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第1話 ある少女の依頼

冒険者、という役割(ロール)がある。夢に憧れる子供は最も夢を追う仕事だと賛美し、地に足を着けて働く大人は夢追い人だと軽蔑する。


(まあ、少なくとも自分よりは価値がありますよね。)


卑屈なことを考えながら幸薄げな表情を浮かべた少女が、そんな冒険者のたまり場に()を出しにやってきた。


「ここが、この街の冒険者ギルド。」


そう溢す少女は、深みのある藍色の生地で仕立てられた飾り気のないシンプルなワンピースを着ていた。布地は上質なもので、動くたびに柔らかな光沢を放ち、少女の白い髪と青い瞳を引き立てている。


少女はこれまでも他の街の冒険者ギルドを訪れたことがあったが、この街のギルドは初めてだった。


むせかえるような酒の匂い。扇情的な衣装を身に纏う娼婦と思わしき女性とにやつきながら夜の話をする大柄な冒険者。明らかに正常な者の目をしていない、薬でもキメているであろうボロボロの布を身に纏った細い男。


(あまり、質のいいところではなさそうですね。)


そこにいる冒険者の質、はこういったところに出る。主の期待に沿ったものは得られないかもしれない。


そうなれば主は機嫌を悪くし、“躾”をされるかもしれない。早くもため息が出そうになる少女だが、やることは変わらない。


態度の悪い受付に金と依頼書を出す。受付がしばらくその依頼を精査して、


「竜の素材なんてもん、ギルドが売ってると思うか??」


そちらはあまり問題ではない。問題は、


「それに、貴族様の護衛が満足に務まるような奴ねぇ、逆に聞くが居ると思うか?」


そうやってギルド内を指さす。


このギルドの治安は酷いものだ。スラムの居酒屋だといわれても納得がいく。ただまあ主人の意向が急ぎなのもあり、素行の良さまでは求めていない。


「いえ、実力さえあれば構いません。主様も礼儀や作法に疎くても構わないとおっしゃってました。実力と依頼を投げ出さない度量さえあれば、特には。」


「そりゃまたなんで、仮にも貴族様の護衛だろ?」


()()()()()()()()()が、お聞きになられます?」


「いや、辞めとくよ。貴族様の事情になんて首を突っ込まない方がいいに決まってる。」


受付の男はあまり探るな、という主人の意図を正しく受け取ったのだろう。それ以上は追求してこなかった。


「まあ、条件は分かった。…そうだな、一人、腕っぷしだけは間違いない“上級冒険者”が居る。ちょっと待ってな、そいつの資料を持ってくる。どこにやったかね。」


そういうと受付の男は席を外した。上級冒険者、冒険者の区分の中でも上から2番目の強さを誇る強者達の区分だ。それほどの者が来るなら安心だろう。


(それにしても、治安が悪いですね。)


待っている間、ギルドをティーゼルは見回しながら思った。


整備された街や都市では魔物が減り、冒険者ギルドの需要が低く、結果として質が下がる。なのである程度予想していたが、それでも酷い。


今も、すぐそこで自分とそう変わらないくらいの背丈の子供が四人ほどに囲まれている。


身に付けている年齢に不釣り合いな装備を渡せ、とカツアゲでもされているのだろうか。そしてそれを見て周りの誰も何も言わない。


(かわいそうに…)


ティーゼルがそう思ったとき『ドゴォ!』という鈍い音が鳴り響き、大の大人一人が宙を舞った。


「テ、テメエ兄貴に何しやがるッ!」


「うるせえッ!このクソ野郎ども!」


男を殴り飛ばし吠えるのは今にもカツアゲに遭いそうだった少年だった。


まさか抵抗されると思っても居なかった男たちは一瞬、何が起こったか分からず間抜けな顔を晒していた。


が、目の前の惨状が少年によって引き起こされたものだと気づくと、血相を変えて少年に襲い掛かった。


『ドカッ!バキッ!』


しかし、襲い掛かかる三人の内二人が一瞬で殴り飛ばされ、


「嘘だろ、なんて馬鹿力!」


その小さな胸倉に組みかかった三人目は、力ずくで振りほどかれ『ゴシャア!』前の三人の横に投げ飛ばされた。



「あ〜あ〜また暴れやがって、だがちょうど良かった。こいつが紹介しようと思ってた今うちにいる中で一番腕前だけはある冒険者、ウィルだ。」


奥から少し汚れた資料を持って戻ってきた受付が、そう言って暴れた冒険者、ウィルを紹介する。


「紹介?やっと東に行く依頼が来たのか?」


返す少年、ウィルの声は先程と違い丁寧だった。


あまり見ない黒い瞳に、茶色い髪。黒い鎧と剣を背に身につけながら歩く少年は、まだ幼さを残す顔立ちながらその眼差しに強い意志を宿していた。


「ああそうだ。と言っても貴族様の護衛依頼だからな。依頼主はお前みたいな素行に問題ある奴でも構わないってことだったが、あとはテメェらの相性次第だな。」


「テメェらって、依頼者はこいつ、いえこの方が、貴族、なんですか?」


そう言って目の前の少年は、意外そうに少女を見た。


(不思議に思うのも仕方がありませんね。)


