④ 食べなかった思い出・お子様ランチ
昭和の庶民にとって、百貨店はステータス。
気の張るおつかいものは、百貨店の包装紙に包まれたお高めのナニガシでなくてはなりません。
間違ってもスーパーマーケット……『ダイ○ー』だの『ジャ○コ』だので買ったものでは駄目なのです。
近所の奥さんへ渡すちょっとしたお礼くらいならまだしも(それでも場合によれば、綺麗にしわを伸ばして取っておいた百貨店の包装紙や紙袋で包み直す)、上司へのお中元やお歳暮、あるいはお舅さんへの贈り物などは、百貨店の包装紙に燦然と包まれたナニガシカでなくてはならないのです!
……という空気の中。
物心がつく頃に、私は両親に連れられて百貨店へ行く機会がありました。
おそらく、お中元かお歳暮を買う必要があったのでしょう。
多分その前にも私は、両親に連れられて百貨店へ行っていたでしょう。が、さすがに記憶していません。
私が覚えているのは、大人の用事が済んだ後、上の階にあるレストラン街でお昼ご飯を食べた後、屋上の遊園地で遊ばせてもらえると知って以降のことです。
大人たちが用事を済ませる頃には、大体お昼になっています。
退屈しながら待っていた私は、ようやくお昼ごはん → 遊園地の時間になるとワクワクします。
エレベーターもしくはエスカレーターで、我々はレストラン街へ。
レストラン街へ着くと、親は私の手を引いてまっすぐ、きしめん専門店へ行きます。
その当時のその百貨店にはどういう訳か、レストラン街にきしめんの専門店が入っていました。
(どマイナーですよね、愛知県でもないのに)
他に洋食屋さんとか、いわゆる『デパートの食堂』的なところもありましたが。
私の親はそれらには目もくれず、きしめんの専門店へ行くのです。
断固としてそこを利用する理由は不明ですが、ウチの親には、一度利用してみて及第点以上のクオリティのものを出すとわかると、その店しか利用しない、一種の癖がありました。
外食で失敗したくなかったのかもしれません。
おそらくですが、私がまだ赤ん坊に近いくらいの頃にたまたまその店を利用し、美味しかったのでひいきにすると決めたのでしょう。
だしの香りただよう店内で、カリッと揚がった海老の天ぷらの乗ったきしめんをすするのは、なかなかいいものでした。
美味しかったです。
……でもねえ。
来るたび来るたび、お昼はきしめんしか食べないのは何故だろうと、小学校の低学年になる頃には思うようになりました。
だって、レストラン街には他にも店があるのですよ?
天ぷらの乗ったきしめんは確かに美味しいですけど、他にもいろいろ試してみればいいのにと思っていました。
ハンバーグとか、タルタルソースのかかったフライとか。
スパゲッティとか、オムライスとか。
他の店の、ガラスの向こうに飾られた食品サンプルを横目で見ながら、私は、親に手を引かれてきしめん屋さんへ。
きしめんが嫌ではないものの、なんとなーく、もやもやしてました。
しかし
「きしめん以外のもの食べようよ」
は、私には言えません。
下手にそんなことを言うと、親(特に、家計を握っている大蔵大臣wである母)がご機嫌を悪くします。
仮に私が駄々をこね、お昼にきしめん以外の、洋食系のものを食べたとして。
万が一、その洋食系のメニューが不味かったりすると大変です。
ほれみたことかとねちねち嫌味を言われるであろうこと、ガキなりに読んでいます(笑)。
『お子様ランチ』
そういうお店にはハンバーグだのスパゲッティだのと一緒に、そういう名前のメニューがあるものです。
食べてみたいな、と、正直に言うと思っていました。
プリンだのおもちゃだのがついていて、旗の立てられた赤いチキンライスの小山のそばには小さなハンバーグやフライ。
なんだか美味しそうです。
美味しそうだなぁ食べてみたいなぁ、と思いつつ、今回も私は黙ってきしめんをすすります。
きしめん、美味しい(泣)。
とっくにお子様でなくなり、もはやお子様ランチを食べたいとは思わなくなって幾星霜。
あのメニューの味の予想もつくし、今更特に食べたいとは思いません。
でもそれは、子供とファミレスへ行くようになり、『お子様なんちゃら』的なものを頼むようになって以降……、なのかな?とも、ちょっと思うのです。
自分の子供が食べることで、私のお子様ランチへの夢は、完全に昇華されたような気がします。
不思議ですね。




