⑪ 冬の焼き牡蠣
私は口(つまり食の好み)が子供だからか、あるいは体質的に下戸だからか。
動物性の生っぽいもの(例えば牛肉ステーキのレアとか生たまごとか)、が苦手です。
たらこや明太子も生は苦手。(焼きたらこや焼き明太子は好き♥)
大人な人たちが一般的に美味しいと言っている魚介類の珍味も、その美味しさが今ひとつわかりません。
基本、この手の類いのものはしっかり火を通したものの方が美味しいと感じます。
あの……、お前は感覚が鈍いなと呆れられるでしょうが。
実は以前から私、密かに疑問に思っているのです。
蟹味噌って……美味しいですか?
蟹は、脚とか爪の方が美味しくないですか?
サザエのつぼ焼きって香ばしくて美味しいと思いますけどね、所謂『ワタ』って苦過ぎません?
独特のうまみがあるっての、まったくわからなくはないですけどね、それならばワタ以外の部分で十分、うまみがありますよね?
生牡蠣って美味しいですか?
そもそもちゃんと食べたことがないのであまり偉そうに言えませんけど、うまみや苦み、後は食感の好みや生臭さなんかの割合的(あくまで個人の感想です)に、苦みや生臭さが圧倒している気がするのは、私がお子様舌だからでしょうか?
数の子は食感が好きですけど、ぜひとも食べたいとまで美味しいとかは思いません。
ウニやイクラに関しては、昔、母と北海道旅行へ出かけた時に食べた小樽のお寿司屋さんのものは美味しいなと思いましたから、流通しているものは鮮度や品質がピンキリで、美味しいものは美味しいと思っています。
つまり。単にお前は本当に美味しい蟹やサザエ、牡蠣を食べたことないからなんじゃない?
そう言われると大きな口は叩けませんが。
蟹はともかく、サザエと牡蠣に関しては、子供時代からそこそこ品質のいいものを食べた経験があると思います……。
さてさて。
ここからいよいよ、本題に入りましょう。
以前にお盆の帰省の話を書きましたが、親の故郷へ行くのは、何もお盆だけではありません。
冠婚葬祭で帰省する機会もたまにあります。
いとこの結婚式とか近い身内の葬式や法事……などです。
常に連れて行かれる訳ではありませんが、それでも、祖母や曽祖父母の葬式には連れて行かれます。
それは多分、母方のいとこの結婚式だったと思います。
一月の、日曜や祝日が絡む形の日程だったからか私も行くことに。
結婚式の披露宴でご馳走をいただき(子供だったので親のお膳からわけてもらいます)、ご機嫌の私。
お祝いの宴は和やかなうちにお開きとなりました。
翌日。
その日は一日のんびりして、次の日に帰る……というようなスケジュールだった、漠然とした記憶があります。
その午後、母のすぐ上の兄にあたる伯父さんが『ええもん食べさせてくれる』ことに。
伯父さんの後を、親と一緒にトコトコついてゆくと、湾の中に作った筏のような養殖場へ。
伯父は筏の下に吊り下げられた、牡蠣の養殖用のかごを引き上げます。
かごの中にはいい感じに育った牡蠣が沢山います。
伯父はそれを、素手でひょいひょい取り出して、バケツか何かへ入れてゆきます。
牡蠣のカラは鋭いです。
慣れている伯父であってもちょっと指が切れたらしく、うっすらと人差し指に血がにじんでいたのが、妙に記憶に残っていますね。
まあ、それはともかく。
かなり気前よく牡蠣を取り出した伯父は飄々と陸へ戻り、一斗缶に薪?を放り込んだもの(缶自体が真っ黒になっていたので、これで常に火を焚いているのでしょう。浜で仕事をするときに暖を取ったり、簡単に何かを炙って食べたりしているのでしょう)を複数、出してきます。
一斗缶の薪に火を点け、その上に大きな金網(これも真っ黒)を乗せ、バケツの中に無造作にゴロゴロ入っている牡蠣を網の上に。
ガンガン火を焚き、牡蠣を炙ります。
貝が焼ける独特の香ばしい香りが、辺り一面に漂います。
火が通ると閉じていたカラが勝手に開くので、それが合図のようなもの。
熱々のそれを紙皿にもらい、爪楊枝か割り箸で口へ運びます。
特に調味料もなかったですけど、海水の塩気が利いていて美味しかったです。
醬油かバターがあれば味変としてよかったかもしれませんけど、牡蠣そのもののうまみと海水の塩気だけで十分、他に何もいりませんでした。
あれは本当に美味しかったです。
でも……生牡蠣が大好物、という人から見ると『もったいなーい!』と絶叫したくなる食べ方かもしれませんね(笑)。
当時は子供と一緒に食べる前提でしたから、大人たちも牡蠣を生でご馳走、という発想はなかったでしょうが。
大人になった今、そういう機会がもし仮にあったとしても、私は火を通してもらいたいです。
スミマセンね~子供舌で。
牡蠣の養殖といえば広島や宮城などが有名でしょうが、三重の志摩半島でも盛んのようです。
知る人ぞ知る佐藤養殖場の的矢牡蠣は、食通の人には有名なのだそう。
伯父の育てていた牡蠣はそういうブランド牡蠣ではありませんが、ブランド牡蠣が育つリアス式海岸の近くの海で育てている牡蠣ですから、十分美味しかったと思います。
第一、すぐそこで今まさに生きている牡蠣を取ってきて、そのまま直火にくべて焼き牡蠣にしたのですから、この上なく新鮮で贅沢な焼き牡蠣だったと思います。
伯父もすでに牡蠣やアコヤ貝の養殖をやめていますし、もうあんな贅沢な焼き牡蠣を食べることはありませんね。
追憶の中だけの美味になってしまいました。