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第21話 フレッドとクレイグ

「肩を貸そう」

細い路地で身を寄せるようにレオンハルトはエドに体を寄せる。

「ふっ、ふふふ」

「何がおかしいんだ?」

この数日、何度もかけられた言葉にエドは笑いを堪えられなかった。

「お前の身長じゃ借りるのは頭になっちまう」

レオンハルトの頭をぐしゃぐしゃに掻き乱すと、そのまま自分の隣から遠ざける様にレオンハルトを後ろへ押しやった。


「俺もちゃんと自分の力で歩くさ」

気持ちが鈍らないうちにフレッドへ謝ろう。

そして全て終わりにして今度はまた遠くへ行こう。

逃げ続けることになるけど、このまま恩を仇で返すような真似するよりはずっとマシだ。

決意は固く、揺らがない。

それでも足取りは重く、フレッドの家までの距離はなかなか縮まらない。


向き合うべき場所への最短距離を噛み締めるように痛みを確かに忘れないように丁寧に歩いた。




ようやくフレッドの家に辿り着く。

いつもは気兼ねなく開いていた扉が今日はどうしても開けない。

レオンハルトはそんなエドの姿を真っ直ぐに見つめた。

クレイグはこの眼差しを裏切ったことはない。


「お前ら、帝国の人間だな?あいつをどうするつもりだ!」

家の中からフレッドの怒鳴り声が鳴り響く。

「あいつを始末しにきたのか?」

続く声でそれがエドのことだとわかった。

迷っている場合ではない。

エドは急いで扉を開けて叫ぶ。

「フレッドさん、待って」


エドの脇をレオンハルトがするりと追い抜き、フレッドとクリスたちの様子を確かめる。

フレッドの手には包丁が持たれていたが、クリスたちとの距離は遠く、血も流れていない。

単なる脅しの道具に使われたようだった。

「お前は誰だ?」

フレッドはレオンハルトの方に向き直ると包丁を突き立てる。

そこに殺意は感じられなかった。


コツコツコツと速いテンポで杖をつく音が廊下を駆ける。

そして追いついたエドがフレッドの問いに答えた。

「こいつはレオンハルト。俺の弟分だ。フレッドさん、状況はよくわからないけど、こいつらは俺を追ってきたわけじゃない。だからそれおろしてくれよ」

エドの言葉に納得したのか、フレッドは包丁をしまうと冷静さを取り戻した。


「いきなり驚かせてすまねえ。薄々だがお前らが帝国の人間だってことは勘づいてたんだが、エドの命を狙ってるんじゃねえかと早合点しちまった」

フレッドが頭を下げるとクリスはフレッドの元に駆け寄った。

「頭を上げてください。素性を隠してたのは本当ですし、驚かせてすみません」

「いや、昨日今日のお前の姿を見てたらそんなことないってわかるはずなのに、本当にすまん」


「一体何がどういうことなんだ?」

状況を飲み込めないトワとエマは頭に疑問符を浮かべている。

「それについては俺から話そう。俺は知っての通りエドって言うんだが、元はクレイグという名前で帝国騎士の1人で、フレッドさんに命を救われている。それで騎士団を抜けてエドを名乗るようになったんだ」

「つまり、この街にこいつをクレイグと知る人間は俺以外いないはずだったんだ。だからクレイグの名を知るお前たちを帝国の人間で敵だと思っちまったってことだ」


「帝国の人間だって薄々勘づいていたのはどういう点ですか?」

クレイグの名前以外にもフレッドがクリスたちを帝国の人間だと疑った理由があるなら、それを知っておくべきだとクリスは思った。

「お前がモネの葉を全く知らなかったこと。それにオコイの実ってクリスが話してただろ?あれは帝国の騎士が持ち歩いてる痛み止めによく使われているんだ。だからもしかしたらってな」

