第13話 トワとクリス
「どうしたんだ、そんなところにしゃがみ込んで」
落ち着いた声音でトワはゆっくりと近づく。
「……」
クリスが言葉を出せずにいると、そのままトワはクリスの隣に座った。
「実はさっきな、フロウから聞いたんだ」
続きを聞かなくても何の話かクリスには理解できた。
「どうすることにしたの」
この期に及んで意思決定をトワへ委ねている事実に、クリスは心の底から自己嫌悪した。
しかし、それ以外の言葉を出せなかった。
「ほんの少し前に聞かされたんだ。まだ悩み中だよ」
断ったと言ってくれればどれだけ楽だっただろうか。
自分の意思に関係なく、トワが求めてくれればどれだけ嬉しかっただろうか。
淡い期待が砕かれて、落胆する。
そんな自分が情けなくてたまらなかった。
「クリスも既に知っていたんだろう? クリスはどうするんだ?」
フロウから投げかけられた物と同じ問いに閉口する。
トワはそれ以上何も語らない。
ただ黙って、クリスの言葉を待っている。
「なんで、僕に聞くのさ」
根負けして振り絞った言葉は昼にフロウへした返事と変わらなかった。
「なんでってそれは当たり前だろう? この旅は2人で始めたんだから、クリスの意見も大切じゃないか」
「でも、この旅はトワの不老不死を治すための旅だから……」
これ以上は良くない、そう思っても堰を切った言葉はもう止められなかった。
「何の役にも立ってない僕の意見なんか重要じゃない!」
結局、情けない言葉を口にしてしまう。
「クリス、君は役に立ってないなんてことはないぞ」
結局、トワに優しい言葉を口にさせてしまう。
そうやって誰かにフォローしてもらわないと、自信を喪失した自分をうまく保てないから。
トワと初めて出会った時、その身の上を知った時、純粋に可哀想だと思った。助けてあげたいと思った。
その気持ちに嘘はない。
その役目が自分しかいないと勘違いしてしまった。
そして軽率に動いてしまった。
「私たちが初めて会った時、君は私の傷を手当てしてくれた。私のために騎士に立ち向かってくれた」
「私の傷は放っといてもそのうち治る。でも、君が治療してくれたから、痛みがとても軽くなった。私の味方をしてくれる人は何百年ぶりで、心がとても安らいだ」
そう、それで役に立てると思い上がってしまったのだ。
たまたまあの場所にいたのが僕だっただけで、本当は他の誰かでもトワを助けられた。
「2人で酒場で働いて楽しかった。クリスが作ってくれた料理は美味しかったし、それまで食べていた冷えた残飯と違って暖かかった」
だけどそこまでだ。
僕が役に立ったと曲がりなりにも言えるのは。
「君は突然襲ってきたジェンセンに対しても、最初から優しかったな」
3人から敵意を向けられているのが気の毒だったから。
気の毒で、無自覚のうちにそういう都合の良い立ち位置を選んでいた。
「だから私は迷ったんだ」
何に?
「私の旅についてきてくれているのは、同情からくる優しさで、もっと困っている人を見つけたらその人の助けになろうとするんじゃないか、とな。旅立つ時に言ったみたいに、君は私と一緒にいるべきではないのかもしれないと」
トワがそんな風に思っていたことを僕は知らなかった。
「ソネラではみんなでジェシカのために全力を尽くしたな。やっぱり君は誰にだって優しいんだ」
それは僕だけじゃない。
それに僕は、トワを選べなかった。
ジェシカとトワの命を天秤にかけて、トワ自身がそれを選択したからという大義名分の名の下に死なないトワの命を軽んじた。
「私は想像通り、君を困らせてしまった。結果的に助かったが、あのまま崖の底まで落ちてそのままお別れになってしまっても、それはそれで仕方のないことかもしれないと思っていた」
僕は自分の事ばかりで何も気付いていなかった。
「でも結果として私は助かった。それどころか不死鳥から羽根を貰うことができた。君のおかげだよ」
「違う」
「違わないさ。君が私を助けたあの時から今日までは全部繋がっているんだ。それまでの私は他人に裏切られたことがトラウマで、人を寄せ付けないようにしていた。でも、君と出会ってから人をまた信じられるようになったんだ。だから……」
だから?
