?!」


「ああ、わたしが到着する前からな。おおかた竜の威容に臆したか?」


「なんということか!!こんな幼い子ですら命をかけて市民を守ったというのに、そこの者!出てこんか!!!」


「クッ!」


すると木の影から貴族によくある金髪だけを見せてその魔法使いは、顔も見せず走り去ってしまった。


「おい!待たんか!説教してやる!!」


「よせハインリヒ殿、最近の魔法使いはああいう手合いが多い。とはいえ貴族だ。あまり刺激するとウィル君を危険に晒すぞ。」


「く…、確かにあんな者の手に渡るかもしれないと思うと魔核だけでもこの子に渡してしまいたいですね…。」


「ああ、とはいえあまり優遇するとそれはそれでお偉方に目を付けられるからなぁ…」


ハインリヒが眠ってしまったウィルを抱えて、移動する土くれの上(ウィシュタリアの魔法)で、二人は優秀な冒険者にどう恩赦を与えるか考えていた。


そもそも彼らはウィルのことを知らなかった。都市内での滞在期間が長く、有名な上級冒険者であるガゼルとカーネルのことは流石に知っていたが、本来“魔法使い”にとって冒険者とはそのくらいのものだ。


稀に現れる魔法使いにも並ぶ程の冒険者ならともかく、上級冒険者であろうと“魔法使いにとっては守るべき市民の一人に過ぎないのだ。


「そもそも、この子は本当に冒険者なのか?」


ある程度の治療ができるウィシュタリアかウィルに手を当てて治療を進めながら、問いかける。


「…?どういう意味です?上級冒険者のカーネル殿が冒険者の子供、と言っていたので冒険者なのは間違い無いと思いますが…?」


少年の装備や風体は、その年齢を除けばまさに冒険者、と言った具合だ。装備というのは金があれば手に入る、とはいえそれで少年のとった行動や覚悟が下げられることなどあろうハズもない。


「そうか、上級冒険者カーネル殿がそう言っていたのか、なら間違い無いだろう…」


「ええ、それにしてもこの若さ、後で冒険者ギルドに問い合わせてみましょう。我々はともかく、ギルドであればコレほどの実力者を把握していないハズもありません。」


「そうだな。傷も大きな怪我はないようだが、万一があってはいかんし、医療棟に運ぼうかと思うのだが、便りはガゼル夫妻に送ればいいか?」


「その通りかと」


そうして、帰る道すがら、遅れて来た!と言わんばかりの魔法使いが少なからずいた。彼らの多くは成人したばかりの若者が多く、事の審議は分からない。


「なぁに、もう終わったよ。」


ウィシュタリアはそう優しく告げ、彼らを帰らせたが、その目には隠し切れない失望の色が宿っていた。

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