第22話 灰色の襲来
ウィルとユノが出会って1週間ほどだったある日、ユノのメニュ開発にもそろそろ焦りが見え始めた。
「姉貴も拘るよなぁ、こないだの改良カレーでいいじゃん。」
「スパイスの味しかしないんじゃ意味ない!だってな、よくやるよ。」
ウィルとダインは二人でユノの食堂のテーブルで待ちぼうけを食らっていた。ウィルは暇な時間が苦手であり、必然的に少し苦手意識のあるダインと話すことになるのだが、二人で話すことと言ったら戦いかユノの話になるくらいで。
「一つ思ったんだが、ユノってお前より強くないか?」
「ウグッ…!」
ここ数日疑問だった一言を聞く。たまに狩りにユノもダインも付いてくることがあった。ユノもダインも似たような装備を身につけているのだが、明らかに能力がユノの方が高いのだ。
二人とも素の状態で高い身体能力を誇るが、ユノの方が体の使い方に優れている。1日のほとんどを料理の研究と食堂の経営に費やしているにしてはおかしな話だ。
(あんま言うもんじゃなかったかな?)
明らかに肩を落とすダインの反応を見て少し後悔するウィルだったが、尊敬する兄貴の為ならばとダインは話してくれた。
「姉貴は、小さい頃から、俺たちの故郷のハーウェスタの里で神童って言われるくらい優れた戦士の才能があったっす。」
「へぇ、そこまで?」
「たまに戦ってる時はめちゃくちゃ手を抜いてるっす。本気でやるんならそもそも大剣なんか使わないっす、拳でボコボコっす。」
「…そりゃまた、見てみないと信じられないな。」
「ハーウェスタの里は、“次”の龍人の英雄になるのは姉貴だっていって、小さい頃から姉貴に戦士として強くなることを望んだっす。」
まあ、ユノの才能が本当ならそうだろう。今は戦士も魔法使いもいればいるだけいい、戦える才のあるものを放っておくことはないだろう。
「けど、今はあんなだよな。」
厨房で鼻歌を鳴らしながら料理を作るユノに、とても戦士の様相は感じられない。
「当時オレは今よりもっとガキだったっすけど、姉貴は今とは全然違ったっす。いっつも冷めた目で里のジジイ共の言いつけ通り訓練して、魔物を素手でボコって。」
「ほんとかよ。」
普段のユノとはあまりにも違う様子にウィルは瞠目する。
「けどある時、魔物との対戦訓練で大怪我を負って、そん時、初めて大泣きしたんす。“戦士の訓練なんかしたくない”って。」
ダインはユノの方を見ながら語る。その目はいつもより思いやりが篭っているように感じた。
「当然里のジジイ共は許さなかったっす、絶対にお前は次の英雄になるんだ〜って。」
そうなることはウィルにも想像できた。
「けど親父もお袋もそれに反発して、里を出てきたんす。里には親父の親父や兄弟もいるのに。」
「そりゃまた、大した思い切りだな。」
「そうっすね。けど、おかげで姉貴は他の夢も見つけて、あんなふうに元気になったんで、親父の判断はきっと正しかったんすよ。」
「ガゼルさんも、たまにはやるんだな。」
ウィルも感心する。ウィルの中で最近かなり下がっていたガゼルの評価がググッと上に上がった。
「何〜?二人して神妙な顔して。随分と仲良くなったものね。」
「まあおっちょこちょいな姉貴のことを思うと仲良くもなるもんだっての。ねえ兄貴?」
「まあそうだな。」
「何よ〜!ほんとに仲良くなっちゃって。まあでも、弟がもう一人出来たようなものだし、もういいわ。」
ウィルがダインと二人で仲良く相槌を打っていると、何やら飛んでもないことを言い出すユノ。
「おい、いつから俺がお前の弟になったんだ?」
「だって、ダインのア ニ キ なんでしょ?じゃあ私の弟も同然じゃない。何?まさかわたしの兄を名乗る気じゃないでしょうね?」
「おいおい、いつの間にウチのガキが三人になっちまったんだ?」
「あらあら、貴方?まさか隠し子?」
「そんなことするわけないだろぉ?オレは生涯カーネル一筋だって!チュッ!」
「お父さんキショい!」
「ガハッ!」
ふと店の中に入ってきたガゼル、カーネル。話を聞いてのか、しかし満更でもなさそうだ。
「おいおい、ガゼルさんたちまで…」
「何よウィル!不満なの?」
「そういうわけじゃないが…」
そういうウィルは珍しく目線を人から晒し、後頭部の髪をさすって照れている。
そういえばいつの間にかユノが自分を呼ぶ時、“君”をつけなくなっていたことに今更気付くウィル。
(「ウィル、ウィル、ちゃんと教えてあげられなくて、ごめんね?」)
ふと、ウィルの頭にそんな事を悲しそうにいう“先生”の姿が脳裏によぎった。そんな時だった。
