第11話 それに意味があるならば
商店が立ち並ぶ通りは人で溢れかえっていた。
人が増えれば増えるほど風に乗る声も増えるが、一方ですぐ近くの話し声も同じようによく耳に届く。
雑踏の中においては、それを掻き分けて耳に届く程の強い力が風にも必要だ。
そのためか、風下でただ言葉を受けていた時よりもレジーナは幾分か平静を取り戻していた。
「ところで、今日はなにを買う予定なのですか?」
両側からの話にうわ言のような相槌を打つだけだったレジーナも今では自分から話を振れる状態に回復していた。
「今日はねー、よっしょ。このリストにある物を買う予定だよ」
エマはポケットからしわくちゃに丸められた紙を取り出した。
「まずは薬とか包帯。これはクリスがいないとわからないこともあるから、今日は一旦このメモにある分だけ買う予定。それからカンヅメ? って日持ちする食べ物買おうと思ってるんだ」
「缶詰ですか。確かに長旅なら重宝するかもしれませんね」
「でも僕たち缶詰なんてここに来るまで知らなかったよ」
アルフで自給自足の暮らしをしていたエマや、街を避けて生活していたトワにとって、缶詰は未知の存在だった。
ヴァルナメリアへ向かう道中、フロウから聞かされて存在を知った2人は好奇心半分で缶詰を買うことにしていた。
「私は食べたことないですが、すごいですよね。長期間食べ物を保存できるなんて。瓶詰めもあるらしいですけど、お店に並んでるんでしょうか?」
「確かに、フロウも割と最近できた技術と言っていたな。一般にはあまり普及していないのだろうか?」
「お店に行ってみればわかりますわ。お店に入れば風も吹かないですし、早速向かってみましょう!」
レジーナは人波に逆らって歩みを早めた。
「待ってくれ、先に薬屋じゃなかったのか?」
「あら、そうでしたわね」
***
「リストのものはだいたい買えたな」
元々街に出たのが遅かったため、陽は既に沈みかけていた。
「缶詰が見つからなかったのは残念だったけどね」
他の買い物を一通り済ませてからも、何店舗か探してみたが缶詰は結局見つけられなかった。
「一般流通はしていないのでしょうね……騎士団の遠征などで使われている技術なんでしょうか」
「残念だな」
「フロウに言えば一個くらい分けてもらえないかな?」
冗談を交わしていると、ふとトワが立ち止まる。
「何か叫び声しないか?」
2人も止まって耳を澄ませてみるが、なにも聞こえない。
「多分こっちだ。女性の声がする」
トワが向かった先には確かに叫んでいる女性がいた。
「ニコラ! お願い、返事をして!」
「どうかされたんですか?」
駆け寄ったトワが声をかけると、憔悴した表情の女性が振り向いた。
「息子とはぐれてしまって、赤い服を着たこれくらいの男の子なんですが、見ませんでしたか?」
女性は自身の腰くらいに手を合わせて息子の大きさを示す。
3人は顔を見合わせるが、誰も見た覚えはなかった。
無言の3人に女性は落胆する。
「そうですか……」
「僕たちも探すの手伝いますよ」
エマはすかさず提案した。
「本当ですか? ありがとうございます」
トワとレジーナも頷く。
「じゃあ、見つけるか30分経ったらまたここに集合ということで」
女性は息子が行きそうなところをエマ達はそれ以外を手当たり次第探すことにした。
街に不慣れなトワとエマは自分たちが迷子にならないように、レジーナと逸れないように気をつけながら周囲を探す。
「エマさんはお優しいですね」
「そんなことないよ。僕が言わなかったら2人だって同じこと言ってたでしょ?」
「でも、そこですぐに言葉を出せるところがエマさんの美徳ですわ」
「僕も昔迷子になったことがあるから、多分それで不安な気持ちとかがわかるんだよ。それにあんまり考えなしに行動するのは、つい最近怒られたばかりだから治さないとなんだよね」
エマは照れて恥ずかしそうに笑う。
夕日に照らされる街はお昼ほど人出は多くないが、それでもあちこちに人がいた。
この人混みにあっては少年の姿を目視するのは難しいだろう。
「トワ、男の子の泣き声とか聞こえない?」
