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05,守護るモリモリ。


 屋上のドアを識刀でぶった斬り、飛び出す。


 飛び降り防止のやたら高いフェンスに囲まれた四角い空間……っと、何時の間にやら降ってやがったか。ザァー……と絶え間なく雨粒が全身に当たる。あっと言う間にびしょ濡れだ。


「ニャすぅ……御霊合体中は雨は嫌だニャアアア……」

「頑張ってください」


 雨にげんなりする先輩と共に、屋上の奥へと進む。あの忌々しいクソ鶏が飛び出してくるだろう出入口に向き直って、肩に背負っていた猪熊獅子を下ろす。階段を上っている途中からやたら大人しかったけど大丈夫か……って、両手で顔を覆って固まってやがる。どういう感情でそうなってんだよ……。


「……接触時間が限界キャパ超えた……」

「あぁ? せ……なに? 声が小せぇよ……セクハラだなんだは受け付けねぇつったぞ」


 まぁ何にせよ後回しだ。最優先は陰摩羅鬼の処理。


「空御津さん。再確認ですが、あのクソ鶏は上級二等で間違い無いッスね?」

『ああ。鬼装キソウの使用条件は満たしてるよ』

「承知。んじゃあ、先輩はチャージよろしゃす。あとゴーグルも念のため付け直してください」

「おっけいニャア。雨濡れでちょっとモフ毛がへたれてるけど頑張るニャア」


 頼みましたよ、先輩。


 相手は陰摩羅鬼だ。

 忌々しい事に、あのクソ鳥は「乾燥系妖怪には水を浴びせんだよ」とか「鬼系妖怪は角を執拗に狙うんだよ」的な、分かりやすい弱点が無ぇ。

 つまり、奴の分厚いメタリック装甲を純粋火力でぶち抜く必要がある。


 それができんのは、今この場じゃあ先輩だけだ。


「さて……んじゃあ、やりますか」


 識刀を紙に戻してポーチへ。代わりに取り出したるは、芦夜所長謹製の特製識紙。

 戦闘開始に備えて、先輩と猪熊獅子から距離を取る。


「……あ、ま、待って。鋳森くん……」

「ンだよ?」


 相変わらずこっち見やがらねぇってか今回に関しちゃ手で顔を覆ったまんまかよ。テメェまじでどんだけ俺の事が嫌いなの? 雨のおかげでわからないだろうしそろそろ本当に泣いちゃおうかな?


「この戦力で上級二等の陰摩羅鬼を処理するのは……リスクが高いと思う。救援を呼んだ方が良い」

「あァ?」

「……もし、ボクの戦力を期待しているのなら……その……」


 アホかこいつ。


「見学中の新人を、戦力として数えてる訳ねぇだろうが」

「……じゃあ、なおさら万全を期するべきだ……!」


 ……妖怪処理で一回死にかけてる奴の言葉となると、重みが違うな。

 こいつの声が震えているのなんて、初めて聞いた。


 何故か、奥歯が軋んだような気がした。


 ああ、腹が立つ。イライラする。ムカつく。


 猪熊獅子が妖怪処理屋を辞めた話を思い出す度に、どうしようもなく怒りが込み上げてきやがるんだ。

 誰に対する怒りかはまるでわからねぇ。でも、はらわたが煮えくり返ってもう煮汁の一滴まで蒸発し切ってやがる。


 ……何度、時間を戻したいと思ったかわからねぇ。テメェが死にかけたっつぅその時、俺がその場所にいたのなら……きっとそうはならなかったと叫びたくて仕方無ぇ。どうして俺はそこにいなかったのかと頭を掻きむしりたくなる。実際、発作的な頭突きで実家の柱と自分の頭蓋骨をへし折っちまった事がある。


 ――そんな俺に、所長はヘラヘラと笑いながら【こいつ】を差し出した。


「……その面に貼っ付けた手ェどかして、しっかり見とけ」


 あの日、所長から受け取った識紙を、胸に当てる。


「識紙起動、【鬼装纏鎧(キソウテンガイ)・ヘイトヴェイパー】」


 起動と同時、俺の全身を黒鉄の装甲が包み込む。余計な飾りの無い、のっぺりとした黒い鉄板を体に巻き付けたような質素な鎧だ。フルフェイスの兜だけは角や牙、紅い飾り髪で装飾され、鬼を模した面になっている。装着完了と同時に、鎧の関節部、隙間と言う隙間から赤黒い蒸気がゆったりと漏れ出し始めた。雨に打たれても散る事なく、蒸気は悠々とたゆたいながら広がっていく。


「……きそう、てんがい……?」


 猪熊獅子が呆気に取られるのも無理は無い。こいつはまだ一般には出回っちゃいねぇ、芦夜さんと空御津さんが研究・開発中の識紙だからな。知っているのはウチの事務所の人間と、俺らと一緒に上級以上の妖怪を相手にした事がある人たちだけ。

