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14,護るための拳。


「ぬふふ、フフフフフフ……ハハハハハハ!!」


 不愉快な高笑いと共に、ツムジちゃんが双眸を大きく開眼した。

 目くらましの効果が切れたらしく、無数の瞳は既に俺たちをしっかり捉えている。


「視力が戻ればこちらのものじゃ。先は汝を挽肉にしてしまわぬよう満足に使えなかったが……もはや、加減する必要は無ァい!!」

「!」


 ツムジちゃんが吠えたのと同時、耳に違和感を覚えた。

 まるで、飛行機が離陸した時みてぇな……気圧がおかしな事になってンのか!?


 俺の推測を裏付けるように、室内のそこかしこから風が吹き、不自然な流れでツムジちゃんの周囲に集束していく。


「汝以外のすべて、我が暴風を以て粉砕してくれようぞ!! 特に我の角を斬った女は念入りに!! 地味に痛かったから、たっぷりの『ありがとう』を込めてやろうなァァァ!!」


 旋風禍頭ツムジマガト……暴風災害を引き起こす妖怪の面目躍如ってか。

 でもテメェ、さっき自分で墓穴を掘ったの覚えてっか?


『うん、あの妖怪、完全に鬼装……と言うか、鋳森と猪熊獅子に釘付けで他が眼中に無いね。やっちまいな――白鐘しろがね


 空御津さんの声に、「あいよ」と応えた声は――ツムジちゃんの後方から。


「なっ――」


 ツムジちゃんが振り返る暇も無い。

 その背後の闇を斬り裂くように、紅い識刀が走る。


 一閃。識の高熱を帯びた刃がツムジちゃん――が纏っていた羽衣を両断。断面から、ぼうっと焔が立ち、一瞬で燃え広がる。


「ちょ、嘘っ、火気はまずぃ――と言うかどこから湧いたのじゃこの人間!?」


 ツムジちゃんを背後から強襲し、羽衣を焼き斬ったのは芦夜妖怪相談事務所の制服ツナギを纏ったサングラスのおっさん――白鐘さんだ。


「あら、そのウブい反応……大御所っぽいのに処理屋とりなれていらっしゃらない? こっちは武士じゃあないんだ。不意打ちは常識だよ~?」


 白鐘さん、軽口を叩きながら勢い良く後退。御仕事完了! とでも言わんばかりの潔い思い切った全力撤退だ。


 ……まぁ、そんな所だろうとは思ったよ。空御津さんと言う指揮官ブレーンがついてんのに先輩と猪熊獅子が正面から乗り込んできた時点で、あと一人は誰か伏兵がいるだろうなって。

 裏口かはたまた換気扇か、どっかから忍び込んでずっと陰で待機していたのだろう。

 お疲れ様です、夜勤明けだのに手間かけさせてすンません。そンでありがとうございます。


「のじゃああああああ!? 我の羽衣ぉぉぉぉおおおおおおおお!!」


 ツムジちゃんは必死こいて羽衣を振り回してどうにか鎮火したようだが、九割焼失って所か。ざまぁ。


 さきほど、ツムジちゃんは「風を操る権能は羽衣を触媒にしている」とどや顔で言った。

 じゃあ、それを焼かない処理屋はいねぇよマヌケ。

 あのザマじゃあ、満足に風を操る事はできねぇだろ。


 猪熊獅子が【間違わせる能力】を、白鐘さんが【風を操る能力】をいだ。

 ツムジちゃんは最早、ただのフィジカルが強い妖怪。


「あとは、ぶち抜くだけだ!!」


 先輩から受け取った識紙を握りしめ、気合を入れる。

 鬼装の全身から赤黒い蒸気を全力噴射!


「ぬぅ!? さっきから何じゃその蒸気は!? 何じゃか目にクる! そんなものを見せつけるほどに我が嫌いかぁ!! 愛い奴めぇ!!」


 角へし折られて羽衣を焼かれてもなお、俺の拒絶行動にいちいち反応して下品な面を晒す余裕がありやがるか。さてはまだ、何か奥の手を持ってやがるのかもな……その奥の手を温存してる内に、処理する!


「突っ込みます!」

『了解。小嵐、光井堂さんとこの社長と連携して鋳森を援護! とにかく撃って防御させな!』

「あいあいニャー! へいそこのミッチードゥ!」

「それあたしの事!? 変な名前で呼ばないでよガキんちょ!!」


 光井堂、夜勤だから昼勤のメンツに詳しくないんだろうが……その合法ロリ実は俺らよりかなり年上だぞ。


「モリモリの援護を手伝って欲しいニャア!!」

「ふん。言われなくても撃つわよ、撃てば良いんでしょ!!」

「お願いニャア!」


 光井堂がガトリング飛弾を乱射。

 先輩も再起動した狙撃銃を構え、精度より速度重視の連続狙撃。


「ぬじゃ、こそばゆいのう! じゃがまぁ、我への敵意がこもっておるのは悪くない!!」


 激しい弾雨――だが、ツムジちゃんは腕を前に出して顔面器官を守る程度の防御のみ。特に防御系の術の類は使っていないようだが……まったくダメージが入ってる様子が無ぇな。まぁ、さっき顔面モロでガトリングぶっこまれても、少し怯んでただけだったし。