今のティ―ゼルの格好は小間使いにはふさわしくない整った格好だが、決して貴族の見た目ではない。彼らは一目見て貴族だと分かる装いをする。


「いえ、私の主人のエドガー様が依頼主の貴族様です。私はただの小間使い、ティーゼルと申します。どうぞティーゼル、と呼び捨てにお願いします。」


「ああ、俺はウィル、よろしくティーゼル。」


(意外と丁寧に話せるんですね。)


素直にティーゼルはそう思った。さっきの暴れ方から、もっと荒っぽい人間だと思っていたがそうでも無いようだ。


「ちょっと話してるだけだとそんな素行悪そうに見えねえだろ?だからこそタチが悪いんだよな。」


ティーゼルの考えを読み取ったのか受付が語る。


「俺はそんなに素行悪くねえぞ、ダンテ。」


「うるせえ!お前こないだも商家のお嬢様から契約切られてたじゃねえか!あれで何回目だよ。こんな条件じゃなきゃお前に護衛依頼なんか紹介しねえよ!」


「だって、依頼中はずっと立ってろだの言うこと聞けだのうるさいし、こないだの奴なんて助けに行ったら顔見るなりガキってバカにしやがって、ありえねえだろ!」


そのことを思い出して憤慨する少年の顔は、先ほど冒険者四人に絡まれた時より憤っているようにディーゼルには見えた。


(子供扱いは厳禁、と。)


その反応を見てこの先のウィルへの態度を固めるディーゼル。


「そ れ が 護衛依頼だって言ってんだ。まあ分かるだろ、嬢ちゃん、こいつはとにかく融通が利かねえしキレやすい。依頼書の内容以外にもにやらせたいことが少しでもあるなら先に言っとかないと後で後悔するぜ。」


それですぐ揉めて依頼主側から即解雇されんだ。どうだ、こいつ雇えるか?受付は無理だろうと言わんばかりにティーゼルに迫る。


だが逆に問題があるのは人格面だけの話で、能力面では、この難易度の依頼を1人で受けても問題ないと言える実力があるのだと言う。


少年はすでにティーゼルがさっき出した依頼書を確認している。(字が読めないのか、隣の受付に読み上げてもらっている。)


「いえ、特にこれと言っては...ちゃんと報酬分の仕事はやっていただけるんですよね?」


ティーゼルはウィルに尋ねた。


「そりゃもちろん。移動中に襲ってくる魔物を全部倒せばいいんだろ。ただやり方も自分で好きにさせてもらうぞ。」


ウィルは振り返るとティーゼルの目を真っ直ぐに見て自信気にそう言い放った。


「お前、条件付けれる立場かよ…だがまあこいつの依頼達成能力は高い。あんたらが解雇しない限りは、な。」


受付が呆れつつもフォローを入れるが、受付の保証する依頼達成能力の高さは、なるべく早く能力のある人間が必要だったティーゼル達としてはむしろ好ましいと言える。


「でしたらウィル様、ウィル様は難しいことをする必要はないです。主人であるエドガー様を気にする必要もありません。ただ、魔物を退けて下さい。」


「それだけでいいんなら楽だけど、お偉い様の護衛だろ?そんなのでいいのか?」


「はい、何かあれば、全てこのティーゼルに申しつけていただければ結構です。いかがでしょう?」


ティーゼルは小間使いだが、護衛の件はそれなりに急ぎのもので、ある程度の裁量が与えられている。


「報酬は、東に行くための関所の料金に、移動時にかかる水とか食料もそっち持ちでさらに別で報酬も出るってことだけど?」


あまりの条件の良さに一応確認をとる少年。


「はい、エドガー様は貴族ですのでそれくらいは容易く出せます。ウィル様にとってもかなり都合がいいと思うのですが。」


「貴族様相手にの礼儀作法とかに気を使わなくていい?」


「はい、そんなことで解雇したり、契約を切ることはないでしょう。」


「やり方も俺の自由?」


「はい」


しかし、何を言っても出てくるのは少年にとって都合のいい条件ばかりだった。


「乗った。その依頼、是非受けさせてくれ、ティーゼル。」


その様子を受付がやれやれ、と言わんばかりに首を振りながらも暖かく見守っていた。


程なくしてティーゼルは、主人であるエドガーに許可を取り、問題児の冒険者、ウィルの同行が決まったのだった。


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