第17話 ウィルという冒険者
ガゼル、冒険者ギルドにて
「ええい、そこをもうちょっとなんというか、細かく教えてくれないか?」
「そのぉ、こちらも規則として冒険者の個人情報を無闇に公開するわけにはいかないんですよ。いくら上級冒険者といえど、そうは通りませんって。」
ガゼルは思ったように受付の男から情報を聞き出せず苦労していた。
(ええい、こういうことはいつもカーネルに任せていたから勝手が分からんぞ。しかしこれで引き下がるのもなぁ)
「そもそも、どうして“問題児のウィル”の情報が欲しいだなんてことになったんですか?確かに彼は今注目の的ですが、そんなんじゃあ規定内の情報だって教えづらいんですが…」
至極真っ当な意見を返され、ガゼルは今日ユノの店の前でウィルを見た時から起こったことをありのまま説明する。
「それはだな…
〜〜
〜
「はぁ、それで娘さんの依頼を引き受けたウィルさんの情報が欲しい、と。」
そういうとその受付は少し考えた様子で、
「うーん、まあいいでしょう。ちゃんと理由があるのでしたら。ガゼルさんが嘘をつくとも思えませんし、彼の担当を請け負っているものを呼びますので彼女に聞いてみてください。」
数刻後、ガゼルは個室に案内され、その相手は受付嬢のケイトだった。
「あのハウンドのボスを単独撃破ぁ?」
先日討伐が失敗したハウンドのボスは上級冒険者の間では危険視されていた。何せ上級冒険者を一名含む一団が討伐を失敗させているのだ。
上級冒険者複数人での討伐が検討されており、都市でもそう多くない上級冒険者2名で行動するガゼルたちには声がかかっていたのだ。
ギルドの提示した危険性から十分危険な相手だとガゼルは思ってはいたが…
「それ以外にも先日はオーガの討伐依頼も軽々と1人で済ませていましたし、実力は折り紙付きでしょう。」
ひょっとしたらあの歳でガゼルと並ぶ、もしくは勝る白兵戦の実力があるのかもしれない、とガゼルは内心驚いた。
「あ〜まあ実力の程は分かった。人間性はどうなんだ、“問題児”なんて揶揄される奴だ素行がよっぽど悪いんじゃないか?」
ガゼル自身大事なのはそこだ。どんな形であれ娘を任せる以上すぐ暴力を振るうような相手では危険だ。
ユノは強い、強くなる道から逃げているにも関わらず中級冒険者とも互角にやり合えるくらいの腕前はある。
(だか上級冒険者は無理だ。少なくともウィル君が癇癪など起こして殴りかかりでもしようものならまるで話にならん。)
しかし、ケイトはガゼルの質問を受けて少し考える仕草をすると、
「ガゼル様は、どう思われましたか?」
と逆にガゼルに問いかけてきた。ガゼルは少しだけ話した様子から彼のことを追想し、意見を述べる。
「問題児といえば問題児だな、20は年の離れる俺になんの遠慮もなくタメ口で話してくる性格は確かに多くの反感を買うだろう。ただ、悪い奴とは思わなかったな。」
切りかかった自分も許してくれたしな….。という負い目もある。
「では、娘さんに暴力を振るうような人間だと思いましたか?」
「それを判断するためにここに来たんだが…」
質問を返されてばかりでは何も分からんぞ。とガゼルが難色を示すと。ケイトは自身の見解を語り出した。
「冒険者間での喧嘩、依頼主とのコミュニケーションエラー、確かに彼は問題のある人間です。対人関係の要する依頼の斡旋は控えるようにともレポートされています。」
目線をウィルの報告書に向けながらケイトはそう事実を述べる。
「なら、やはり危険じゃないのか?」
頬を掻きながらガゼルはどうなんだと問いかける。
「否定はしません。ですが、彼の依頼達成能力には高い評価もあります。」
「…というと?」
「引き受けた依頼を自分から放棄したことは一度もなく、過去の対象の発見が困難な討伐依頼を10度の挑戦を経てやっと討伐し、ギルドは責任感と粘り強さを評価しました。」
「それは…、確かに優れた冒険者なのだろうな。」
「はい、あれで年相応の成果しか出せない冒険者であったなら、ギルドも彼に見切りをつけて冒険者登録を剥奪していたのは間違いないでしょう。」
「そんなにか…?」
思ったよりも苛烈な評価にガゼルは逆に驚く。
「はい、ですから我々は彼に“上級冒険者”のくびきを与えました。ある程度の特別扱い、それと引き換えに単独で危険な任務をこなしてもらうことを条件に。…この判断をした当時の担当は残酷ですが英断だと思います。」
「そして、今日まで生き残った、と。その判断が通るあたりやはりあの子には保護者が…?」
「そうですね。居ません。彼は正真正銘戦いの力だけで自分の価値を証明しました。彼は間違いなく上級冒険者に相応しいだけの実力があります。ですが…」
そこでケイトは目線を少しだけ下に落とし、言い淀んだ。
「ですが、彼は上級冒険者であると同時に、まだ子供です。彼は子供扱いされることを非常に嫌っていますが、それでも子供です。」
ケイトが思い出すのは、あの異常な訓練だ。12歳の子供が、あんな大怪我を毎日負いながら訓練など、まともな精神ではない。そして、決して安全なものではなかった。
