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08,集合、永世トップ3。


『対象、初期想定通り、警戒態勢から変化無し。妖気再観測……トラップ無しと断定。処理開始を提案』


 影沈さんの端的なオペレーションが通信機越しに響く。


「リンリン、異議無しよ~」


 識刀の峰で肩を叩きながら「向こうから仕掛けて来ないタイプはじれったいねぇ」と笑う白鐘さんの返答に、俺も「鋳森、異議無しッス」と答え、猪熊獅子も同意の言葉と共に頷いた。


『決定。処理開始。鋳森、陽動、正面へ威嚇射撃。白鐘、主攻、【風鱗フウリン】散布しつつ西方へ迂回。猪熊獅子、自衛しつつ待機』

「承知ッス」

「あいあいさー、っと」

「……はい」


 識紙を起動しながら横道へ走り去る白鐘さんを一瞥で見送りつつ、俺は正面へ踏み出す。

 識刀を持った左前腕を支えにする形で、右手に持った拳銃型識紙・飛弾トビダマを構える。

 狙うは電柱の巻き付いた処理対象妖怪。妙に派手な柄した平べったい大蛇、まるで布っきれみてぇにぴらっぴらだ。


 ――【蛇帯ジャタイ】。

 着物の帯に似た形状の蛇妖怪。夜な夜な人の夢に潜り込んでは、夢の中でその人を絞め殺して捕食すると言うごりっごりの害性妖怪だが……。

 住宅建材に耐妖気性素材の使用が義務付けられている昨今、廃墟化して陰気が溜まってなけりゃ妖怪は屋内に侵入できない。寝込みを襲うのがミソだのにそもそも寝ている人間の元に辿り着けず夜道でのたくってるって考えると、少し可哀想な奴かも知れない。まぁそれはそれとして処理するけど。


 つぅ訳で引き金を引いて飛弾を発砲。

 蛇帯はぴくりと反応して、ひらりひらりと蝶のように飛び立って弾を躱した。


「じゃふふふ」


 ……こんのぴらぴら蛇野郎。滑空しながら蛇舌をちろちろ出して、こっちを煽ってきてやがる。「当たってませんけど?」とでも言わんばかりだ。腹立たしい。これだから妖怪は。


「こちとら元々当てる気が無ぇんだよ……!」


 特殊免許を持ってない限り、住宅街での使用を許可されている弾識紙は「流れ弾が建造物を傷付けないように」って配慮で、ぶっちゃけ火力がゴミだからな。徹頭徹尾、威嚇・牽制用だ。当てた所でって話。

 だから別に避けられようが煽られようが悔しくねぇけどく死ねカス蛇。


 さっさと特殊免許を取り直してりゃあ良かった、と後悔しつつ、威嚇射撃を続行。そのひらひらと舐め腐ったような回避行動の進路を誘導していく。


「じゃふふ! じゃっふふぅ!! じゃぶっふぅぅーーー!!」


 ンの蛇野郎……「ぜんぜん当たらないんですけどぉぉーーー!!笑笑笑」とでも言いたげな煽り面してやがる……!!


「今に見てやがれ……!」


 俺が放った殺意の念に応えるように、通信機から『白鐘、今』と言う静かな指示が飛び、ちりんちりんと鈴の音が鳴った。蛇帯が機敏に反応し、鈴の音の方を見る。

 まぁ、そこにあんのは白鐘さんが散布した陽動識紙【風鱗フウリン】だけどな。緑色に輝く、魚の鱗みてぇな形をした滞空設置型の識紙。起動者の意思である程度だが散布後に滞空位置をラジコンのように操作可能、特殊周波数の音波を放つ。人間には風流な鈴の音にしか聞こえねぇが、妖怪には中々耳障りに聞こえるらしい。先輩いわく「台風の日の隙間風って絶妙にうるさいじゃん? あれっぽい」との事。


