第15話 大会へ向けて
慌てて大会申請をしに行った後、ウィルが尋ねた。
「とはいえ、大会当日以外に何かやることはあるのか?」
帰り道、隣を歩くユノに問いかける。
「もっちろん!使う食材はもう決めてるんだけど、その量を実際に1日で作れるかの練習もしなきゃでやることが沢山なんだ!」
「なるほど、ちなみに料理の候補はあるのか?」
「あんまり使われないハウンドの肉を使うよ!なんでか興味ある?興味あるでしょ?」
ユノは喋りたそうだ。ウィルでも分かる。
「いやいいよ、俺は自分の仕事すればいいかな。」
そう言ってそっぽを向こうとするが、
「わたしの食魔加工は特別で〜」
「人の話を聞けぇえ!!!」
響くウィルの絶叫、戦闘以外でウィルをこんなに叫ばせるとは対した少女である。
「まあとにかく、早速明日から大会の練習を始めたいんだけど、どうかな?」
「分かった、何時にどこに行けばいい?」
「9時スタートで15時までの大会だから、説明も兼ねて7時にウィシュタリアを出発したいね!」
「出発したいって、お前もついてくるつもりか?」
龍人とはいえ少女は料理人だ。ウィルとしては意外な話だった。
「うん!朝早いから、ウィル、良かったらわたしの店に泊まって行かない?わたしもこっから住み込みで練習するよ!」
〜〜
先の話を承諾したということで、ウィルはユノの店に泊まることになった。
ウィルは1人今の宿に戻ると、荷物を纏める。
一応ウィシュタリア出立の際にはティーゼル達から連絡が来るようになっているため、字を書けないウィルは宿の人間に届出先を変えるよう一筆したためてもらった。
〜〜
ユノの店に戻ると少女は笑顔で店から出てきた。
「ちょうどよかった!本当は食料品を置いとく物置なんだけど、今はスッカスカでね。」
そうして案内されたのは綺麗に水拭きまでされた部屋だった。少ない食料は別の部屋に移したらしい。
「後で布団とか必要なものは持ってくるから待っててね〜。」
そう言って少女は部屋を去っていった。
(俺も物を整理しないと。)
ウィルはそう言って持っていた弓を壁に立てかけ、矢筒を下ろし、今まで身につけていた装備を脱ぐ。
ウィルの持ち物は、武具以外だと少しの着替え、あとはお金くらいしか持っていないのだ。
「色々持って来たよ〜!」
程なくしてユノが部屋に戻って来た時、ウィルは青銅の剣を布でゴシゴシと手入れしているところだった。
普段使いもしないのに、この手入れは可能な日はいつでもやっており、傍目にも大切な物なのがよく分かる。
「助かるよ。」
そう言って受け取ろうとするが、ユノはタオルや水桶なんかの一部しか渡さずさっさと布団を敷いたりランプを設置したりしていた。
「おいおい、いいって。」
「まあまあ、これくらいわたしにやらせなさいって!」
そう言いながらも動きが早い。あっという間に殺風景だった物置が人の暮らせるスペースになった。
「夕飯作るからそれまでくつろいでてね〜!」
「ああ、ありがと。」
依頼を承諾した後はとんとん拍子でここまで進んでしまい、ウィルも少々驚いていた。
しかしまあ、ユノの夢と意思に共感し依頼を承諾したのもウィルだ。ユノはナチュラルに失礼なところがあるが、あの元気さはそんなことをしばしば忘れさせてしまう。
夕飯ができるまで、ウィルはバックからいつも身につけていない青銅の剣を取り出して、手入れをしていた。
あまりいじれるところのない剣だが、刃を布で磨き、鍔が外れかかっていないか確認して、鞘ですら磨き上げる。
そうしているうちに
「ウィルくーん、夕飯できたよ〜。」
ユノの元気な声が響き、夕飯が出来上がった。
料理人の作るご飯はやはり美味しかった。
〜〜翌朝
次の日、流石に朝からの任務なのでウィルも朝練をやらず朝食を食べて店を出た。時刻は7時を回ったころ、2人でウィシュタリアのロープウェイ停留所に向かった。
彼女の装備は、大きな剣に、軽めのプレートアーマーだ。腰のあたりに施された赤色の鱗のような装飾が少し可愛いらしい。
「ユノ、お前起きてんのか?それ」
ロープウェイに何とか乗り、座ったウィルはユノに尋ねた。
かくいうユノはめちゃくちゃ眠そうで「んん〜?起きてるよ〜?」と寝ぼけながら返してきた。
結局ロープウェイの停留所についても、ユノは眠そうで、しばらく眠そうだったので、ウィルはユノを停留所のベンチに座らせると彼女の覚醒を待った。
「んん?何?わたし、寝てないよ?!」
そういって意識をはっきりさせたユノの取り繕う姿は少し面白かった。
ロープウェイで向かった場所は、ウィシュタリアの城壁を出てから西の荒地だった。昨日ウィルが赴いた森とは違い砂が多く、木が少ない。ハウンドはこの地に多く生息する。
(こないだのボスハウンドもここ生まれだったのかな?)
