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第2話 抉る女

 2台の馬車が緑あふれる平原をゆったりと進んでいる。

 ヴァルナメリアを目指して早3日、街々を経由して一向は穏やかな旅をしていた。


「ねー、まだなの?」

 ただ馬車に揺られる旅に飽きたエマが退屈そうにしている。

「もうそろそろ、お城が見えてきますよ」

 (かご)の前方で手綱(たづな)を握る御者が答える。

 今日のうちにはランフェイゲン王国の首都であるヴァルナメリアに到着できるという話だった。


「ほら、左斜め前に見えてきました」

 御者(ぎょしゃ)が示した方向には、小さく城が見えた。

「おー! 豪華なお城じゃん! でも、まだまだ先って感じだね」

 遠目からはうっすらと城の上部が見えた。

 しかしそれ以上に面白いものではなく、エマは一瞥(いちべつ)するとすぐに顔を引っ込めて、もう一眠りしようと(まぶた)を閉じた。


 ズドン!

 目を閉じたと同時に大地が大きく揺れた。

 ヒヒーン!

 動揺して馬が立ち上がる。


「一体何事?」

 エマが再び顔を出すと、なだらかに続いていたはず平原が大きくお椀型に(えぐ)れていた。

 その中央には依然として土煙が立っており、黒い影が一つ見えるだけだ。


「馬車から降りて身の安全を確保しろ!」

 もう1台の馬車からフロウが降りると、エマたちに避難の指示を出した。

 一同は馬車の裏に隠れ、フロウは剣を構えてジリジリと影に寄っていく。


 影は動くことなく、しばらくすると土煙が晴れた。

 そこには1人の若い女性が立っていた。

「久しぶりだなあ、愛弟子よ」

 女性は豪快な笑い声をあげながら、斜面を登ってくる。

「し、師匠……」

 対照的にフロウの顔から余裕は消え、後退りをする。


「おいおい、何をぼさっとしているんだ。こうして会うのは10年ぶりくらいだろう。感動の抱擁(ほうよう)といこうじゃないか」

「いやいや、師匠、俺、今任務中なんすよ。だから積もる話は後にしてもらえませんか? というか後にしてください」

 ズイズイと距離を詰めてくるローレライに対して、フロウは両手を前に出して拒絶の意志を(あら)わにする。

 顔からは冷や汗がダラダラと垂れている。


「私はなあ、お前の任務を手伝いに来たんだよ。なに、ちゃんと女王様の許可も頂いている。心配なら一切いらんぞ」

「手伝いに来た人間はいきなり地面抉ったりしないんですよ!」

 抉れた地面を指差してフロウは叫ぶ。

 その様子を見てローレライは一層高らかに笑い声をあげた。


「フロウ、これはどういうことなんだ?」

 馬車の影に隠れていたトワが恐る恐る顔を出す。

「ああ、これは……すまん。でも敵襲ではなかったから大丈夫だ」

 振り返ったフロウの顔はどっと疲れた様子だった。



***



「あんなに焦ってるフロウさん初めて見ましたよ」

 再び動き出した馬車の中でクリスが話しかける。

 同じ馬車にはレオンハルトも乗っており、後ろを行く馬車にはトワとエマ、そしてローレライが乗っていた。


「恥ずかしいところ見せちまったな。でも誰だって苦手なものの一つや二つあるだろ? 師匠がそれなんだよ」

 フロウは柄にもなく本当に恥ずかしそうにしている。

「師匠ということは、何か師事していたのか?」

「そうだな。この仕事に関する大抵のことはあの人から教わったよ。10歳くらいから5年くらいかな? 地獄だったよ」

 フロウの目はどこか遠くを見つめている。


「10歳の頃からって……えっ? 師匠さんはおいくつなんですか?」

 クリスは頭の中で合わない計算を繰り返し、思わず訪ねてしまった。

「おいクリス、これは忠告だ。師匠の前で年齢の話はするな。殺されても文句言えねえぞ」

 フロウの表情は怯えに代わり、聞こえるはずもない後方の馬車に乗るローレライを警戒ように小声で耳打ちした。



***



「2人とも若くてすっごくきれ〜い。も〜可愛すぎて食べちゃいたいくらい!」

 後ろの馬車ではローレライがトワとエマを隅々まで観察していた。