 蛇帯も「あ、これ罠だ」と気付いたのだろう。咄嗟に軌道を変えようとしてか、その平べったい体を大きく捻ったが――遅い。


「もーらっぴ!!」


 住宅の屋根から屋根を軽快なフットワークで駆け抜けてきた何かが、蛇帯に飛び掛かる。

 白鐘さんだ。迂回して、蛇帯の意識の外から急接近。完全に虚を突かれた蛇帯は「じゃふ!?」と短い悲鳴を上げて眼を剥き、パニックを起こしたのか空中で滅茶苦茶にのたうった。


 その隙を逃す白鐘さんじゃあない。

 空中で擦れ違い様、月明かりで煌めく識刀・識モードの紅い刃を振るって、蛇帯の長く平たい体を一刀両断――火識により極熱を帯びた刃から発火し、蛇帯の体は地に落ちる前に灰になって散っていった。


「ほい、処理完了!」


 スタッと身軽に着地して、白鐘さんは満面の笑みとピースサイン。


「お疲れさんです」

「鋳森もおっつー。いやぁ、よく燃える系の妖怪は助かるねぇ。火識でぶった斬れば残業鳥が出てくるリスクを減らせるし。妖怪みんなガソリン吸わせたティッシュみたいにならないかな」

「まったくッスね。滅べ残業」


 互いに軽口を叩きつつ、手分けして怨念の残滓が無いか確認…………無し。


 白鐘さんが影沈さんへ処理完了報告を始めたので、そっちは任せて……ちらりと後ろを見てみる。そこに立つ猪熊獅子は(表情が読めないので雰囲気からの推測だが)思いつめたような感じで、己の手を眺めていた。まぁ、やっぱ昨日の今日で克服できましたって事にゃあならねぇだろう。


 さて……何と声をかけたモンか。


 そう首を捻っていると、


「あら、本当に二人そろってるわ」


 ……声色だけで、なんつぅかこう、高飛車なお嬢様~って感じがする声が聞こえた。別にそれが悪いとは言わないが……このタイミングかよ面倒くせぇと言う気持ちを眉の角度に込めて、声のした方を見る。


 茶色い短髪に、何がそんなに面白くねぇのかいつ見ても無愛想な面。

 光井堂みついどうミイナ……高専で俺と猪熊獅子の同期だった処理屋だ。


「挨拶はしておくわ。こんばんわ。ミスター銀メダル。そして久しぶりね、猪熊獅子さん」


 おう、初っ端からアクセルべた踏みで喧嘩売ってんのかコラ。

 これだからこいつあんま関わりたく無ぇんだよ……。


 まだぱりぱり新品っぽい灰色ツナギの襟元のチャックを少し下ろしながら、光井堂は何が不愉快なのか「フン……」と眉を顰めて、ただでさえ鋭い眼を細める。


 ……って、ン?

 何か、光井堂の隣に見慣れない奴がいる。

 痩せぎすでやたら長身、細長い稲みてぇな体型を白衣でラッピングした男。眼の下にくっきり隈が出てるのがちょっと心配になるが、常に薄らと微笑を浮かべているので体調はそれほど悪くないのかも知れない。首や肩に回した紐でノートパソコンを固定して、立ちながらカタカタと何か打ち込んでいる……察するに、妖怪関連の研究職の人で、現場情報の収集中って感じだろうか?


 光井堂はその隣の男に対し「こいつよ」と言いながら、俺を顎で指した。

 男の方は「ほうほう……」と何やら興味深げにしげしげと俺を見て……何か、カタタタタ! とタイピングが激しくなった……何だこの人。


「……よう、光井堂。何か用か?」

「黙りなさい、永遠の二位。あたしが先に声をかけたんだから、会話の主導権はあたしのものよ」


 本当こいつと話してると血管が暇しねぇわキレそう。もう若気の至りでつい手を出すなんて事は絶対にしねぇが……「テメェは永遠の三位だったろうが、ミス銅メダル」程度は言い返したい。でも、過去にそれ言ったらボロボロ泣きながら走り去ってったからなぁ……最後の手段として封印しておく。


