乙女ゲームのシナリオを壊した結果=悪役令嬢とTS男装騎士
「まぁ…… ミリア様とカミーユ様ですわ」
「あら…… ハァ…… 素敵だわ…… カミーユ様……」
「カミーユ様、今日も神々しい……」
「カミーユ様こそ騎士の中の騎士ですわ。ミリア様が羨ましいです」
ここはとある帝国の学園。帝国の未来を担う若き者達が集う学舎である。
学園の在校生の殆んどは貴族の子弟だが、一部、平民の中から優秀な者も学園には在籍して居る。
今、女子生徒達が話しているのは、ローゼス公爵家の長女ミリアと御付きのカミーユ・ロボテである。
「お嬢様あのメガネの女、中々どうして、エエ乳してますよね。フフフ」
「カミーユ、アナタ控えなさい。ここは外で、他にも人が居るのですよ」
「大丈夫ですよ、近くに気配はありません、声は聞こえませんって。しかし…… 制服の上からでも分かる程、美乳だよなぁ。あれならおっきく無くてもアリだな」
「アナタねぇ…… 私の話を聞いて居るのですか? 控えなさい。大体アナタ、今は自分が女だと言う事を忘れて居るのでは無いでしょうね?」
「分かってますよ、残念ながら理解して居ますよ。ですが見る位、別に良いじゃないですか」
「ハァ…… 何で私はこんな奴を御付きになんかにしたのかしら……」
「でも実際助かってますよね? 色々と」
「反論出来無いのが悔しいですわ……」
俺とこのお嬢様との出会いは最悪だった。その事を、その時の事を今もハッキリ覚えて居る。そう、俺がこの世界に転生し、この世界がどの様な世界かを知る事になるあの日の事を……。
~~~
俺が転生したと分かったのは生まれて直ぐだった。そして母らしき人との別れも直ぐに訪れた。
まだ生まれたてで目もハッキリ見えず、ボヤけて居たが、この世界の推定母親は、俺を捨てた。
捨てた場所は孤児院であった。暗かったので、おそらく夜に孤児院に捨てたのだと思う。何か俺に言って居たのは分かるが、生まれたてで、この世界の言葉が分からず、何を言っているのか分からなかったが、涙が俺の顔にかかったのと、最後に俺を抱きしめていたので、多分泣く泣く捨てたと思われる。
貧しさからか、それとも別の理由かは分からないが、捨てられたと言うのは分かった。
生まれたての赤ん坊を夜に置き去りにしたら、捨てられたと言うのが分からない方がおかしい。
そんなこんなで、何故転生したのかを考える暇も無く、俺は孤児となった。
生まれて少しすると、ボヤけていた風景がハッキリ見える様になり、目が見えて思った事は、何じゃこりゃであった。
いやまぁ、身体が縮んだ感覚と目がボヤけて見えた事、そして謎の言語による違和感があったのに、目がハッキリ見える様になって初めて自分の置かれた状況に気付く事になったのは、俺も動揺してたからかも知れない。
いきなりあんな感覚になれば多少は動揺するのも仕方ないのかも知れないが、自分自身の間抜けさに笑ってしまった。
そして更に驚愕の事実に気付かされる事となる。そう、自分が女になって居ると言う、特大の事実だ。
身体がある程度動く様になり、オムツを替えて貰って居る時にふと、自分の股間が見えたのだが、あるべきモノが無くなっていた……。
一瞬分からなかった、見間違えかと思った。だが何度確認しても無くなっていた……。
違和感はあった、だが赤ちゃんの身体だし、気のせいかと思って居たのだが、この目で見て、何度も確認したのに無かった。
あの絶望を俺は決して忘れる事は無いだろう。
我が分身にして、正に言葉通りの半身が無くなったのだ。マジで魂が口から出るかと思う程の感覚だった。本当に本当に返して欲しい。
百歩譲って転生したのはまだいい。だが何で女に転生させた? せめて男で転生させろよ、そう思った。
俺を転生させたのは、邪神か気まぐれ悪魔か何かが面白がって転生させやがったのだと、その時に思った。ふざけるなと言いたい。だがどれだけ憤っても、どれだけ願おうが、俺が男になる事は無かった。
もうあんな事や、こんな事が出来ない。おっぱいも揉めない。いや、女でもおっぱいは揉めるが何かちょっと違う。言うなれば男が男のおっぱい揉む様な物だ。まぁ女であっても女のおっぱいは揉めるし、揉むが……。
そんな事を考えつつ、俺は転生した事実を受け入れた。だが女に転生したのは受け入れるつもりは無いし、決して認めない。認めてたまるか!
そんなこんなで時は過ぎて行く。そしてこの世界の事を少しずつ分かるにつれ、どうもこの世界は中世ヨーロッパの様な世界だと分かる事となる。
だがそれにしては文明が色々とチグハグな事にも気付く。何と言うか、この世界は色々と混ざった様な世界なのだ。
例えば名前に関しても、英語圏やドイツ語圏や、それこそフランスやイタリア系の名前等が混ざっている。
ろくに調べもせず、適当に名前を考えた小説の様な名前の付け方、そう言えば分かりやすいかも知れない。
俺の名前はカミーユだが、フランス語圏の名前で、他の国では違う読み方の名前、それらがこの国では色々居る。
例えばこの国にはポールさんも居れば、パウルさんも居るのだが、ポールのドイツ語読みがパウルとなる。もう無茶苦茶だ。そんな事がこの国では多々ある。
最初はアメリカみたいな多民族国家かと思ったが、そうでも無いし、単独民族国家と言わないが、かと言って多民族国家では無く、訳が分からなかった。
科学技術に関しても、中世の様だがそうでも無く、近代の科学技術があったりと中々カオスな文明だ。
本当に訳が分からない、思い付きで考えた小説の設定か? そう思う様な文明の世界なのだ。本当に訳が分からない。
この世界では基本中世ヨーロッパであるが、中世ヨーロッパと言い切れないチグハグなこの世界に最初は戸惑った。だがそんなチグハグな世界であるが、米や味噌、醤油があったのは嬉しい誤算でもあった。しかも米も味噌も醤油も、俺が居たあの日本。前世の日本と変わらぬ味とクオリティである。何故か分からないが、日本食も豊富で個人的には助かった。
正に嬉しい誤算である。何故日本食がこれだけあるのか意味が分からないが、考えても仕方ないので考える事を途中から止めた。食が豊富。なら別にどうでも良いかと、そう思う事にした。人はそれを思考放棄と言うだろう。
そしてこの世界、いや、俺には問題があった。女に転生したのもそうだが、俺は孤児であり、孤児院住みだと言うべき根本的な問題だ。
孤児院では一応は飢え死にしない程度には食える。だが基本的に孤児院は貧しい。なので腹一杯食えないと言うのもそうだが、味付けも基本的に薄い。
ある程度の歳になると子供達は、お手伝いに行き、小金を稼いでくるが、小さな子供はそれが出来ない。
お手伝いに行けば、小金を得るだけで無く、賄いみたいな物を出してくれるので腹を満たす事が出来るのだが、それが出来ない子は森に行き食材を採取していた。
孤児院の近くにあった森は基本的に安全ではあったが、全く危険が無い訳でも無く、森の深い所に行けば行く程に危険度が増す。なので森の外縁部辺りで食材を得ている。
だが当然ながら森の外縁部辺りは孤児院の者だけで無く、他の者も食材を得る為に入っており、得る物は少ない。
かと言って森の奥の深い場所は危険でもある。そして危険である反面得る物も多い。
基本的に森の奥には入り込むな、そう言われて居たが、俺は入っていた。
最初は怒られて居たが、その内何も言われなくなっており、俺は普通に入り込み、毎回大量の森の恵みを院に持ち帰ってきた。
俺は前世でとある流派の武術を嗜んでおり、修練者、世間一般に於ける免許皆伝者であった為、普通に危険を回避し、毎回大量に持ち帰っていた。
前世の経験が役に立っていた。苦しい思いをし、修練に励んで良かったと思った物である。
俺が修めた武術は、知る人ぞ知ると言われていた流派で、最強にして狂戦士揃いとしても有名な、一部の知る人からすればある意味で有名でもあった。
そんな俺は五歳の時から森の外縁部から少しずつ深い所に入り込み、六歳の時にはかなり深い所まで入り込んでいた。
そして六歳の秋頃である。秋は実りの多い季節であり、俺はウハウハ言いながら採取に励んで居た。
シスター達は喜んでくれるだろうな、院の仲間達は大喜びだろうなと、思いつつ秋の森の恵みを採取して採取して採取して、せっせと背負い籠に入れていた時だった。気配を感じた。
動物や魔物では無く、人の気配であった。
森の深い場所とは言え、人が全く来ない訳では無い。だが余りにも感じた気配が多かった。
明らかに大人数が、それも気配を消した人間が多かった。だが反面、気配を消していない奴も何故か多く感じた。
プロと素人が入り交じった、いや、入り雑じった何とも言えない空気感が辺りに漂っていたのだ。
俺は森に入る時は、身体に色々と武器を身に付けており、杖代わりでもある黒曜石で作った穂先の槍と、黒曜石で作った苦無モドキを身体に六つ、それと樫の木を削り作った寸鉄モドキと、採取用の小さめのナイフ、それに手で持てる小さな石を四つと、投石紐に、ボーラと言われている物を腰に二つ身に付けていた。
まだ六歳児の身体で持てる物も限られており、更に身に付ける武器もバランスが悪くならない様に、重さ等も考えて身に付けていたが、感じた気配は持っている投擲武器より遥かに多かった。
当然逃げの一手である。だが逃げれば即追い掛けて来る可能性が大。なら少しでも逃げられる可能性を増やす為、知らないフリをして元来た道を戻る演技を自然に行わなければならない。
もしかして狙いは違う物、事、人かも知れないが、人数が多すぎるし、残念ながら人拐いの可能性もかなり大きかったし、どれだけ強かろうと危険は避ける事が出来るなら避ける。当然の事だ。ましてや当時の俺はガキであり、しかも六歳児の身体。しかも女である。逃げの一手一択である。
幸い包囲はされていない、精々半包囲ってトコ。後方はまだ人が居ない。何かジワジワと包囲網が広がってきてる、うん、ヤバいね。これってもう俺を捕まえようとしてるわ。前に進めば包囲網に飛び込む事になる。今なら半包囲でしかも後方には気配は無い。
今の内に然り気無く、自然に、自然に後方へ転進しなければ……。
「ハァ…… こんなものかな? もう少しあればなぁ。あっ! あっちにキノコが! やったぁ~ いっぱいある~」
「おっと! お嬢ちゃん待ちな。おい、聞いてんのかよ? お前だよ。あっ、コラ待て」
待てと言われて待つ訳が無い。
しかしタイミングを少し逃してしまったな、いきなり出て来るとは…… 時間稼ぎをしつつ、油断させなければならないな。それと共に一応確認しておくか。
「えー おじさん何? あっ! あのキノコは私のだよ。横取りはダメなんだよ」
「違うわ! まぁ良い、こっちに来な」
「ヤダ、私のキノコだよ、あげないよ」
「だから違うと…… もう良い、おい、お前達さっさととっ捕まえろ」
はい、有罪。人拐い確定。しかし…… あっちに居る気配を上手い事隠してる奴等は動かずか…… で、出て来たのがド素人丸出しのコイツらか。
