#1
鯖江駅に降り立った瞬間、私はまず「湿度」に裏切られた。
なんだこのぬるりとした空気は。空気にゼラチンでも溶かしたのか。しかも誰かが全力で味噌汁を煮込んでいる匂いがする。いや、これは鯖の味噌煮だ。
それでも私はスーツケースをゴロゴロ引きながら、鯖江市郊外の「デザイン荘」へと向かっていた。団地名なのにお洒落ぶって“荘”と名乗るのは、住人が全員デザイナーだからだとか。つまるところ、クリエイティブこじらせ系集合住宅である。
「着いたー…」
エントランスの表札に貼られた手書きポスターには「エアコン共有スペース使いすぎ注意」「猫見かけたら報告お願いします」など、重要情報がポップ体で踊っている。“デザイナー的住まい”というのはこういうものらしい。
「えっと、確か私の部屋はここだったはず」
そんなことより部屋。自分の部屋を早く見たい。
ちょっと錆びた鍵穴に鍵を何回か回した後、カチャリと音が鳴った。ようやくかと思いながら、中へ入る。
……来て早々、こんなことを言うのもあれなんだけど、なんかカビ臭い気がする。
まぁ臭いは消臭剤とかでどうにでもなるよなと割り切って、鼻をつまみ部屋全体を見ていく。
うーん。うーーーーーん。
うん。
うっ。
洗濯機はベランダにあるのか
そこは中に置いて欲しかった。
そしてカーテンレールにはカーテンではなく、おそらく前住人が放置したであろうデニム生地が縫い込まれていた。うん、リサイクル精神にあふれている。
あと埃がすごい。
「まあ……こういうのも、味ってことで……」
そんなわけで、私は鯖江での新生活を始めた。主に、洗剤の買い出しと、扇風機の発掘から。 この“味”しかない部屋が、どうにか“住まい”になるかどうかは、もう少し先の話になりそう。