そんなことを考えながらウィルは歩いていた。
「い〜い?ウィル」
ユノはロープウェイの停留所で顔を荒い、やっと目が覚めたのかハキハキと喋るようになった。
一応彼女も装備を纏っているが、防具は臓器を守れる軽そうなプレートアーマーで、武器は包丁を模したかなりサイズのある大剣だ。
手入れはあまりしてないように見えるが、軽々と持って歩く様子から振り回すだけで殺傷力は十分だろう。
「ハウンドを倒したとき、あいつらの魔核を決して止めてはダメ!死んでも動くあいつらの心臓に、こいつをぶち込んでやるの!」
そう言って取り出したユノの手には、透明な液体を入れた注射器が握られていた。
「なんだそれ?」
「これこそが!わたしが今回用意した食魔加工だよ!」
曰く、これを、首を落としても動き続ける魔物の核に打ち込むことで、魔物の中が食べられない原因である魔力の影響を体内で循環することで抑え込んでくれるらしい。
「これは龍人の里でも長らく伝わる方法の一つでね!これを使えば一流の料理間違いなし!」
とユノは自信満々であった。
しばらく歩くと、ハウンドの群れを発見した。
「あ、いた〜!」
まあ群れといっても先日ウィルが出会したものとはまるで規模が違う。せいぜい5匹だ。
それでもハウンドの群れは狩りに特化した性能をしており、初心者冒険者の死亡事例があとを立たないものであるのだが…
「じゃあウィル、ちょっと見ててね〜!」
そういうとユノはハウンドに向けて駆け出した。
「ズドーン」
大きく振り回された大剣に4匹のハウンドが瞬く間に引き潰された。
あまりの攻撃性にハウンドの1匹は怯え、逃げようとしたが、そもそも走力がユノの方が速い。
逃げ先に回り込まれたハウンドは「クォーーーーン」と絶望的な悲鳴をあげながらユノに飛びかかっていくが
「そぉい!」
爆速で繰り出されたユノの拳によって敢えなく頭が吹き飛ばされた。
「慣れたもんだな。」
そう言ってたユノに近付くウィル。
実際、手慣れたものだ。ハウンド5匹を1人で処理できる冒険者とできない冒険者でいえば、このウィシュタリアでいえばできる冒険者の方が多いだろう。
しかし、成人もしていない子供で、と条件付け加えるだけで、その割合の関係は逆転する。
「まあ、昔から色々教えられたからね〜。お前は強くなるんだ!って。そんなことより見て!」
そういってユノはハウンドの死体を背中から鷲掴みにしてウィルに近づけてくる。
まだ首から血が吹き出している死体を鷲掴みにするのは年頃の女の子としてはかなりの絵面だったが、それを指摘するものはいない。
ハウンドの死体は首から血を吹き出しながらまだピクピクと動いている。
魔物には魔核と呼ばれる臓器が存在し、これが魔物を普通の生物とは隔絶した生態を有する理由だ。
この臓器が生み出す魔力を肉体に送ることで、彼らは尋常ならざる身体機能を、自然ならざる魔法の力を使うことができるのだ。
そして魔核は、その魔物が死んだ後でもある程度動き続けることで知られており、これを放置すると稀にアンデット化、最悪の場合蘇生することもあるため、仕留めたその場で破壊もしくは肉体から引き剥がす事が推奨されている。
するとユノは懐から注射器を取り出して、その魔核に何かを打ち込んだ。
「これだけで後は1時間くらい放置するだけでいいんだ!どう?簡単でしょ?」