ド素人丸出しの奴等はまだまだ居るな? 出て来たのは半分の十人か。それと気配を上手く隠してる奴等だ、そいつらが問題だな…… ん? 気配を消して隠れてる奴等の内、六人程が回り込みし始めてないか? いかん、さっさと逃げよう。
「おじさん達は何で私を捕まえるの? 私の背負い籠が目的ね? 絶対あげないからね!」
「だから違うと…… おい、お前達…… アガッ」
ハイ~、隙を晒しまくってるからそうなる。
俺は杖代わりの槍モドキを素早く回転させ、穂先を地面に刺しつつ苦無モドキをチンピラの喉に投げた。正に苦、無く死ねたな。だがもう一本プレゼントしなければならない。プレゼント相手は、今呆然としてる奴等の中から素早く立ち直り指示を出す奴を狙う。指揮官を最優先で倒すのは鉄則。更なる混乱を撒き散らしてやる。
「おい、お前らボーっとするな! さっさと捕まえ…… グガガ……」
ハイ、又々喉に苦無モドキが刺さったね。投げた瞬間、素早く槍モドキを手に取り、後方に身を翻したが、後方を向ききる前に刺さったのが見えた。間違いなく死んだな。
「予定変更よ! 殺さず捕まえて! 絶対に殺したらダメよ! 必ず生きて連れてきなさい。でなければ依頼料は払わないわよ!」
ん? 女? 男? いや、ガキの声か? 分からん。それよりもさっさと逃げなきゃ。
「待てやクソガキ」
クソ! もう立ち直りやがった。あの声で我に返ったか? 余計な事をしやがって……。
しかし何なんだ? てっきり只の人拐いかと思ってたが…… あの声から推測するに違うな。
俺は転生して女になったが、かなりの美少女になった。自分で言うのも何だが間違いない事実だ。
だから美少女である俺を拐おうとしてるのかと思ったが、どうも違うみたいだぞ。
しかし…… 殺される程、恨み何か買った覚えも無いぞ。まさか誰かと間違ってるって事は無いか? 俺は恨みを買わない様に上手い事立ち回って生きて来たし、誰かと間違ってるんじゃ……。
それか、余りの美少女ぶりに嫉妬でもされたかな? だとしたら堪らん、マジで勘弁して欲しい。
気配を上手く消してる奴等が不気味だな…… ド素人丸出しの奴等が全員追い掛けて来やがる。
どうする? 投擲武器は限りがある。苦無モドキを手に持ち、戦うか? いや、ダメだ、流石にこの人数相手では分が悪い。全員倒せるか微妙だ。しかも上手い事気配を消してる奴等が出て来たら勝ち筋が欠片も無くなる。
やはりここは逃げの一手だ、逃げつつ反撃し、数を減らそう。
問題は子供の足で何処まで逃げれるかが問題だ。
追い付かれそうになったら、槍モドキで相手の足を突く。狙える時は首筋を穂先で切り裂く。
そんな事をしつつ半分の十人まで数を削ってやった。だが奴等はまだ諦め無い。
どんだけ金を積まれたんだ? 勘弁してくれよ、投擲武器は苦無が残り二本、石はもう無い。森の恵みがタップリ入っていた背負い籠はとっくに捨てた。勿体ないが命とは代えられない。
こんな事になるなら投擲武器をもう少し持ってくれば良かった。後悔しても今更もう遅い、そんな状況だ。
しかも今日は何時もより、森の奥の奥まで入り込んで居たのも宜しくない、本当にツイてない。何で今日に限って…… いや、違うな、俺が普段より森の奥深い所に入り込むのを読んでいやがったんだ。
秋で、森の恵みが多い季節。そのタイミングを狙っていたんだ。
クソ、マズった、多分俺の行動を前以て調べて、狙いを今日に絞って、絞られてたか……。
これ不味いな、逃げた先にも張られてるかも知れない…… まだまだ外縁部まで距離がある。逃げ切れないかも知れない。クソ、後悔先に立たずだよ、どうも俺は腑抜けたらしい。
常に気を張らなければならないのに、安全だと思い込んでしまって居た。アホだ、本当にアホだ、残心。その心を忘れてたらしい。
前世であれば、師匠に大目玉を食らってただろう。修練を一からやり直せ、そう言われるだろうな。
「おいガキ、いい加減諦めろ。もう逃げられ無い、大人しくしろ」
「アホか、未だに捕まえる事も出来ないクセ、偉そうに抜かしてんじゃねーよチ◯カス」
「このクソガキ! 舐めやがって、ぶっ殺してやる!」
良し良し、怒れ怒れ。我を忘れる程怒れ、怒りで冷静さを無くせ。そうすれば俺が逃げられる可能性も上がる。挑発は戦いの基本だ。
「おい待て! ぶっ殺したら金が手に入らねーぞ。落ち着け」
「知るか! 散々良いようにやられて、挙げ句あの口の聞き方だぞ! ぶっ殺してやる」
「落ち着け、あっ!」
冷静さを無くした奴を見逃す程ボケてねーよ。
前方に走り逃げながら軽く前に飛び、身体を一回転させつつ、槍モドキの穂先で喉を掻き切ってやった。追っ手が又一人減った。しかし……。
俺の体力もかなり減っている。少し、いや、かなり不味い状況だ。
しかもさっき追っ手の喉を掻き切った時に、チラッと新手が見えた。
考えたくは無いが、新手は恐らく気配を上手い事消してた奴等っぽい。しかもその内の一人は全身ローブの小柄な奴を抱き抱えてた様に見えた。
本当何者だよ? 流石にあの新手から逃げ切るのは至難。新手の追っ手はパッと見でも出来る奴等だと言うのが分かる。あー…… これはダメかも……。
苦無を投げるか? いやダメだ。倒せても一人だ、あんま意味が無い。ならどうする? 迎え撃つ? 前世の元の身体ならともかく、今のガキの身体ではこの人数相手は無理だな。ヤバっ…… コレ詰んでないか?
それにしても…… 気配を消してた奴等の数と、今俺を追い掛けて来ている人数が合わない様な気がするのは気のせいか? 何か少なくないか?
人数を読み間違えただけ? うん、違うな、挟み撃ちにするつもりだろうな。人数の読み間違えは…… 希望的観測。
うわっ、俺は本当に腑抜けたらしい。
何故その事に今思い至った? 気配を探る何て基本中の基本だぞ。そんな当たり前の事に気を配れ無いなんて修練者失格だ。那由多流の恥さらし、そう言われても反論出来ない下手打ちだよ。
わっちゃ~ 前方に回り込まれ掛けてる。どの方向に逃げても囲まれるな…… 今まで消してた気配を隠そうともしていない。むしろ気配を、存在を見せびらかせている。
これは警告だな。お前はもう逃げられないって言う、無言の警告だ……。
姿を見せず、気配と存在を振り撒くかの様な行動。包囲網は完成したって事か、うーん…… ダメだこりゃ。
唯一の救いは直ぐに殺される事は無いって事か。慰めにもならんな。俺の身体は女。ヤラれる位なら自害する。覚悟を決める必要がある。
ん? 気配を消してた奴等が姿を現したぞ。
何だ? 仮面? 見るからに怪しいな。指揮官らしき奴が大事に抱き抱えてるのは何だ? ガキ? えらく扱いが丁寧だな…… まるで秘宝を抱えてるかの様だ。
一体何者だ? 余計な事は考えるな! コイツらが何者であろうと、関係無い。
覚悟を決めろ。コイツらを倒す。命に執着するな、ただ討ち倒す。例え死しても倒す。
だが只では死なん。道連れを一人でも多く。
そして仮面をつけた、指揮官らしき奴に抱き抱えられたあの全身ローブの、ガキらしき奴も必ず地獄への道連れにしてやる! 奴がコイツらの親玉だろう。絶対に奴は殺る! 地獄行き超特急の切符をプレゼントしてやる!
「ハァハァ…… やっと逃げるのを止めやがったか…… 手間取らせやがって、アァガッ……」
「おい不用意に近付くな! 手癖の悪いガキだ、てかガキを相手にしてると思うな! 大人…… ガッガッガァ~」
「クソ! マジで手癖悪いな! 何だこりゃ? ナイフじゃねーぞ? 黒曜石を削ったモンか?」
苦無モドキは後一つ。ボーラも石も無い。残りの武器は槍モドキと苦無モドキが一つに、採取用の小さなナイフと樫の木を削って作った寸鉄モドキに、靴に仕込んだ隠し武器のみか…… どれだけ殺れるかな?
「おい! このガキ、無傷で捕まえるのは流石に無理だぞ。てかアンタらどうにかしてくれよ」
「ダメよ、殺したら。無傷でとは言わないけど、絶対に殺したらダメ」
苦無モドキをあのローブの奴に投げても防がれるだろうな。抱えてる奴もかなり出来る。まず間違いなく防がれる。どうする?
「なぁ、腕の一本や二本位なら折っても良いんだよな? 殺さなきゃ良いんだよな?」
「殺さないのなら良いわ。だけど喋れる様にはして。首から上は攻撃したらダメよ」
好き勝手言いやがって…… これ、あの全身ローブの奴やっぱガキみたいだな、しかも喋り方からして女っぽい。これマジで俺に対する嫉妬説が急浮上して来たぞ。
とりあえず会話は出来そうだが……。
「再度確認だ。殺さなきゃそれで良いんだな?」
「ええ、殺さないのならね。それと首から上は攻撃しないで。後は喋れる程度になら方法は問わない」
「分かったよ。殺さず、お口が利けたら良いんだろ。おい、囲んで痛めつけちまえ。だけど殺してしまわない様に気をつけてな。加減はしてやっちまおう」
バカめ! お前達に囲まれるのをボケ~っと待つとでも思ってんのか? お前らがアホ面並べて隙を晒してる内に攻撃するに決まってるだろ。先制攻撃だ!
「ガッ…… アガガガ……」
「ちっ、さっさと囲め! 囲んじまえばこっちのもんだ」
だからお喋りしてる暇があったら動けよ。ハイ、又一人削った。
「あっあっあっ…… 俺の…… 俺の股ぐらが……」
どうせロクな事にしか使わないんだから、要らないだろ? 少~し槍で股間にぶら下がってるモノを突き抜いただけじゃないか。
だが効果は絶大だな、囲もうとしてたチンピラ共の腰が引けやがったぞ。躊躇いが生まれたらしい。まぁ当然だ、ある意味死ぬよりきついからな。同じ男として同情するよ。
ん? ため息が聞こえた。あの全身ローブのガキか? 何だろう、気のせいかとても嫌な予感がするんだけど……。
「あなた達下がりなさい。もう良いわ、囲むだけで良い。役に立たないわね…… A命令よ、B以下の蜘蛛達にやらせなさい。方法は問わない、だけどさっきの条件は遵守させてね。決して殺さない様に気を付けて。それと油断はしない様にね」
「分かりました、ボス。お前達聞いて居たな? 再度言う、決して殺すな、首から上は攻撃するな、そして会話が出来る状態で確保しろ」
ボス? 蜘蛛? それにA、B? 徹底してるなコイツら…… コードネームか? 子供のごっこ遊びじゃ無いな。プロか…… クソ! 子供のごっこ遊びならどれだけ良かったか。
いよいよだな…… 死合う! 覚悟を、我が流派の誇りを。那由多流修練者として死合う! 死合った末に本懐を遂げる。力及ばず例え死しても…… 地獄で鬼共と死合えば良いだけ。只それだけの事だ。死して地獄に堕ちても閻魔大王をも斬ってやる。
「B以下、皆気を入れ直せ! 対象者の雰囲気が変わった。甘さを再び捨てろ、相手は幼子では無い。敢えて言う、子供相手だと思うな! 竜相手と思え! 命を惜しむな! 命を捨て、任務を成し遂げろ」
任務ねえ…… 本当コイツら何者だよ? まぁ良い、やる事は変わらない。死合うだけだ!