「……………………」


 ……で、会話の主導権がうんぬん言ってたくせに、何でこいつは仁王立ちで俺を睨んだまま何も言わないの? 隣の男はいつの間にか取り出したスピードガンみてぇなモンを俺に向けてやがるし。


「光井堂さん、久しぶり」


 猪熊獅子が会釈と共に挨拶を返すと、これまた光井堂は不機嫌そうに眼を細めた。こいつもうそろそろ糸目キャラになるんじゃあねぇかな。


「……光井堂妖怪処理社……?」


 ふと、猪熊獅子のつぶやき。どうやら光井堂のツナギ、その胸元に刺繍された社名が目に入ったらしい。

 途端、まるで水を得た魚か。光井堂が目を見開いて、「ふふん」と自慢げな笑みを浮かべた。


「あら、気付いてしまったかしら? 猪熊獅子さん。ええそうよ。あたし、ついに独立開業したの。まだ一年目で人材が足りないから、業務は討伐処理専門だけどね。ともかく今やあたしは一社の長! 社長なのよ! 妖怪処理屋として着実にキャリアを積み上げ続けている訳!!」


 つまり! と息継ぎをして、光井堂はビシッと俺を指差した。人様を指差してんじゃねぇよ。へし折ってやろうか。


「ろくに活躍も聞かない、落ちこぼれたあんたたちより格段に上のステージにいるの!!」


 どやあああああああ!! と言う擬音が背景に見える。

 ……ちなみに。俺はこの展開を既に三回、経験している。こいつ基本夜勤で俺は基本昼勤だからあんまり会わないけど、その数少ない遭遇の度にこれ言いやがる。どんだけコンプレックス引きずってんだ三位を極めし者。

 で、このあとは「卒業後はどや顔で大手事務所に入ったくせに、何がどうしてか今じゃあ零細事務所の末端!! あたしとの差を噛み締めてよホラホラ!! ホラホラホラのホラァ!!」とひたすら社会的地位マウントで煽り散らしてくるパターンだ。


 まぁ、言いたいように言わせとけ。マウント取りなんてくだらねぇ事にいちいち腹を立てるほど、俺はガキじゃあねぇ。適当に聞き流してりゃあそのうち勝手に満足して――


「特に猪熊獅子さん! あなたの没落っぷりは笑――」

「光井堂。俺の質問に今すぐ答えろ。でないとテメェの鼻の穴を三つにする」

「いきなり何!? そしてあたしの鼻に何する気!?」


 指突っ込んで貫通させるに決まってんだろ。


 マウント取りなんて不愉快で醜い行為は人として決して許されない。可及的速やかに止めさせる、当たり前だよなぁ。強硬手段も辞さねぇわ。


 俺のマジな殺気を察したらしく、光井堂はやや後ずさって鼻を守りつつ「し、仕方無いわね……そこまで言うなら聞いてあげるわよ!」と了承。堅実な判断だ、こっちも暴力事件を起こさずに済んで助かる。


 さて……とりあえず口を閉じさせる口実で、実際は特に訊きたい事なんて無ぇ訳だが……丁度良い。未だに俺を凝視して高速タイピングしている白衣の男について訊いてみるか。


「そっちの人、初めて見るが……テメェの所の社員か? 研究系?」

「ああ、こいつ? こいつは妖捜研ようそうけんからの出向よ」


 妖捜研――妖怪捜査研究所。確か、警察の付属機関で、色んな大学やらとも連携している妖怪研究の最先端に在る組織だ。妖怪処理事務所に研究協力依頼を出す事もあるらしいし、それでか。現場で情報収集をしている風なのも納得だ。