 ……屋内だから火力は抑えてるだろうが、それでも先輩の狙撃は並の妖怪なら一発でシルエットが変わる威力があるはずなんだがな……光井堂のガトリングだって、数秒の掃射で並の妖怪はハチの巣だろうに。

 その強烈な弾雨を受けてあの余裕――ああ、つくづくバケモンだなツムジちゃん。


 所長のお墨付きが無けりゃあ、こっちから攻めようなんて絶対に思わない相手だ。


「っし、行くか」

「あ、鋳森くん……」


 おう、猪熊獅子。ようやくフリーズが解けたか。識刀を持ってる手は電動マッサージ機みたいにブルブル震えてやがるが。


「ぼ、ボクも、一緒に……」

「アホか」


 そのザマで何言ってんだか。こいつはマジで……本当、すげぇな。

 識刀を握ってるだけでそんなになっちまうくせに、それでも処理屋として戦おうっつぅ意思がある。こいつのメンタルもバケモンだ。


「無茶するような所じゃねぇよ」

「で、でも……!」


 ったく、こいつは真面目だな……。


「テメェの事は俺が護るって言っただろ。任せて大人しくしてろ」

「ぁ………………ひゃい」


 …………ちょっと言い方が突き放す感じになっちまったか?

 猪熊獅子の奴、カチンときたのか顔を真っ赤にして固まっちまった。

 あー……後で謝らなきゃな奴かこれ……。


『イチャイチャは後にしな』

「イチャイチャは後にしようよ若者~」

「イチャイチャは後で見せつけて欲しいニャア!!」

「イチャイチャしてないでさっさと仕事しなさいよ発情期の一位と二位!!」

「イチャイチャに誘引される妖怪は確かぁ……」

「イチャイチャしとるのぉ汝ィ!! 我の方にも構わぬかァ!! ほれ、待っててやるからほれぇ!! 何かやるんじゃろぉ!? 何かやってくれるんじゃろ汝ぃ、汝ィイ!!」

「あーはいはい! 別にイチャイチャしてねぇッスけど承知!!」


 どいつもこいつも同じ冗談を天丼しやがって!!

 あとマジでうっせんだよ変態セクハラ妖怪!! 上等だよ今に見てろ!!


「識紙装填、【ハイヴェイプル・スマッシャー】!!」


 所長に頼んで、開発してもらっていた代物。

 鬼装の腕部拡張(オプション)識紙だ。


 形状は、右腕の拳から肘までを覆う増強手甲。

 識型がキャ識だから装甲の色が真っ白だ。真っ黒な鬼装とのコントラストが目立つ。


 この増強手甲の目的は単純明快。「ヘイト集めと回避重視の鬼装に、攻撃力をもたせる」。

 まぁ、普通に考えると……鬼装のコンセプト上、蛇足この上無いオプションだ。攻撃に参加すると言う事は、その分、回避に割く意識配分を下げると言う事。起動中は常に妖怪のヘイトを買い続ける特性上、危険極まりない。


 だが、選択肢として存在する分には有用だ。


 もしも仲間に負傷者がいたり、民間人が巻き込まれている場合、その避難に人員を割く必要がある。すると、鬼装使用者だけで妖怪と対峙しなければならない場面が発生し得る。普通の武器系識紙を鬼装と併用すれば良いかも知れないが……どうせなら、鬼装を装着している事を有効活用できた方が効率的だろ?

 そんな発想から生まれたのが、このハイヴェイプル・スマッシャー。


 キャ識の特性は空間干渉。識刀や弾識紙みたいな攻撃系だと空間系妖怪を叩く事以外には使えない一点メタの識型だが……ハイヴェイプル・スマッシャーは攻撃面では無く、機能面にその特性を採用している。

 増強手甲内部に超広大な亜空間が存在していて――そこに、鬼装の蒸気ヴェイパーを充填できる構造だ。


「せー……のっ!!」


 気合を入れて増強手甲を大きく振りかぶり、充填開始。


 さぁ、天才と呼ばれた俺の識量を見せてやる。


 全力全霊、鬼装に識を注ぎ込む。本来なら一瞬でこの室内を満たす蒸気が噴射される所だろうが……蒸気の放出量は変わらない。最低限の放出量を維持して、その維持ラインを超過した分はすべてハイヴェイプル・スマッシャーの内部空間に充填している。

 蒸気の充填量に合わせて、白い増強手甲の隙間から赤黒い光が漏れ始めた。


 そして、充填限界。

 増強手甲の形状が変化し、展開開始。

 装甲が拳先に集中、肘部には噴射口が露出。


「おお、厳めしいの――ん? ちょっと待つのじゃ。その手甲に溜まっとる識量は、ちょっとヤバない? 待った。ちょっと我も準備するから待ったを要求する!」

「誰がァ……待つかァァァァ!!」


 今さら俺の圧倒的識量に気付いても、もう遅ぇ!!