屈託のない笑みを浮かべながらユノはウィルに詰め寄ってきた。
あまりにも見慣れない方法にウィルは訝しんだが、死体となったハウンドを少し触れると、得心したようだ。
「まあ、これだけでいいなら確かに簡単だな。」
「あれ?もっと聞かないの?最新の調理方法だよ??きっと今回これを使うのは私だけだよ?!」
「興味ないかな。」
「これはハーウェスタの里が初めて魔物肉を食べる子のために代々伝わる〜」
「だから人の話をぉおおお!!!!!」
〜〜
〜
「とにかく、殺したての魔物の魔核にこいつを打ち込めばいいんだな。」
ウィルは受け取った注射器を回しながら言う。
「うん!お店を経営しながらちまちまと検証したけど、ハウンドぶっ殺しちゃってから3分以内に刺してくれればいいかな。どう?他に聞きたいことはある?」
「ないな。これくらいなら簡単だ。…実際に試して見よう。」
ウィルがそういうと、岩肌からハウンドが現れた。その数8!
「わ、わぁ!いつの間に」
ちなみにユノが驚いたのは、ハウンドの出現に対してではない。ウィルが一瞬で弓を構えていたことに驚いたのだ。
いつものように矢を引き絞り、いつものように矢を放つ。あっという間に6匹仕留めた。
「よーし、あとはわたしが!「結構!」え?」
残る2匹をユノが相手しようと大剣を構えたが、その剣が上に起こすより速く、ウィルが瞬足で残るハウンドとの間合いを詰める。
飛びかかるハウンドの下に体をスライドさせ、二振りの斬撃が2匹の首を跳ね飛ばす。
(こないだの大物とは比べ物にならねえな。)
血潮を振り落とし、背中に剣を戻すウィルにユノが近づきながら賞賛する。
「さっすがぁ!上級冒険者は伊達じゃないね!」
「ハウンドだぞ、当たり前のことだ。それより、注射、サッサしないとだろ。」
かく言うウィルの目には好奇心のようなモノが宿っている。少なくともユノにはそう感じた。
「そうだった!じゃあウィル、やってみて!」
そういって注射器を渡すユノの目は少し朗らかだった。
「結局、当日は何匹狩ればいいんだ?」
「うーん、多分30匹くらいかなぁ。大量加工もできないとって規定だから量も必要なんだよね。けどこれだと楽勝に思えてきちゃったよ。」
まだ30分ほどしか歩き回っていいないが、2人の引く台車にはすでに10匹のハウンドが集まっている。
「にしても、ウィル、ハウンド見つけるの早くない?冒険者ってそう言うものなの?」
「まあ日頃から魔物倒して回ってるからな。」
「へぇ〜、けどやっぱ凄いことだと思うよ。頭撫でていい?」
「なんでそうなるんだよ!おい、やめろってぇ!」
そうして会話する余裕すらありつつ、狩りを終えロープウェイの乗り場まで戻ってくることができた。
「さぁ、戻ったら沢山作るよ〜!」
「やる気だな。」
「そりゃもちろん!この大会がわたしの名前をウィシュタリアに広げる第一歩になるんだからね!気合いも入るってもんよ!」
台車を弾きながら、2人が店に帰る道中。
「うわぁ、なんだあいつら。」
「料理大会の練習か?すげえ量だな。」
「ハウンドの料理なんか出るのか?珍しいな。」
「にしてもガキ2人であれとはなぁ、亜人ってやっぱ強えんだな。」
10匹のハウンドを台車には乗せ、朝早くから帰る2人は街行く人に度々注目された。時刻はまだ9時を回ったところ、今から仕事が始まる人も多い時間だ。
