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02,再会はぬるっと済まされる。


 妖怪――古くから日本を中心に現れる不可解な生物どもの総称。

 大半は特殊害獣指定。普通の害獣との違いは、知性や、特殊な超能力を駆使してくる事。


 そんな連中の駆除を専門とする国家資格が、妖怪処理請負者。

 要するに俺たち妖怪処理屋だ。


 元々は陰陽師と呼ばれていた公務員の業務のひとつだった妖怪処理業務が分離して、民営企業主体の職業になったと言う歴史がある。


 実入りはそこそこ良い。小規模な事務所所属でも並のサラリーマンよか良い給料をもらえているだろう。

 ……命懸けの仕事だってのに、「そこそこ良い」止まりってのはどうなんだって話だけど。


 だから妖怪処理屋を志す奴には大体、金以外に何か目的がある。


 俺、鋳森いもり守助モリスケの場合は、承認欲求を満たすためだ。

 何でも良いから一位になりたかった。


 中学時代の職業体験。職業適性を計る身体測定で、俺が生まれ持ったシキの量は同世代で一・二を争うほど膨大である事が判明。そのあと受けた妖怪処理の模擬訓練でも、識紙を使うセンスや咄嗟の対応力も非常に優秀であると高い評価を受けた。


 そう、俺には抜群の才能があった。

 この仕事なら、トップになれるに違いない。そう踏んだ。


 ……そして、俺は高専で【永世二位】の称号を付与される事になる訳だ。


 ただ一人、俺より少しだけ多くの識を持ち、俺よりも効率的に識紙を扱い、どんな状況でも俺より冷静かつ的確そして迅速に対応しやがる動物園女があそこにはいた。


 俺は、必ずあの動物園女より格上の妖怪処理屋になってやると堅く決意した。

 学校で一位になれなかったからなんだ。人生ってのは学校を卒業してからの方が長いんだよ。

 勝負は社会に出てからなんだ。


 動物園女には劣るとは言え、俺だって天才の部類。就活する間も無くスカウトが来た。

 なお、俺に来たスカウトで一番大きい所は業界二位。あの動物園女は当然のように業界一位の事務所に入ったと報じられていたが、もうあれだよ。俺がこの事務所を一位にすっからそれで問題無いよと踏ん張った。


 ……でも、終わりは呆気なく訪れたんだ。


 ――『神童の傲慢か!? 同僚の支援を拒否 無謀過ぎる単独行動』


 そんな見出しと共に報じられたのは、あいつが妖怪にやられて死にかけ――そして、事務所を退所したと言うニュースだった。人生で初めて、腰が抜けると言う感覚を味わった。しばらく立ち上がる事もままならなかったよ。


 その後、どれだけ情報を漁っても、あいつがフリーで活動したりどこかの事務所に入ったと言う情報は無く……そのまま、虚無のような時間が流れていった。



 あいつは余りにも突然に、俺の前から姿を消したのだ。



   ◆



 こじんまりした雑居ビルの三階に、事務所を構える妖怪処理屋がある。

 屋号を【芦夜あしや妖怪相談事務所】。芦夜桐魔(トウマ)と言う凄腕の妖怪処理屋が開業した事務所で、所長・芦夜を含めて処理屋五名、裏方術師四名を抱える超・慎ましやか系企業である。


 机を七つも並べりゃそれはもう狭苦しい。

 その上に来客対応用の応接スペースまで仕切って、手狭を極めたオフィスにて。

 一番奥に設置されたワインレッドの所長デスクに足を乗せ、背もたれの耐久テストでもしてんのかってくらい全力でダラけている女性が一人。

 頭頂部の色が落ち始めてプリンみたいになってる金髪に、攻撃的な印象を受ける真っ赤なスカジャンがよく似合っている。目つきの鋭さや耳に付けた髑髏ピアスの厳つさ……ああ、暴走族の一団に秒で紛れ込めそうと言うか、なんなら率いてそう。

 この人が所長の芦夜さん――ではない。


「おーう、おはよう。小嵐、鋳森。今日も朝からしかめっ面とチビだねぇ」

「おはよーフジノンさん! ミニミニは明日には長身ナイスバディになってる予定だよ!!」

「おはようございます。空御津あきみつさんは相変わらず柄が悪いっすね」


 空御津あきみつ藤乃フジノ、裏方の術師で自称・所長代理。

 まぁ、若く見えても実際の所は芦夜さんに次ぐ最古参らしいし、留守が多い所長の代わりに色々とやってくれているので、自称・所長代理どころか俺たち下っ端からすれば実質・本物所長みたいな姉御さんだ。


「相変わらず生意気だねぇ、まったく。まぁ良いや。二人そろって来たって事は、鋳森も小嵐から話は聞いてるね?」

「うす。この時期に新人って、急っすね……しかも、あの猪熊獅子いのくまじし……」

「ああ、年齢的に鋳森は同期だよな。同じ高専出身だし。仲良しか?」

「……………………」

「わぁ、モリモリってその子の話になると本当に良い笑顔するね!」

「おまえがそんな嬉しそうな面するなんて、よっぽどよろしくやってたんだねぇ」


 俺は今おそらく苦虫の大食いチャンピオンみたいな顔をしていると思うんだが。皮肉か?