1番耳の良いトワに聞いてみるが首は横に振られた。
「別に人よりちょっと耳が良いくらいだから、大した役には立たないぞ。それより、あっちの小道とかも見てみよう」
道を一本入ってみると、人影は一気に消えた。
建物に挟まれた道は影が濃く、その先はあまり良く見えない。
「この通りの先はどうなっているんだ?」
「あちら側にも大きくはないですが通りがあって、そちらに繋がっています」
「よし、そっちに行ってみよう」
小道を進み始めたところで強い向かい風が吹いた。
通りに吹いていた風が集約され、逃げ場なく一直線にレジーナへと突き刺さる。
『今日の売り上げも少ねえなあ』
『さっき街にお姫様いたらしいよ』
『マジ? なにしに来たんだろうね』
比較的風が弱く、2人と話すことで気を紛らわせられていたが、この日一番の不意打ちにレジーナはいきなり殴られたような強い衝撃を受けた。
「うっ……」
右手で口元を抑えてその場にしゃがみこむ。
「大丈夫か?」
慌てて振り返るトワだが、返事はない。
ゆっくりと深呼吸をしてみるが、動悸は治らない。
もう一度強い風が吹く。
言葉のナイフがレジーナの心を傷つけていく。
その中でレジーナは確かに少年が助けを求める声も聞いた。
『ママ……どこ?』
その声は泣き叫び疲れて枯れ果てたようなか細い声だった。
「レジーナ、しっかりして!」
「今……声が、聞こえ……ました」
レジーナは空いている左手で風上を指さす。
「あっちに、男の子が……いるはずです」
「じゃあ僕が探して来るから、トワはレジーナを診てて」
状況を理解して駆け出そうとするエマをレジーナが静止する。
「……私も、行きます」
「無茶するな」
「向こうの通りに出てから、もう一度声を聞かないと……正確な場所がわかりませんから……」
顔は青白く恐怖に染まっていたが、目には確固たる意思がこもっていた。
「わかった。限界になったら遠慮なく言ってくれ」
「ありがとうございます」
トワとエマは両側からレジーナに肩を貸すと、それを支えにレジーナはゆっくりと歩き始めた。
大通りに出ても少年の姿はなかった。
レジーナは覚悟を決めて耳を澄ませる。
風は小道にいた時よりは弱かったが、声は確かに聞こえてきた。
陰口、不平、不満、恨言、不安。
数多の声に傷つきながら、少年の助けをレジーナは聞き分けようとした。
そしてその声がついに聞こえた。
聞こえた方向へ風上へ分かれ道で再び声を聞いてまた声がした方向へ。
耐え難い苦痛と共に少年の元を目指す。
そしてようやく、声の主人を見つけ出した。
「レジーナ、大丈夫か?」
「ええ、なんとか」
あまりに多くの言葉を受けて、もはや感覚が麻痺していたのかもしれない。
頭はぼーっとし、相変わらず声は聞こえるが、何とか聞き流せている。
「なんであんなに無茶したんだ?」
「意味が欲しかったんです」
トワは不思議そうに顔を見上げる。
「こんな『祝福』という名の呪いを受けた意味が、誰かを助けられたら少しは自分のこの『祝福』を好きになれるんじゃないかと思いました」
「そうか……」
トワは優しく微笑む。
「レジーナは小さい声は大抵が秘密や陰口だって言ってたけど、きっと今日みたいに大声で助けを呼べない人もいるし、辛さや不安をこぼしてる人もいるんだと思う。聞こえる辛さはレジーナにしかわからないけど、迷子の少年を助けたのは確かにその『祝福』だったよ」
「……はい!」
その時、声が聞こえた。
ホッとして、不意に気が緩んだからだろうか。
聞き覚えがある声だったからだろうか。
その時、風が運んだ声はとても遠くから運ばれ、消えかけていたが、レジーナの耳に確かに届いた。
ちっぽけだが、初めての成功体験の直後だったからだろうか。
トワに自身の呪いを肯定されたからだろうか。
その声を聞いてレジーナはすぐに駆け寄るべきだと思った。
「トワさん、エマさんすみません。私、急用を思い出しました。先にお城に戻らせていただきます。その子のことお任せしてもよろしいですか?」
呆気に取られ、すぐに言葉が出ず、無言で頷くとレジーナはそのまま風のように走り去ってしまった。




