第6話 最初の夜
民家や灯りがもう目の前というところまでたどり着いた。
アリスの顔も明るく照らされ、すっかりはっきりと見えるようになった。
ぽつぽつとまばらに並んでいる家の中でも一番大きな建物の前でアリスがくるりと身を翻す。
「ようこそ、我らがリメリ村へ。そしてこちらが今日から一緒に暮らす愉快な住人たちです」
わざとらしい深々とした礼に始まり、アリスは家の扉を開いた。
中からは明るい光が漏れ、騒がしい声が聞こえる。
覗いてみると人々が円を描くように床に座っていた。
この建物自体が集会所のような施設なのだろう、余分な仕切りがなく広々とした空間が広がっている。
「おお、待ちくたびれたぞアリス」
1人の男が立ち上がると、手招きしながら入り口へ向かってきた。
「お父さん、お待たせー」
アリスは少し甘えるように間延びした返事をする。
「兄ちゃんもさみいだろ、早く中に入れよ」
アリスの父親に招かれるままに、部屋に入ると、円を囲んでいた人々は皆カイルの方に向き直る。
「待ってたよ。ほら、ここに座って座って」
初老の男性が自分の横にある座布団をポンポンと叩く。
カイルは一斉に注がれた視線と、自分の異物感に居心地の悪さを覚えならがも、指定された場所に座った。
その間、何人かがすれ違いざまによろしくと声をかけてきたので、その度に軽い会釈を返した。
「私はデイビット。一応、この村を取り仕切っている。突然のことで戸惑っているとは思うけど、助け合って仲良くやっていけたら嬉しく思うよ」
初老の男性はカイルが座ると自己紹介をし、右手を前に伸ばしてきた。
「あっ、どうも、カイルです。よろしくお願いします」
差し出された手に戸惑いながらも握る。
デイビットはそれを受けて安堵するとともに、力強く手を握り返してきた。
「ここに集まっているのが、今日からカイルと一緒に暮らす仲間たちだ。みんなそれぞれ理由があってここで暮らしているが、心根の優しい人ばかりだ。何かあれば誰でもいいから相談してくれ」
周囲を見回すと、20人弱の姿が確認できた。
その中にはアリスとその父親が談笑している姿もある。
アリスが言っていたように、成人している人がほとんどで、同年代の姿は見当たらなかった。
「みんな、今日から新しく村の一員となるカイルだ。早く村の生活に馴染めるよう、みんなで手助けしてほしい。よろしく頼むよ」
デイビットが言うと同時に一同はおーと大声を出したり、よろしくと手を振ったりしてきた。
カイルは面食らいながらもペコペコと頭を下げる。
「カイル、みんなに一言挨拶してもらえるか?」
突然の提案に戸惑い、とりあえず立ち上がる。
「カイルと言います。これからよろしくお願いします」
沈黙を嫌ってとりあえず話し始めたが、特に喋りたいことも出てこず、当たり障りない最低限の挨拶だけになってしまった。
「この村全体でこれだけなんですか?」
座りながら尋ねるとデイビットは首を横に振った。
「いや、ここには来てない人も何人かいるからもう少し多いよ。とは言っても、彼らも用事があったり、こういう大人数での宴会を好まないだけで、君を歓迎していないわけではないから、明日以降見かけたら声をかけてみてほしい」
「……はい」
「それと、この村だけで自給自足していくのは厳しいから、定期的にお役人さんが食料や生活に必要なもの、それに本なんかの娯楽を持ってきてくれるんだ。そうしたお役人さんもこの村の事情を知って協力してくれているから、彼らも村の一員と言えるかもしれないね」
カイルにはそんな話はどうでもよかった。
目の前の雰囲気も、村の話も自分の異物感や疎外感を際立たせるだけで、あまり楽しいものではない。
「個別に自己紹介を、と思ったが、カイルも長旅で疲れてるだろう。騒々しくしてしまってすまないね。顔合わせは明日以降、個別にゆっくりでいいから今日のところはもう休むかい?」
カイルの雰囲気を察してデイビットが提案する。
「そうですね。お言葉に甘えて……」
「アリス!カイル君を家まで送ってやってくれ」
返事を聞くとすぐにデイビットがアリスを呼びつける。
会話を切り上げると、アリスはスッと立ち上がりトテトテと走り寄ってくる。
「それじゃあ行きましょう」
立ったまま前屈みになり、カイルに顔を近づける。
「ああ、うん」
気の抜けた返事をすると、デイビットに軽く会釈し、カイルは家を出て行った。
「ごめんなさいね、主役そっちのけで騒いじゃって」
「いや、別にそういうわけじゃ」
確かに、カイルの歓迎会というにはあんまりだった。
「でも、悪気があったわけじゃなくて、結構みんな喋りたがりで放っておくといつもあんな感じになっちゃうんです」
恥ずかしそうに耳にかかった髪の毛を弄りながら話す。
「それと、私ってば舞い上がっちゃって自己紹介があるって伝え忘れて……ごめんなさい。本当は事前に伝えて簡単でも考えておいてもらうはずだったのに」
今度は真剣な表情で深々と頭を下げてきた。
「そういうことだったんですね。あんまり突然だからびっくりしたけど、大丈夫ですよ」
「本当ですか?」
腰を曲げたまま、顔だけ上げて上目遣いでカイルを見つめる。
そのあどけない仕草に、つい顔を逸らしてしまう。
カイルがこれまでの人生で出会った女性たちと比べると、上品さはあまりないが、愛くるしさに溢れていて、その特別な雰囲気が魅力的だった。
アリスは不思議そうに首を傾げると、そのまま曲げていた腰を伸ばし、また歩き始めた。
「はい、ここがカイルさんのお家です」
集会所からすぐに辿り着くことができたその家は、村の西端にあった。
海まで近く、遮るものも何もないので、毎日綺麗な夕日が見られそうだとカイルは思った。
つい数刻前に見た夕日を思い出すと、心は平静さを取り戻す。
「明日は私が村を案内して、みなさんの紹介をするので、お昼前に伺いますね」
「えっ、ああ、うん」
思いがけない提案に驚きながらも、明日もアリスに会えることが素直に嬉しかった。
「それじゃあ、今夜はゆっくり休んでくださいね。おやすみなさい」
来た道に向き直りつつ、手を振るアリスを見送ってから、家の中に入ることにした。
これまでに感じたことのない疎外感や不安、そして喜びにカイルは自分の感情をうまく理解できなかった。
布団に入ってそれらを整理しようとしたが、気づいた時には深い眠りについていた。