 だが、俺がこいつの有用性を示すデータを積み上げりゃあ、こいつが妖怪処理屋のスタンダードになる日が必ずくる。


 そのために俺は、この業界に戻って来たんだ。


 良い感じに蒸気の放出が安定してきた頃。


「コケアアアアアアアアア!!」


 お怒りマックスと言った具合の咆哮と同時、屋上と階下を繋ぐ出入口が床ごと弾け飛んだ。

 おーおー、メタリック鶏が全身のメタル羽毛を逆立てて大癇癪だ。まぁ、ここに来るまでに何度かシェードラとアンカーの時間差トラップで拘束したからな。相当イライラしてらっしゃるだろう。

 悪いが、これからもっとイライラしてもらうぜ。


「コケケケケ!! コ……コケ……!」


 俺と目が合った……つぅより、俺が放出している蒸気に気付いたな。


 鬼装纏鎧(キソウテンガイ)・ヘイトヴェイパー。その名の通り、この識紙は「妖怪の嫌悪感ヘイトを集める蒸気ヴェイパーをバラまく、鬼っぽいデザインの鎧」だ。


 この赤黒い蒸気を構成する成分は、妖怪に取って凄まじく不愉快に見えるらしい。芦夜さんの例えだと「眉間に尖ったものを突き付けられている時のような視神経への不快感」に襲われるのだそうだ。弱い妖怪だと嫌悪より恐怖が勝って逃げてしまう可能性があるため、使用対象は上級以上の妖怪に制限されている。まぁ、元々弱い妖怪には使う必要の無い識紙だ。何の問題も無ぇ。


 妖怪と合体している御霊使いにも影響はあるが、先輩のゴーグルにゃあこいつへの対策仕様もきっちり施されている。今回は問題無し。

 御霊使いへの影響を無くすための改良は、芦夜さんいわく今後の課題だ。


「コッケェェェアアアアアアアア!!」


 まるでゴキブリを見つけた虫嫌いみてぇな声を張り上げて、陰摩羅鬼が飛び掛かってきた。

 鋭いメタリック爪の生えた足で蹴り刻んでやる!! っつぅ感じだな。


 巨体の割に素早い動き、生身だと避けるのが少々しんどい攻撃範囲と速度だが……この鎧は各部から蒸気を高圧噴射できる機能もある。側面部や脚部から蒸気を噴射して高速回避、ってのも簡単にできる訳だ。


 蒸気噴射で高速移動した俺を追い切れず、陰摩羅鬼のメタリックキックは蒸気の溜まりを蹴散らして屋上の床を砕くだけに終わった。


「コケ!!」


 妙なモン見せられた挙句、あっさり攻撃を躱されてますますイライラしているだろう。

 そこでだ、俺はこうしてテメェの顔面に向けて掌を構える。


 おさらいだ。

 この鎧から出る蒸気は、妖怪の目にはとても不愉快に映る。

 そして、この鎧は至る所からその蒸気を高圧噴射できる。


 つまり――掌から高圧噴射した蒸気を、陰摩羅鬼の顔面にたっぷり浴びせてやる事ができる訳だ。


「コァァ!? コ、コ……キィエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!!!」


 この蒸気に対妖怪薬品、要するに妖怪用の毒物を含ませようってアイデアも出ていたが……。

 まぁ、さすがにその辺は御霊使いとの兼ね合い問題がどうにかならんと試験実装も無理って話だ。

 つまり、この蒸気は今の所、マジでただ不愉快な蒸気。

 勿論、そんなもんを顔に浴びせた所でダメージなんぞ入らねぇ。

 ただ、コンセプト通り、ヘイト稼ぎにおいては非常に有効だ。

 これであのクソ鶏は俺への怒りが鶏冠までパンパンだろうさ。

 もはや俺以外が意識の外――先輩は安全に、このクソ鶏をブチ抜くための準備ができる。


 俺の仕事は、ひたすらこのクソ鶏からヘイトを集めて避け続けるだけだ。


 ヘイト集めと回避に特化しており、黒々した見てくれから御察しの通り識タイプで防御力も最低限確保されている識紙――こいつが一般化し、運用メソッドが浸透、適切な人選で運用されれば……妖怪処理屋の負傷事案は各段に減らせるはずだ。

 そのためのノウハウの蓄積と改良点の洗い出しを、今、俺がやっている。


 ――「この識紙が一般運用されるようになれば、いつか『妖怪処理屋が命懸けで当たり前だったのは前時代の御話だ』と言われる時代がきっとくる。そしたら、妖怪との戦いで傷つき引退した人たちが戻ってくる可能性、高まるんじゃあないかな?」


