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⑧ 突発的パンケーキ

 これも母が作ってくれた、(数少ない)おやつのひとつです。


 今までこちらで書いてきた『思い出の美味しいもの』は、幼児期~小学校低学年の時期に食べたものが中心でしたが、この、強いて名付けるのならば『突発的パンケーキ』とでもいうおやつは、私が小学校中学年……三年生から四年生頃に、不意に母が作ってくれたものです。


 ある日。

 多分、秋から冬にかけてくらいの、肌寒い季節だったと思います。

 仕事の合間だったのか、母はぼんやり休憩している雰囲気でした。

(私は多分、同じ部屋で本を読んでいたような記憶があります)

 不意に彼女は立ち上がり、台所へ向かいます。

 そして、台所で何やらやり始めました。

 私は好奇心に駆られ(時間は午後二時頃、夕飯の支度だとは思えませんから)、台所へ様子を見にゆきました。


 母は無言で、ボウルの中へ薄力粉を目分量で入れ(今思うと80~100gほど?)、そこへ、大体大さじ山盛り1~1.5ほどの白砂糖を投入。

 さらに重曹を、これも目分量で少々(小さじ1~2?)投入。

 そこへたまご(L寸)を2個、豪快に割り入れ、泡だて器でグルグルと混ぜます。

 ここで種が少々かたい場合は適当に水道水を入れて調節するという、思い切りがいいというか、細けえことはいいんだよ的に彼女は、ほぼ勢いだけで生地を作り上げます。


「何作ってるのん?」


 娘の当然の質問に、彼女は面倒臭そうに


「んんん? ……パン」


 と、答えました。


(パン??)


 パンにしては生地が黄色っぽいし、そもそもパンって普通、オーブンで焼くんじゃないのか?

 ウチには温度調節のできるオーブンはない(オーブントースターはある)し、よく知らないけどパンって、イーストとかいうのを使うんじゃ?


 子供なりの半端な知識で色々思いますが、余計な質問をすると母がキレ、突如として鬼軍曹化するかもしれません。


「○※○#※△▲!」

(宿題は本当に終わったのかとか、宿題が済んでても他にすることあるでしょうとか、どちらでもいいけど『やった方がいいこと』をしろと叱られる)


「いえす、さー、いえす!」→ 私は机の前へとんでゆく。答えは当然『yes』か『はい』のみ(笑)

(これ、正しく?は、いえす、まむ、いえす…かもしれませんが、フルメタルジャケットのイメージでいくなら、ここはやはり『いえす、さー、いえす』にしたいですねw)


 となっては、せっかくのまったりした午後が台無しです(笑)。

 君子危うきに近寄らず。

 後は無言で、母の手元を見ていました。


 やがて彼女はフライパンを取り出し、ここへ思い切りよく大きめのバターひとかけを落とします。

 溶けたバターをフライパン一面にひき、出来上がっている生地を、これまた豪快に全部、投入します。

 後は弱火でじりじり、焼いてゆき……、頃合いを見て上下をひっくり返し、再びじりじり。

 バターの香りと、お菓子っぽい香りが辺りにただよってきます。

 重曹のおかげでふわっと焼きあがった、黄色味の強い、母曰く『パン』が、こうして焼き上がりました。


 あんないいかげん(お菓子で計量しないのはかなり危険。ましてや、普段からまったくお菓子を作らない人が無計量でやるのだから、蛮勇だとさえ言えます……当時の私は知りませんでしたが)な、粉を振るったりもしない乱暴な作り方でしたが。

 なかなかどうして、美味しかったです。

 溶けたバターが生地にしみ、ほんのり甘くてたまごの香りがするそれは、初めて食べたのに懐かしいような、不思議なお菓子でした。



 それ以来、私がこの『パン』を作るようになりました。

 見よう見真似でボウルへ粉類と砂糖を入れ、たまごを入れ、よく混ぜ……バターをひいたフライパンで、じりじり焼きます。

 時々じれったくなり、焦がしたこともありますが、まあそこはご愛敬(笑)。


 でも、いつしか作らなくなりました。

 やっぱりね、ちゃんと計量しないから味が安定しないんです、食べられなくはないんですけど。

 ちゃんとしたレシピ(つまり母が最初に焼いたレシピ)を知りたいと思いますが、訊いても彼女は『適当』としか言いませんし……まあそうなんだろうなとも思います(笑)。


 これも、ある意味『① お父さんのイカ焼き』みたいな、再現不可レシピと言いましょうか?

 さすがに、大体の分量は母の母、つまり祖母辺りが作ってくれていたのを参考に作ったのでしょう(普段お菓子なんか作らない彼女が、わざわざ重曹を買い置きしていたのも、いつか暇をみてアレを作ろうと思っていた可能性が高いです)けど、あの日のあの時、天啓が下ったような感じで彼女は、材料をサカサカ混ぜ、焼き上げたような気がします。



 大人になってから私は、お菓子の本などのレシピを参考に、マドレーヌやマフィン、チョコレートやコーヒー味のマーブルケーキなどの、色々な焼き菓子を作るようになりました。

 時々、微妙に失敗しますが、レシピにそって作るので目も当てられないほどの失敗はしません。



 あの、すべてが『適当』な突発的パンケーキ。

 正直、今の私は恐ろしくて作れません。

 まあ作ろうとすれば似たようなものは作れるでしょうけど……今のところ、そこまでして作ろうとは思えません。

 色々リスキーな気がして(笑)。


 良くも悪くもあれは、あの時の母にしか作れなかった幻の味。

 そんな気がします。

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― 新着の感想 ―
[一言] お母さんって・・・一種の天才なんですね。。。(´・ω・`) 芸術家に時々あるタイプみたい・・・。
[一言] 天啓が造らせたパンケーキ! まさに伝説のお菓子ですね~♪ 適当で作れるほどお菓子は甘くないようなww でも、そこが懐かしの味なのでしょうね☆彡
[一言] 母にタンサン(重曹)を買ってきてと頼まれて、単3(乾電池)を買って帰ったらえらい怒られたとかいう、伝説の「タンサン事件」があったとかなかったとか(笑)
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