第4話 弟子入り志願
路地裏は建物に囲まれて一日中日陰だった。
早朝の肌寒い時間を越えれば寒暖の変化はほぼなく、静かで過ごしやすい空間だ。
朝からそこに腰をかけて、開かない扉をじっと見つめているクリスもそんなこの場所を気に入り始めていた。
クリスはフレッドへの弟子入りをきっかけにトワを診てもらおうという算段のため、フレッドの元を訪れていた。
なるべく機嫌を損ねないように常識的な時間帯に扉を叩いてみたが返事はなく、そのまま数時間の待ちぼうけを食らっている。
無造作に寄せ集められた瓦礫の中でもとりわけ大きく、安定したものを選んで椅子代わりに座っているとだんだんお尻や背中が痛くなる。
立ち上がると今日何度目かの伸びをして体の凝りをほぐす。
目一杯両手を空へと伸ばして全身を大きくそらすと建物の間から青々とした空が見える。
心地よさを伴いながら徐々に視線を下ろす。
クリスの目の前にある建物は、屋上の策が途中で折れて無くなっていたり、壁に穴が空いていたり、灰一色の外面と合わさって、途端にどん底のようだった。
「てめえはそこで何してんだ」
目線を屋上から下ろして、さらに底、いつの間にかフレッドがクリスのすぐそばに立っていた。
「フレッドさん、こんにちは」
なんて事のない、路地裏の雰囲気に合わせた落ち着いた挨拶。
フレッドは動揺したように、おう、と小さく返す。
しかしすぐに気を取り直すとクリスの目の前にある扉を開けて家へ入ろうとした。
「ちょっとだけ、話聞いてもらえませんか?」
クリスが慌てて問いかけるとフレッドは動作を止めないまま、昨日と同じ言葉を口にした。
「昨日も言ったが時間がねえんだ。帰んな」
フレッドはゆっくりとしかし躊躇いなく扉を閉めようとした。
クリスが手をかけると、扉を引く力はふっと消え、代わりに振り向き座間に睨まれた。
「そこをなんとかお願いします」
扉の内側に捩じ込むように頭を下げてクリスは微動だにしなかった。
「どけ、そのままじゃ首挟むぞ」
呆れたようにフレッドはつぶやくが、依然として扉に力は加えられていない。
「じゃあ」
クリスは頭をねじ込んだまま、上目遣いにフレッドを見る。
しかしフレッドは扉から手を離し、そのまま家の中へと歩き始めていた。
「聞く気はねえ。荷物を取りに戻っただけでこれからまたすぐ出る。邪魔だから帰れ」
支える手がなくなった扉はゆっくり、力無く閉じていき、それをクリスの左頬が受け止めた。
仕方なく、午前中と同じ瓦礫に座って数分待っていると、フレッドは宣言通りすぐに出てきた。
その両手にはバケツとシャベルが握られていた。
「どこに行くんですか?お供しますよ」
クリスは両手を前に差し出し、持っていたものを受け取ろうとしたが、フレッドはそっぽを向いて歩き始めてしまう。
「医師以外の仕事もしているんですね」
返事はない。
「午前中は回診だったんですか?」
やはり返事はない。
いっそこのままトワのことを話そうかという考えが頭をよぎる。
しかし、今の状態でその話をしても信じてもらうことは愚か、フレッドの気分を損ねることに繋がると思い自重する。
すでにかなり損なわれているであろうフレッドの機嫌がどうすればよくなるのか、あるいは素でそういう性格なのか、何もわからないままにクリスはフレッドの3歩後ろついていった。
着いたのは街の西側、つまり街の中でもより国境に近い場所だった。
大通りを左に一本入ってみると、そこには小さな瓦礫の山ができていた。
すぐ横には剥き出しの一室があり、その瓦礫がこの部屋を包む壁であったことが窺える。
その一室はボロボロの机と足が折れて倒れ果てた椅子が並び、ガラスの破片は散乱し部屋の隅には蜘蛛の巣が張っている。
すぐそばのかつて壁だったと思われる石屑と合わさって荒廃の象徴として存在感を放っている。
フレッドは手近にあった石のかけらを拾い上げるとバケツの中に入れていく。
バケツより少し大きいサイズうの岩は一旦道の端に避け、砂利ともつかない砂はシャベルですくうとまたバケツへと入れた。
クリスは一緒になって瓦礫の撤去を始める。
フレッドがチラリとクリスを横目に見ると、クリスも視線を合わせにいく。
それを避けるようにフレッドは視線を逸らして立ち上がると、道の脇にある袋小路にバケツをひっくり返した。
こんもりと出来上がった砂利の山は時間が経つごとにその標高が増していった。
ひとしきり細かいものを避け終えて、残ったのは道の真ん中に居座る大きな岩のみになった。
フレッドが1人持ち上げようと岩の両端に手を回す。
それをみてクリスは反対側に回って、同じように岩の両端を持つ。
「てめえ、こんなことして何の徳があるってんだよ」
腰をかがめて構えたままの状態でフレッドがボソリとつぶやいた。
同じように屈んで顔を突き合わせていたクリスにはその声で十分届いていたので、少し目線を上げてフレッドを見やる。
「いないよりはマシだったでしょう。これで、フレッドさん1人でやるよりも少し時間ができた。だから僕の話聞いてもらえませんか?」
その言葉を聞いてフレッドは笑いにも似たような息をふっと吐くと突然声を上げた。
「せーのっ」
クリスは鈍い反応でワンテンポ遅れながら岩を持ち上げるように力を入れる。
しかし岩は次第にクリスの手から離れていく。
徐々に力が入らなくなった手は空白を抱き、空っぽのまま起き上がる。
岩はフレッド1人の力で悠々と抱えられていた。
「いないよりはマシだが、いたところで大した足しにはならん」
フレッドは少し勝ち誇った表情で笑って見せると、袋小路に蓋をするように岩と立てかけた。
「とはいえ、手伝ってもらったのも事実、一言だけなら聞いてやろう。ほら」
また一言、ここでトワのことを語るには、一言では足りないことはすでに知っている。
だからクリスは用意したとっておきの言葉を口にした。
「僕を弟子にしてください!」