 鬼装の脚部と背面に識を流し込み、蒸気を噴射、高速移動でツムジちゃんへ吶喊する!!


 ……さすがに、識をぶっこみ過ぎたか。なんとなく意識がぼやけていく感覚がする。識は気力だのチャクラだのとも呼ばれる生命エネルギー、使い過ぎりゃあ、ブッ倒れる。

 こりゃあ……拳を叩き込む頃にゃあ意識トぶかもな。

 まぁ、問題無ぇ。この一発で、終わらせりゃあ良いだけだろ!!


「待てと言ったのに微塵も待たぬな汝!」

「そりゃあ、嫌いな奴の言う事なんざ聞く訳ねぇだろぉが!!」

「んっ……!」

「喘ぎ声あげんな変態セクハラ妖怪ィ!!」


 筋金入りか!! 本当に最初から最後までキモかったなテメェ!!

 この一撃で――死ねぇッ!!!!


「圧縮解放!!」


 俺の声に応じて、ハイヴェイプル・スマッシャーの肘部噴射口が蒸気を噴いた。

 俺の天才的識量、そのほぼすべて分の蒸気の一斉噴射だ。その超・加速で、拳が音速を超え――円錐型の蒸気雲(ヴェイパーコーン)が発生。ヴッパァン!! と、音速の壁をぶち抜く強烈な破裂音が炸裂し、赤黒い光を纏った拳がはしる。


「喰らえ、超高出力――蒸気パンチ!!」

「え。その技名は正気――」


 蒸気の噴出音で何も聞こえねぇ!!

 ツムジちゃんが無粋な言葉を言い切る前に、超高出力・蒸気パンチがそのどてっ腹へと突き刺さる!!


「ぐへァっ……!?」

「――っしゃあ!!」


 拳を、振り抜く。


 ツムジちゃんの腹部が、木端微塵に爆裂四散。その上半身と下半身は完全に分断され、どちらも激しく回転しながら吹き飛び壁に深くめり込んだ。


「ぎゃ、は……ぬふ、ふはは……あ、油断が過ぎたか……じゃが……好い、愛い……我を……討つほどの……嫌悪ぉ……最高っ……次は……こうは、いかぬぞぉ……もっともっと……愛でてやろうなぁ……」

「キモい。長い。とっとと消えろ。テメェに次なんて無ぇ」


 ツムジちゃんの体は末端から塵になり霧散し始めている。

 まだ喋る余裕がある事に驚きだが、もう終いだろう。


「わかって、おらぬなぁ……」

「あン?」

「汝らが言う神性妖怪とは……即ち災害じゃ」


 何が言いたいんだ、この変態セクハラ妖怪。


「災害は必ず、また起きる」

「――!」

「もう一度……言うぞ……次はもっともっと、愛でてやろうなぁ……ぬふふ……フフフ…………フハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

「うっせぇ」

「……のじゃ?」


 何が言いたいのかと思えば……くだらねぇ。


「どんだけ湧いてこようが、妖怪は処理する。それが俺らの仕事だ」


 できればもう二度と、テメェのそのキモい面は見たくねぇが……また湧いてくるってンなら仕方無ぇ。また処理するだけだ。

 増強手甲の中指を立てて、消えゆくツムジちゃんに向ける。


「もう一度、言うぜ。とっとと消えろ」

「……はは、これは好い。好すぎる。名を……訊いても教えてはくれぬじゃろうなぁ」


 当たり前だ変態。


「確か……イモリ……いや、モリモリと呼ばれておったな」

「鋳森守助だ。鋳森守助でしかない」

「名乗ったのじゃ!?」


 その快便の効果音みてぇなあだ名で記憶されるくらいなら背に腹だ。


「モリスケ……その名、その顔、忘れぬぞ。必ずまた愛でに来る。覚えておれ」

「ゼッテー嫌だ」

「ぁんっ」

「キモい声あげんな!!」


 って、うっわ……あいつ今の喘ぎ声を最期に消えやがった……。


「……な、何だか、色んな意味で強烈な妖怪だったね」

「ああ……マジで二度と会いたくねぇ……って猪熊獅子、まだ怒ってんのかよ」


 顔真っ赤なまんまじゃん……。


「え、怒ってないよ? ただその………………」


 ン? 何だ? 急に、視界が暗く――


「――森く――が――護――言っ――くれて――嬉――」


 猪熊獅子の声がひずんで、よく聞こえ……あ、そうだ。

 俺、識をめっちゃ使っちまって……うん、意識がトぶやつだこれ。

 識切れとかなつかしー……いつぶりだ? 高専入学したての頃に一回やったっけか。


 つぅ訳で……すまん、猪熊獅子。

 何かすごいモジモジしながら早口で何か言ってるとこ悪いけど、俺ちょっと気絶するわ。


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