最終話 さようなら・紅いディーゼル機関車
「本当に、最後の最後。間に合ってよかった。今日、この運用を最後に、DD51‐842は、本当に引退。明後日、秋田車両センターへ行ってしまう。廃車回送よ。そしたら、もう会えない。だから、私達はDD51‐842が牽引する列車の最後の旅客の一員よ。」
「-。」
「ずっと黙ってたの。イベントでジオラマを一生懸命作ったリオナに、サプライズしたかったから。だから、水面下で密かに計画してたのよ。」
「-。」
「ああ、この列車の返却?残念。夜遅くに、GV‐E197系が回収しに来ておしまい。」
と、しおりさんに言われながら、機関車の次位の客車のコンパートメントに座る。後ろの客車は旅行商品として購入した旅客がいっぱいだが、こちらには、自分としおりさん、それから、カンナとアヤしかいない。
帰宅ラッシュの合間を縫うダイヤ。故に、上越線と分岐する駅を通過する時、ホームを見ると、大勢の通勤客や学生がそれぞれの家路に向かう列車を待っており、中には「なんだなんだ?」と言った視線を飛ばして来る者もいた。
すっかり日も暮れ、夜の帳が降りて来た両毛線の沿線。
「これも必要でしょう?カムパネルラ。」
と、アヤがしおりさんに星座早見盤を渡す。
「で、いつまで腰を抜かしているの?ジョバンニ?」
どうやら、ジョバンニは自分らしい。
「さ、鉄橋を渡るタイミングで記念写真撮るから!」
列車は、県庁所在地の町の手前の鉄橋に差し掛かる。そのタイミングで、アヤが自分としおりさんの記念写真を撮ってくれた。
DD51の長い汽笛と共に、列車は日本一高い県庁舎のネオンが水面に反射する川を渡っていく。
ようやく、これが現実だと理解した。
県庁所在地の駅に時間調整のため停車。ここで、後続の普通列車を前に行かせる。高架駅の防音壁の透明アクリル板からロータリーを見ると、バスが待機しているのが見え、今、追い越していった普通列車を降りてバス乗り場やタクシー乗り場からそれぞれの家に向かう通勤通学客の姿が見えた。
(ここは、白鳥の駅と言う具合かな?或いは鷲の停車場?)
と、自分は楽しみ始めた。
普通列車を先行させ、紅いディーゼル機関車に牽引される列車は県庁所在地の駅を発車。少々、高架線を走る。そこから見える夜の景色は街の明かりが星の灯りに見え、空を見上げると僅かに月明りに照らされた雲が見え、沿線の道路を走る車の流れが天の川の流れのように見え、それはまるで、銀河鉄道の夜の列車に乗っているような気分になった。
駒形に近付くと、田園が増え、伊勢崎駅で一旦停車し、また、後続の普通列車を先行させる。
蒸気機関車を置き換え、力持ちで、優等列車の先頭に立つことも多々あった紅いディーゼル機関車こと、DD51だが、臨時列車のダイヤの関係もあるものの、やはり、今の列車には敵わぬ点もある。
「実際、DD51重連の「北斗星」は、八雲駅で、後ろから来た、同じ特急である「スーパー北斗」に追い抜かれていたからね。力持ちのDD51と言えど、現在のスーパー特急や電化には敵わない。かつて、蒸気機関車が辿った道を、DD51も辿っている。」
と、アヤ。
「なら、復活もあり得るかも。だって、蒸気機関車は復活しました。蒸気機関車と同じ道を辿るなら、DD51だって。」
それまで、ネガティブだった自分。だけど、どういうわけか、プラスに考える思想が生まれた。
実現不可能だと思っていた、自分達だけの、紅いディーゼル機関車の走る銀河鉄道に乗っているからだろうか。
伊勢崎の次の停車駅は終点。つまり、洋館の町の駅だ。
それにしても、同じコンパートメントに座るしおりさんは、普段でも美人だが、木の内装。青いビロードを張ったクロスシートの上には網棚。そして、黄色掛った電燈でノスタルジーな灯りが灯る旧型客車の雰囲気が、より一層、しおりさんを美人に見せている。しおりさんがメーテルなら、自分は鉄郎だろうか。
窓を開けて、外から入って来る風を感じながら、流れて行く景色を見つつ、自分の視線は時折、しおりさんに行ってしまう。
西の夜空を見ると沈みゆくペガスス座やアンドロメダ座と言った秋の星座が見え、反対に、東の空を見ると、ふたご座のカストルとポルックスが青い光を放ちながら昇っていた。
この物語が始まった時、西の空に見えていた冬の星座だが、今は、東の空に見えている。
「もう、冬の星座が見えるね。」
と、しおりさんは言った。
「はい。季節は過ぎて行きますね。」
自分は声も無く、ただ、冷たい吐息を吐きながら言った後、
「しおりさん、客車の中だとより一層、美人です。」
と、自分は顔を赤めて言った。
気の利いたセリフがこれ以外に浮かばない。
「それ何?告白?」
ガタンガタンという、列車の音。開けている窓の外から「ゴゴゴ」と聞こえるDD51のエンジン音。時折響く、ガラスの笛のような汽笛。
それらを切り裂くように、しおりさんは微笑んだ。
「えーっと、高崎志桜里さんは綺麗です!」
「ぶーっ!めっちゃ必死。」
耳まで真っ赤になっただろう自分を見て、しおりさんは噴き出した。
洋館の町の手前で、また、鉄橋を渡る。
紅い鉄橋だ。
紅いディーゼル機関車は、汽笛を鳴らしながら鉄橋を渡っていく。
洋館の町が見えて来た。
もう、最後の旅の終わりは近い。
DD51が生まれて50年が経過した。おおよそ半世紀。
走りに走った半世紀の長い旅の終着駅の場内信号機を通過し、いよいよ、DD51はブレーキをかけ始めた。
洋館の町に着いた後、DD51はここで命の火を落とし、今日の未明か明日の内に、GV‐E197系に牽引されて列車ごと都会の駅の機関区に持って行かれた後、その日の内に、秋田車両センターへ持って行かれる。
惜しむ声もあるが、致し方ないだろう。
(しかし、老朽化で廃車というなら、蒸気機関車はなんなのだ?部品が手に入らない?蒸気機関車も同じだろう?維持管理が大変?保火番やら煙やら、蒸気機関車の方が大変に見えるが?排ガス?蒸気機関車の煙の方が公害だろう。)
という事が、浮かんでは消えて行く。
だからと言って、自分達にはどうすることも出来ない。
「自分は無力です。最後のこの列車を企画してくれたのは―。」
「企画力があったから、私達が動いたのよ。」
力なく言った自分に、しおりさんが微笑んだ時、洋館の町の駅の手前の踏切を通過し、DD51は長い汽笛を鳴らしながら、洋館の町の駅に到着する。
プラットホームの灯りが近付いてきた。
「ピィーッ!」と、長い汽笛を鳴らしながら、そして、車輪を軋ませながら駅のホームに入線していく。
今、紅いディーゼル機関車こと、DD51は最後の列車の牽引を終えたのだった。