第23話 走れ!走れ!!
「「ウィル君?!」」
自分たちと反対側に走り出すウィルに驚愕するガゼル。
その頃竜は、その息吹で三人を仕留めたと思っており、次は近くの市民を襲おうかと考えていた。
瓦礫の下敷きになったニンゲンを救い出そうとするニンゲン。それ目掛けて歩き出そうとし…『ガンッッ!』一本の矢が竜の後頭部に当たった。
貫くにはまるで破壊力の足りないその矢は、しかし確かに竜の注意を引いた。
「グルル…」
見れば先ほど仕留めたと思った三人の内の一人がこちらを向き、矢をつがえていた。
矢は脅威ではない、しかし仕留め損なったというのはその竜にとって許し難いことだった。
(エモノ、コロス…!)
竜は生まれながらに強大な魔物だ。竜という種族であるだけで通常の“名持ち”の魔物に匹敵する。
それは上級冒険者ですら、単独では決して討伐許可が降りない“災害”にも等しい存在。
そしてその災害は今度こそ得意の息吹を構え、放つ。
(来るッ!)
ウィルは竜が息吹を放つ直前、口内に集中した魔力が一気に加圧されるのを感じ取れた。
発射の瞬間に合わせて飛び抜き、なんとかその破滅の砲弾を避ける。
「ズドォォオオン!」
爆発の音が遅れて聞こえる着弾は、その速さが音を超していることの証明だ。しかしそのブレスは建物ではなく、郊外の森に着弾した。
竜に矢を放ちながら、ウィルはガゼルも逃げ遅れた市民も竜の息吹の射線上にならないように、ウィシュタリアの外側に向けて走っていたのだ。
「まずここから引き離す…!」
あのブレスを街中に向けて撃たれたらそれだけで被害が出うる。勝てるビジョンが湧かないが、兎にも角にもここで戦えば無人の被害が出る。
悔しいが、この竜を一人で殺し切れるビジョンが今のウィルにはない。だがガゼル曰く、このウィシュタリアには自分たち以上の強力な戦力が確かに存在するらしい。
(その到着を待って反撃に移る!)
だから今はとにかくこの竜の注意を街の外側に向けるのだ。
このブレスの威力は凄まじい。今のウィルでは絶対に無傷で防げないという確信がある。無防備に一撃貰えばそれで死ぬだろう。
だが、避ける。「ズドォォオオン!」避ける「ズドォォオオン!」避けるッ!「ズドォォオオン!」
発射のタイミングが分かれば、その瞬間の加速でなんとか避けられる。
そしてウィルの方を追って竜の注意は明らかに都市の外へ向いていた。
ウィルの方が“足は速い”そう思った瞬間。
「ウッソだろ!!!」
厄介だと思ったのか竜が“飛んだ”。飛ぶことそのものは意外ではない、問題なのはその速度だ。
「クッソ…!」
飛翔速度は息吹には遠く及ばないが、追尾してくる。そして直線の飛行速度はおそらくウィルより速い…!
「ドゴォオオオン!」
ウィルの横スレスレを飛んできた竜の鋭い爪が掠める。
「舐めんなッ!!」
『ボウッ!!!』
直後、ウィルを掠めた竜の横っ腹に炸裂する火炎、ウィルの炎剣だ。しかし、
「クッソ…!」
ウィルの顔に焦りが浮かぶ。灰色の竜は少しよろけただけで特に効いた様子がない。
「グガァ!!!」
不快だと言いたげに振り下ろされる強爪!防ぐのをはなから諦め、飛び抜いて再び距離を取るウィル。
「グガガガガ…」
追いかけっこは終わらない。
とはいえウィルの狙いは成功している。竜の知能の高さがよく分からないが、露骨に引きつけようとはせず、徐々に徐々に郊外に近付いて行く。もう少しすれば破壊された城壁の外だ。
(あと少し!)
