第3話 洋館の町
今日はバイトも無い。
だが、町の模型屋に用事がある。
なので、ホームルームが終わったらさっさと模型屋に出向くつもりだ。
掃除の時間が終わり、ホームルームが始まるまでの短い時間でも、『銀河鉄道の夜』を、星座早見盤を片手に読む。
(最後の部分。南十字星から先、銀河鉄道はどこへ行くのだろう?コールサック(石炭袋)はトンネルだろう。であるなら、トンネルの先はなんだ?出口はどこだろう?天の川を実際に夜空へ書いてみると一周回って同じところに戻って来る。それに沿って銀河鉄道が敷設されているという事は、銀河鉄道は環状線だろう。でも、南十字星から先、冬の星座や春の星座は無い。そう考えると、地下鉄?地下トンネルであるとするなら、白鳥座X1ブラックホールのホーキング放射に乗って出て来るのだろうか?)
そんな事が浮かんでは消えて行く。
ホームルームが始まるので、本と星座早見盤をしまう。
帰りのホームルームが始まる。
なんて事ない内容で、さっさと終わらせて欲しい。
ようやく終わった。そう思った矢先だった。
「あーそうだ。ちょっと残りなさい。」
と、先生は自分に言う。
何か悪いことをしたのかなと、記憶を辿るが何も思い当たらない。
ホームルームが終わった後、言われた通り、先生のところへと向かう。さっさと用を済ませて、模型屋に行きたい。塾もバイトも今日は無く、模型屋の用事を済ませたら遊ぶ予定なのだ。
「いい加減認めたらどうだ?」
「何をですか?」
「なんだその態度は?こっちはな、君のためを思って教育してやってんだ!ありがたく思え!だいたい、あの噂だって、君が素直に「SLやまぐち号に乗りました」って言えば良かったんだよ馬鹿野郎!銀河鉄道の夜が好きな奴が、電気機関車の列車に乗るものか。」
いきなり怒鳴られた。
怒鳴るだけ怒鳴って、言いたい放題言い、先生は立ち去る。
「ふざけるな。話を聞かないのはどっちだ?教育を盾に滅茶苦茶押し付けているのは誰だ?こちらはあの噂の時、証拠を見せた。なのに、「銀河鉄道の夜が好きな奴が、電気機関車の列車に乗るものか。」と、話を聞かなかったのは誰だ?そもそも、あんたの行いだって傍から見ればアカハラになるのでは?」そう言いたいのだが、言ったところでまた怒られることは目に見えてる。なので、肩を落として帰るだけ。
知識を持っても、その知識のために怒られるのなら、何故人は勉強するのか。
生きるため?
それならなぜ生きるのか?
学ぶため?
そんな事が頭の中に浮かんでは消え、自分は学校を後に、自転車で、模型屋へ向かう。
原付の免許もある自分は、これを活かして夕方のポスティングのバイトを週に3~4回程度していて、それなりの稼ぎがあるが、これもまた、周りから疎まれる原因なのか?
