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第1話 血と定め

宰相は仄暗い廊下を歩いて地下室を目指している。

所長に預けたライアンの様子を確認するのはこれで三度目だった。

みるみるうちに心身を変化させる彼の姿に宰相は心躍らせていた。


「所長、私だ」

立て付けの悪い鉄の扉は耳障りな音を立てながらゆっくりと開かれる。

一歩中に足を踏み入れると異臭が鼻をつく。

「私だ。いないのか?」

宰相の声は部屋の奥まで響き渡る。

ずいぶん遠くまで伝わった声は何度か反響して消えていった。

この地下室の全容は宰相であっても把握していない。


部屋を照らす灯りはほとんどが消えていて、数メートル先までしか確認できない。

溶け切った蝋が燭台から垂れて固まっているところから、所長が替えの蝋燭を用意して灯りを灯すことを怠っているのだとわかる。

この地下室を自由に移動できるのは所長ただ1人であり、内部構造を完璧に把握している彼には移動用の灯りは不要だった。


少し奥から扉が開く音が聞こえた。

そしてカツ、カッツ、カツと不規則な足音がゆっくりと近づいてくる。

相変わらず清潔感のない男が目視できたのは、宰相の目の前まで近づいてからのことだった。


「これはこれは宰相殿。ご無沙汰しております」

下卑た笑顔を浮かべ、わざとらしく両手を胸の前で組んで擦り合わせる。

このような挨拶を最初に交わすのは所長の研究が宰相の一存で支えられていることを示す、形だけのやりとりだった。

この行動に一切の敬意がないことを宰相は知っていたし、所長もそれを取り繕うつもりはなかった。

しかし利害で一致した2人には形式ばかりのこの所作は何の意味も持っていなかったため、所長を咎めることはなかった。


「申し訳ございません。128番は今調整中でして、面会は日を改めていただけますでしょうか」

128番、ライアンが所長の元へ連れてこられた時につけられた番号だった。

所長にとって彼の名前はどうでもよく、必要なのは個体が識別できる番号と個体が示す結果だけだった。

「今日ならライアンと話ができると聞いていたが、何か不測の事態が発生したのか?」

秘密裏に建てられた施設の訪問ということもあり、宰相は細心の注意を払ってこの地下室を訪れていた。

にも関わらず、目的が果たせないとあっては宰相は内心穏やかではいられなかった。


「はい。しかし良い意味での不測です。128番ですがここに来て想像を超えるペースに適合が進んでおりまして、投薬間隔を詰めるフェーズに入りました。やはり宰相殿のお眼鏡にかなっただけのことはありますね」

「では投薬間隔がズレたことで今日も投薬になったと?」

「左様でございます」

ふう、と宰相は一息吐く。

想定を超える実験の進捗を前に、怒りはすでに収まっていた。


「所長よ、この研究が身を結び、我が目的が果たされた時、何を望む?」

研究の成功を前にして、宰相は所長が望むものを問いかける。

「私は何も望みません。研究が身を結べばそれで十分です。私の先祖が成しえなかったこの研究を成就させること、ただそれだけが望みです」

「昔から変わらんな」

「話はそれだけですか?」

一分一秒を惜しむように今度は所長が苛立ち始めた。


「急ぐことがあるのか?」

実際のところ、宰相は所長が日々どのような行動をしているか知らなかった。

研究という一言で括られているが実際には投薬やデータの収集等、多岐に渡るのだろう。

しかし門外漢である宰相はその全てを把握していないし、また所長もそれらを逐一説明しなかった。

所長と宰相はただ一つ、不死の兵隊を生み出すという点で結ばれていた


「急ぐことがないというのは、ゆっくりしていい理由にはなりません。1秒でも長くデータを分析し、最適解を導き続けなければならないのです。それに今この瞬間も私は汚名を背負っているのです。早くこの研究を完成させなければなりません。我が先祖の誤りに満ちた研究を否定しなければ」

「誤り?」

「そうです。私の先祖は不老不死の研究をあと一歩のところまで完成させたと思い込んでいました。しかしそれは全くの間違い勘違い。先祖の研究は欠陥だらけだった。時代の違いはあったかもしれませんが、それは言い訳になりません。私は許せないのです!私に流れる血に、そのような誤った結論を導き出すような愚か者の血が流れていることが!だから私は自身の手で先祖を超越し、己の研究者としての存在を示さなくてはならないのです」


宰相には言っている意味のほとんどがわからなかった。

ただ、自らの先祖が導いた誤りを自身の手で正すことで、己を証明するという点だけは同意できた。

「そうか、邪魔をしてすまなかったな。また遣いをやる。その時にライアンとの面会日を決めさせてもらおう。次は確実に頼むぞ」

「ご理解いただきありがとうございます。128番についても今後は気をつけるようにします。ただし、あくまでも研究が最優先であるということはお忘れなきよう、お願いいたします」

「……わかった」


宰相は立て付けの悪い扉を閉じると、湿った地下道を1人進み始めた。

先程、所長が話していた血族と己の存在について考えると、否応なく自身の出生と宿願が呼び起こされる。

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