「おい全身ローブの怪しいガキ、ボケっとしてるとナイフを投げるぞ。死にたいなら手伝ってやるが?」
ローブ越しにビクッとしたのが分かった。良し、これで俺を囲んでる奴等は多少なりともあの抱えられてるローブのガキを気にするだろう。やらないよりマシって程度の事だが、少しでも気を分散させる事が出来れば儲け物だ。
しかしコイツら隙が無いな。誘いの為の隙すら作りやがらない…… やりにくいったらありゃしないよ。
ジリジリ、ジリジリと包囲網を狭めて何とまぁ慎重な事で。一番嫌がる方法で事を進めて来やがる。
敢えて隙を見せても乗って来そうに無いな。
「ヒッ……」
あの全身ローブのガキに苦無モドキを投げるフリをした。当然最後の投擲武器にして、身を守り、そして貴重な攻撃手段の一つでもある。それを簡単に使う訳にはいかない。それに防がれる事が分かっていて使うつもりは無い。
だがこれで囲んでる奴等は多少なりとも気にするだろう。
「おいどうした? 見詰めあってるだけか? 良いのか蜘蛛君達よ? お前らの大事なボスにナイフが刺さるかも知れないぞ。良いのか? 何時までこうしてる? さあ、死合おうじゃないか」
あーヤダヤダ、これでも変わらずか。揺さぶりがあまり効果が無いな。やらんよりマシって程度でしかない。状況の変化は望めそうに無いか……。
せめて武器がもう少しあればなぁ。十文字槍とは言わん、薙刀でもあれば。
いや、刀…… ダメだな、この身体では脇差しが精一杯だ。十文字槍や薙刀もこの身体ではダメ。
脇差しか、ククリナイフがあればまだ戦えるんだが、無い物ねだりでしか無い。
コイツらが俺を今、殺す事は無いのは分かるが、あのボスとやらの目的は何なんだ? わざわざコイツら剣を鞘に納めたまま、しかも鞘が外れない様に鞘と鍔を厳重に紐で括り付けてやがる。
あんなガキの命令に忠実過ぎる。あのガキが最初に俺を殺すなと言った時に、鞘と鍔を括り付けたのだろうが、何故あんなガキに忠実に従う? 一応は会話を試みるか? いや、ダメだ、危険な賭けでしか無い。だがこのままではジリ貧。一太刀すら浴びせる事も出来ないぞ。
クソ! 大分包囲が縮まってきた。集中しろ! もう余計な事を考えて居る暇は無い。斬り抜ける事だけを考えろ、この静寂が破られるのはもう直ぐだ…… 死合う刻は近い……。
空気が明らかに変わった。チリっと音がした気がする。一斉に鞘付きの剣が俺に振るわれる。
俺を囲んでいる六人の蜘蛛と呼ばれて居た奴等が一斉に、それぞれ手や足、肩、そして背中に叩きつけて来る。
本当に嫌になる、連携は完璧だ。そして更に嫌な現実として、コイツら六人を倒したとしても、全身ローブのガキを抱いてる奴と、周りを守る様に囲む三人が残って居る事だ。本当に嫌な現実だ。
ついでにチンピラ共も居る。本当に現実はクソだ。だが愚痴を言っても仕方ない、俺に振るわれた剣、まずはコレをどうにかしないといけない。
受け太刀等論外、なら前に進む。受けるのでは無く、流す。道場で散々やった事だ。
俺の槍モドキは、柄に使っている木は硬質でありながら柔軟性もある。衝撃を殺し、タイミング良く柄で受け流すだけ。
良し、受け流した衝撃も利用し、穂先を首筋に沿わす様に撫で斬る…… クソ、ギリギリでかわされた。
衝撃を流しきれ無かった? いかん!左右の奴等の剣が。柄の部分で剣の腹に当てて軌道を…… 右の奴はこれで良い。だが左の奴の、クソ! 強引に剣筋を変えて突きに変えやがった。
柄で、いやダメだ、勢いに負ける、それに間に合わない。穂先で、クソっ! 軌道を変える事が出来たが、穂先の中頃が少し欠けた。
だが道は出来た。このままあの全身ローブのガキに肉薄。おいおい! もう移動して来やがったぞ、後ろの奴等か? 誰だ? 分からん、だがまだ囲まれたまま。それが事実であり現実だ。
ダメだ、この身体ではコイツらの勢いを受け流しきれ無い。剣筋に対応がおっつかない。
コイツらは剣を鞘に納めたままだ、寸鉄モドキに変えるか? ダメだ、多分この身体では受け流す事が出来ない。それに幾ら固さがあるとは言え、所詮はモドキ、鉄では無いからいざと言う時に衝撃に耐える事が出来ない可能性がある。
それに…… 今の俺の身体では寸鉄モドキではあのローブのガキに届かない。
チッ…… 又ジリジリと包囲を縮める気か。本当に嫌な手を使ってくる。
慎重になられたら、先に体力が尽きるのは俺の方だ。それに得物が持たない。それが狙いか?
だが分かったとしても対応策は、今の俺には何も無い。全く嫌になる。
一人。一人倒せば道は出来る。だがその一人が倒せない。それに道が出来ても周りを囲む三人が居る。それにあのガキを抱いてるAと言われて居た奴もだ。あのAはかなり出来る、難しいな…… 蜘蛛か…… 言い得て妙だよ、まるで蜘蛛に捕らわれたかの様だ。身動きが出来ない、いや、制限されている。
おいおい、もう動くか? 又連携して攻撃を加えて来るんだろうな…… 嫌だ嫌だ。付け入る隙も逃げ出す隙もないとは今の様な状況を言うんだろうな。
チッ…… 後ろから殺気が。おいおい、殺すのは禁止じゃ無かったか? お前らボスの話を聞いて無かったのか? 槍をあのガキに投げるフリ、良し、前の三人に対する牽制になった。問題は俺に大きな隙が出来た事だな。
左の奴に向かい飛ぶか? ダメだ、空中で体勢を変える時に更に隙が出来る。牽制の為に行った動作は失敗だったな。仕方ない強引に後ろを向き…… 速い! もう剣が…… 真ん中の奴に向かい…… クッ、コイツ剣筋を突きから、下突きから上向きに斬り込みに強引に変えやがった。
剣の腹を柄で、良し、軌道を変えたぞ。いかん!槍の柄が、折れた。不味い、残った柄を、クソ、かなり短くなった。ダメだ右の奴の横薙ぎが、危ない、寸での所でかわせた、だが穂先が砕けた、軌道を変えれたが代わりに穂先がイッちまったか。
ええい、今度は左の奴か。仕方ない、穂先ごと顔に投げつけ…… 無い。足に。良し、残った穂先が少し刺さった。儲けた。
「待ちなさい。ねえ、アナタ、もう武器は無いでしょ、もう諦めたら?」
「ふざけんなクソガキ、両手にある物が見えないのか?」
何ギョッとしてんだ? ローブ越しでも分かるぞ。バカめ、苦無モドキと採取用の小さなナイフがあるわ。
右手に順手で苦無モドキを。左手に逆手で小さなナイフを。まだまだ武器ならある、例え無手になったとしても諦めるかよ! 石を拾って武器にする事も出来る。
うちの流派はありとあらゆる武器を使うんだ。それに体術もかなりのモンだ。問題はこの今の、ガキの身体では知れてると言う事だが……。
しかしあのガキ、今どんな面してるんだろうな。フードで顔が隠れてるから分からないが、さっきの身体の動きから見るにかなり動揺した顔でもしてるんだろうか? それとも間抜け面かな?
想像すると少し溜飲が下がったな、とは言えジリ貧どころか、状況が悪化して行ってるのは俺の方な訳だが……
状況は最悪だ、だがさっき一人、足に傷を付けた。多少はマシになったと思おう。
「ボス…… 私が出ます。許可を下さい。」
「仕方ないわね…… アン…… A、勝ちなさいよ。殺さず、喋れる状態で私の元に連れて来なさい。これは命令です」
「ボスの仰せのままに……」
ふざけんなよ、アレが出て来るのか? でしゃばんなよ。出張って来るな。部下の功績を奪う奴は、どんな世界でも嫌われるぞ。
あーあ、あの全身ローブのガキを下ろしやがったか。しかしかなり丁寧に下ろしたな、まるで壊れ物の様な、深窓の令嬢をエスコートするかの様な扱いだ。それかお姫様?
足に傷を負った奴があのガキの方に行き、Aと言われて居た奴が代わりに来たか。あっちゃ~ 今がチャンスではあるが、このAと言われた奴を抜くのは難しいな…… それにあのガキを囲んでる奴等の空気が変わったぞ。あれは自分の命と引き換えに相手を掴み、自分ごと剣で刺せとか言い出しそうだ。
いやまぁ、元からそのつもりだったんだろうが覚悟が一段と高まった気がするのは、気のせいでは無いな。
あー嫌だ嫌だ、ハードルが又高まったよ。あのローブのガキまで届くのが又遠のいた。あー嫌だ嫌だ。
仕方ない、少し時間稼ぎをするか。多少は息を整える事が出来れば儲け物。
「あー…… 一応聞くけど引くつもりは?」
「・・・」
無視か…… 一切聞く耳持たずですか。そうですか。
「これも一応聞くけど人違いの可能性は?」
ん? あのローブのガキ、一瞬動揺したな。
「そこの全身ローブのお子様? もしかして間違って無い?」
「アナタ、名前は?」
「カミーユ」
「そう…… なら間違いないわ……」
同姓同名? それか同性同名? ってことは無いのかな? いや、それは無いか…… あのガキ、俺が名前を言ったら確信したっぽい。何故かは分からないけど、再び確信したっぽい。迷いが消えたって言うのかな? とにかく間違いの線は消えたか。
「一応聞くけど、何でこんな事するの?」
「・・・」
今度はボスさんも無視ですか。あのガキ一体誰だよ? 顔を見ない事には誰かは分からないし、何故こんな事をしてるのか、欠片も分からない。
あっ、包囲網が縮まって来た。時間稼ぎは終了か。まぁ良い、多少は息が整ったんだ、目的はある意味達成された。
さて…… 死合いの続きか。何とかあのローブのガキまで俺の一撃を届かせてやる。そしてフードを捲ってツラを拝んでやるからな。
「所で蜘蛛のAさん、その仮面ってあのボスの趣味? もしかしてどっかの仮面舞踏会で使ったやつの中古? いや~ Aさんのボスって良い趣味してるね、もちろん皮肉だよ」
「・・・」
又々無視か。やっぱダメか…… ちょっとはノッてくれれば、それが状況打開の切っ掛けになるかも知れないのにな。頼むから隙を晒してくれよ。
頭が痛い。会話は成立しないか…… 会話が成立する条件は、あちらからの一方的な問いかけのみ。
俺からの問いかけは無視だ。いかんなぁ、完全に主導権を握られている。しかも時間が経つ事に、それこそ一秒事に俺の状況が悪化して行く。
不味い。Aと呼ばれている奴の間合いに入りつつある。空気が、空間がチリチリと音を立て俺の肌を刺激しやがる。
クソ、後ろの奴等も間合いに入りつつある。Aの左右に居る奴等も間合いに入る。
つまり包囲してる奴等の全てが間合いに入る。
嫌な現実だよ。嬉しくなっちゃうね。まさか前世であれ程他の修練者達が願い、夢見ていた死合いを、この俺が死合う事になるなんてな。多分俺は今、笑って居るんだろう。鏡が無いから分からないが、笑ってるはずだ。
嗚呼…… 出来れば前世の時に、前世のあの姿の時に死合えて居れば…… それこそ最高だったんだろうな。何と言うか、俺も大概度し難いよ。
強者と死合った末に果てる。なら悪くない。まさかそんな事を思う日が来るとはなぁ。例え今のこの姿であったとしても、死合った果てに…… それは幸せな事だ。そう思う日が来るとは、人生分からんもんだよ。
「さぁ、存分に死合おうじゃないか」
口から自然とその言葉が出た。そしてそれが合図となる。
Aと呼ばれている奴の横薙ぎが、いや、剣の腹が水平ではない? 刃が片方立っている。どっちに来る? 下か? それとも強引に横薙ぎか?
