第12話 魔法医と少年の秘密
「少年、少しいいかな?」
ウィルにそう声をかけるのは魔法使いの医者メディシアだ。
「えっと…誰?」
「ウィルさん、紹介しますね。こちらは〜」
すかさずウィルと面識があるケイトがメディシアを紹介しようとするが、彼女はそれを遮る。
「よい。私は医者のメディシアだ。君の傷を治してあげようと思ってね。」
「傷を治す?あんたが?」
「そうとも、見せてみなさい。」
「あいにく親切にしてもらわなくても間に合ってる。」
「いつもの医療棟に行くつもりかい?私はそこの長だよ。」
「へぇ、でも今そんな用意ができてるとは思えないけど…?」
「医療用の設備かい?そんなもの、私には不要さ。」
そういって手の平を翳すと、その上に水球を作って見せた。
「魔法使い…」
「その通り。さぁ、見せてみなさい。」
ウィルの最も損傷の酷い腕を取り、どこが痛いかを聞いてくる。この問答はこの1週間繰り返したものでウィルも慣れたものだ。
「最初に来た時に比べれば傷も減ったものだ。訓練というのは順調なのようだな。」
「…」
「はぁ、少しは愛想というものを学ぶべきだな、貴様は。」
そういうと、ウィルの腕の周りをメディシアが作った水が覆う。内側の千切れかかった筋繊維や傷ついた血管までその水は浸透し、繋がっていく。
「速い…」
その修復速度はウィルが今日まで受けてきた治療の速度の比ではない。
「この都市最高の医者だからな、当然だ。」
そう言ってウィルの腕以外の体中の傷を同様に治していく。
ウィルは強がっているが、骨にはいくつもヒビが入り、筋繊維は腕以外もズタボロだった。
それらを全てメディシアはウィルの腕を取ってから一分程で治してみせた。普段は一時間近くかかる。
「本来なら私の治療費は高いんだがな、感謝しろ今回は一医者として診てやっただけだ、金は取らん。」
そう言ってメディシアはウィルから離れた。
「それは…ありがとうございます。もう言っていいですか?」
と、ウィルが珍しく頭を下げて、しかし、これ以上関わりたくないとばかりに離れようとした。
「まあ待て少年、ただとは言ったがちょっとぐらい私と話してくれたってバチは当たるまい。」
だが、そんなウィルをメディシアが呼び止める。
「…なんでしょう?自分はあまり貴族様のお相手に相応しい人間ではないと思ってるんですが。」
「そうだろうか。」
「どういう意味でしょう?」
メディシアの発言は、含みがあるように思える。少なくとも完全に蚊帳の外に置かれているティーゼルにはそんな気がした。
「知らないんだろうが、私は医者で、魔法使いだ。」
「…」
「分かりにくかったかな?では聞こう。君はその秘密をこれから一生抱えて生きていくつもりか?」
「ッ?!」
傍目で見守るティーゼルにもウィルが激しく動揺したのが伝わる。
「あんたは…」
ウィルの警戒度が明らかに上がる。
「どんなつもりで秘密にしているのか知らんがな、私に話してみたらどうだ。私はそれなりに立場を持った人間で、医者だ。患者の悩みに応えるのも医者の務めだ。」
そういうメディシアの態度は先程と同様に尊大だが、どこか薄らと物憂げな態度をしているように感じた。
「…帰らせてもらう。」
その返答は、ぶっきらぼうだが、何かに追い立てられるようでもあった。
〜〜
帰り道、なんとなく着いてきたティーゼルとウィルの間に会話はなかった。
(もうすぐ、分かれ道ですね…)
この大きな都市では貴族であるエドガーたちの使う宿とウィルのような冒険者が住む宿の立地は区画ごとに大きく分かれている。
