第2話 医師・フレッド
その老人は190cm近い上背があり、屈強な筋肉を纏っていた。
健康的でハリのある肌はほんのり日焼けしており、眉間にくっきりと寄せられたシワは威圧的だった。
「エド、俺が行くから家で待ってろっつってんだろ」
発せられる声はとても低く地鳴りのように響き、エドと呼ばれた杖の男を見る目は鋭い。
しかしながらそれらに悪意や敵意のような攻撃性は感じられず、かといってやはり、優しさ一辺倒というわけではなかった。
クリスはその様子を最初は恐れながら見ていたが、やがて老人の内に潜む本意を察し、一人得心した。
「でも、やっぱりリハビリというか、体は動かさないと鈍っちゃうし」
エドもまた、老人の想いの真なる部分を読み取り、その上でおどけて見せる。
「リハビリにだって然るべき時期があるんだ。てめえの勝手な判断で悪化したらどうすんだよ」
老人は舌打ち混じりに苦言を呈する。
クリスは二人の姿が駄々っ子とそれを注意する親の様に見えて、思わず笑みを浮かべる。
「で、そっちの2人は何なんだ?ここらじゃ見ねえ顔だが、エドのつれか?」
老人と目があったクリスは慌てて上がっていた口角を元に戻す。
「いや、俺もそこでばったり会っただけで、なんかフレッドさんに用があるんだってさ」
エドはそれだけ伝えるとクリスへ目線をよこした。
それを合図と受け取り、クリスは口を開く。
「実は、フレッドさんにどうしても診てもらいたくて別の街から来たんです。診てもらいたいのはこちらのトワって子で」
そういうとクリスは隣に立つトワを紹介するように手で示した。
フレッドは黙ったままトワを一瞥する。
その様子を確認して、クリスはそのまま言葉を続ける。
「突然押しかけてしまってすみません。ですが、どうしても診ていただきたいのです。フレッドさんが何でも治せる万能の医師だとお伺いしたので」
そこでフレッドはわざとらしく、大きな音を立てて舌打ちをした。
併せて威嚇するように爪先を数回地面に打ち付ける。
「どこの誰が言ったか知らねえが、そんなガセ情報のために旅してきたとはご苦労だったな。生憎そんな名医はここにはいねえよ。まあ世界中探したっていねえだろうけどよ」
フレッドはそのまま踵を返すと、玄関から続く廊下の奥へと歩いていく。
「エド、お前は入ってこい。元々この後行く予定だったからな。診てやるよ」
「そりゃそうでしょう。診てもらいにきたんだから」
「てめえ、俺がもう少し早く家出てたら入れ違いの無駄足踏んでたんだぞ。いい加減にしろよ」
「はいはい」
じゃれ合うように言葉を重ねながら、エドは足を引きずり玄関を入っていく。
そんな2人の様子を見てクリスは再び声を上げた。
「あの、フレッドさん、エドさんの後でいいので診てもらえませんか?」
廊下はほんのり薄暗く、数歩先にいるフレッドがあまりに遠く見えた。
その分だけ、声を張り上げたが、影から帰ってきたの声は先程と変わらない大きさと低さだった。
「この馬鹿診た後は街へ出て回診だ。というか本当は今から出てこいつのとこにもいくつもりだった。だから見る暇はねえ」
「それじゃあ明日でも明後日でも、しばらくこの街に滞在するので時間ができたタイミングでお願いします」
フレッドの反応が想定より芳しくないせいで、クリスは焦っていた。
「明日も明後日もその先も、この街には診なきゃならない人が大勢いるんだ。どうせ万能でも名医でもねえんだ。他あたりな」
それでもクリスは引き下がれない。
もちろんトワも同じ気持ちだった。
「お願いします。私の話だけでも聞いてもらえませんか?どこか家へ向かう途中、歩きながらでもいいんです」
「じゃあ、お嬢ちゃんの悪いところ、一言で今言ってくれや」
「えっ?あっ、実は私は」
突然のことに戸惑って2人ともうまく状況を説明できないでいた。
悪いところという言葉はトワの抱える症状とあまりにもかけ離れていた。
それを説明するためには、常識を超えた現象を伝えるための行動が必要かもしれない。
それを理解してもらうには、トワが抱える痛ましい過去を伝える必要があるかもしれない。
少なくとも、事実に納得してもらうには一言では足りなさすぎた。
そんな2人の様子を知り目に、フレッドは呆れたようなため息をついた。
「わざわざ旅してくるほどなのに何なんだよ?それに、ちゃんと診てないから断言はできないが俺の見立てではお嬢ちゃんは治さなきゃならないようなところ、何一つねえぞ」
フレッドは廊下の突き当たりにある部屋の扉を半分閉めながらクリスとトワを追い返すように手で払い除ける仕草を見せた。
「ちゃんと玄関の扉閉めてくれよ。野良猫でも入ってきちまったら困るからよ」
その直後、扉はパタリと優しく閉められる。
クリスとトワは引き下がれない思いを持ちながらも、フレッドの有無を言わせぬ仕草に一旦、戦略を立て直すことにした。




