第7話 夜明けの畑
翌朝、カイルはいつも通り、夜明けと共に目を覚ました。
城にいた頃はマルスと共に、ストレッチから始まりランニング、軽い稽古が日課になっていた。
とりあえずベットから出てみたものの、慣れない土地で勝手に出歩くのも憚られてしばし壁にもたれかかる。
(せっかくだから、このままもう一眠りするのも悪くないかな)
カイルは再びベットに入ろうと、掛け布団に手をかけた。
しかしそこで、別れの前日、マルスからかけられた言葉を思い出してぴたりと動きを止める。
『お前が訛ってたら宰相になんかしてやらねえからな』
(兄さんはきっと今頃鍛錬を始めてるはずだ)
思い立つと同時に玄関の扉を開く。
心地良い海風が頬を撫でる。
西の海はまだ暗いが、代わりに住民が眠る家々は朝日に照らされていた。
昨晩抱いた不安や疎外感も一晩寝たことと今朝の心地良さでいくらかマシになっていた。
カイルは村の様子を見るために、適当に散歩を始めた。
アリスが案内してくれるという話を忘れたわけではないが、やはり身についた習慣は忘れられず、体を動かさずにはいられなかったのだ。
数分歩いたところで村の折り返しまで到達し、カイルは改めてこの村の小ささを実感する。
そのまま民家を通り越して歩いていると、少し離れた場所に畑を見つけた。
目を凝らすとどうやら、1人の老人が畑仕事をしているようだった。
距離はそれなりに離れていたし、見ず知らずの人といきなり2人きりで話すのは気が引けた。
カイルはこのまま立ち去ろうと元来た道へ向き直ろうとしたが、タイミング悪く老人がカイルに気がついたようだった。
実際にお互いがお互いのことをどの程度視認できているかわからない距離感で、しばし沈黙が流れる。
流石に無視して村へ引き返すことは憚られ、ゆっくりとカイルは老人に近づき始めた。
「お前さん、何者だ?」
顔がはっきりと見える距離までくると老人はぶっきらぼうに言葉を吐き捨てた。
「昨日この村に来たカイルって言います。よろしくお願いします」
時間をかけて近づく間に考えたいくつかの自己紹介の中で、最も簡素な挨拶をカイルは選んだ。
老人にかけられた言葉が気に入らなかったわけではなく、老人があまり多くの説明を望まないだろうとカイルが判断したからだ。
老人はそれだけ聞くと、ああと呟き、畑仕事を再開する。
美しい緑色の葉をつけた植物に対して、丁寧に手を添えると老人はそのまま動かなくなる。
老人の名前を聞くべきか、このまま立ち去るべきかカイルは逡巡した。
どちらもあまり気乗りしない選択だったが、この場に立ち尽くしたままというのもあまり好ましくないように思え、とりあえず老人に声をかけることにする。
「あの、すみません」
老人からは返事がない。
「すみません!」
カイルは少し離れた民家に気を遣いあながらも声量を上げて老人を呼びかける。
「うるせえ!今話ししてんだよ」
老人はカイルを怒鳴りつけると、再び植物へと向き直り、そっと植物へ手を差し伸べた。
確かに大声は出したが、いきなり怒鳴りつけられたのは納得がいかなかった。
それに老人は話をしていると言ったが、ここには老人とカイルしかいない。
声をかければまた怒鳴られるのではないかと尻込みしながらも、引き下がれないカイルは老人の方へジリジリと歩みよった。
その気配に気がついた老人はすくと立ち上がりカイルをにらむ。
「まだ何か用かよ」
「こちらにだけ名乗らせておくのは失礼では?」
「ああん?」
2人の間には一触即発の雰囲気が流れる。
「おーい」
そんな空気をかき消すように、村の方から明るい声がした。
声の主であるアリスはスタスタと2人の元へ駆け寄ると、不思議そうに顔を反復させながら2人の顔を交互に見る。
「お2人ともおはようございます。カイルさん、なんでこんなところにいるんですか?」
「アリスこそ、朝早くにどうしたの?」
「私はジルおじいさんの畑仕事を手伝うのが日課なんですよ」
アリスが老人を手で指し、カイルはそれを受けて老人の顔を見る。
「ジルだ。よろしくな」
不服そうな顔で最低限の挨拶を交わすと、老人は再び畑仕事を始めた。
しゃがみ側に老人が小さく舌打ちをしたようにカイルには聞こえたが、アリスは何も聞こえなかったのか、笑顔のまま話を進める。
「ここにあるのはジルおじいさんの畑で、私たちの食糧を育ててもらっているんですよ。おじいさん以外にも、それぞれが自分に合った仕事をして、なるべく自給自足できるようにと助けあってるんです。私はまだ16だし、これといって得意なこともないからこうしていろんな人のところを巡ってお手伝いって感じ」
アリスは頭をくしゃくしゃかきながら恥ずかしそうにいう。
「カイルも最初のうちは私と一緒にお手伝いして回りませんか?それでそのうちやりたいこととか見つけたら、それで村に貢献してくれたら嬉しいなって……半人前の私がいうのもお恥ずかしいですけどね」
照れているのか小さくペロリと舌を出して笑うアリスの頬はうっすら桃色に染まっていた。
「そうですね。それじゃあお言葉に甘えて、このまま俺も畑仕事手伝いますよ」
ジルと話すことには乗り気ではなかったが、このまま家に戻ってアリスが畑仕事を終えるまでのんびりしているのも気が引けたので話の流れに乗って仕事を手伝うことにした。
「喋ってないで手伝うならさっさと手伝ってくれ」
ジルは相変わらず吐き捨てるような口調だったが、アリスに対してはどこか棘がない印象を受けてカイルはくすりと笑いを漏らす。
それを聞いたジルがまた舌打ちをしたように聞こえたが、気にすることなく、アリスに習って畑仕事を始めることにした。