言いたい事を言えない。
言ったら、「言った時点で君の負け―」と一方的な話をされて終了。
あの時。
SLやまぐち号の車内で悪さをしたと噂され、身の潔白を明らかにしようとした時もそう。
「否定するということは、噂話を認めるのと同じこと。」
「銀河鉄道の夜が好きなら、SLに乗るはず。」
と一方的な話しになってしまい、もはや話にならなかった。
結局のところ、言った者勝ち、やった者勝ち。
(なら、逃げるが勝ち。でも気分が悪い。)
と、自分はまず、模型屋へ向かう。
この町は、簡単に言えば、明治時代から大正、昭和初期に建築された西洋館が今も多く残っている町で、宮沢賢治の小説の世界。特に「銀河鉄道の夜」のジョバンニが住む町のような町。昔は生糸の生産が盛んで、水運の街としても栄えた洋館の町。
そして、銀河鉄道の夜の町のようにレトロな雰囲気の町には蒸気機関車が似合うだろうと月に一度か二度ほど、蒸気機関車が牽引する観光列車がやって来る。でも、自分はあまり好きでは無い。
町の真ん中を貫くメインストレートに古くからある模型屋に立ち寄る。まるで人の気配が無くて薄暗い店。隣の時計屋も同じく、まるで人の気配も無く、商売気の無い店で、看板たる柱時計の振り子の「カチッカチッ」と言う音だけが寂しく響いている。
けれども、道を挟んだ向かいのレンガ造りの洋館の写真館では、どこかの親子が記念撮影を終えて出て来ている。その隣の洋館のカフェからは、コーヒーを焙煎する良い匂いがする。道の反対側は活気があるが、この模型屋のある方からは人の気すら感じない。
店の奥からゴソゴソと、寄れた服を着た爺さんが出て来た。
「こんにちは。」
「あぁ。君ね。」
模型屋の爺さんとは顔馴染み。
この模型屋には、看板代わりのような鉄道模型のジオラマがあり、レンタルレイアウトとして自前のNゲージの鉄道模型を走らせる事も出来る。
15両編成のフル編成のブルートレインや新幹線を走らせても余裕がある程の大きさを持ち、木造の建物の通りに面した窓際の鉄道模型のジオラマは、行き交う人の目に止まるし、自分も自前のNゲージの鉄道模型を走らせる事もある。
メインで走らせるのはEF58やEF53が牽引する旅客列車やEF65‐500牽引のブルートレイン、EF64重連の貨物列車なのだが。
「しかし、君のような世代で渋い趣味の人は珍しい。SLではなく、戦前戦後の電気機関車を主に集めるとは。そんな君の次の所望はDD51。またまた蒸気機関車を置き換えた、と言うより、こいつは、蒸気機関車を一掃したと言っても過言では無い存在のディーゼル機関車か。」
言いながら爺さんは、DD51を2両持ってきた。
Nゲージの鉄道模型。
中古品で2両合わせて1万円弱という破格だ。
「そのDD51でさえ、今や絶滅危惧種。JR貨物のDD51は全て引退したと聞いております。DD51に関しては現在、車籍を有するDD51は、JR東日本に2両と、JR西日本に8両の計10両。一方で、現在車籍を有する蒸気機関車は、梅小路運転区等の園内運転の機関車も含めると計20両。DD51の2倍です。そして、旅客用の機関車はDD51に限らず、蒸気機関車を除き、今後引退して行く。皮肉な物です。蒸気機関車を置き換えた存在である電気機関車やディーゼル機関車が、蒸気機関車よりも先に姿を消そうとしているとは。」
「それは違うと言いたいが、JR西日本のC57-1や、全検こそ受けてはいないけどC62-2等のように一度も廃車、車籍抹消されることなく、今も活躍している例もある。貨物列車は抜きにして、旅客列車のみで考えると確かに皮肉だと言えるな。最も、旅客列車は機関車が引っ張る客車列車から、電車やディーゼルカーに取って代わってしまえば、機関車は用済みだがな。」
爺さんは言いながら、NゲージのDD51ディーゼル機関車の鉄道模型を包み紙で包み、袋に入れる。自分は、一万円札を渡す。
紅いDD51は、自分の住む町からそれ程遠くない都会の機関区に実物が在籍している。JR東日本の広い管内に僅か2両だけ残った、DD51‐842と895だ。
かつては、非電化路線で石灰石鉱山から石灰石やセメントを運ぶ貨物列車を牽引するため、都会の機関区には多くのDD51が在籍していたのだが、今はイベント列車や事業列車用の2両だけになってしまった。