「緊急警報!緊急警報!西関門を突破されました。上級冒険者以上の皆様、及び精鋭騎士の皆様は総力をあげて迎撃してください!繰り返します!〜」
そんな警報が、都市中の拡声魔道具から発せられた。
「コレは?」
初めてのことに驚くウィル。
「魔物がウィシュタリアの関門を突破した際に発せられる警報だ!!ウィシュタリアの関門には上級冒険者並の戦力が在中していたハズ…。ユノ、ダイン!流石に連れては行けん!戦闘地域から避難を!ウィル君は!」
「当然、迎撃!!」
「兄貴、役に立てなくて悔しいっすけどご武運を!」
「ウィル!気をつけてね!」
ダインとユノを残して駆け出す三人の上級冒険者。機動力に優れたウィルが一人で先行しようとするのをガゼルがなんとか説き伏せ、三人で行動している。
「ウィル君ばっかり応援されてズルい…」
と何やらガゼルがゴネていたが足は揺るがない。
拡声器が襲撃の方向と位置を教えてくれる為、場所に悩む必要はなかった。非戦闘員の市民がウィル達とは逆方向に逃げていく。
「ッ!襲撃した魔物の正体が分かりました。竜!襲撃した魔物は竜です!高さは家屋と同程度、機動力と火力に優れており、“既に上級冒険者”が3名?いえ4名犠牲になっています!現場の人間は“魔法使い”の到着まで生存を重視してください!」
そして鳴り響く危険な報告。
「こんな襲撃よくあるんです?」
「…わたしが知る限り初めてだ。ウィル君、やはり君も。」
「逃げるなんて、有り得ねえから!」
「そうだろうなぁ!」
そんな言い合いをしつつ、現場が見えてきた。
「これは…、凄い。」
関門の次には城壁があるのだが、そこを破壊されている。
城塞都市ウィシュタリアの城壁は、ただの建造物ではない。“魔法使い”や錬金術師が金と威信をかけて作った人類最高峰の城壁だ。それが、破壊されている。
人の手で作れる城壁を破壊する威力、それは人の手でなんとか量産できる限界の装備を身に纏う上級冒険者であっても非常に危険な火力を相手が有していることになる。
ガゼル、カーネル、ウィルは三者共にこれから遭遇する敵への警戒を強めた。そして、
「出たぞ、コイツが…!」
倒壊した建物の上に佇む竜は、灰色だった。ワニのような太い尾、カンガルーのような筋肉を発達させた足、ハウンドのような鋭い爪を三本の指から伸ばした手、そして獲物を噛み潰す強靭な牙。そして目は黒い縁の中に金色の瞳が光っていた。灰色の鱗を身に纏い、呼吸するだけで火を口の中に灯す姿はまさに“火竜”。
「ッ?!!!避けろ!!!」
その攻撃に最初に気付いたのはウィルだった。直後、轟音。
「ドゴオォォォォン!!!」
その音は遠くまで響き渡りユノやダインの耳にも届いた。
「みんな、大丈夫かな…。」
「兄貴達は上級冒険者の中でも強い方だ!大丈夫に決まってる!」
そして場面は変わり竜の前。
「ツゥ…クソ、カーネル!無事か?」
「ええ!ウィル君が咄嗟に運んでくれたから。ありがとうウィル君!」
「どういたしましてッ!!」
(息吹が速すぎる!)
今ウィルは発射前に竜の息吹に気付くことができた。出来ていなかったら、
(カーネルさんを庇えたとは思えない…。)
それほどの速さだった。
「離れるぞ…!」
二撃目がくる前に距離を取ろうとするガゼルとカーネル、
「ウィル君何してる。距離を取るぞ!」
しかし、何故か離れないウィル。その瞳には辺りの惨状が映っていた。
ウィシュタリアの襲撃にあった際の対応は凄まじく迅速だ。ウィルは知らないが、関門が破られてからの報告、各戦力を集合させるための拡声器などのシステム、そして市民の避難は定期的に訓練まで行われている。
しかし、それでも既に市民の人的被害が出ている。避難が間に合っていないのだ。
竜の射程範囲内でいくつもの倒壊した建物の中からは救助活動が取り行われており、そこらかしこで子供の鳴き声や人を探す声が響いている。
相手は上級冒険者ですら既に殺している竜だ。ガゼル、カーネルの一度引くべきという意見をウィルはよく理解できている。
冒険者は己の為に魔物を狩る者であってヒーローではないのだ。
だが…
(「お前は、どうなりたいんだ?」)
かつての“師”が師を名乗る前にウィルに与えた問いを夢想する。
(「みんなに凄いって、言われたい!」)
今より更に幼かったウィルはそう答えた。
(「誰もが俺を称えるように!みんなが俺をカッコいいって言ってくれるように!そんな“?????”に!」)
(「なら強くなれ、ウィル。強くなって、」)
「人を、守れ…!」
己への宣誓と訓戒を語り、ウィルは一人、灰色の暴君目掛けて駆け出した。




