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第9話 フロウとクリス

「突然呼び出して悪かったな。王女様と買い物の予定だったんだろ?」

 廊下を歩きながらフロウが謝る。

 呼ばれるがままについてきたクリスは、行く先もわからないまま後ろをついていく。

 その後ろ、最後尾にはレオンハルトがいた。

「どこに向かってるんですか?」

「城の1番奥にある空き部屋だ。ちょっとばかし聞かれたくない話があってな。王女様が万に一つでも風から聞いちまったら半年ぶりの外出に水を差しちまうだろうからな」

 フロウは周囲に気を配りながらクリスの耳元で静かに囁く。


「なるほど」

 答えるとほぼ同時にこれから聞かされる話があまり楽しいものではないことに気が付き、憂鬱(ゆううつ)になる。

「まあ、良いも悪いも受け取り手次第ってところもあるからな。大抵の物事はそれ自体に大した意味はなくて誰がどう感じるかが重要だったりするし」

 誰かに届けたかったのだろうか、今度の言葉はやたらと大きく、所在なさげに霧散(むさん)した。


「ほら、入れよ」

 通された部屋は他の部屋と変わらず、掃除や手入れが行き届いていた。

 言われるがままに椅子に座って内装を見渡すと、他の部屋と大きくは変わらなかった。

「これだけ大きい城だと使われない部屋の方が多い。だけど侍女ちゃんが毎日欠かさず手入れしてるから綺麗なもんだろ」

 部屋の端に飾られた花は瑞々しく、生気を放っていた。


「まあ、俺は男3人でお花見にも散歩にもきたわけじゃねえ。いきなりだが本題に入らせてもらうぜ」

 フロウの表情が急に真面目になり、クリスは思わず身構えてしまう。

「トワのことだが、ヴェスティガッセ連邦にいる間はランフェイゲンの騎士で護衛をしてもいいって話になった。クリスはどう思う?」

 クリスには意味がよくわからなかった。

 どう思うもこう思うもないのではないか?


「なんで僕なんですか? トワのことじゃないですか。まずはトワに伝えるべきだし、それに僕がとやかくいう筋合いはないでしょう?」

 フロウはレオンハルトの方を向いて目配せする。

「な? 俺の言った通りだろ?」

「どういうことですか?」


「クリスが、決めるのは()じゃないって言うと思ってたってことだよ」

「そんなの当たり前じゃないですか」

 当たり前の反応をして予想通りと(あき)れられては、ますます納得いかなかった。

「俺はクリスにどう思うか聞いたんだよ。お前の気持ちを聞いているんだ。トワが決めるのなんて俺たちだってわかってんだよ」

 フロウの口調がやや荒くなる。


「だとしたら、僕の考えることじゃないってのが僕の気持ちってことじゃダメなんですか?」

 フロウに釣られてクリスの言葉も乱暴になる。

「じゃあ質問を変えてやるよ。トワはなんて答えると思う? トワが決めるってのがお前の答えなら、こっちの方が面白そうだ」

「面白そうってなんですか! トワはきっと……」


 きっと何と答えるだろか?

 大仰(おおぎょう)に騎士を連れて旅をするのは嫌がるだろう。

 だが、危険に(さら)されるリスクはこれまでより格段に減る。

 国のお墨付きもよりはっきりとした形でわかる。

 特殊な目的の旅だ、今よりはよほど快適かつ目的に近づきやすい旅になるのではないか?


 客観的に見てトワが申し出を断る理由はないように見えた。

 しかしそれはトワの結論とは違うようにも思えた。


 トワが断らなかったとして、僕たちはどうなる?

 トワが僕たちと一緒に旅をする理由はどこにある?

 僕より優れた人間が共に旅をすることになったとして、僕が旅する理由はどこにある?


「きっと、どうなんだよ?」

 たっぷり考える時間はやったとばかりにフロウが問い詰める。

 クリスにはまだ、答えがなかった。


「多分、同行した方がいいと思う」

「で、そうなったらお前はどうすんの?」

「僕は……」


 成り行きで始まった旅。

 楽しかったけど、身の丈に合わない日々。

 トワのためという気持ちに嘘はないが、それは僕の独りよがりで、僕という存在はトワの旅に必要ないんじゃないのか?


