第14話 3つの情報
噴水でトワと話した後、お湯を浴びて冷えた体をしっかりと温め、それから夕食をご馳走になった。
部屋でくつろいでいるとクリスの部屋の扉が優しく叩かれた。
訪ねてきたのはトワだった。
「これから、女王様に警護の件の断りを入れに行くんだが、一緒に来ないか?」
「それって、僕が行ってもいいものなのかな?」
その問いかけにトワは少しムッとする。
「またすぐにそういうことを言う。君が行きたいかどうかを私は訊ねているんだぞ」
「……そうだね、ごめん。じゃあ一緒に行くよ。2人にも声をかけたの?」
「ああ。エマはもう寝てて返事がなかった。レオンハルトには断られたよ」
グレースがいる執務室に向かう途中の廊下は静かだった。
ほとんどの部屋は明かりが消えており、廊下は月明かりに照らされている。
その一番奥にある部屋だけは暖かい明かりが漏れ出ており、かすかに談笑する声が聞こえた。
スッと陰からフロウが現れた。
驚いて声をあげそうになったクリスの口をフロウが抑える。
「驚かせてすまねえが、今日のところは引き返してくれ。護衛の話なら明日改めて時間を設けるからよ」
「奥で何かあるのか?」
「半年ぶりの親子水いらずだ。邪魔しないでほしい」
フロウの言葉と途切れない笑い声に2人は状況を察した。
「確かにそれは邪魔できないな。クリス、出直そう」
「そうだね」
「恩にきるよ」
静かにその場を後にするクリスに向かって、フロウが静かに言葉を付け足す。
「それと、昼は意地の悪いこと言って悪かったな。まあぶっちゃけ、あんまり悪いとは思ってないけど」
「いえ、おかげで色々と考えることができました。ありがとうございました」
控えめな声と裏腹に大きくお辞儀をするとクリスは去っていった。
***
「と言うわけで、この後、新ためて出直すんだがエマはどうする?」
翌朝、朝食を終えるとトワがエマに声をかけた。
「ごめん。この後、僕ちょっと用事があってさ、2人で行ってきてよ」
エマは両手をパンッと合わせて謝る。
「そうか? ならクリスと2人で行ってくるよ……エマも一緒に旅を続けてくれてありがとう。これからもよろしくな」
「なーに水臭いこと言ってるのさ。嫌だって言われてもついて行くんだから、これからもよろしくね!」
***
執務室で待っていたグレースはいつになく上機嫌だった。
「実は昨晩、娘と久しぶりに話をすることができました。これも皆様が娘を外へ連れていってくれたからです。本当にありがとうございます」
グレースの深々としたおじぎに2人とも恐縮してしまう。
「そんなことありません。レジーナが自分の力で克服したんですから、私たちはきっかけに過ぎませんよ」
「それでも、そのきっかけは私には作れませんでした。母親を心配させたくなかったと、昨日娘の口から聞かされましたが、なかなかうまくいかないものですわね」
深いため息をつくグレースだったが、顔は穏やかだった。
「それで、お話というのは護衛の件でしょうか?」
「はい、せっかくのお話ではありますが、私たちはこれまで通り4人で旅をしたいと考えています。ご好意を無下にしてしまいすみません」
トワとクリスは申し訳なさそうに頭を下げる。
「いえ、こちらこそ出過ぎたことを言ってしまい申し訳ありません。ですが、私たちはいつだって皆様の味方ですので、何かあればいつでもおっしゃってくださいね」
グレースはトワに両手を差し出した。
「ありがとうございます」
トワはその手をとると、強く握手を交わす。
「早速ですが、不老不死に関する情報をいくつか集めましたのでお伝えしますわ」
城を最初に訪ねた日から、グレースが方々に指示した結果、幾つかの情報が寄せられていた。
「1つ目はこの国から北西に位置するモナベッラという街に、なんでも治す万能の医師がいるという噂です。名前はフレッド、老年の男性です。もちろん、不老不死を治したことはないと思いますが、トワ様のお体がどのようになっているか、フレッド医師ならわかるかもしれません」
「確かに、この体をちゃんと調べてもらったことはないな……ありがとうございます」
「ただ、このモナベッラは国境間近の街でして、治安の面でやや不安が……それにフレッド医師について信頼に足る人物かまだ確証が得られておりません」
グレースは不確定な材料の多さに恐縮している。
「いえ、むしろこの短時間でこんな情報を集めていただけてありがたい限りです」
「2つ目は、さらに曖昧な情報で申し訳ないのですが、お聞きになりますか?」
「どんな些細な情報でも、ぜひ聞かせてください」
「わかりました。こちらは、北東の果てにある海岸で不老不死について研究している若者がいると言う噂です」
「不老不死の研究ですか……」
300年前に行われた非人道な実験がトワの脳裏によぎる。
「はい。それ以上の詳細な情報は何も得られておりませんが、若者が1人で岬の研究所に篭っていると言う話です」
「なるほど……」
「そして3つ目」
ここでグレースは一度言葉に詰まる。
トワの表情を確認した上で、申し訳なさそうに続きを話し始めた。
「これまで以上に不明瞭かつ聞いてて気持ちの良いものではないですが、念の為お伝えしておきます。どんな物でも必ず切ってしまう剣の伝説です。その剣で一度切ったものは二度と元には戻せないそうです。もしかしたら、トワ様の不老不死さえもこの剣では意味をなさないのかも……失礼しました」
言い終えると同時に、良心の呵責から謝罪を付け足す。
治す手段ではなく殺す手段の情報であること、その手段が非常に残酷であることにグレースは心を痛ませている。
「それも、私の望むものであることには変わりないです。その剣がどこにあるかはわかってるのですか?」
「いえ、伝説自体は連邦の北部全域に伝わるもので、どこにあるかは全く。しかし、こんな話を伝えておいて言えた立場ではないですが、この方法は危険すぎます」
「わかっています。もちろん、この方法を試さないにこしたことはありません。しかし、これ以外に手がないのであれば、私はその剣で自らを断つことも厭いません」
この言葉にはクリスもグレースも穏やかではいられなかった。
しかし、300年を孤独に生きてきたトワを諫める言葉は誰も持ち合わせていない。
「そうですか……3つとも、より詳細な情報が分かりましたら随時使いをやってお伝えします。どうか、トワ様の不老不死が安らかな方法で解決することを祈っております」
「ありがとうございます」
***
その後もしばらく出発の日程などについて話してから、2人は執務室を後にした。
「クリス、3つも情報をもらったわけだが、どれから行く?」
トワは試すようにクリスに目を向ける。
「僕は」
話を聞いた時から、クリス自身が行きたい場所は決まっていた。
その場所をクリス自身の意思でトワに伝える。
「フレッド医師のところに行きたい。それが一番安全そうだし、僕がフレッド医師に会ってみたいんだ」
「よし、そうしよう」
次の目的地が決まった。