「……それで、あいつは今日から出社なんスか?」

「待ち切れんって感じだねぇ。犬だったら尻尾が振り千切れてんじゃないの?」


 などと戯言を吐く空御津さんが腕時計を確認して「そろそろ来る頃だろうさ」と教えてくれた。


 確かに、俺は今、早くあいつに会いたくて仕方が無い。

 俺は好物を最後に食べる主義、つまり嫌いな物を先に食べる派の民なんだ。

 だから早くあいつの面を拝みたくて落ち着かないのは、嫌な事を早々に処理したいと言う感情でしかない。そう言う事以外に有り得ない。

 ああ……ストレスのせいか、鼓動がうるさい……。

 もはや心臓が痛いくらいにバクついていやがるぜ。

 本当、勘弁して欲しい奇跡もあったものだ。


 やれやれだぜ……と溜息を零したその時、オフィスのドアをノックする音が。


 ……来たか!


「わっ、びっくりした。モリモリすごい勢いで振り返るじゃん」

「飼い主の帰宅を悟った犬みたいだな」

「何であんたらはやたら俺を犬に例えるんスか」


 自然に俺を無視した空御津さんが「どうぞ」と応えると、オフィスのドアがゆっくりと開いた。


「あの……おはようございます」


 ……ああ、この落ち着きしかない実に聞き取り易い声、間違い無い。そんなに聞く機会は無かったはずだのに、脳に染み着いて離れないあの動物園女の声だ。

 感動的なほどに変わっていない。その声も、色んな意味で頭おかしいのかってくらいに長ぇポニーテールも、せっかくの美人だってのに何を考えているのかサッパリわからねぇ面も。

 学生の頃からすりゃあ当然、全体的に少し大人びた感じはするが……ああ、本当に、あいつだ。


 俺と同じ……芦夜妖怪相談事務所の制服である黒ツナギに身を包んだ、猪熊獅子いのくまじし虎狐狼ココロ


「……あ」


 猪熊獅子は俺と視線が合うと、ぴたりとフリーズした。プロのパントマイムかよと思えるくらい見事な完全停止だ。どういう感情で固まっていやがるのか、推し量ろうにも相変わらず表情が読めねぇ。だって無だもの。悟りでも開いてんのかこいつは。


 ……まぁ、五年ぶり、因縁の再会だ。固まる気持ちも少しはわかるぜ。

 俺としても、第一声はどうしたものか。

 なんにせよまずは挨拶が基本だよな。

 そこから反応を見て何を言うか決めよう。


「……よう、久しぶ」

「やっほー! キミがココロちゃん!? わたしは先輩の小嵐実丹だよ!! ミニミニ先輩って呼んでね!! よろしく!!」


 おいコラ合法ロリ。


「あ、はい。よろしくお願いします………………先輩……?」


 おお、すげぇ。あの猪熊獅子が怪訝そうな表情になっていやがる。

 理由はわかる。このランドセルを背負って横断歩道の白いとこだけ踏んで道路を渡ってそうな小さい生き物を「先輩」と言うグループに入れようとすると、最初は脳がバグるんだ。俺も経験した。

 しっかし、猪熊獅子もそんな顔をするんだな。

 レアなモンを見た気がするぜ……って、そうじゃない。


「おはよう新入り。アタシは空御津藤乃。主に観測術師をやってる裏方だよ。あんたをスカウトした男の小間使いみたいな事もしてる。所長代理って感じさ。識紙の開発・調整も齧ってるから気軽に相談しな。で、紹介は要らないかもだけど、そっちのあんたを見てニヤニヤしてる不審者は鋳森守助。よろしくやってあげな」


 五年ぶりの因縁の再会だのに、雑に紹介された。

 猪熊獅子は「よろしくお願いします」と空御津さんに一礼したあと、俺の方をじいっと見る。


 ……まぁ、出鼻は挫かれた感はあるが……おかげで、変な緊張も解けたな。


「よう。久しぶりだな。まぁ、これからは同僚だ。よろしく」

「………………………………」


 ……おい、何を黙ってんだよ。「よろしく」って返せよ。

 つぅか何か眉間にシワよってないか? それと何か頬が赤くね?

 え? なに、もしかして怒ってんの?

 なにゆえ? あとどういう原理か知らんけどクソ長ポニーテールが猫の尻尾みてぇにピンと伸びて微妙にプルプルしてんの何?


「…………よろしく」


 わぁ~、顔を逸らしながら素っ気なくはすっごい感じ悪ぃぞテメェコラ。

 思わず額に青筋が浮かんじゃうよ俺。あと別に悲しいとかではないけど泣きそうだし吐きそう。一発ですごい胃にきた今の。


 ……もしかしてアレか?

 あの日、胸倉を掴んだ件で何か後を引いてんのか?