ウィルはまだ逃げ続ける余力がある。まだ粘れる。
「来るッ!」
だが、ウィルが何度目か、竜の“息吹”を避けようとした矢先のことだった。
『ガラッ…』
竜の射線上のウィルの後ろ、その瓦礫が落ちた時、中からウィルより幼い子供の姿が現れたのだ。
「た、助けて…」
子供は状況もよく分からず、目の前のウィルに助けを求めた。瞬間目を見開くウィル。“息吹”は放たれる刹那、見れば子供は足を瓦礫に挟まれており逃げられない。
ここでウィルが息吹を避ければこの子は確実に死ぬ。
そう判断した。できて、しまった。
「クソッ!!!!」
瞬間限界まで強化されるウィルの肉体、炎を纏う炎剣。ディーゼルに控えるよう頼まれた全力の技だ。
地に剣を付け、爆ぜさせる。その反動を持って炎の炎剣が音速を超えた“息吹”を迎え撃つ。
「ガァアアアッ!!!」
最初の衝撃である程度の威力は潰せた。だがまだ止まらない。力を込める!限界を越して、強化をする!
(まだ足りない!)
絶対に後ろの子を殺させないという意志を、込めるッ!!
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
剣を振り抜き、“息吹”が真っ二つに割れ、後ろに着弾した。
「ハァッ!ハァッ!ハァッ!」
この技を放ってまだ動けるのは先週の修練の賜物だ。ティーゼルには悪いが訓練していて良かった。だが、次まで防げるか分からない。
手が震え、足に力があまり入らない…。それでも次の“息吹”を回避するだけならなんとかなるが、それだと後ろの子が…
ウィルは後ろを振り返り、子供を見る。涙を流し、挟まれた足が痛いのか苦痛に顔を歪める幼い子供。
「お、お兄ちゃん…!」
頼れる者が他にいないのだ。ウィルを見て、必死に縋ろうと届かない手を伸ばしている。
「心配するな。俺が絶対に、守ってやる。」
絶望的な状況の中、ウィルはその子の目を見て、真摯に語る。
「頑張って足を引き抜け!そして逃げろ!」
そう伝え、再び竜の方を睨み付ける。竜は再び“息吹”をチャージしている。間も無く放たれるだろう。
「“強化”が切れてる。掛け直さないと…。」
いつものように、五感では感じ取れない六つ目の感覚でもう一つの心臓を感じ取る。心臓のように常に波打つソレの常に均一な脈動を敢えて乱す。ソレから染み出るように透明な魔力が流れ出す。流れ出した魔力を何一つ手を加えず、全身に行き渡らせる。
炎剣と同じく何度も繰り返したその工程を一呼吸の間に済ませる|。
力の入らない全身に筋肉以外の力が篭もる。
「力が入るのなら、まだ…!」
「ウィル君!!」
あと少しで動き出せる、そんなウィルの下に近付いた人影。ガゼルだ。
「ガゼルさん?!」
ガゼルはあの竜に狙われて生き残れるとは思えない。ここまで出てくるのは危険なハズだ。
「この子は任せろ!君は動けるのか??」
「間も無く!その子さえ流せるのならどうとでもできます!!」
「分かった、信じるぞ!これ以上は役に立たないッ…!武運を祈るぞ!!」
そういうとガゼルは子供の足を挟んだ石板をその薙刀で叩き割り、驚く子供を背に背負ってその場から駆け出した。
「十分だ…、ありがとうございます。」
「グルルッ?」
別れた二つの標的、そのどちらを狙うか悩む竜だったが、『バヒュッ!!』ウィルの弓が再び竜のヘイトを買う。
「グルルルルルッ!」
再びウィルに向けて放たれる“息吹”、なんとか全身の強化を間に合わせ、再び飛び抜くウィル。郊外はすぐそこだ。
「チッッ!!!」
だが今回の回避はギリギリだった、お陰で背中の矢筒と矢が焼き飛んだ。
だが、まだ逃げられる!
「ついて来い!トカゲ野郎ぉ!!」
言葉が分かるとは思わないが、竜を煽り、ウィルは郊外の森に飛び出した。