どっちでも良い。このまま受け身で居れば時間経過は俺の不利を只々悪戯に加速させるだけだ。
右斜め後方に飛ぶ。掛かってくれよ、俺が逃げに入ったと思ってくれ。
良し、斬撃が上がった、良し良し、掛かった。狙い通り。強引にこの斬撃に、剣の腹に足が掛かった。賭けに勝った! このままこの斬撃の勢いを使い、足場にして加速する! そしてボスと呼ばれているガキの所に、標的に、奴に、一撃を加える。届く、奴に届く、一撃を、致命的な一撃を!
クッ、コイツ、コイツ。強引に剣筋を下方に変えやがった、又か。ダメだ、勢いが削がれた、コイツを飛び抜けない。不味い、どうする? 強引に飛ぶか? いや、ダメだ、着地した瞬間か着地寸前にコイツの斬撃を食らう。なら…… 後方に飛ぶ。今なら後方宙返りすれば、今なら安全距離まで飛べる。
逃げ飛びつつ、元居た位置から俺の後方に居た奴等を天地をひっくり返りながら頭上からチラッと見えた。大丈夫だ、奴等の攻撃は届かない、着地と同時に逃げを打つのも手だ、やってみる価値はある、危険な賭けでは無い、だが逃げ切れるか?
クソっ! 速い、もう間合いに。着地した瞬間にもう間合いに…… 剣先が届くか届かない位の位置から振り抜いて来やがった。かわしはしたが、クソが! その隙に他の奴等が回り込みやがった、又包囲された。クソっ、クソ、どうあっても逃がさないつもりか。
しまった…… あのAと呼ばれる奴の剣の腹に乗った時にやはり前方に飛べば良かったか? 着地に成功していれば、着地した瞬間に縮地を使えばあのローブのガキに届いた可能性があった。
いや、やはりダメだ。剣を下げられてしまった時点で、しかも剣の角度も変えられたし、前に飛ぶ勢いを削がれたあの状態で強引に前に飛ぶのは危険な賭けだし、何より縮地を使えばもう立ち上がる事が出来ない。だが…… 一撃を加える事が出来る可能性も十分あった。いかん…… 堂々巡りだ。肉体だけで無く、精神もかなり消耗しているな。考えが纏まらなくなり始めて来ている。
バカの一つ覚えの様に、又コイツら包囲網を縮めて来ている。俺の体力、気力共に限界が近い。面白味の無いやり口であるが本当に効果的ではある。
ん? 右斜めの奴が何かしようとしてるな。土でも蹴り上げて目潰しをするつもりか。良し、乗ってやるよ、お前が土を蹴り上げる瞬間に仕掛けてやる。
右斜めの奴の足が然り気無く後ろに下がった、ザリッと僅かに聞こえた。良し今だ。
足が土を蹴り上げる瞬間に、奴の右側に縮地に至らないが高速で移動する。正面に居たAは右利き。Aの剣檄が届くか届かない位置を進む。おいおい、クソ、Aの斬撃が速い、左側の髪が僅かに触れたぞ。当たっていたら下手しなくても死んでたぞ。お前はボスの命令を忘れたのか?
だが、右斜めの奴は俺の動きに対応しきれていない。遅い、お前の斬撃は左手のナイフで捌ける。
横薙ぎの剣は反らし、ずらすだけならこの採取用のナイフでも十分出来る。ギャリと、嫌な音と共に逆手に持っている左手に違和感を感じた、だが今はコイツだイケる。
右斜めの奴が、今は俺の正面になった奴がギョッとしたのが分かった。良し、届いた。右膝の外側横辺りを苦無モドキで斬り裂けた、これでコイツは戦闘力を大幅に奪われた。まず一人。
斬り裂いた勢いそのまま、身体を前転させすり抜けた。
ハァ…… 成功したのは良しとしよう。だがコイツら即対応しやがった、もう半包囲されてるじゃないか。しかも逆手に持ったナイフの片刃がイカれたか。先っちょは無事ではある、だがそこから下はイカれてしまった。これでは切れ味に期待は持てないな。
参ったな…… あの鞘もしかして外側に鉄が薄く張ってあるんじゃないか? 他の奴の鞘とは違うな? クソっ! 戦闘力を奪ったが、代わりに俺の貴重な武器は半壊されられたか。痛み分けってトコか…… いや、強がりだな…… 今の攻防で俺の体力はごっそり削られた。次に同じ動きが出来るかと問われれば、出来るとは言えない。
もう気力だけで立って居る様な物だ。次が最後の攻防になるだろう、クソ! この身体ではここまでか…… あのローブのガキに届かないのであれば、蜘蛛と呼ばれている奴等を死出の旅の同行者にするしかない。無念だ、ここまでか。
いや、ダメだ、諦めるかよ。こんな所で死んでたまるか! 何を俺は弱気になって居る? そうだ! 倒す、コイツら一人残さず倒す! そして生き残ってやる。
死するその瞬間まで戦い続ける。必ず生き残ってやる。必ず生きてこの場を切り抜けてやる!
「・・・お前はこの状況で何故笑える?」
「はぁ? 笑ってる? あーそうか、やっぱ笑ってるんだ…… そうだな、楽しいから? いや、幸福を感じてるから? あー、生きてる実感をこれ以上なく感じてるからかぁ。強者と死合った果てに死す。本懐を遂げれるからかな? 誇れ、Aお前は、いや、蜘蛛達よ、お前達は強い。無限では無く、那由多の果てに至る道半ば、例え死して地獄に堕ちようと、地獄で鬼と死合うだけの事。なれば閻魔大王すら、斬り倒すまで。さぁ、言葉はいらない、死合おう」
「ボス・・・ こいつは危険です。当初の予定通り、死へと誘うべきです。許可を下さい」
「ダメよ…… 必ず生きたまま私の前に連れて来なさい。これは絶対よ」
「仰せのままに……」
さっきから俺は御大層な事を言っちゃってるな。那由多流の他の修練者みたいな事言っちゃってるとはなぁ……。
前世であれ程に呆れ、しょうがない奴等だって思って居た俺が、その俺がそんな奴等と同じ事をほざいてしまってるよ。
例え暝府魔道に落ちようと。強者と死合った果てに暝府魔道へと、か…… 例え死して地獄へと堕ちようと、地獄で鬼と死合うだけの事、なれば閻魔大王すら斬り倒すまで。
結局俺も那由多流の人間って事だな。今更ながら実感が湧いてるとは、本当に度し難いな。
今俺はこの最悪のクソみたいな状況を本懐だって、心から思ってるんだからな…… 本当に度し難い人間だよ俺は。
本当に悔しいな。前世の死ぬ間際の俺であったら…… あの身体の俺で、今死合えているのなら…… もっと、もっと最高の気分だったんだろうな。
まぁ…… 死ぬ間際とか以前の問題で、何故死んだかは全く分からないんだがな。俺は何で死んだんだろ? その辺りの記憶が無いから分からん。
まぁ良いや、考えても仕方ない。今はこの身体で死合ってる。それが現実で変えようが無い事実だ。
「蜘蛛達、待ちなさい。ねえアナタ何故この状況でも笑えるの?」
「さっきの話を聞いて無かったのか? 覚えて居ないのならこのAって奴に後で聞け、お前が生きて居ればな。だがそうだな、気分が良いから質問に答えてやろう。多分…… 俺は狂ってるんだろうな…… まぁ良い、もう言葉は要らないだろ? 己の武を、ぶつけ合えば良い。『那由多流修練者****さぁ死合おう』・・・」
『待って、あんた・・・』
あのローブのガキの声が、絶叫が聞こえた気がする。懐かしい響きだった気がする。だがそれに構ってる暇は無い、只々この目の前に居る蜘蛛と呼ばれる強者達と、只々死合うのみ。倒す、倒す、コイツらを倒す。
半包囲してるコイツらが又俺を完全に包囲しようとジリジリと動きつつ、少しづつ俺に対する殺気が強まって来ている。殺る気か?
あのガキが何か喚いているが俺を含め皆、聞こえていない。集中しているからか雑音でしかない。
害意の無い声等そんな程度のもんだ。しかし…… どうも嫌な予感がする…… ん?
Aの奴動きに違和感が……。おい! コイツ、こんな森の中で使うか? しかも三つ? 大きさはゴルフボール位? 避け…… クソ、避けた先にも! 今度は五つか、クソ、避けるのは無理だ。身体のどこかに当たる、武器で、苦無で反らせる、いや、ナイフも使って。
不味い、何とか反らす事が出来たが、ナイフが完全にイカれた。溶けた? 違う、反らしきれ無かったんだ、当たった勢いか。クソ、さっきの鉄鞘の奴との時の傷か。苦無も少し欠けたぞ、どんな威力だよ。しかし魔法? Aの奴、貴族か? 不味い、不味いぞ。まさかナイフが折れるとは…… 嘘だろ…… ファイヤーボールでこうなるのか? 安物とは言え鉄だぞ、いや、攻防の中で脆くなってたんだ。それに元からボロかった、しかしこのタイミングでイカれるか? いかん、Aの奴が急接近を。
ダメだ、ナイフは捨てる、寸鉄モドキで。いや、装備が間に合わん。剣撃はギリギリ避けれた。この隙に寸鉄モドキを。おい! 森の中でバカスカ火を使うな。魔法を使うな。
クソ、又急接近。間合いに入られた、袈裟斬りを寸鉄モドキでギリギリ反らす事は出来た。
「ぐっ・・・」
何だどうした? 腹に蹴りを食らった? ヤバい、息が出来ない。クソ、他の奴の剣が…… 横薙ぎ、反らせない、防げない……。
「最後っ屁か…… 大丈夫か?」
「はい、右腿に軽く刺さっただけです」
「あの状態で投げるか…… おい、まだ意識がある。念の為にもう一撃食らわせろ。但し加減しろよ、ボスの命令だ、決して殺すな!」
あー…… 俺、倒れてんのか…… 倒された? 負けた? ふざけんな…… まだやれる…… 右手に寸鉄モドキを…… 体術で…… 諦めるかよ……。
「おい、早く落とせ。まだ動こうとしている。意識を刈れ」
アホ…… か…… やられて…… たまるかよ……。
~~~
「きろ… お…… ろ おい…… ろ…」
ん? 何だ、誰が呼んでんのか? うん? 俺なんで身体が動かない? 何でだ? あれ? 何か忘れていないか? ダメだ、頭が上手く回らない……。
「起きろ」
「・・・」
あーそうか、死合ってたんだ。チッ…… これ縛られてるな。抜け出すのは無理か? 時間を掛ければイケそうだが、みすみす見逃すほどボンクラな相手では無いよな。
「起きたわね、よくもまぁここまで暴れた物ね。身体は…… 一応は大丈夫そうね」
「この状態を見て大丈夫と思えるなら、医者に診て貰った方が良いな。目医者? 頭の医者かな?」
「口が悪いわね……」
「いきなり襲って来て、挙げ句縛っといて感謝するとでも? 頭沸いてんのか?」
くっそー あのガキもう少し近寄って来ないかな。そしたら一撃お見舞いしてやるのに。地獄行き超特急の乗車券をプレゼントしてやれるのにな。
「……質問に答えなさい。アナタ名前は?」
「さっき言ったと思うが?」
「もう一度言いなさい」
「え~ わたし~ 首にナイフを突き付けられて~ 怖くって~ 何も言えない」
「・・・」
コイツらシャレと言うか、冗談の分からん奴等だな。ちょっとした軽口じゃないかよ。それなのにナイフを更に首に押し付けるとは、女の扱いがなって無いよ。そんなんじゃ女にモテ無いぞ。
「そう言うのいいから。答えなさい」
「チッ… ゴニョゴニョ」
「聞こえない」
「だから、ゴニョゴニョ……」
良し近付いて来やがった。後少しで……。
「ボス、それ以上近づかないで下さい。コイツは何をやらかすか分かりません。この目はまだ諦めて居ません」
「縛られて両側から押さえられてるのに? それに首にナイフを突き付けられてるのよ」
A正解。もう少し近寄って来たら、靴に仕込んだナイフを出す。
踵辺りをちょこっと弄ったらあら不思議。靴先からナイフが出て来て首を切り裂く。
下から斜め上に蹴り上げ、コイツの首を斬り裂いた勢いで、俺自身の首を刺すか切って自害する。
どうせ拷問されて死ぬ位なら。犯されて死ぬのなら自害する方がマシだ。
コイツを殺したらそうなるだろうから、そうした方がマシだな。しかし何故コイツらは手しか縛ってないんだ? それに膝を突かせて居るが、何故押し倒した状態で尋問しない? 不思議だ、俺ならそうするがな。
膝を突かされて居ても、あのガキに一撃食らわせて、自害する位なら出来るんだが? 甘いって事は無いはずだ。何か意味とか理由があんのかな?
