プロローグ
冒険者、という役割がある。職業にも思えるが、そう呼ばないのは内外にそれを職業と認めない人間がいるからである。
夢に憧れる少年は最も夢を追う職業だと賛美し、地に足を着ける大人は夢追い人だと軽蔑する。
かつての“大敗走”から立ち直った東の国々が、再び国家事業として西への大規模開拓を進めていた。成功があれば、当然失敗もある。
ある年頃の商家の娘であるアルシュは、ある開拓の失敗によって開拓村から撤退するところだった。
彼女は商家の一員として勉学に励み、家族の役に立つよう頑張っていた。
しかし、まあ、そもそも村がなくなって仕舞えば意味がない。せっかくの新しい商売場の開拓は残念ながら失敗に終わり、学んだ勉学もたいして活かせず帰ることになった。
(しばらくは控えめな生活が続きますわね…)
今の状況もそうだ。護衛は少なく冒険者を3名しか雇うことができなかった。
アルシュは冒険者を見下してなど居ない。むしろ、逸話を持つ英雄の多くは素晴らしい力を持った冒険者たちだ。
山を断つほどの力を秘めた宝剣を引き抜いた者、高貴なる魔法使いの血と才を隠していた者、尋常ならざる剣才を持ちその身一つで竜を切り払った者。
白馬に乗った冒険者様が、英雄のように自分を救いに来てくれる。そんなおとぎ話のような妄想に、胸を焦がす年頃だった。
そして、そんな日は来た。
「お嬢様ーーーー!!」
オークの群れに襲われ護衛は散り散りに、なんとか馬車を走らせその場から逃げ出したものの、四方を囲まれ、馬車は横転してしまった。
「ヒィッ!」
木作りのキャビンがギシギシと音を立て、周りを囲むオークの息遣いが聞こえる。
「誰か、助けて!」
オークに襲われるーーそんな女として最悪の結末を迎えそうになったその時。
「ドゴーーーーーーン!」
凄まじい爆破音と共にキャビンの一部ごと、周囲のオークが吹き飛ばされた。
「大丈夫か?!」
その後すぐ、壊れたキャビンを掻き分けて手を差し伸べられたのは護衛の騎士には聞き覚えのない声の主。雇った冒険者に違いあるまい。
「あ、ありがとうございます。冒険者様!」
そろそろ英雄の冒険者様なんて妄想は止めようと思っていたアルシュはしかし、あまりにも理想的なシチュエーションにときめいてしまった。
そうして差し伸べられた手を取ろうとして、その相手を見て、手が止まった。
「……….ガキ?」
手を差し伸べていたのは、明らかに自分より年下の子供だった。
するとその子供は心配するような顔から一転、怒気に顔を歪ませて、
「誰がガキだと?!このチビヤロォォオオ!!」
「チビ?!?!」
ちなみにアルシュの年齢は15才であるが、彼女は自分の童顔と低い身長に悩まされていた。それはもう、コンプレックスと言えるくらいに。ちなみに彼女のタイプは歳上の大人しげなイケメンだ。
「助けに行って一言目がお礼でもなく「ガキ?」だと?!お前だってまだトイレも1人で行けなさそうなくらいのチビじゃねえか!!」
「なんですってこのガキぃい!!」
「おいやめろウィル!お前。依頼主とも揉め事起こす気か?!冗談だろ?!」
「おい!誰かあいつを止めろ!」
「おいウィル!お前ちょっとこっち来い!うわっこいつ力強!!!」
「もういっぺん言ってみろこのチビやろおおおお!」
集まって来た他の冒険者に全力で引きずられながらも自分への暴言を辞めない、そんな冒険者の現実を見て、アルシュはついに白馬の冒険者様の幻想を打ち切った。