 だとしたら加害者である俺に文句を言う筋合いが無いのは重々承知だが……でも何かこう、納得いかねぇ……。


「ほうほう……フジノン。これはアレだよ。初々しい奴だよ」

「ああ、アレだな。わかりやすい。お互いそこそこ良い歳だと言うのにそんな感じってのがすごくポイント高い」


 何で先輩方二人はニヤニヤしてんだ……?


「とりあえず、鋳森」

「はい。何スか」

「おまえは猪熊獅子の教育係な」

「はぁ?」


 空御津さんの想定外過ぎる言葉に、思わず疑問の声が出てしまう。

 教育係? 妖怪処理屋のノウハウを教えろって? 俺がこいつに? 冗談だろ。


「いや、要らんでしょそんなん。こいつ経験者ですよ」


 なんなら俺よりも上級者まであるだろうが、そこはちょっと言いたくない。


「まぁ、アタシとしちゃあ面白半分の指示ではあるんだけど、芦夜からの注文でもあるのさ。『彼女には教育係として鋳森くんを付けてあげてくださいね』って。あの感じは【いつもの】だろうね」


 ……なるほど。

 つぅか面白半分つったか今。


「いつもの……どういう事?」

「ああ、芦夜所長は……って、おい猪熊獅子。さすがに質問する時はこっち見ろや」

「…………むずかしい」

「むずかしい!?」


 俺の顔を見るだけの事が!? どんだけ根に持ってんだこいつ!?

 合法ロリも空御津さんも、ニヤニヤしてないでここはしっかり叱るべき所では!?


 先輩方に異議を申し立てようとしたその時、事務所内に三機設置されている電話がぴりりりりと軽快な音を鳴らし始めた。気付けばいつの間にか始業時間を過ぎていたようだ。


「はい、お電話ありがとうございます。芦夜妖怪相談事務所、空御津が承ります」


 三コール目で、空御津さんが所長デスク近くの受話器を取る。

 さっきまでのだらしないゴロツキお姉さんとは思えない、まるでコールセンターの優しいお姉さんのような声色と口調。それに引っ張られてか、表情まで聖母級のマリアァ感を纏った微笑みに。

 しかしすぐに「ああ、地安ちあんかよ」と元の空御津さんに戻る。


 地安……地域安全課、要するに警察おまわりさんからか。


 妖怪処理屋が仕事を受けるルートは主に二つ。


 一つは個人からの妖怪処理依頼。

 もう一つは警察からの協力要請。


 個人から来るのは「土地を買ったら妖怪のオマケ付きだった畜生! 工事業者が祟り倒されてつらたん」とか個人的な都合で妖怪を処理したいと言う案件。民家の軒先にオオスズメバチの巣ができたからと駆除業者を呼ぶ感じだ。

 警察から来るのは、放置すると多くの人に被害が出そうな物騒案件。山から下りてきたクマが繁華街の真ん中で人肉バーベキューしてるから猟師を呼んで駆除してもらう感じだ。


 仕事量の割合だと地域安全課さまはそれなりに大手の取引先なんだが……サブスク契約、要するに月定額契約でこき使ってきやがるから、多いのは仕事量だけ。報酬は大体どの月も割に合わない。なので妖怪処理屋界隈では地安に対して良い印象を持たない人が多い。特に経理も担当している空御津さんは蛇蝎の如くって感じだろう。だがまぁ、金額の問題だけでこれを突っぱねるようなら、妖怪処理屋なんて業種を選ぶはずも無し。


 空御津さんは「はぁ~、かったりぃ……」と言うオーラを放ちながらも、電話に相づちを打ちつつ手元のスマホにてきぱきと情報を打ち込んでいく。


「あいあい。すぐにウチの子らを向かわせるよ」


 空御津さんは受話器を下ろすと、所長デスクから立ち、三面ディスプレイが設置された自らのデスクへと移動。PC本体の電源ボタンを押して、俺らの方へ向いた。


「ほい。早速だけどお仕事だよ。推定下級五~三等妖怪だそうだ。現状、他社との連携指示は無し」


 妖怪処理屋の事務所はウチみたいに小規模な所が多い。フリーランスとして実働処理屋が一人サポートが一人のコンビ状態で活動している人たちもいる。対象の妖怪が高等級であれば、地安の主導で他所と即席チームを組む事があるが……その必要は無い程度と。


「とりあえずいつも通り、アタシが観測デスクで小嵐と鋳森が出動。猪熊獅子も見学として連れてけ。問題は無いと思うけど、いつでも夜勤よまわり組や他所にヘルプ出せるようにしておくから、何かあれば即救援要請。命を大事に安全第一。適度にガンガンいっとく。オーケー?」

「おけまるまん!」

「うッス」


 猪熊獅子が見学、ねぇ……この鬼才系処理屋をそんな手厚く新人扱いするのには違和感しか無ぇんだが……まぁ、そこも芦夜さんの【いつもの】か。


「と言う訳で! 今日もよろしくね、モリモリ! そして今日からよろしくね、ココロン! 期待してるぜ新戦力ぅ!」

「…………はい」


 ……何だ?

 今、猪熊獅子の反応に妙な間があった気が……。

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