「繰り返しになりますが、コイツは何をやらかすか分かりません。隠し玉を持っている可能性もあります。それにコイツは目がまだ死んでは居ません。これ以上はどうか……」
「はぁ…… 分かったわ。アナタ私の質問に答えさない、名前は?」
「カミーユだよ、さっき言っただろ。まさか本当に忘れたのか?」
「勿論覚えてるわ。再確認よ。アナタ名前は孤児院で付けられたの?」
「いや。捨てられた時に着ていた産着に名前が書かれてた手紙があったらしいが」
本当に何が目的だ? 真剣意味が分からない。
「そう…… アナタ。エタニティ 聖なる愛は遥かって言葉に聞き覚えは?」
「はぁ?」
何だよ、そのやっすい出来損ないの小説みたいなフレーズは? エタニティ、永遠? 永久? そんな意味だよな? えっ、マジでこのガキ何を言ってんだ?
「聞き覚えは?」
「いや、意味が分からないんだけど。まさかそんな事を聞く為に襲って来たのか? 何? そのやっすい三流恋愛小説みたいなの? 知らん、初めて聞いたけど、もしかして有名な小説か何かなの?」
本当にコイツ何がしたいんだ? 冗談を言ってる訳では無いみたいだが、何なの?
「そう…… A、皆を下がらせなさい。二人にして」
「申し訳ありませんがその命令は聞けません。先程も申し上げましたが、コイツは危険です。必ず何か仕掛けて来ます」
「アンソニー! 私の命令が聞けないの?」
「ボス、申し訳ありません。ボスの安全の為です、その命令は聞けません。例え死を賜ったとて聞けません」
「分かったわ…… ならアナタだけ残りなさい」
「申し訳ありません、それも聞けません」
「ならどうしたら良いの? アンソニーの事は信用してるけど、出来れば他の人間には聞かれたく無いの」
「せめて私とE、それともう一人の帯同はお認め下さい。その上で私とEの抜刀、そしてこの者をうつ伏せにし上から乗り、ナイフを首に当てた状態。それが妥協出来る限界です。ですが私は反対です」
「仕方ないわね…… 但し私からの命令無く決して殺したらダメよ。それと今から話す事、今からの事はアナタ達だけの胸に仕舞いなさい。御祖父様やお父様。当然、御祖母様やお母様、いえ、犬猫すらにも言わない。誰にも言わないと誓いなさい。それが私の精一杯の妥協よ」
「分かりました…… ですがボスの安全が脅かされた場合や、命の危険に晒された場合の処置はお認め下さい」
「ダメよ、私の命令以外での殺害は認めない。それとうつ伏せにし、上から乗り、押さえつけるのは加減しなさい。さっきも言ったけど、それで死なれたら困るの。それに喋れなくなるから必ず加減する様に。それが妥協出来る限界よ」
「仰せのままに・・・」
うーん、何か俺の意思とか丸無視なんだが…… しかし、その状態では反撃出来ないな。しかもナイフを使って自害も無理か…… 舌噛んでの自害は嫌だけど、覚悟を決めないといけないな…… あー 嫌だ嫌だ。嫌な終わりになりそうだなぁ。
「質問よ、アナタ女よね?」
「こんな美少女が男に見えるか?」
「そう…… 女なのね。今六歳で合ってる?」
「そうだけど。それが? と言うか聞かずとも知ってる口振りみたいだが、聞く意味あるのか?」
これ、人違いって事は無いな。微かな希望も打ち砕かれたか…… しかしこのガキ本当何者だ? 俺は面識は無いっぽいんだが、何故一方的に俺の事を知ってるみたいな口を?
「ねえアナタ、ニホンって言葉に聞き覚えは?」
コイツ今何と言った? ニホン? 日本の事か? どう言う事だ?
「知ってるみたいね……」
「お前何者だ?」
『日本人よ。今となっては元だけどね』
おいおい、日本語かよ…… コイツも転生者?
ますます分からなくなったぞ、何故コイツは俺をこんな目に遭わす? それに目的が分からない。何を考え、何をしたい?
『どうしたの? 私の言葉分かるでしょ?』
『おいお前一体何者だ? 何で俺を襲った? 俺はお前の事を知らないし、前世で何か因縁でも合ったのか?』
『やっぱりアンタ元は男だったのね。まぁ良いわ。ねえ、アンタこの世界がどんな世界か知ってる?』
『お前俺の質問に答えろよ。この世界? そんなもん異世界だろ? ついでに言うと魔法があって、文明が前世より遅れてる世界。いや、少し違うな…… 西洋と日本の文化が混じったチグハグな世界。それと科学技術もチグハグな意味の分からない世界だな。まるで適当に設定を考えたやっすい出来損ないの小説? それも素人が考えた様な世界だな。小説の無料投稿サイトで良くある出来の悪い設定の小説みたいな世界と言えば分かりやすいかな』
『分かりやすい説明ね。確かに出来の悪い小説の設定と言われたら納得出来る説明だね。でも違う、この世界は乙女ゲームの世界よ』
『はぁ?』
マジマジと目の前のガキを見てしまったわ。
乙女ゲーム? 何言ってんだコイツ?
それこそ良くある物語の設定だな。しかし……
コイツの口調からすると冗談でも、軽口でも無いな。それにしても乙女ゲームの世界? この世界が? えっ、俺はもしかして今、夢を見てる最中か? いや、それは無いな。
今も痛みがあるし、生まれてから六年だ。この六年は現実の時間が流れていると、リアルだって感じて居る。
大体そんな長く夢を見続けられる物か? 夢ならリアル過ぎだろ。それは無いな。明晰夢だっけ? いや、明晰夢は意味が違うか。
『混乱してるみたいだけど、私は嘘はついて無い。この世界は乙女ゲームの世界よ。そしてあんたはヒロイン、その乙女ゲーム、エタニティ 聖なる愛は遥か。その乙女ゲームのヒロインなの。そして私は悪役令嬢……』
『ヒロイン? 俺が?』
『そう』
『で? お前は悪役令嬢だっけ?』
『そうよ……』
『一応聞くけどお前頭大丈夫?』
『残念ながらね。まともよ私は。そして私はゲームでは悲惨な最後を迎えるの……』
『で、悪役令嬢だっけ? 悪役だからいきなり襲い掛かって来たのか? 何そのゲーム? 本当に乙女ゲーかよ? 俺が知ってる乙女ゲーって恋愛物だよな?』
ますます意味が分からん。百歩譲ってこの世界が乙女ゲームの世界だとしても、コイツが言ってるそれ、違うゲームじゃないか? アクションゲームとか、ダーク系のRPGゲームと間違ってないか? 何で乙女ゲームでいきなり俺を襲い掛かって来るんだ?
『私はね、断罪されるの。ゲームのシナリオ通り進んだらね。だからヒロインであるあんたを先にこの世界から退場させ様としたの。やられる前にやれって思って……』
『いや、退場って消すって事だろ? 殺してしまえばシナリオが消えるからって殺ろうと思って、殺しに来たんだろ?』
『そうね……』
『いや、俺まだ何もしてなくないか? それなのに殺しに来る何て、お前結構思い切りが良いな。乙女ゲームってより、ダーク系のRPGかよ』
『それはこっちのセリフよ。あんた何なの? 何の躊躇いも無く、殺してたわよね? 前世は暗殺者か何かだったの?』
『いーや、只の武道経験者だ。殺したのも初めてだ。あっちの世界も含め、こっちの世界でも昨日まで殺した事は無かったぞ』
『あんたそれが本当なら、ヤバくない? 普通躊躇いみたいな物があるでしょ? ましてや初めて殺すんだったら、普通躊躇うわよね?』
『いやいや、そっくりそのままそのセリフを返すわ。いきなり殺しに来た奴に言われても、説得力が欠片も無いんだが……』
『・・・』
うーん、何コイツ困った様な顔してんだ? 将来悲惨な目に合うからと、見ず知らずの俺を、人の事を殺しに来ておいて、俺に言わせればお前が言うなと声を大にして言いたい。
『クソが、こんだけ手練れを連れて来て、しかもチンピラまであんなに連れて来て、殺意あり過ぎだろ。本当に乙女ゲームの世界かここは?』
『さっき迄のあんたの暴れっぷりを見てたら、一瞬私の知ってる乙女ゲームの世界か、自信を無くしたわ。もしかしてアクションゲームの世界なのかな? って考えたもん。あんた何者よ?』
『だから只の武道経験者だよ。で? 俺を殺すんだろ? さっさと殺れよ。でも一思いにやれよ。少なくとも俺はお前に何もしてないし、初対面なんだからな。恨みを買う様な事はして無いんだ、それに襲って来たのもそうだが、先に手を出したのもお前なんだから楽に死ねる様に殺れ』
『あんたもしかして死にたいの?』
『んーな訳無いだろ。でも仕方ない、死合って負けた。お互いの武を、修練を積んだ武を使い負けたのなら、命懸けである以上、死は覚悟はしてた。死合うって正に字の如く、死、合う、事だからな。負け=死、ってのは、覚悟はとっくに決めてたんだよ』
とは言え死の瞬間まで、最後まで足掻くがな。覚悟はしてた。覚悟も決めてた。だけどそれはそれ、これはこれ。
このガキには俺の死出の旅路に付き合って貰う。
人の事を殺そうとしてたなら、自分が殺される事も覚悟して当たり前。
覚悟が無かったとしても、殺し合いなら自分が死ぬ可能性も当然あるんだ、なら当然最後まで自分が殺られる事も考慮しないとな。
『あのね、あんたの事を殺しに来て、こんな事を言われても今更だと思うんだけど、何か殺すのは無しにしようかなぁって思ってるの…… あんたゲーム通り行動するつもりも無いみたいだし、それ以前の問題として、ゲームを、エタニティ 聖なる愛は遥か。これ皆、略してエタ遥って言うんだけど、知らないんでしょ?』
『更にそれ以前の問題として、俺、中身男なんだが? 何で男と恋愛しなきゃならない? 別に性癖は人それぞれだし、同性同士の恋愛も本人同士が望むなら、好きにすればって思ってるぞ。他人に迷惑掛けなきゃ個人の自由だし、お好きにどうぞって思ってる。だけど何が悲しくって男同士で恋愛しなきゃならない? 俺は女が好きなの。大体だな、この世界がお前が言う何とかってゲームなら、シナリオ通り進んだら恋愛して、多分だけど結婚まで行くんだろ? 乙女ゲームって結構そんな展開が多いって聞いた事あるけど、どうなん?』
『そうね、ハッピーエンド=結婚ね』
『ふざけんなよ! 何が悲しくって野郎に、《ピー》が《ピー》で《ピ~》を《ピ~~~》されなきゃならないんだ? 死んでも《ピーー》を《ピーーー》にブチ込まれてたまるか! そうなったら、いや、その前に相手の野郎をブチ殺してやるわ!』
『えっと……』
ん? 何でコイツこんなに顔真っ赤にしてんだ?
