⑤ー2 田舎の夏休み・『手こね寿司』
田舎の夏休み・第二弾(笑)。
今回の追憶の中の美味は『手こね寿司』です。
知っている人は知っている、知らない人は知らない(アタリマエ)伊勢志摩の郷土料理が、『手こね寿司(手ごね寿司ともいう)』です。
もっともその名を知ったのは大人になってからで、当時は単に『すし』『まぜずし』と呼んでいたような記憶があります。
グーグルでザッと調べてみると、鰹か鮪などの赤身の魚を醬油ベースの漬けダレに漬け、寿司飯の上にのっける……というのが基本のよう。
お好みにより、大葉やショウガなどの薬味も添えるそうです。
漁師さんの海の上での賄い飯が始まりだそうですが、今では宴会やおもてなしで食べられるのが主流のようですね。
『手こね寿司』は基本、ハレの日の料理。
私が食べた時もそんな感じでした。
さてさて。
お盆の期間、たっぷりと普段できない遊びを堪能した私。
でも子供ですから『まだ帰りたくないよう』という気分でした。
可能ならば夏休み中、ここで暮らしたいくらい。
しかし、家族が帰ってしまった後まで一人でここにいたいかといえば……それは嫌。
あくまでも家族みんなと一緒にいてこそ、安心して楽しめるのだと心のどこかでわかっています。
そうなると、父のお盆休みが終わるころには家族と一緒に自宅へ戻らねばなりません。名残惜しい気分で、母に促されて自分の荷物をもたもたとまとめ始めます。
我々が帰る頃には、普段は地元にいない他の伯母の一家も帰ることが多いものです。
そんな時のお昼ごはんに、何度か本家の伯母が作ってくれたのが『手こね寿司』と呼ぶべきお寿司です。
帰宅の準備も終わる頃には、大体、お昼前になったものです。
まとめた荷物は玄関に近い板の間にまとめて置きます。
私たちもすでに、来る時に着てきたちょこっと洒落た服に着替えています。
台所では早めのお昼ごはんが準備されています。
ひとかかえはある大きな飯台に、炊きたてのご飯に合わせ酢を合わせたものが入っています。
もう一人の伯母なり母なりが、寿司飯にパタパタと団扇で風を当て、本家の伯母がかき混ぜ、寿司飯を冷まします。
頃合いに冷めた寿司飯へ、白いいりごまと小さめの一口大に切った『づけ』の状態の鰹の刺身を加え、さっと混ぜて出来上がり。
細く切った海苔が上にかけられる場合もありました。
白い平皿に盛られ、皆に振る舞われます。
美味しかったですねえ。
当時の私は子供の常で、食べられなくはないけれど、生の魚が苦手でした。
魚は、焼くか煮るかしたものの方が好きでした。
でも『づけ』の状態だったからか、生魚特有のにおいも少なく、ぐにゅッとした食感もありません。
いい感じに甘じょっぱい味のついた小さめの鰹の刺身は、ごまの混ざった寿司飯と一緒になると、サカサカいくらでも食べられたものです。
我々の帰宅が、いつもいつも他の親戚と同じ日だった訳ではありませんし、本家の伯母の段取りや気まぐれもあるでしょうから、毎回毎回、食べられた訳ではありません。
厳密に言えば二、三回……というところでしょう。
でもすごく記憶に残っています。
ひとつは単純に、鰹の刺身のづけを混ぜたまぜずしなど伯母が作ってくれた寿司以外、どこでも食べたことがなかったからでしょう。
そして……一番の理由は。
帰宅するぞという日の、田舎の家での最後の食事だという感傷が、子供心にも強く印象に残したのでしょうね。