黄色い線の内側をご覧ください
『黄色い線の内側をご覧ください』
駅で電車が来る時にさ、そういうアナウンスが流れることがあるんだわ。なんかもう終電近く、人気がぜーんぜんない駅に行くとさ。あ、俺の使ってた駅らへんは人口が少ないし、俺の仕事終わんの遅いし、いっつもそんな感じなんだけど。
おかしくね? 黄色い線の内側なんてさ、見たって何もないわけじゃん。ああ、ホームだな、ベンチあるな、ここ、〇〇駅だなとか思うだけじゃん、どうせ。やっぱ俺しか人いねえなとか。
なに、『黄色の線の内側までお下がりください』? そうそう、普通はそういうんだって。それは意味あるよな、外側だと危ないわけだから。最悪、落っこちて電車に轢かれちまう。
一回ぐらいはさ、言い間違いかなとか思うわけよ。今思うとそれもおかしいんだけど。だってあれ録音だもんな。つうことは、聞き間違いか?
どうせ俺はスマホ見てたから、黄色い線の内側も外側も見てなかったんだな。強いて言えばスマホは黄色い線の内側にあるから、内側を見てたのかもしれん。
ドア空いてから顔上げたら、普通の電車で、普通に乗って帰ったんだよ。
あんな放送なんて、基本真面目に聞いてないじゃん? でも、一回それを聞いてから、ちょいちょいちゃんと聞いてたわけ。そしたらさ、一週間に一回くらい、曜日はランダムで、俺が帰るとき最初に乗る駅だけで聞こえんのよ。聞き間違いじゃないの。
他の駅ではそんなアナウンス聞かないからさ、ちょっと怖くなってきて。アナウンスが聞こえたとき、律儀に黄色い線の内側を見たのね。スマホからも目離してさ。
ずっとスマホ触ってたから気づかなかったんだけど、ホームの中によく分かんないのがいっぱいいてさ。闇の中から手が這い出してる奴とか、首が皮一枚しか繋がってない奴とか。駅の通勤ラッシュなみに大勢いんのよ。逆にちょっと面白かったね。
それはそれとして、見るのやめたかったんだけど、わざわざ内側見ろって忠告されてるからさー。向こうもこっちに気づいてなかったし。頑張って目を逸らさないようにしたんだよ。
電車のドアが開く音がしたらそいつらが乗り出してさー。前は普通に乗って帰ったけど、さすがに乗れんかったね。なんで前は見えなかったんだよ。いつのまに霊感着いたんだ?
その時点で、次からその駅使うのやめりゃよかったんだよな。でも他の駅は職場から遠いし、乗り換え面倒くさくなるし。惰性で使い続けてたんだよ。駅の奴ら直視したくなきゃ、スマホを見続けてればいいし。
妖怪通勤ラッシュを見たすぐ後は怖くて、ちゃんと電車に背を向けて、スマホいじってたんだけどね? 人間、どんなことにも慣れちゃうからさ。放送に気づいた頃は外側を向いてスマホ見てたし、まあ大丈夫かなって思って。顔を上げないようにだけ注意しながら、放送が流れようがなんだろうがそのままでいたのよ。
そしたらある日、電車の方からガンって音がして。あるじゃん、駆け込んできた人の鞄が挟まってドアが閉まらなかったときになる音。つい見ちゃったんだよね。電車の中をさ。
そしたら、あの駅にいた妙な奴らでいっぱいで。骸骨とか腐りかけっぽい人間もいてさ。思わず息を呑んだね。
たぶん、ドアが閉まりきってなかったのが悪かったんだよなあ。乗客の皆さんに手招きされちゃって。足が勝手に動き出して。電車の中に入って。押されて押されてどんどん電車の座席の通路に入っちゃった。なんでか知らんけど席譲られて、ほぼ強制的に座らされて。
降りられないまま今ここ、って感じだねー。奴らは乗り降りしてんだけどさ。ぎゅうぎゅう詰めだからドアの方まで行けないし。行く途中で強制的に席譲られるし。頑張って端っこの席まで辿り着いて、降りれるー! と思ったら、なぜか奴ら一人も降りないからさ。駅にいる奴らがどんどんどんどん乗ってきて、押し戻されてまた座席の真ん中よ。何回やってもね。
てなわけで、俺はそろそろ諦めよっかなって感じなんだけど。どう? 今日乗ってきて。頑張って降りる? そっか。話し相手がいなくなったら、寂しいな。
俺がまだ喋れる状態かは分かんないけどさ。諦めがついたら、また隣の席においで。