(もう少し、話したかったな…)
それはティーゼルの偽らざる本音だ。だが、そんなことを口に出すティーゼルではない。
ティーゼルから見たウィルはそんなに物事を隠すのが上手い人間ではない。
ウィルを強くて粗暴なだけの冒険者ではなく、一人の人間として近くで観察してきたティーゼルは、ウィルの秘密”にある程度見当がついていた。
訓練を止めてそれなりにたったにも関わらず、未だに息を切らしているウィル。
そんなウィルを見て懐に忍ばせた、数日前からウィルのために用意したモノをティーゼルはギュッと握りしめた。
用意したはいいものの、これをウィルに渡すには浅からずウィルの秘密”に触れることになる。目の前の少年が抱える、決して誰にも告げようとしない秘密。
ちょっと暗い雰囲気、2人には似つかわしくない雰囲気の中、分かれ道に辿り着いた。
ウィルはしっかり治療を受けたし、ティーゼル如きがこれ以上語ることもないはずだ。はずだったのに、
「何をそんなに握りしめてんだ?テイーゼル」
「え、」
下を向いていたテイーゼルが顔を上げた時、ウィルの顔が目の前にあった。
その表情は、今まで見せたどんな顔とも違う目の前の相手を気遣う優しい表情だった。
普段の荒々しい瞳とも無邪気な少年の瞳とも違う柔和な茶色い瞳。その視線ががまっすぐにテイーゼルに注がれていた。
気付けば
「こ、これを、ウィル様にと思って、用意したんです。」
懐から、テイーゼルが調合した薬湯の入った瓶を、取り出してウィルに渡していた。
「これを、俺に...?」
ウィルは不思議そうだ。それはそうだろう。少年からすればこの薬をどこで、何のために作ったのか見当もつかないに違いない。
伝えるべきでない、ティーゼルは今でもそう考えている。けれど、ウィルのまっすぐな瞳に射すくめられたティーゼルは、何故かそのまま口にしてしまった。
「この薬湯は、呼吸を整えるのに効果があります。ウィル様は肺の病気を患っておいでだと、思いましたので…」
そこまで伝えるとウィルは目を見開き、硬直した。明らかに緊張している。
(言ってしまった。)
「...ティーゼル、俺の病気について、気付いてたのか?」
そういう少年の薬瓶を持つ手は微かに震えており、そのことを人に知られるのがどれほどのことかを表している。
こうなるとわかっていたから言い出せなかったのに、彼の決して人に告げない弱点だとわかっていたのに、どうして言ったのかティーゼルにも分からない。
一方でウィルは頭の中が一瞬真っ白になっていた。この秘密は、ウィルにとって決して人に知られるべきものではない。かつて師にすら隠そうとしていたのだ。
コレがあるからウィルは長く走り回ることができないし、大量の魔物を殲滅するのにカッコ悪いと思いながらも弓に頼らなければならないのだ。
ウィルには目指す姿がある、その姿の自分は決して、肺の病気というハンデを他人に気遣われ、戦わなくていいんだと言われるような情けない姿ではない。
だからそれを他人に気付かれた時、ショックだった。口汚い暴言が、手酷い暴力が咄嗟に出そうになって、ふと目の前の少女を見た。
いつもと変わらぬ、綺麗な白い髪、ウィルの反応が怖いのか瞑った瞳、いつもウィルを気遣い、ウィシュタリアまで連れてきてくれた可憐な少女。
(こいつを、傷付けるのか…?)
秘密を、己のプライドを傷つけられた程度で、この少女を傷付けるのか?そしてこれまでと同じように目の前の少女に嫌われるのか?
そこまで考えた時、真っ白になった頭がスッと一つの答えで埋め尽くされた。
(ダメだ…嫌われたくない!)