十分気を使ったつもりでも僅かな疑念を抱かせて素性がバレてしまったことにクリスは落胆した。

今回はなぜか敵意を向けられてはいないが、帝国との戦いが実際に行われていたこの街で帝国の人間だと素性がバレることのリスクを再認して、クリスは己の無知を戒める。


「それでフレッドさん……俺、話があるんだ」

エドが沈痛な面持ちでフレッドに向き合う。

「お前がわざと足の怪我してるって話なら聞く気はねえ。早く治せ」

「えっ?」

エドは面食らって次の言葉が一気に吹き飛んでしまった。

「なんで、知ってたの?」


「気がつかねえわけないだろ。大方俺の手伝いが嫌になったんだろうけど、無理に恩返しなんかいらねえから早く治さねえと変な癖ついちまうぞ」

フレッドの呆れたように、されど少し悲しげに告げる。

「お見通しで俺に付き合ってくれてたのか?」

「そうだ」


「でも違うんだ。この街を良くしたいと思うし、フレッドさんの手伝いも嫌じゃないんだ。ただ、もう俺は戦いたくなくて……多分近いうちにまた帝国と戦いが始まる。なんでわかるかって聞かれるとうまく説明できないけど、街とか国の動きを見てるとわかるんだ。それでその時、怪我してたら戦わなくて済むから」

フレッドは黙ってエドの言葉を噛み締める。

「でも、恩人のフレッドさんを騙して自分だけ逃げようって腹が弟分のレオンハルトの姿見てると無性に情けなくなった。これ以上恥晒すくらいなら、正直に話そうって思ったんだ。それでも立ち向かう勇気は持てないから、今日限りでこの街を去ろうと思う。都合がいいこと言ってるのはわかってるけど、それ以外もうないんだ。だから……」


「はあ……」

フレッドはとりわけ大きなため息をついた。

「俺がエドに用心棒的な部分を求めて、そのせいでそういう考えになってたなら謝る。だがな、俺はそんなことどうでもいいんだ。情けなかろうが戦わなかろうが、俺はお前と過ごしたこの5年、結構楽しかったんだ。だからそんなしょうもないこと言うな」

照れているのか、フレッドは途中から顔は窓の外に向いていた。

「しょうもないって……相変わらず手厳しいな」

エドは苦笑いしながらも、反応に困っていた。


「そりゃそうだろ。勝手に1人で抱えて相談の一つもあってよかったろ?」

「違う!恩があるから、これ以上頼ったら迷惑だって」

「それを決めるのはお前じゃねえ。俺はそうしたいと思ったことしかしねえ。助けたいと思ったから敵国の騎士を助けたし、この街で生きることの手伝いもした。見て見ぬ振りしたいと思ったからお前の足の怪我もとやかく問い詰めなかった。俺は俺のしたいようにしてるだけだ!だから、お前も恩とかそんなくだらねえこと言うな!」

フレッドの声は徐々にボリュームを上げ、怒鳴り声になっていた。


「でも」

「でもじゃねえ。お前は俺に恩があって俺のためにって行動してたのかもしれねえが、そんなもの俺は望んでねえんだ。俺に恩があるエドとしての立場じゃなく、クレイグという本当のお前はどうしたいんだ?」

「俺は……」

エドは言葉を詰まらせながらも、振り絞るように声を出した。

「この街にいたい。戦いたくないけど、フレッドさんにもっと恩を返したい」

「だったら街に残れ。そしてこの街良くするためにこれからも俺と働け」

「うん……うん」

フレッドも納得したように頷くと、エドの頭をポンと叩いた。

大男は2人並んで涙を流して笑い合っていた。


「とりあえず今日のところは帰るか」

トワがそっと囁くと、3人は頷いて静かにフレッドの家を後にした。

「ほったらかしにして悪かったな」

物音に気がついたフレッドが玄関まで来て声をかける。

「大丈夫ですよ。明日はまた今日と同じ時間でいいですか?」

「来てくれるのか?」

「もちろんです!まだ教えていただきたいこともたくさんありますし、話さなきゃいけないこともあります」

クリスは借りた本を掲げて笑って返事をする。


「そうか、ありがとう。じゃあまた明日な」

「はい、また明日」

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