『お前何、カマトトぶってんだ? 別に《ピ~~》とか《ピーー》に恥ずかしがる歳でも無いんだろ? 大体そんな大して生々しい話でも無かったし、俺は事実を述べただけじゃないか』
「・・・」
ん? 反応がおかしいな? もしかしてガキんちょの時に死んで、こっちの世界に転生して来たのかな? それとも……。
『アレ? もしかしてお前、処女を拗らせて死んだの? だからそんな照れてんのか…… そっか、処女拗らせて死んだのか……』
『だだだだだ、誰がよ! しょ、処女を拗らせて死んだって、あんたデリカシーが無いの? 何て事を言うの』
『えっ? お前幾つの時に死んだの?』
『十七の時よ……』
『なぁーんだ。てっきり良い歳して恋人の一人も居なくって、処女拗らせて死んだのかと思ってた。悪い悪い。でも高校生なら普通にそんな話もするだろ? お前多分、前世は女だよな? 普通女って結構えげつない話もするよな? 案外男より、女の方がそれ系エグい話をしてるし、彼氏居たらそんな事にもなるしな。高校生なら普通、彼氏彼女居ても当たり前だし』
「・・・」
ん? もしかして恋人も居らず、死んだのか?
『今日、天気良いよな……』
『ねえ、露骨に話を反らすのは止めて。悪い? 高校生にもなって、彼氏が居なかったのは悪い? ねえ?』
「・・・」
『偉そうに言ってるけど、あんた幾つの時に死んだの? どうせ前世じゃおっさんだったんでしょ?』
『俺? 俺は二十六の時だな。一応まだおっさんって歳では無いと思う。最後の記憶が二十六の時だから、前世は二十六歳だったと思う』
『チッ、おっさんじゃ無いのか…… それにしてもデリカシーが無いわね……』
『処女拗らせて死んだ奴に言われても……』
『だだだだ、だっ誰が処女拗らせて死んだよ! 止めてよね、あんたそれセクハラよ』
『彼氏も居らず、死んだ奴に言われてもなぁ』
『くっ、腹立つ。悪い? ねえ? 彼氏も居なくて死んでしまって悪い? 私に彼氏が居なくってあんたに迷惑掛けたの? ねえ!』
『森の恵みがたっぷり入った背負い籠、勿体なかったなー しかしこの森の豊かな事。天気も良いし、良い採取日和だなぁ』
『あんた話の反らし方が下手なの? ハァ…… 何かあんたと話してたら、今まで断罪の事を考えて、ビクビクしてたのが馬鹿らしくなって来たわ。何だったの? 私のあの不安な日々は? 本当、心底馬鹿らしくなって来たわ』
『お前、俺の事殺さないの? 確か聞いた話じゃ強制力だっけ? みたいな事があってシナリオ通り強制的に進んだりとかあるんじゃないの?』
『確かにそうね。でももしそうなったらアンタそのシナリオを命懸けで壊すでしょ? つまり結果的に私の破滅への道やフラグになりそうな事、そんな嫌な未来をアンタは拒否するだろうし、私の破滅=アンタの破滅でもあるんだし、私が破滅する未来はあんたのハッピーエンドじゃ無い。むしろアンタもバッドエンド、そして最悪の破滅になる。殺す理由は無いわね、それどころかあんたは私にとって最も心強い味方…… と言っても殺しに来た私が言っても説得力が無いんだけどね……』
確かにそうだな、コイツは俺を殺しに来た。
だが、反面最も強力な味方であるってのも事実だ。シナリオ通り進んだらお互いにとって最悪の状況だし、最悪の破滅。
お互いが手を組めば強力な味方、いや、同盟者となる。うん、俺を殺すのが一番確実かも知れないが、最も頼りになる味方が消える事になる。
『おい、殺しに来た事は確かに許せないが、理由は分かった。そしてお前も分かってると思うが、俺達が手を組めば、最も頼りになる味方であり、強力な同盟者となる。勿論、俺を殺すのがシナリオ破壊って意味じゃ一番確実だ。だけど俺達が手を組めばシナリオ通り進んでも、そしてシナリオとは違う想定外の事があっても対処するのが楽になると思うがどうだ? 一応俺の所感として、俺を殺した場合、ゲームの盤面が根底から覆される可能性も出てくる。そうなれば想定外の、思ってもみない進み方になる可能性も出て来ると思うが、どうだ?』
これは賭けだな。だが分が悪い賭けでは無い。
俺は嘘を言ってる訳でも、ハッタリをカマしてる訳でも無い。
只単に事実を言ってるだけの事。
俺を殺せばある意味確実ではあるが、この乙女ゲームの世界その物を破壊する事にもなる。
それに盤面をひっくり返してしまえば、違う意味で強制力が働き、違う破滅の仕方をする可能性もあるし、盤面その物をひっくり返しても強制力とやらに逆らえず、結局は破滅する可能性だってある。
なら二人で協力し、その破滅とやらを回避する方が二人にとってのハッピーエンドになる可能性もあり、破滅を回避する為の強力な、最強の味方をコイツは手に入れる事が出来る。
最強の敵は、味方にならなければ最強の敵のままだが、敵対せず、味方にすれば最強の味方になる。うん、簡単な論理だ。
コイツの破滅は、俺にとっても破滅、なら協力出来るし、協力もする。
そりゃそうだ、俺だって男と結婚なんかしたく無いし、ヤラれたくは無い。
もし俺を味方に付けたら、最強の味方になってやるし、最強の守護者になってやるよ。さて、コイツはどうするかな?
『それは私も分かる。でも私はアンタの事を殺しに…… 殺そうと思ってた。言い訳にしかならないけど、私だって死にたく無かったし、悲惨な最後を迎えたく無かったの…… 味方になって欲しいって、味方になってくれたら…… そんな都合の良い事言えないよ…… 大体あんた私の事を怒って無いの?』
『そら怒ってるよ。でも事情は分かったし、納得は出来ないけど理解は出来る。もし逆の立場なら俺もそうするだろうしな』
「・・・」
『まぁ何だ、前世で処女を拗らせて死んだボッチのやった事だしな。俺様は心の広い器の大きな男だから今回は許してやろうじゃないか。なぁボッチちゃん』
『あ、あ、あ、アンタねえ、誰がボッチよ! と、友達位居たから! 大体処女を拗らせて死んだとか変な事言わないで!』
『そうか、良かったなー』
『あ、アンタ……』
『えっ? じゃあ、もしかしてお前って前世でビッチだったの?』
『そんな訳あるか! ビッチじゃ無い、ビッチじゃ無かったから。彼氏も居なかったのに、そんな訳無いでしょ……』
なら処女ビッチ? とか言ったら流石に不味いと思うので言わない。うん、あんまりオモチャにしたら、処刑されかねないからな。
今も俺の首にはナイフが突き付けられてるし、何時でも首を掻き切られる状態だ。遊びは程々にしておくか。
『それにしてもアンタ、今の状況で良くそんな軽口叩けるわね、どんな神経してるのよ……』
『そんなの覚悟を決めたからに決まってんだろ。さっき、覚悟を、命に執着しないってとっくに決めてたからな。でもおかしいんだよなぁ…… 院を出るまでそんな覚悟を決めなきゃ何て欠片も思って無かったのにな。何でか森に入ったら、覚悟を決めなきゃならなくなったんだ。何でだろうね? 君分かる?』
「・・・」
『アレ? どうして急に黙り込んだのボス?』
『わ、悪かったわよ、私が悪かった、ゴメン…… 』
『謝って済むなら警察は要らないと思いますが、どう思いますボス?』
『もう、だからゴメンって。謝って済む事では無いけど、ゴメン……』
『おいおい、ボスがそう簡単に謝っても良いの? それにボスは貴族だよな? もしかして王族か皇族だろ? そんなボスが平民の孤児に簡単に頭下げて謝ったらダメだよ、ボ ス さ ん』
『ねえお願い、私の事をボス呼びはヤメて…… お願い…… ボス呼びはヤメて……』
あらあら、顔真っ赤にして照れちゃって。
そうだよな、冷静になったら恥ずかしいよな、ボス何て呼ばせてたのは。
『ねえ、微笑ましそうな、それで居て生温い視線で私を見ないで…… お願いだから……』
『そんな事言われても、ワタシ~ ボスの名前分かんないんだもん。てっきりワタシ~ アナタ様はボスって名前かと思っちゃった~ エヘ♪』
『ミリア、ミリア・ローゼスよ』
『ミリアミリア・ローゼス? お貴族様って庶民と違って変わった名前だね』
『違う! ミリア・ローゼスよ。ねえさっきからアンタ私で遊んでない?』
『嫌だなぁ、気のせいですよお嬢様。いえ、ミリアお嬢様』
「・・・」
うーん、世間ではこれジト目って言うんだろうな。
何だろう? もしかしてこの子ポンコツなのかな? 一生懸命、お貴族様を演じ様としてるけど、中身がポンコツで四苦八苦してるのかも知れないな。
『さっき言ったけど、俺はカミーユ。分かってると思うけど、平民だから家名でもある名字は無い』
『うん、知ってる…… ねえ、もしかして私の事、許してくれ様としてる?』
『聞かれもしないのに名前を名乗ったんだ、許すよ。事情が事情だし仕方ない。だけど俺を殺そうとしてるなら、抗う。どうする? 俺と手を取り合うか?』
『こんな事しちゃった私を許してくれるなら…… 私を助けて。私死にたくないし、破滅したくない。都合の良い事を言ってるのも分かってる…… 虫の良い事を…… 自分勝手で身勝手な事を言ってるのも分かってる…… お願い、私を、私を助けて……』
『おい、分かったから泣くな。それよりコイツら何とかしてくれ。お前が泣いた瞬間、首に当てられたナイフが更に食い込んでるから』
『えっ、あっ、ゴメン。直ぐ離す様に言うわ』
『それとその前に俺の靴を脱がす様に言ってくれ』
『えっ何で?』
『俺からの信頼の証。脱がしたら分かるから。それとお前はもう俺を害さない、間違い無いな?』
『勿論。むしろアンタは私が守る。誰にも、誰にもアンタに手を出させない』
『契約完了だな。俺からの信頼の証としてまず靴を脱がして調べてくれ、あっ、その前にまず首に当ててあるナイフを先に仕舞わせてくれ』
~~~
「ボス、私は反対です。コイツは危険です」
「良いから私の言った通りにしなさい。それと私をボス呼びはもう止めて良いから。何時も通りに呼びなさいアンソニー」
「お嬢様、ボス呼びはともかく、まだAの事は名前で呼ばない方が良いと思うよ」
「えっ、何で?」
「そりゃ…… おっ、首からナイフを離してくれたか。先に靴を調べてから離れてくれよ。こんな美少女から離れたく無いとは思うけど」