「ええ、はい。妖捜研所属、ジャック甘野かんのと申します」


 名前的にハーフだろうか。やたら背が高い理由もわかった。


「……ンで、その甘野さんは何故に俺をじいっと見つめながら高速タイピングしたりスピードガンみてぇなモンを向けたりしてんスか?」

「お気になさらずぅ……」

「いや、気になるんスけど……」

「あぁ……申し訳なぁい。仕事柄、人間観察がクセでしてぇ」

「妖捜研だのに、人間も観察するんスか?」

「場合によってはぁ。私が取り組んでいる研究は【特殊的妖怪誘引現象】ですのでぇ……どうか、悪しからずぅ」


 特殊的妖怪誘引現象……高専で軽く触れてたな。

 大抵の害性妖怪は、本能的反射のように手近な生命反応へ向かって直進する性質を持っている。昨日の陰摩羅鬼オンモラキが代表例だ。これは妖怪誘引現象と呼ばれている。

 だが、妖怪の中には「生命反応以外の要素」に反応して、手近な生物を無視してそちらを目指す妖怪がいる。

 例えば、さっき処理した蛇帯。ありゃあ「夢の中に侵入して対象の意識を喰らう」と言う性質故か、目の前の起きた人間よりも数キロ離れていようが就寝中の人間を優先して動く傾向がある。俺らと遭遇しても警戒するばかりで一向に襲って来なかったのもそれが理由だろう。蛇帯からすると起きてる人間と関わり合いになるメリットが無い。


 他にも有名所だと――普段は自分から人前に現れる事は無いが、泣いている子供がいるとその子をあやしに来ると言う益性妖怪【座敷童子ザシキワラシ】。正義の心に呼応し、次元を割いて光臨すると言う救世妖怪【禍破カッパ】……辺り。

 そう言った「生命反応以外の要素が妖怪を呼び寄せる事例」が、特殊的妖怪誘引現象……だったよな、確か。


 どんな特徴の人間がどんな妖怪を惹きつけるのか……と言う研究をしているなら、人間観察・記録がクセになるのも職業病だな。じろじろと見られるのは余り良い気分じゃあねぇけど……妖怪研究の発展が俺ら妖怪処理屋にもたらす恩恵は大きい。ここは少しくれぇ寛容に接するのが筋ってモンか。


「ほいほい若者たち」


 と、ここで報告を終えたらしい白鐘さんが会話に入ってきた。


「楽しそうにしている所に水を差して申し訳無いんだけど、定時だよん。おじさん帰っちゃうのでご挨拶」


 言われて、空がほんのり白み始めているのに気付いた。夜明けだ。

 妖怪は基本的に陽を嫌って引っ込むので、パトロールは終了。ここから先は昼勤が通報を受けて引っ込んだ妖怪を狩り立てる時間。


 丁度良いタイミングだ。


「お疲れ様です。俺らも帰るぞ、猪熊獅子」

「え……でも、光井堂さん……」

「構わねぇよな?」

「ふ、ふん。別に、そんなぎろっと睨まなくたって引き止めやしないわよ! あたしだって大した用があった訳じゃないもの。夜廻管理表で猪熊獅子さんの名前を見つけたから、久々に顔を拝みに来ただけ。四年前あれだけ恥を晒して今さらどんな――」

「鼻は要らねぇみたいだな」

「暴行レベルが上がった!?」


 知らねぇのか? 俺の情緒は時価だ。


「ってか、あたしさっきから猪熊獅子さんの事しか言ってないでしょ!? 何であんたがそんなマジギレする訳!?」

「単純に、俺がテメェの事を嫌いなだけだよ」

「ひどくない!?」

「妥当だろ。今までのテメェの発言を思い返してみろ。俺に好かれる要素があったと思うか?」

「…………ふむ、言われてみると妥当ね!!」


 普通に納得しちゃったよこいつ。

 まぁ、とりあえずそう言う訳だから、他の事……特に猪熊獅子の話はまったく関係無ぇ。断じて。


「おほっ」


 ン? 何だ?

 スピードガンっぽいものを見ていた甘野さんが、すごい良い笑顔で声を上げた。


「おっと失敬ぃ……お気になさらずぅ」


 こう言っちゃ悪いが……ちょっと変わった人、なのかな?


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