「なあクリス。ソネラでジェンセンの妹が生贄になるって時に、トワが身代わりになっただろ?」

「はい……それが何か?」

 あの時、何も言えなかったことがますますクリスの存在意義の輪郭を失わせている。

「俺は、お前はトワを止めるべきだったと思っている。というかそうするもんだと思っていた」

「なんでですか?」

 本当に理由がわからなかった。


「最初はお前とトワ2人で旅してただろ? だから1番付き合いは長いんだろうし、昨日今日あった他人の妹よりも特別な存在だと思ったからだ。もちろん、止めた上で結局トワが身代わりになるってのは十分あり得る話だが、レオンハルトに聞いたらほとんど止めることもなかったそうじゃないか」

「……だから薄情だって言いたいんですか?」


「そうじゃねえ。ただ、お前にとってトワがその程度の存在ならこの先辛いだけだって思ってんだよ。トワは特殊だ。だからまともな価値観じゃ考えられないような出来事が今後も起こるだろう。その度にトワとその他をバカ正直に天秤にかけてちゃ身が持たねえと思う。というか、何がなんでもトワを1番に考えられるようじゃなきゃ、こんな異常な旅、最後まで続けられねえぞ」


「ここらが潮時じゃねえのか? このタイミングなら、元通り村に帰ったってトワも責めやしねえだろ」

「厄介払いですか?」

 言いたい放題にクリスは苛立(いらだ)ちを抑えられなかった。

 それ以上に、フロウの言いたい放題に返す言葉が見つからないことが余計に腹立たしい。

「そういうわけじゃねえ。ずいぶんご立腹のようだが、トワがクリスに旅について来る来ないはどっちでもいいよって言ったとしたら、お前はどうするんだ? お前は結局大事なところを他人に任せて流されるままにただついて行ってるだけじゃねえのか?」


「フロウ、言い過ぎだ」

 白熱し出した2人を諌めるようにレオンハルトが口を挟む。

「レオンハルトさんはどうするんですか?」

 少し冷静さを取り戻しながら、クリスは訪ねる。


「俺は皇帝からの命がある。この先トワがどこの誰と旅をしようとも、同行あるいは尾行をする」

「その点についてはグレース女王も許可している。トワに関しては二国間の関係は無視して協力し合うことにした」

「そうなんですか……」


「クリス、さっきは俺も熱くなっちまったが、本当にお前のためを思ってるんだ。トワの命は不老不死であるが故に軽い。その軽さがこれからもお前を傷つけるかもしれないし、お前の選択がトワを傷つけるかもしれない。クリスは優しすぎる。全てを平等に見すぎる。ここらで俺らみたいに仕事と割り切れる大人にバトンタッチしても誰も責めやしねえってことだよ」


「クリス、何も今すぐ結論を出す必要はない。明日まで一日じっくり考えてもいいんだ。ただ、この件の結論は他の誰でもないクリス自身で決めてほしい。クリスが今後、旅に同行することを望むのか、村に帰ることを望むのか。後悔ないように考えてほしい。それがフロウと私の望むところだ」


「……わかりました」

 クリスは覇気のない返事と共にのっそりと立ち上がると、生気なく部屋を後にした。


「思った通りだったな」

 フロウは口元を釣り上げてにやけている。

「なんでトワはきっと断る、と言ってあげなかったんだ?」

「そりゃ、本人がそこまで思い至らないのにヒントをあげる筋合いはねえよ」

「そうやって反応を楽しんでいるだけでは?」

「そうかもな」


「でも、それくらい自分やトワのことを正しく認識できてないってことでもある。それは不幸なことだろ? どんな結論出すか楽しみだな」

 フロウは愉快そうにスキップしながら部屋を後にした。


「俺も……情がないわけじゃないんだがなあ」

 1人残ったレオンハルトは誰にも聞こえないようにそっと呟いた。

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