 ……ああ、本当に腹が立つ。

 あの時の所長のドヤ顔も。所長の言葉でまず最初にあのクソ長ポニーテールを思い出した俺も。そしてまんまと釣られて今ここにいる事も。


 ムカつき過ぎて、最高に笑えてきたよ。


 陰摩羅鬼のヤケクソ染みた連続ふみつけを軽快なステップと蒸気噴射移動で躱しつつ、猪熊獅子の方をちらりと見る。


 ああ、手を下ろして、ちゃんと見てやがるな。

 それで良い。よぉく見とけ。そんで思い知れ。


 俺がこいつを着ている限り、もう二度と――テメェが死にかけるなんて事は有り得ねぇ。


「充填完了ニャア!!」


 お、先輩の合図。まぁ先輩なら今のまんまでも問題無く撃ち抜けるたぁ思うが……念のため、少し拘束しとくか。鬼装の腰部を一部解除し、露出したポーチに手を突っ込む。

 決め所だしな、貧乏性は無しでいく。鷲掴みだ。たっぷり持ってけ。


「識紙時間差起動(タイムシフト)即席防壁(ブリッツ・シェードラ)捕縛磔鎖(キャッチアンカー)


 ありったけ識を流し込んで、取り出した識紙をバラまく。

 ぼこんぼこんぼこんぼこん!! と噴出した無数の黒壁から、夥しい数の黒い鎖が射出。陰摩羅鬼をガッチガチの雁字搦めに拘束していく。ついでに顔面にもう一発、高圧蒸気をお見舞いしておこう。


「コアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!?!!!??」


 超絶ぶちギレていらっしゃる所に悪いが、お別れの時間だ。


「識紙装填、識砲弾・超烈閃通犬歯弾(にゃんにゃんがおー)!!」


 先輩は送り狼と一体化する事で、自身の識に上乗せしてその膨大な妖力を使う事ができる。普通の識紙じゃあ妖力を流し込んでもエネルギー効率は悪いが……そこは我らが空御津さん。あの御仁が謹製してくださった『識と妖力ハイブリットで効率的に運用できる弾識紙』を使えば、アホみたいな威力の一発をぶちかませるって寸法だ。ちょいとチャージに時間がかかるのが難点だが。

 その一発なら、上級二等の陰摩羅鬼だろうと、その分厚いメタリック装甲ごと木端微塵だぜ。

 ここは屋上、んで先輩はミニマム、狙うはクソデカ残業鳥のド頭。

 つまり空に向かってぶっ放す射線だ。弾が貫通した後、街をぶっ壊す心配は無し。空御津さんから警告が入らねぇって事は航空機や人工衛星の軌道的にも問題無し。


 条件は完璧に揃った。残業終了だぜクソ鶏。


「くらえ!! ニャアアアアアア!!」


 先輩が構えた銃口から、紅い一閃が迸った。

 一瞬だけ遅れて、ズガンッ!! と腹の底から揺すぶられるような轟音が響く。


 肉眼でまともに追えるようなモンじゃあねぇが、紅い閃光は真っ直ぐ陰摩羅鬼のド頭へ飛んでいったように見えた。紅い光が弾けて、瞬きをしてみりゃあ――陰摩羅鬼の巨体、腹から上が丸ごと消し飛んでいた。


「ハハッ、相変わらずとんでもねぇ威力」


 推測される射線を目で追っていくと……空を覆う厚い雨雲の一部にぽっかりと風穴が空いて、ほんの少し陽光が差し込んでいる。

 まぁ、ただのハイブリッド弾でも果てしない威力になるだろうに、今回は「注がれた識量に応じて破壊力が増す」と言うシンプルに攻撃特化な特性を持つ識の弾を使ったっぽいしな。オーバーキルって奴だ。


「……すごい……」


 呆れ果ててる俺とは違い、猪熊獅子は感心しているっぽい感じだな。いや、表情が薄くて確信は無ぇけど。


 さて……塵になっていく陰摩羅鬼の残骸を確認しながら、鬼装を解除。

 陰摩羅鬼の死骸から陰摩羅鬼が発生するとか言うクソの極致みてぇな事も稀にあるが……今回は無さそうで何より。これにて本日一件目のお仕事完了だ。


 雨で制服ツナギがぐっしょりだし、一回、事務所に戻ったら着替えて――


 その時。通信機の向こうから微かに電話の着信音が聞こえた。

 ……嫌な予感がする。気のせいであれ、と願ったが、虚しく。空御津さんが「電話だ」と離席。俺と同じく嫌な予感がしたらしく、離れる際に大きく舌打ちが聞こえた。


 少しして、


『よう、諸君。みんな大好きクソ地安さまから追加注文だよ。ほんと悪いけど、そのまま現地に向かってくれ』


 はい、知ってた。



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