そして、事業列車用にJR東日本は新形式の気動車を製造し、それが都会の機関区に配置され始めた。それによって、4両いたDD51が2両に数を減らし、電気機関車も一部が廃車となった。だが、この新形式気動車はDD51の半分の牽引力しかない非力なやつである上、直ぐに壊れる安物の部品ばかりを使っているから試運転の段階から様々な問題が出ているらしい。
(かと言って、いくらDD51でもずっとは走れねえからな。)
と、自分は思いながら、家には帰らず、駅に寄り道をしていく。
この駅は、単線電化路線の鉄道路線が来ている駅で、単式・島式複合ホーム2面3線の列車交換可能な地上駅で、洋風木造建築の駅舎の駅だ。かつては、織物や生糸などの輸送のための貨物列車も来ていたらしく、側線が2本と、機回し線がついた貨物ホームもあるが、どちらも今は時折、保線車両のマルチプルタイタンパやスイッチャーが止まっている事があるくらいで、それ以外にはまったく使われていない。貨物ホームに至っては、機回し線は生きてはいるが草が生い茂り、貨物ホーム側の線路には、枕木の車止めが設置されてしまっている。
駅前のパン屋でおやつにツイストパンを買い食いする。このパン屋は、レンガ造りの建屋をリノベーションした店で、かつてはこの建屋のところに貨物ホームがあり、ここから貨物列車に織物や生糸を載せていたらしい。イートインスペースには、当時の写真が飾られている他、貨物ホームには、かつて貨物列車を牽引していたEF15電気機関車が静態保存されている。
「あの機関車のイベントやるよ。」
と、パン屋で働く年上の女子大生が言う。
「そうですか。」
「詳細、また後日伝えるね。」
「ありがとうございます。是非参加させていただきます。」
この年上の女子大生とも自分は顔見知り。自分より年上だけど、何かと気が合い、仲良くしてもらっていて、偶にだが、売れ残りのパンをくれるか、或いはEF15に関連したイベントの事を教えてくれる。
話をしていくうちに、年上の女子大生は食堂車と言う物に興味があると言う事も分かってからは、食堂車の面影を求めて一緒に出掛けるようになったほか、自分もパン屋のEF15に関するイベントの時はボランティアスタッフをやる事もあり、最近では、バイトをポスティングからこのパン屋にしようかなとも考えている。
そして、変な噂話が流れた時も、この女子大生は味方になってくれた。
「変な噂まだ言われてんの?バカじゃないそいつら。と言うか、SLやまぐち号にその噂流した奴が乗っていて、たまたま似たような人を見かけたとしたら、「この日、SLやまぐち号に乗っていた?」って聞くだけでいいでしょう?或いは仲良くなろうとしてそんな噂流したのかもしれないけど、それだと意味分からない。」
今日の事を話すと、バイトの女子大生は頬を膨らませながら言い、
「「銀河鉄道の夜が好きなら、SLに乗る」って勝手に決め付けて、君の趣味思想は聞かないって何それ。私は君から「銀河鉄道の夜」の列車の話を聞いた時は、「あぁなるほど!」って思って、新しい視点から物語を読むきっかけにもなったのに。」
と言った。嘘だとしても、そう言われるのが嬉しかった。
嘘だとしても。
「それが面倒臭いのか、あるいは論破されて悔しいのか。物語はいろいろな人が読みますから、それぞれの感想が浮かびます。それは否定しません。ただ、同じ考えを押し付けるのは嫌ですね。大切なことは、自分がAならみんなもAだと言う誰が決めたわけでも無い定義を押し付けないことです。正解の無い問題の正解なんて、誰にも分かりません。人の数だけ答えがあるのです。」
「黙って今日の事聞いていたけど、それはアカハラだよ。録音して、警察に相談。教育委員はダメ。特に、日教組の奴等はどいつもこいつもバカな理想主義者で、話聞かないから。警察に持って行き、被害届を提出すれば事件として扱われる。まぁとりあえずは、気分転換も必要かなぁ。ねっ!今度の週末、わたらせ渓谷鐵道のトロッコ列車乗りに行かない?神戸駅の電車のレストランでお昼とか、或いは列車の中でお弁当。」
遊びのお誘い。
と言うより、気分転換にまた鉄道旅に出ようにも、1人で行ったら、更にまた変な噂を流されかねないから自分がボディーガードになるよと、彼女なりに気を遣ってくれたのだろう。
「是非、ご一緒に。」と、自分は答えた。