 先程までの豪放磊落(ごうほうらいらく)な態度とはうって変わって、()びるような猫撫で声だった。


「エマちゃんは表情豊かよね〜。さっきの驚いた顔もすっごく良かったわ。それに笑顔もとっても素敵! いいわいいわ!」

「あ、ありがとうございます」

 エマは照れて顔を赤らめる。

 その表情がますますローレライのテンションを高めた。

「照れた顔も可愛い! (たま)らないわ!」


「でもローレライさんの方が表情豊かじゃないですか?」

 モジモジと頭をかきながらエマは思ったままを口にした。

「エマちゃんったら、ほんっとうに素敵な子ね」

 ローレライはこれ以上無い程に破顔し、エマに抱きつく。

「苦しい。苦しいです」

 腕の中でエマはもがいた。

 しかし一瞬で腕はとかれ、ローレライの興味はトワに移っていた。


「トワちゃんは肌がすべすべもちもちで瑞々しすぎ! 私も結構頑張ってるんだけど、やっぱり若さには敵わないなあ。お手入れとかどうやってるの?」

「これは……特に手入れとかは……」

 不老不死になったその日から、どんな傷も老いも退けてきた肉体は、10代前半の若さを保ち続けている。

 どのような手入れをしたとしても、それらは数時間後には無に帰し、望む望まぬに関わらず元通りの柔肌に戻ってしまう。

 トワにしてみれば、年と共に変化し、老いていく肉体の方がよほど羨ましかった。


「やっぱりその肌艶(はだつや)は不老不死のおかげなの?」

 ローレライの目が怪しく微笑んだ。

「知ってたんだな」

「だって、私もあなたたちの護衛を任されたのよ。護衛対象の情報くらい、頼まれなくってもかき集めるわ」

「だったら想像の通り、不老不死のおかげで肌は変化しない。もちろん、肌以外もだけど……」

 その言葉を聞いてローレライは羨望の眼差しを浴びせた。


「羨ましいわ。若くて最高の肉体を永遠のものにできるなんて。私なんて頑張ってなんとかこんな見た目してるけど、老いの波はどんどん加速してくるものなのよ」

「私はそうは思えないな……」

「せっかく手に入れた力なんだから余すことなく楽しんだらいいのに。死ぬ方法を探してるなんて私には考えられないわ」

 2人の視線がぶつかる。


「怒らせちゃった? だとしたらごめんなさい。私ってばすぐ余計なこと言っちゃって。でも、不機嫌な顔もやっぱり可愛いわ!」

 相手の感情などお構いなしに自分の感情を押し付ける姿は、ローレライの容姿をより一層幼くみせた。

 そして自分の感情を譲らないという点ではトワもまた同じである。

 ぶつかり合う視線にはそれぞれ強い圧があった。


「あー、それにしてもローレライさんのさっきのあれ、どうやったらできるんですか?」

 不穏な空気を断ち切るようにエマが話題を変える。

「え〜知りたい? 知りたい?」

 擦り付けるように顔を寄せる。


「知りたいです! だって地面抉れてましたし、ただ鍛えただけじゃあんなことできないですよね? あっもしかして『祝福』ってやつですか? すごいパンチが撃てるみたいな」

「んふふふふ〜。残念ながらハズレよ。それにしてもエマちゃんはこっちの人間じゃないのによく『祝福』なんて言葉知ってるわね」

「この前の村で初めて知りましたよ」

「そうらしいわね。不死鳥に出会ったなんて羨ましいわ〜」


「それで、結局どうやったんですか?」

「それは〜、ナイショよ」

 わざとらしく口に人差し指を当てると、ぱちんとウインクをしてみせた。

「えー、教えてくださいよ!」

「当てられたらちゃんと正解だって言ってあげるから、私が街にいる間にあててご覧なさい」


「さあ、もうすぐですよ!」

 御者の言葉を受けてエマが顔を出す。

「どれどれ、えっ!? 何これ!」

 ヴァルナメリア城が眼前にそびえ立っていた。

「こんなでかい建物見たことないや」

 エマは城の頂上からゆっくりと地面に向かって全貌(ぜんぼう)を確認する。

 ふと前方の馬車が目に止まった。

 するとクリスが同じように城を見あげていた。

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