チェックメイトは試合の前に(後編)
次の日、ゲンは今日の日程確認のために姫野が泊まる部屋のドアをノックした。
「姫野、起きてるか?今日の日程を確認したいんだが」
しかしドアの向こうから返事は返ってこない。昨日のこともあるのでゲンは彼女に警戒されているからすぐにドアを開けて出てこないのだと思い、ドアが開くのを数分待った。だが1分、3分、5分といくら待ってもドアを開ける気配がない。それどころか人が中にいる気配も感じない。
今の時間を確認するのにスマホの電源をつけるとスマホに謎ののメールが入っていることに気付いた。
「なんだ、これ。誰からだ?」
メールを開いて中を確認する。送られてきたメールの差出人は姫野となっていた。そしてメールにはこう書かれていた。
『姫野です。とある方に呼ばれて少しホテルを離れます。大会前には戻るので心配しないでください』
メールには呼びだされた時間と行き先を記した地図が付属でついていた。
「報告、連絡がちゃんとできているところをみると育ちがいいことがわかるなぁ。だけど報と連までやってなんで『相』までしないんだ!!」
ゲンがメールを確認している時、姫野はメールの地図に記された場所に到着したところだった。姫野がたどり着いた場所は森に囲まれており、その中にポツンと古ぼけた倉庫が1棟立っていた。倉庫にはツタが絡まり、長くの間手入れされていないように思える。倉庫の近くまで寄るとその大きさがよくわかり、東京ドームの半分ほどの大きさもある。姫野は背負っていたリュックの中から手紙を取り出した。
『明日の朝8時30分にこの手紙に同封してある地図の場所に来い、来なければ君の両親を亡き者にする。
地図に記された場所には古ぼけた倉庫があるはずだ、到着次第倉庫の扉を開け、中に入れ』
姫野は手紙の指示通り倉庫の大きな扉を開けて中へと入っていった。中はただ広い空間が広がっており、倉庫の中心部分の床には平たく巨大な液晶パネルが設置されていた。床に設置されている液晶パネルを見ていると、倉庫の奥の方から男が一人歩いてきた。
「ここにたどり着けたようだね姫野くん、これで君のご両親を手にかけなくてすむよ」
彼女には聞き馴染みのあるその声の持ち主は、昨日会場の前で出会った荒井だった。手紙の送り主が荒井であることがわかり、姫野は少し驚いた表情を見せる。
「荒井さんがこの手紙の差出人ですね?」
姫野の問いに対し荒井は頷く。続けて話そうとした姫野に対しそれを遮るように荒井は話を続ける。
「色々聞きたいことはあると思うけどね、こっちの目的を理解できればその質問はいらないと思うんだ」
荒井は一呼吸置いて話を続ける。
「要するに君は私の揺るぎない勝利のためには邪魔なわけだ。だから君にはここで消えてもらいたいんだ、この『立体チェス』で私に敗北してね!!」
荒井は話終えると、胸ポケットにしまっていたリモコンを取り出し操作を始めた。すると、倉庫中央にあった液晶パネルは光だし、巨大なチェスの駒が映し出された。目の前の状況に混乱する姫野を横目に荒井は『立体チェス』の説明を始めた。
「この『立体チェス』はその名の通り液晶パネルから立体の駒を映し出し、この映し出された駒で戦うのだ。見てわかると思うがこの映像には”キング”は映し出されないようになっているんだ」
「ま、まさかッ!!」
荒井の言葉の意味がわかり、姫野は驚愕する。
「そうだ、我々自身がこのチェスの”キング”となって他の駒に指示を出すのだ!!そしてこの『立体チェス』は我々の声に反応してその駒を動かす事ができる。例えば『h2をh3へ!!』」
荒井の声に反応し黒いポーンが動き出す。h2の位置にあったポーンはh3へ移動した。
「ちなみにだがこの『立体チェス』はこんなこともできるんだ」