お嬢様分かって無いのかな? 分かって無いんだろうなぁ…… とりあえず、先に色々済ませてから説明してやるか。
「この靴……」
「Eどうした?」
「この靴、暗器が仕込んであります。見て下さいA、上手く出来ています」
「なるほど、踵の所に操作する仕掛けがあるな。靴先から刃が出てくる様になっているのか」
「力作だ。まぁ今となったら使う事は無くなったんだがな」
ミリアちゃんが興味深そうに見てる。
どうだ、俺の手作りだぞ。それより蜘蛛と呼ばれてる奴等も興味深そうに見てる、感心してる様な、呆れた様な何とも言えないって感じだな。
「カミーユ、アナタこれ自分で作ったの?」
「勿論。どう? 中々のモンでしょ?」
「アナタこれ何に使うつもりだったの?」
「そりゃ勿論、いざと言う時の為だよ。ちなみにさっきからAが言ってる様に、いざとなれば、まぁこの場合は今日だけど、ミリアお嬢様の首を下から斜め上に切り裂くつもりだった。そんで、振り上げた足で自分の首を掻き切って自害する為に使おうと思ってた。さっき迄はね」
「じゃあもしかして私、殺されてたかも知れないのね?」
「そうだね、Aがさっきから言ってた、何をやらかすか分からないってのは正解。近寄らなくって良かったね。今はもうやらないけど、分かった? 靴脱がすのが、信頼の証って意味」
うーん、ミリアちゃんってば顔が引きつってるなぁ。今はもうやらないんだから安心してくれて良いのに。
「ボスよろしいですか?」
「だからボス呼びはもう良いって…… 何?」
「おい、カミーユとやら、一つ言っておく。ボスはお前の事を守護…… 庇護下に置くと仰って居られるが、もし少しでも不穏な動きをしたら斬る。例えボスの不興を買おうとも、例え死を賜ろうともお前を斬る」
「ん、了解。ねえねえボス、コイツ勝ち切れなかったからってカマして来てんのかな? コイツ結構根に持つタイプ? ケツの穴のちっさい奴だね」
「ちょっとカミーユ、あんまり煽らないで。アンソニーもあんまりカミーユを恫喝しないで」
さっきも言ったけど、一応もう一回言っとくか。
「お嬢様、Aの事はまだ名前を言わない方が良いよ。それとフードは被ったままで居て下さいね」
「あっ、そう言えばフードを被ったままだったわ。ねえ、アナタさっきも同じ事言ってたわね? 何でなの?」
「そりゃまだ終わって無いから」
「? アナタ何を言ってるの? もう終わったじゃないの」
あーやっぱりかぁ。微妙に違和感があったけど、コレか。案外この子、詰めが甘いな。
「いやいや、終わって無いでしょ? ホラ、遠巻きにこっちを包囲してる奴等、アレが残ってるじゃないですか」
「どう言う事?」
Aの奴はハナっからそのつもりみたいだったみたいだが、この子知らされて無かったか? だがやらなければならない。
どうする? この子は知らないままにしておくべきか? いや、自分がやろうと思った事、そして始末の付け方もきっちり分かっておくべきだ。
これからこのゲームの世界で神の意思、いや、意志と言うべき物を覆す為にやり抜かなければならないんだ。なら知るべきだし、何としても目的を達成する、その為に必要な事をやり抜くその気持ちはとても大事な事。ならば今からやる事も知っておくべきだな。
「当然口封じですよ。まさか金を渡してハイさよならって思ってたんですか? Aの奴は、蜘蛛達はやるつもりですよ。勿論お…… 私がボスの立場でもやりますし、蜘蛛達に命じます」
「でも……」
だからAを見ても何も解決しないよ。
不安そうに、困った様に見ても、意味が無い。
やらなきゃいけない事だ。
A達は言われずともやるし、もし口封じをしなかったらそれは怠慢以外の何物でも無い。
うーん、Aの奴、余計な事をって思ってんのが仮面越しでも分かるぞ。
それとも迷惑だって思ってんのかな? そうだとしたら甘やかし過ぎだな。
「あえて言う。アンタやらないなら覚悟が中途半端だ。やるなら徹底的に、かつ、やりきらなきゃ。自分の運命を変える…… ならそこまで考えなきゃいけない。言い方が悪いけど、それこそ神に反逆する位に覚悟が必要だ。なーに、どうせ生きてても人に迷惑かけるだけの悪党共。別に気にする必要は無いですよ」
「・・・」
これは少しづつ教えて行くしかないか……
ゲームと言う、シナリオと言う名の運命が定められた世界。
であるならば、やれる事は徹底的に、全て、何を犠牲にしてもやり抜く強い意志が要る。
定められた運命を覆すのは、神に反逆するのと同等。
ゲームのシナリオと言う、神の定めた絶対を覆すんだ、こんな事で躓かれてたら絶対に破滅の未来から逃れられない。
これは一つの試金石だな。もしそんな覚悟も無いのなら、手を組むのは危険だ。程よい距離を保ちつつ、関わらない様にしよう。
「一応聞くわ。何故口封じをするの?」
「そら、アナタが関わった痕跡を完全に消す為ですよ。ならこの地上から完全に消し去れば、足が付く事も無いし、バレる可能性が限りなく0になる。それに死人に口無しって言うでしょ? 殺してしまえばこの件について煩わされる事も無い。多分だけど蜘蛛達が仮面を着けるのも、皆をAとかBとかCだの、ボスって呼び合うってAに言われませんでした?」
「そうね、アナタの言う通りよ」
「でしょうね。バレる可能性を極限まで減らすのは当然だ。なら消すのが、殺してしまうのが一番確実。一応言いますね、アレ達はこの場で消すべきだと進言します。大体この場で何故こんな話をしてるのか、事の発端を考えて下さい。アナタの目の前に居る孤児の女の子を殺してしまえと思った理由をね。ここまで来たら覚悟を決めなきゃ抗えませんよ? アナタが何をやろうとしてるか、それをもう一度考えて下さい。中途半端だと何時か必ず足元を掬われる事になりますよ」
「分かったわ…… 私も覚悟を決めるわ。A、カミーユの言ってる事はアナタ考えてた?」
「はぁ…… 余計な事を…… ボス、忌々しいですが、この者の言っている事は正しいです。ボスが命じずとも、我等はそのつもりでした。そして忌々しい事ながら、この者の言っている通りです」
「そんな褒めるなよ。可愛い美少女だからって、褒めすぎだぞ。何だ? 口説いてんの?」
「減らず口を……」
うっせー バ~カ、お前には散々手こずらされたんだ。本当に死ぬかと思ったんだぞ。こん位の意趣返し位は許せよな。
「カミーユ、分かったわ。私も覚悟を決める。アナタに言われるまで私は、まだ自分に覚悟が足りなかったって自覚しなかった。私はもう迷わない、神に抗う。その決意はもう揺るがない」
「ん、分かりました。ならやる事がありますよね?」
「と言うと?」
「アレらをどうするんでしたっけ? ならやる事は自ずと分かるでしょ?」
「私も自らの手を汚せって事ね、分かったわ」
ん~? 何かちょっと違う覚悟が決まってないか? アレ? もしかして勘違いしてる?
「あー…… 別に今やれ何て言って無いですよ。確かにその覚悟は大事だけど、アナタ立場のある人ですよね? なら命じれば良いんですよ。蜘蛛達や、このお…… 私にね。そう、アナタの口から命じれば良い。只それだけの事ですよ」
「・・・蜘蛛達に命じます、お金を払い、雇ったあの者達を一人残らず消しなさい。これは私の命令。口封じをして」
良し良し。その結果どうなるか、それを分かった上で、自らの選択がどの様な結果を伴うか、そして理解した上で命じる。とっても大事な事だ。
これから神の定めた運命と未来を覆すんだ、正に反逆と言って良い。覚悟を、腹を決めたか。
これなら安心して運命を共に出来る。
しかし…… 蜘蛛達、手際良いな。
包囲の為に散らばってた奴等を一ヶ所に集め、サクサク処置してってる。処置ってより作業? うん、作業だなあれは。
「ボス、この場に居た者共は終わった様です。この者に負傷させられた者達は今から処理して行きます」
「分かったわ、一人残らず消して」
「仰せのままに。私は残り、他の者を処理に向かわせます。それとボス、少々失礼」
ん? 何でコイツ俺の方に? 殺気は無いし、何かやらかしそうでは無いが……。
「おい、貴様ボスを試す様な事をするな。ボスに踏み絵を踏ませたな?」
「おいおい、耳元で囁くな。耳は弱いんだから止めてくれ。それと踏み絵? 違うな、覚悟を問うただけ。只それだけの事だ」
「貴様……」
そんな怒んなよ。お前は甘やかし過ぎだ。過保護過ぎるとミリアちゃんの性格が歪むぞ。
「ちょっと待って何の話?」
「なんかぁ、このロリコンがぁ、私を~ 口説いて~ 来るんですぅ~ 助けて下さい。私~ このロリコンの~ 毒牙に~ かかっちゃいますぅ~」
「・・・」
アンソニー君、仮面越しでも怒ってるのが分かるよ。えっ、何? 事実を指摘されて怒ってんの? それとも今までひた隠しにしてた、ロリコンって事をバラされて怒ってんの?
「プークスクス」
「はぁ…… カミーユ、お願いだから煽らないで。アン…… Aもあんまりカミーユにきつく当たらないで。ねえ、仲良くしなさいとは言わないから、せめてお互い適度な距離を保って。お願いだから」
「仰せのままに、我がボス、いや、ローブの姫」
「ねえ、アナタ私の話を聞いてた? ねえ、カミーユ、お願いだからAを煽る様な事はしないで」
「分かりましたよ。あっ、蜘蛛達が帰って来ましたよ。おっ、アイツら優秀ですね、私の背負い籠も持って帰って来てる。ありがたい、アレが無かったら結構きついんですよね~」
はやっ、アイツらもう帰って来たぞ。もしかして自分では結構逃げたと思ってたけど、そうでも無かったのかな? それか怪我を負わせたと思ってたけど、意外と殺れてたのかも知れないな。
いや、違うな。負傷させた奴等が追い付いて来たんだな。それでこっちに来てた、それで蜘蛛達の処理が早かったんだろうな。
と言う事は、蜘蛛達は俺を追いつつあのチンピラ共の生死を予め確認してた、そう言う事かな? 手際が良いね本当。
やっぱハナっから、あのチンピラ共は処理するつもりだったんだな。
いや~ しかし我ながら良くやったよ。この身体で生き残れたんだからな、我ながら上出来と言って良い。
とは言え蜘蛛達が出てきた時は、殺すなって言われてたからなぁ。ただ、明らか殺気を感じたりしてた時も合ったから、どうだろ?