「あ、調味料切れかけなの忘れてた!」
道中ユノが呟く。
「わたし、ちょっと買い出ししてくるから、ウィル、先に家の中に運び込んどいて!はいこれ、鍵!」
「あ、おいユノ!」
「大丈夫大丈夫、君力持ちでしょ?!また後でね!」
「まだ会って2日も経たない相手に家の鍵なんかー、だから話を聞けってぇえええ!!!」
ウィルをよく知る人、例えばティーゼルからするとウィルは常識、というものがかなり欠けている人間だ。
しかし、そんなウィルでもユノが自分1人に鍵を渡すのは酷く間違ったことだと感じる。
「はぁ、逆に信頼されてるって考えればいいのか?」
まだ会って2日なのに信頼も何もあるのだろうか、という心の声を無視してウィルはユノの家に向かった。
出立前、ハウンドの死体をどこに積んでおけばいいかは聞いている、鍵さえ空けば確かに運び込めるのだが、
「あーでもないし、こーでもない…?」
鍵があまりウィルの使い慣れたタイプのものでなく、開けるのに苦労していた。
上手く差し込めず、仮に差し込めても正しくないのか上手く回せない。そうして頭を捻っているウィルはだんだんイライラしていた。
その時、ピタッとウィルの手が止まった。
鍵を引き抜いて懐にしまい。背中の剣に手をかける。直後、
「怪しい奴!くらぇええええ!」
後ろから、剣を持った子供が脳天めがけて剣を振り下ろしてきた。
「舐めんな!」
しかし、そんなものを食らうウィルではない。抜き放った剣でそのまま相手の剣を簡単に払いのける。
(んん?)
しかしよく見れば剣は鞘にしまったまま、殺すつもりで振り抜いたものではないように見える。
とはいえ襲ってきた子供の戦意は崩れない。
「なんのこのぉ!!!」
即座に拳を構えると、再び襲い掛かってきた。正直先ほどの剣の感触からあまり強いわけではないのだが、闘志だけは魔物の殺意にも引けを取らない。
ウィルは少年の拳をなんとなしに避けると、拳を1発腹にぶち込んだ。
「あ、ヤベ」
当てた後に気付いたが、少年の闘志に当てられ、つい力が入り過ぎてしまった。
ドゴーン!鳴り響く破壊音、少年の体はユノの店の柵を一部破壊し、体をめり込ませてしまった。
「お〜い、大丈夫か…?」
半分警戒、半分心配の感情で剣を持ったまま少年に近付いたのだが、それが良くなかった。
「貴様!うちの子に何しやがる!」
響く怒号、そして背後から振り下ろされる薙刀。
「フッ!!!!!」
慌てて切り返すウィル、ガキィィィン!鳴り響く金属音、剣先にかかる力は先ほどの少年との比ではない。
ウィルは咄嗟に腕力で押し負けそうになるが、腕力以外も含めた肉体の全てを強化し、なんとか弾き返した。
「セイッ!!」
「ぬぅ、このガキ、なんて馬鹿力だ!」
「あ?テメェガキって言いやがったかコラァ?!」
まさか返されると思っていなかった相手は咄嗟に悪態をつくが、それがウィルを怒らせた。
「いきなり襲ってきやがって、ただじゃおかねえぞコラァ!」
「だまれ!娘の家でうろつく不届き者め!挙句息子にまで手を出しやがって。ただで済むと思うなよ!」
よく相手を観察すると、肌を一部覆う鱗、どこか見覚えのある緑色の瞳に赤い髪。
「娘、息子…?ひょっとしてアンタ、」
「ちょっとちょっと、みんな何やってんのぉおお?!!」
そう絶叫を挙げるのは買い物袋を持って、帰って来たユノだった。