荒井が再びリモコンを操作すると、駒の形が変形していく。ポーンは兵隊に、ナイトは馬に乗った騎士に、ビショップは僧侶に、ルークは塔に、そしてクイーンは王妃の形に変形した。そして荒井はさらに駒に指示をだし、黒いポーンが白いポーンを取ろうとしたその時、黒いポーンは白いポーンを破壊して指示された場所に止まった。立体映像なのに巨大な駒が破壊された衝撃が伝わってきて、姫野は少し後ろに後退した。「さて、このゲームについてわかったかな?それじゃあ早速始めようか。君の人生最後の”チェス”をね」
姫野と荒井のチェス対決が始まる少し前、ゲンは姫野が送ってきた地図記された場所に向かって林の中に入ったところだった。しかし、
「どうなってんだこの林はッ!!ヌンチャクや鉄パイプとか物騒な物持ってるごろつきがいるなんてきいてないぞ!!くそッこれじゃあ地図の場所につくには時間がかかっちまう」
ゲンは物騒なごろつきたちから隠れるように目的地を目指していた。
姫野と荒井はそれぞれ”キング”の位置についた。そしてついに二人の対決が始まった。
序盤は静かな対決となった。姫野も荒井も互いに派手な攻撃ではなく堅実な防御で相手のミスを誘うという戦い方だったために、序盤は互いに大きな動きがなかった。しかし中盤に入り、少しずつ互いの駒の取り合いが起こり始めてから少しずつ姫野は苦戦を強いられた。中盤、姫野に細かいミスが生まれ、荒井はそこを見逃さず姫野をじわじわと追い詰めていた。試合の途中、荒井に言われた言葉のせいで集中力が落ちているのである。
「言っていなかったが、チェックメイトになったときはキングが攻撃される演出があるんだが本当に殺されるような強さがあるぞ。前にこの装置を使って戦った相手が負けた時はとどめを刺される演出がリアルすぎてチェスができなくなったやつがいたな」
姫野は荒井の言葉で今まで荒井が出場する大会で優勝候補が大会に出場しなかった理由を理解した。このチェスで負けたとき、あまりの怖さでチェスができなくなってしまったために出場していなかったのだ。それを理解してからは姫野は負けた時に何が起こってしまうのかという恐怖に押しつぶされまともにチェスをできなくなっていた。
終盤、すでに姫野の駒はほとんどなく、このままいけば敗北は確定している。次の1手で勝負が決まってしまい自分が負けてしまう恐怖から姫野の目には涙が浮かんでいた。負けを確信した姫野は降参しようと口を開けたその時、外で銃声が鳴り響いた。何事かと思い出入り口に目を向けるとボロボロになったゲンが後方に銃を撃ちながら滑り込んできた。
「姫野!!大丈夫か!!」
ゲンの声に姫野の顔は敗北への恐怖から助かったかもしれないという安堵の顔へと変わった。
「くそっ何をしているんだあいつら、、、高い金払って用心棒として雇ったっていうのに、、、」
荒井は歯ぎしりをしながら外を睨む。
「おい姫野!!俺はチェスのことはよくわからんがまさか降参しようとしてたんじゃないだろうな?」
ゲンの言葉に姫野はドキッとする。
「よく状況を見直して見ろ、まだどこか突破口があるかもしれないだろ?あきらんじゃねぇぞ!」
ゲンの言葉を聞いて姫野は目元の涙を拭いもう一度盤面を見返しよく考える。そのとき、たった一つある突破口を見つけ出した。これにより形勢は逆転、姫野がミスを連発していたので早く決めきりたいと考えた荒井は”キング”の守りが手薄になっていることに気づかなかった、そして
「これで、チェックメイトです!!」
「うわぁぁぁぁぁ!!」
姫野は荒井に勝利したのだった。最後、キングが攻撃される演出を見た荒井はその怖さから気を失って倒れてしまった。
「やった!勝ったんだ!」
姫野が勝利に酔いしれてるところに横からゲンが話しかける。
「勝って嬉しいのはわかるんだがもう大会が始まるまで15分もないぞ?」
姫野は慌てて倉庫内から飛び出し、走って会場まで向かおうとしたので、ゲンはタクシーを捕まえて姫野を会場まで送り届けた。
「これで俺の任務は完了だな」
その日の夕方、姫野はチェスの大会で堂々の優勝を果たしたのだった。
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