「彼が一番顧みないのは、バカにする同僚でも、理屈の通らない依頼主でもありません。自分自身です。いつかその高いプライドと執念に自分を殺されてしまう。そんな気がしました。」
「それを伝えて、結局どういうつもりなんだ?」
「彼は、そんなに危険な人物ではないと思います。その上で、大人として、見守っていただけませんか?」
それは、ギルドの受付の声であると同時に、まだ幼い子を育てる大人の声だった。
「他でもないあなたなら優秀な冒険者を心身共に成長させることの意味をよく理解していると思うんです。上級冒険者、“雷豪”のガゼル様。」
「むむ…、俺、いやわたしが、か?」
“雷豪”のガゼルは昔大した問題児だった。龍人以外を見下し、素行が悪く、冒険者同士の喧嘩は日常。まだ冒険者ギルドの規定がしっかりしていなかったのもあって、今なら懲戒ものの問題行動をいくつも起こした。
しかし、そんなガゼルを指導し、導いた親や先達、最後は今は妻のカーネルの影響もあって、素行を正し、実力と品性を身につけ、立派な上級冒険者になったのだ。
「ウィル君はあと3週間程度あればウィシュタリアを離れるそうです。その間だけでもいいのです。彼を少しだけ温かく見守り、導いてあげていただけませんか…?」
ケイトの頼みは、かつて自分を育ててくれた人たちのことを思えば、果たすべき責務にも思えてくる。
「いいだろう。確かに引き受けよう。ただし、」
しかし譲れない条件もある。
「もしウィル君がわたしの大事な娘を傷つけるようなことがあれば、わたしは迷わずウィル君を殴るぞ。それでいいのか?」
「ええ、それはもちろん。親は子を守るものですから、当然のことだと思います。」
〜〜ガゼルが帰った後の個室にて
「「スパー」、随分とあのガキの資料を読んだんだな。」
ガゼルと入れ替わりで入ってきたのは、ギルドマスターのライゼルだった。
「ギルマス?盗み聞きなんて人が悪いですよ?」
「そういうな、あのガキに注目してるのは担当のお前だけじゃない。」
相変わらずタバコの煙を吹かせながらライゼルは語る。
「よりにもやってあのガゼルの娘の依頼を受けるとはなぁ。」
「ギルマスは、問題があると思ってるんですか?」
少し不安そうにケイトは尋ねる。
「い〜や?むしろ逆さ、ガゼルならあのガキをちったあ変えてやれるかもしれねえって思ってな。」
「確かギルマスは以前…」
「ああ、あいつらと組んで冒険者をやってたよ。あの暴れん坊があんな丸くなるとは当時は信じられなかったなぁ…「スパー」」
過去の情景を思い返しながら、ライゼルはタバコの煙を吐き出す。
「ガゼル様とウィル君、どちらの方が揉め事は多かったんですかね?」
「断然ガゼルだな、あいつは龍人以外全員見下してたからな。」
だがある意味、丸くなるのも簡単だった。
「と言いますと…?」
「負けたんだよ。人間の冒険者に。俺じゃねぇ、今も上の方を貼ってる冒険者様とかだ。あいつも昔は弱い時期があったからな。「スパー」」
たが…、あのガキは違う。煙を吹かしながら、そうライゼルは続けた。
「あの歳にして強過ぎる。あれに言って聞かせられる人間など限られる。」
ウィルの強さは以上だ。「装備が、炎の剣が、強いから」彼を僻む下級冒険者はみんなそういうが、そんなハズはない。
強い装備は、強ければ強い為使いこなす難易度が高くなる。ハウンドのボスを焼き切り、オーガを両断する。そこらの12歳の子供にウィルの装備を渡しても決して同じことはできないだろう。
竦み上がって動けず、いざ動いてみたら勢い止まらず壁に突っ込んでしまった。そんな無様を晒す者がほとんどだろう。
決してそれが愚か訳ではない。それが幼いということだ、それが子供という者だ。ライゼルは子供が戦うのが好きではない。
守られて、叱られて、育てられて、そして大人になってからやっと社会に貢献するべきだと、そう思っている。
かつて、ここから遠い西の開拓村のギルドで少年が冒険者登録を申し込んだ時、親も身寄りもいない少年を見て、すぐに庇護をしようとしたらしい。
何せ、まだ12歳の子供だ。余裕のない開拓村の話とはいえ、そこまで残酷な世界でもない。
そして少年はそれを振り払った。「子供扱いするな!」と。
そしてそこでギルドが諦めさせようと試験という名目で中級冒険者と対決させたらしい。
結果、その場の誰もが予想しなかった少年の勝利。
ギルドは12歳の保護者のいない少年の冒険者登録を認めたらしい。
他の冒険者と諍いを起こし、注意を食らった後でも、彼はその評価を覆すほど依頼の達成と戦果をギルドにもたらした。
彼を正しく導く者が居ない。教員や保護者が必要だ。彼に適切な指導を。彼を担当した各支部の受付は皆備考欄にそう書いている。
だが、そんな彼が、大人しくいうことを聞いているのをケイトは見た。
あの白髪の少女、依頼を受けただけの間柄だが、それこそあの少年の成長の兆しになるのかも知れない。
「…だといいんですけどね。」
そんなことを考えながら、ケイトは事務作業を終え、個室を後にした。