まぁ何にせよ生きてたんだ、これからも修練を積まなきゃな。
来年になれば七歳。魔法の適正が分かる最初の歳。その次が十三歳、で、次が十八歳の時か。
だけど基本的に魔法が使えるのは貴族が多く、平民で魔法適正がある奴は珍しい。期待しないでおくか。それに貴族でも使える魔法が微妙な奴も多いし、魔力も大して持ってない奴も多いしな。
もし魔法適正があるのなら生活魔法が使えたら嬉しいな、アレはかなり便利だ。とは言え期待出来ないし、どうせ当たらない宝くじの、当選番号の発表日程度に思っておこう。
「ねえ、カミーユ、アナタこれからどうするの?」
「どうするって、院に帰りますよ。流石に森の恵みの採取は中止しないと、色々問題があるし」
背負い籠の中にはそこそこ入っているし、これだけあれば十分ではある。上を見ればキリが無い、今日はこの位にしといてやろう。
問題は杖代わりの槍だとか、身に付けていた武器を失ったのは痛いし、言い訳を考えなければいけない。
それに採取用のナイフだ、アレを失ったのはかなり痛いな…… 一応予備の採取用ナイフはあるが、今日失ったのより小さいし、何より使い勝手がアレに比べいまいちでもある。
仕方ないとは言え、痛いなぁ。まっ、生き残ったんだ、良しとしとくしかないな。
「そうじゃ無くて、アナタ孤児院にずっと居るつもり?」
「そりゃね。まだ独り立ち出来る年齢じゃ無いし、今はね」
「ねえ、カミーユ。私と一緒に来ない? アナタを守るって言ったし、それに側に居てくれたら私も心強い。どうかな?」
「心配しなくても、害さないなら、むしろ守ってくれるなら裏切らないから心配要らないよ。安心して、決してアンタを破滅させない。むしろ破滅されたら困る。理由はさっき言った通りだよ」
「そうじゃ無くって。アナタの事を疑っている訳では無いの、今は信じてるし、この世界で最も頼りになる味方って思ってる。理由はさっきアナタが言った通り、私の破滅はアナタの破滅。お互い裏切る理由は無いから。こんな事した私が言っても説得力が無いけど…… 私はねただ、アナタは孤児院での生活って辛いのではないのかな? ってそう思ったの」
「そりゃね。別に虐待されてる訳では無いけど、むしろシスター達には良くして貰ってるけど、世の中には予算って問題があるから。院に掛けれる予算は豊富とは言い難いし、寄付にしても限度があるから。腹をいっぱいには中々出来ない、でも少なくとも飢え死にはしないし、生きて行く事は出来る。だから仕方ないとは思ってる」
世界が変わろうと予算って問題は付いてくる。嫌な現実だよ、世知辛いねえ世の中ってのは。
「アナタさえ良かったら、私の側に居て。勿論、嫌なら強制はしない。アナタが院に居続けるのなら、アナタの居る孤児院に寄付するし、アナタが独り立ち出来る年齢まで支援するわ。でもアナタが嫌でないのなら…… 私の側に居て欲しい…… だって私はアナタを守るって言ったし、アナタも私を守ってくれるって言ったでしょ?」
「守るって言うより、手を組むって言ったんだけど…… それにボスの周りには守ってくれる人は多いでしょ?」
「そうね。でもアナタは私にこれからも色々教えて欲しいの。それに言いにくい事でもアナタは私に言ってくれるでしょ? 私が気が付かない事を、これから生きて行く上で大事な事とか必要な事、そんな事を自覚させてくれると思うの。『それに前世の事を知ってるのはあんたと私の二人だけ。日本の事を知ってるのは私達二人だけだもん。側に居てくれたら心強いしね』 どう? 私と一緒に来て。私を守って。これからも私を助けて。虫の良い事を言ってるのも分かってる。自分勝手で、身勝手な、都合の良い事を言ってるのも分かってる。それでもお願い、私を守って。私もアナタを守る。だから……」
あらまぁ、何か懐かれたもんだ。だが前世の、日本の事を、知ってるのも俺とコイツの二人だけ。確かに心強いってのも分からんでもない。ましてやある意味俺とコイツは一蓮托生と言っても過言では無い。コイツの破滅は俺の破滅。俺の破滅はコイツにとっても破滅。それにあまりシナリオを弄り過ぎたら、不確定要素が増えるだけ。
うーん、俺を殺しに来た時点で、シナリオ破壊になってる様な気もするが…… バタフライエフェクトだっけ? 既に蝶は羽ばたいてしまった様な気もするんだけど?
だが…… シナリオに強制力があるのなら、あってしまうのなら、側に居てお互い守り合うのが最も効率良く、破滅を回避出来る。
何か共依存ぽいな? と言うよりこの子、俺に依存してる? こんな短期間で? うーん……。
さっきの事で味方に付ければ最も頼りになる、そう思われたかな? そうだとしたらチョロイなぁ。まぁ、前世じゃ十七か、高校生だったんだもんな。
不安だよな…… 将来、自身の破滅が分かって居て、悲惨な未来を知っていて、何とか回避しようと足掻いてきて、そんで今日のコレをやった。
そしてまだどうなるか分からない。そんな日々を今まで、そしてこれから過ごす事になる。不安なんだろうな。
そして味方に付ければ頼りになると、ましてや日本の事を知っている。不安な日々に見えた僅かな光、いや、光明が俺か……。
真っ暗闇の中、希望の光にすがりたいと思うのは、当たり前の事だよな。それが光明であるのなら、すがるか…… しかし、自分で自分の事を光明って言うのは、何かこっぱずかしいな。
そんなすがる目で俺を見ないでくれよ。
仕方ないな、そうだな、お互い利がある。
この子はこの乙女ゲームの世界、その流れを、シナリオを、この世界の知識がある。
ましてや力を持って居る。地位、権力、武力。多分貴族、それも高位貴族のはず、それも最低でもだ。王族や、皇族か、それに連なる地位は間違い無い。
であれば、その地位も、権力も、武力も俺の後ろ楯となる。そうだな、俺がこの世界で生きて行く為の大いなる力となるだろう。
それに強制力が働き、俺がハッピーエンドって名のバッドエンドになる時、この子は必ず助けてくれる。うん、その時はこの子のバッドエンドな訳だから、死ぬ気で助け、そして守ってくれるだろう。
嫌だな…… 男と結婚するのも、ヤラれるのも本当に嫌だ。あー嫌だね。そんな事になるなら自害する、いや、相手を討ち滅ぼすね。
恐らくゲームに於ける俺は皇族や、王族、貴族を相手に恋愛する事になるんだろう。
中には平民も居るだろうが、商人、それも大金持ちの奴等だ。となれば相手の持ってる力、権力者や、権力その物と戦わなければならない。
俺が抗う為にも、力が要る。権力、武力、そしてその相手に対抗出来る地位だ。
そう考えればこの子の手を取り、一緒に居る方が最も効率良く戦える。いや、抗える。
仕方ないな、守ってやるか。そしてこの子に守られてやるか…… うん、共依存でも良い。俺とこの子は同盟者にして、一蓮托生。仕方ないな。
「貴女が私を守るなら、私は貴女を守りましょう。そして…… 貴女が私を守るなら、私は貴女に忠誠を誓いましょう。例え百万騎の敵であっても討ち破ってみせましょう。例え相手がドラゴンであっても、討ち倒してみせましょう。この世界が敵ならば、世界を敵に回そうと貴女を守り抜きましょう。この身が朽ち果て様と、骨になっても貴女を守ります。もし…… 神が敵であるのなら、神すらも討ち果たしてみせます。私は貴女を守る、いえ、護る騎士となりましょう。私の手を取りますか? それとも払いのけますか?」
片膝を突き、左手を胸に当て、右手を差し出す。不思議と恥ずかしさを感じなかった。
こんな事を前世でやれば、悶絶する程恥ずかしさで悶えまくってただろう。
だけど今この瞬間と言えるこの時、この場では、不思議と恥ずかしさは感じなかった。
「お願い、私を、私を守って、守り続けて。私もアナタを守る、例えどんな事があっても、アナタを守り続ける。アナタが私を守ってくれるなら、例え破滅しようとアナタを守る……」
良し、良く言った。契約、いや、盟約は結ばれた。
「お嬢様、これを……」
「何、A?」
「この者は、カミーユはお嬢様に忠誠を誓いました。騎士の誓いです。であれば、この剣で肩を叩き、その忠誠に報いるべきです」
「分かったわ。カミーユ、アナタを私の騎士に任じます。アナタは私だけの騎士。忠誠は、アナタの忠誠は私だけの物。そしてアナタが私を守るなら、私もこの身の全てを懸けてアナタを守ります」
その身体でそんな剣を良く持てたな。一瞬ふらついたから、抜き身の剣が俺の身体に当たるかと思った。
そうなれば色々台無しになってしまう。無事出来て良かったよ。さて……。
「盟約は結ばれました。勿論一方的な物では無く、お互いが盟約を結んだって意味です。それと…… 私は流派の誇りにかけても貴女を守りましょう。私の持つ武と誇りにかけても守ります。これから宜しく、ミリアお嬢様」
「ええ宜しく、カミーユ。これからお願いね」
「あっ、そうだ、聞き忘れてた」
「何?」
「お嬢様。私が可愛いから、私が絶世の美少女だから手に入れとけ~ とかじゃ無いですよね? ホラ、私美少女だから一応聞いておかないと」
「・・・ 色々台無しね…… カミーユ、信じて良いのよね?」
「勿論。お嬢様、私はね、那由多の者の誇りにかけても、私の武にかけても約束は守ります。これだけは真面目に、嘘偽り無く、誓えます」
「分かったわ…… アナタの性格が少々不安ではあるけど、アナタを、アナタ自身を信じます。アナタの誇りを信じます」
「所でお嬢様、さっきからあのロリコンが、私に殺気を向けて来てるんですが。あっ、シャレではありませんよ。何と言うかあのロリコン野郎、シャレが分からない奴ですね、ちょっとした軽口も許さない何て、上司にはしたくないなぁ~ アレが上司って、B以下の部下達は息が詰まらないのかな?」
「カミーユ、ねえ、本当に煽らないで、お願いだから…… A、アナタも…… 殺気をカミーユに向けないで…… お願いだからアナタ達、控えて……」
それから……
俺はお嬢様に引き取られた。
七歳になる少し前まで一緒に居て、それから公爵家の寄子のとある子爵家に養子に入り、十歳になるまでそこで貴族教育を施された。
養子に入った子爵家では、とても大事にされ、可愛がられた。
ミリアお嬢様は何やかんやと理由を付け、俺の居る子爵家に遊びに来て居たので、離れ離れになったって実感は湧かなかった。
そして俺が十歳になると、お嬢様は俺をお付きにしたのだが、俺を溺愛してる、我が家になった子爵家とごちゃごちゃあったり、俺を側に置きたいお嬢様や公爵家とそんなこんなしつつ、十歳からは常にお嬢様と居る様になった。
どんだけ俺の事が好きなんだよ、お嬢様は。
しかし早い物で、お嬢様と出逢ってからもう十年も経った。
ゲームの舞台となる学園に入学し、お互いの破滅を回避するべく奮闘中だ。
~~~
「どうしたのカミーユ?」
「ちょっと昔の事を思い出してました」
「昔の事?」
「お嬢様が私をぶっ殺しに来た事とか、出逢った時の事とか、色々ですね」
「む、昔の話じゃない。あの時は悪かったわ…… 本当に反省してるのよ…… ねえ、色々って言ったけど、他に何を思い出してたの?」
「お嬢様が処女を拗らせて死んだ事とか?」
「ちょ、ちょっと、変な事を言うのは止めて。アナタ、誰が聞いてるか分からないのですよ。誤解を招く様な事は言わないで!」
「大丈夫ですよ、周りに気配も無いし、誰も居ないですから。お嬢様ってビッチでも無かったんですよね?」
「当たり前です! 変な事を言わないで」
「じゃあ処女ビッチか……」
「だだだ、誰がよ! もう! アナタ控えなさい。本当にその辺りはアナタ変わらないんだから……」
お嬢様、アナタもね。相変わらず顔を真っ赤にして照れる。
本当に変わらない。出来ればこの先もこの顔が、この人が、この人の笑顔を曇らせる事が無いのであれば。
この先も変わらず過ごせて行ければ……。
俺は世界を敵に回そうが、神を敵に回そうが、全てを敵に回そうが、ソレを討ち倒す。
この子を守り抜いてみせよう。
俺達を破滅に導く全てから、守り抜いてやる。
この世界で、この神の意思と言う名のシナリオを否定する。
俺達はこれからも、この先も笑って過ごしてみせる。
より良い未来の為、俺とこの子の為、全てを敵に回そうと、俺は抗ってやる。
この手で討ち破り、討ち倒し、全てを倒す。
俺達の為に戦い続けてやる。より良い、俺達二人の未来の為にな。