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第20話 エドとレオンハルト

エドの問いに答えを見出せないまま、レオンハルトは立ち尽くしていた。

「なあレオンハルト」

はっとして目線を下ろすと、悲しげな顔のエドが映った。

「どうしたんだ?」

そんな表情の彼を見たことがなかったせいか、レオンハルトは自分がどんな表情をしているのかわからなくなった。

それでもエドの表情がさらに曇ったことから、彼の顔を鏡に映したような悲しく悩ましい表情だということは容易に想像がついた。


「アンナ先生は元気か?」

一見脈略の無い問いにレオンハルトは首を傾げる。

騎士団に入団した者はまずは見習いとして集団行動や基礎訓練がおこなわれる。

アンナはその指導者の1人だ。

「元気だと思いますよ。少なくとも私がこちらにくる直前までは見習い騎士を怒鳴りつける声が響いてましたから」

レオンハルトが懐かしさに顔を綻ばせると、エドの顔もいくらか明るさを取り戻した。


「それなら良かった」

「どう言うこと?」

「アンナ先生さ、見習い騎士が正式に部隊配属される時、いつも言ってたろ?『生きて帰ってこい』って。俺は死んだふりして、卑怯だし合わせる顔がねえなって」


『帝国のため、皇帝のため、家族のため、友のため、それぞれ大切な何かのためにこれから戦うことになります。しかし、それら全てはあなたがいればこそ成り立つのです。だから何よりあなた自身を大切にして、どんな時でも生きて帰ってくることを諦めないでください。また会いましょう』


それはアンナが見習い期間を終えた新兵を送り出す時にかける言葉だった。

クレイグの代から始まったその言葉はレオンハルトが騎士となった時もかけられた。

だからレオンハルトもアンナの言葉は印象に残っている。


正直なところ、レオンハルトはこの言葉を半分しか受け入れていなかった。

大切な何かのために戦い、命を賭すのであれば己を顧みる必要はないのではないか。

まだ青臭いレオンハルトはそんな燃えるような忠誠を帝国に誓っていた。

それが今は揺らいでいる。


少なくとも、自分が認知していた帝国は仮初であり、今自分が見えている帝国は命を賭すに値するかと言われると決めかねる。

こうした気づきは自身が見聞きして、その存在あればこそと考えるとアンナの言葉はあながち間違いではないような気がしてくる。


「少なくとも、何のために戦うかは今一度考え直したい。旅をして帝国の見え方は変わった。だがまだわからないことは多いし、皇帝の言葉も気になる。それに代々受け継いできた誇りや騎士団の仲間、考えるべき対象は山ほどあるんだ。結論を出すには足りないものだらけで、だから迷うんだと思う。」

「でもそれっていつになれば足りるかってわかんないだろ?それに多分一生わからない類のものだと思うぞ」

レオンハルトの理想に対してエドは現実を突きつける。


「それを言うなら今はまだ、結論を焦るタイミングじゃない。少なくともここで迷ったまま適当にそれらしい答えを出すのは嫌なんだ」

レオンハルトのある種の逃げ、先送りに対してクレイグは苦い表情を見せた。

「レオンハルトはやっぱり俺と違うわ。すごく……立派だよ。俺はそうやって考えることから逃げて、居心地よくて楽な方に流れた。それで全て捨ててこの街に居座ってる」

「でもそれは怪我を治療してもらった恩があるからじゃないか。それだって立派な」


「違うんだ!」

レオンハルトの言葉をエドは遮った。

「違う、そんな大層な男じゃない。恩を被って居座って、でも都合が悪くなったらまた逃げ出そうとしてるだけの情けないやつなんだよ」

「どう言うこと?」


「俺が思うに、あと1年。いや、早くて半年もすればまた帝国との戦いが始まる。最近、色々とそういうやばい噂も聞こえ出してるんだ。そうなった時に俺はこの町のために戦えない!戦いたくない。だからわざと足を怪我して、理由つけては悪化させて、そのうち癖になって激しい動きはできないとか適当な理由でっち上げて逃げるつもりだったんだよ」

エドは話しながら自分の醜悪さに嫌悪した。

レオンハルトの心配するような眼差しも自分の愚かさを引き立てるようで居心地が悪い。


「でも、レオンハルト見てて思ったよ。こんな情けない自分がいい格好したまま終わるような真似やめるわ。俺はフレッドさんに謝ってこの街でる。戦うのはやっぱり嫌だけど、これ以上恩人に嘘ついてまで居座ってられるほど恥知らずうにはなりたくない」

エドは杖を使って立ち上がろうとする。

レオンハルトはそれに手を差し出したが、エドがその手を取ることはなかった。


「お前に出会ってしまったせいで、騎士の誇りに触れ直したせいで、こんな思いしちまった。お前と再会しなきゃ良かったのに……でもありがとう」

「私はクレイグに憧れてあなたのようにありたいと、そう願って騎士になったんだ。だから私は……俺はクレイグにそんな思いをさせたかったんじゃない。そんなふうに言われたかったわけじゃない」

レオンハルトの目尻には涙が溜まっている。


「ありがとうな、本当に。俺が自分で殺してしまった俺をお前は守ってくれてたんだろ?もう死んだそいつを俺の代わりにこれからも大切にしてやってくれ」

エドはそんなレオンハルトの頭をポンと優しく叩いた。

その衝撃で溜まって涙がせきを切ったよう流れ始める。

「帰ろう」

エドは入り組んだ路地裏を最短距離でフレッドの家を目指した。

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