「この国の騎士たちを信じてみてもいいと思っている」
また、聞きたくない言葉だ。
期待していた分、落胆も大きい。
そしてその言葉を拒む自分が情けない。
「クリス、君はどうしたい?」
また、聞かれたくない言葉だ。
予想していたけど、耐えられない。
そして何も言えない自分がもどかしい。
役に立てない自分が何かを言って拒絶されるのが怖くて。
そんなことない、と言わせた自分が選択するのはおこがましくて。
誰かのためと言いながら自分のことしか考えてなくて、何も選ばないという自分を守る選択肢ばかり選んできて、そんな僕じゃトワと旅は続けられない。
トワはそれ以上何も語らなかった。
全て伝えたという満足げな顔で、でもどこか寂しげな顔で星が瞬きだした空を見上げた。
どうせ役に立たないけど、どうせ選ばなければならないなら、最後くらいちゃんと自分で……
「一緒に旅したい」
喉でつっかえたその声は掠れて、情けない程にか細く弱々しい。
それでもすぐ隣のトワには届いていた。
「私もだ」
聞きたかった言葉、待ち望んだ言葉。
なのに弱い僕はそれを断ち切るように見せかけの言葉を口にする。
「でも……」
「まだ役に立つとか立たないとかくだらないことを言っているのか? 私は君を利用したいと思ったことはない。君に何かして欲しいんじゃない。ただ、一緒に旅して側にいて欲しいんだ」
勢いに任せて早口で言い終えると、トワは恥ずかしそうに俯く。
「ずっと1人でいた私に人といる安心感を教えてくれたのは君だ。だからクリスにもエマにもレオンハルトにも一緒にいて欲しい」
また言わせてしまった。
ようやく選べたのに。
「もしそれでも役に立たないことが気になるなら、どうすれば役に立てるか考えるんだ。君に選びたい選択肢があって、それを邪魔する不安があるなら、そんなもの蹴散らしてみせろ。そして堂々と一緒に私と、私たちと旅するんだ」
クリスはハッとして顔をあげる。
「そうか、僕は旅をしたかったのに、旅をできない理由ばかり考えていたのか」
そしてできない理由を打ち消す言葉を他人に求めていた。
だから、他人に優しい言葉を言わせるような、自分のことを否定するような言葉ばかり選んで意味ありげに呟いていた。
「心底、自分が情けないよ」
「それはまた、私と旅ができない理由か?」
トワは悪戯っぽく笑う。
「そうだよ。だから、これも蹴散らさないとね」
多分、この場の雰囲気にあてられて、柄にもなく前向きなことを言っているんだと思う。
明日になれば、せっかく得た今の前向きさも失われるのかもしれない。
でも、こうしないとトワの側に居られないなら、少しずつ変わっていくしかない。
散々悩んで自分の気持ちをようやく吐露できた。
願いを叶えるために何をするべきかトワが教えてくれた。
いい加減、覚悟を決めるべきだ。
これは誰かに慰めを言わせたいんじゃない。
圧倒的に恥ずかしい事実。
どこまでも、恥知らずな宣誓。
「僕はトワと旅を続けたい。今は役に立てないけどいつか何か役に立てるように努力する。だから一緒に旅をしてほしいんだ」
「役に立つ必要などないと言っているのに」
呆れた顔で笑いながらトワは立ち上がる。
ポンポンとお尻に着いた土を払うとクリスに手を差し伸べた。
「さあ、行こう」
僕はトワの手をしっかりと握った。