目の前の少女は、これまで殴り飛ばしてきた冒険者とも、気に入らない騎士とも、失礼な依頼主ともまるで違う。彼女以外の誰にその態度を嫌われ、何を言われようとウィルは気にしない。自分の実力を認めさせればそれで良かった。
けれど目の前の少女にだけは、ティーゼルにだけは、それでいいと思えなかった。
そこまで考えて、ふっと、ウィルは脱力した。
「ヒュー、ヒュー…」
そして表に出る喘息の軽い発作。これまで体と肺に鞭打って抑え込んでいた弱い姿が顔を出す。
「ウィル様…?」
そんな様子を見たティーゼルは少し怯えた様子で声をかける。
「このこと、誰にも、ヒュー…言ってないのか…?」
「はい、もちろんです。誰にも言うつもりはありません。約束です。」
「約束、エドガー様にも、か?」
「はい、この秘密は墓場まで持って行くつもりです。信じて、頂けますか…?」
そう言うティーゼルの声は、少し震えているような気がした。
「ヒュー、ヒュー、…信じるよ。ティーゼル。」
少し考えた後、ウィルはしっかりティーゼルの瞳を見てそう答えた。
「その、怒らないんですか…?」
しばらくしてティーゼルが尋ねる。
「やっぱキレると思われてたか…」
「いえ、その…」
「いいんだ、俺もキレると、ハァ…思ったんだ。」
そういうと、ウィルは辺りに誰もいないのを確認して近くの段差に座り込んだ。
「ハァ…お前以外の誰にそうやってキレて嫌われても何にも気になんないのに、なんでだろうな?ヒュー…お前にだけは、嫌われたくなかったんだ。」
「ウィル様…」
「ゼエ…お前がいなければ、こんなに順調にここまでくることはできなかった。いつも感謝してる。ヒュー…そして、そんなお前だからかな、俺と違って約束を破らないって信じてる。」
ウィルは発作が苦しいのか胸を抑えながらもその真っ直ぐな瞳でティーゼルの青い瞳を見つめながら話している。
(綺麗な瞳…)
話を聞きながら、ティーゼルはウィルの瞳に見入っていた。
彼の瞳は、ティーゼルの小さな憧れだ。その茶色い瞳は常に熱く、燃えるような烈火の意志を宿している。息を切らしていようとその瞳はいつもと変わらない。
そんな瞳は今、真っ直ぐにティーゼルへと向けられている。
「ありがとう、ございます。」
何を返せばいいか分からなかったティーゼルは、ふと、そんな言葉を返していた。
「?なんで俺が感謝されてるんだ?」
やはり不思議そうなウィルが、ティーゼルには少し可愛らしく感じた。そんなウィルを見て、言葉が、思いが溢れてくる。
(思いのままに言葉を話すなんて、いつぶりでしょう…)
先ほどからのティーゼルの言葉は、少女がいつもそうしているように、相手の思いを汲み取って語る言葉ではない。
これは、少女が自分の、整理するのにすら手間取る「想い」をなんとか言葉にした“叫び”だ。
「嬉しかったんです。ウィル様に頼って貰えて。」
ティーゼルはそうして一呼吸置くと、ワンピースの裾を摘み、目を閉じて思い詰めた言葉を喉から精いっぱい絞り出す様に語った。
「ウィル様は、私の憧れなんです。ですから、そんなウィル様に、頼ってもらえて、嬉しかったんです。」
思い詰めた仕草を見せながら、ウィルのことを憧れだと語るティーゼルに、ウィルはくすぐったいような、少年にしては珍しく言葉で言い表せない感情を憶えた。
「そっか、それは、嬉しいな。」
その感情を“喜び”だとウィルは思った。だって、こんなにも胸の内が温かいのだから。
「はい。ですから、いつでも頼ってくださいね。ウィル様に頼っていただけたら、私は、嬉しいですから。」
「ああ。そんときは、頼むよ。」
会話はそこで終わった。ウィルの呼吸がある程度整って来て立ち上がったのを見計らって、さようなら。とティーゼルは一言残して去っていった。
「またな。」
そうしてウィルもその場を離れた。
去り際、ここしばらく感じたことのないような哀愁を感じた。だが、きっと近いうちに会える。その事実がウィルの心をまた温かくした。
貰った薬湯の味は苦味の後に、ゆっくりと口の中で広がる甘みを感じた。
ウィルは生まれつきの運動性喘息を患っています。




