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第3話 夕暮れの帰り道

 下山を始めたクリスの足取りは重い。

 山を駆け回ったことで全身を疲労感が襲ってくる。

 ぽつぽつと歩きながら考えるのは先程の少女のことだった。


 とても小さく華奢(きゃしゃ)な体は、全身傷だらけだった。

 大きな傷は無いが、あんなに激しい運動ができる状態でも無いはずだ。

 それに背中には何か鋭いもの、例えば(とが)った枝などが刺さったような傷があり、そこに合う形で服に穴が空いていた。

 傷口自体は昨日今日できたものではなさそうだったが、裏を返せば少女は普段から怪我を繰り返して生きていることが推察(すいさつ)できる。


 ふと、クリスは少女の顔を思い出してしまう。

 気を失っている時は人形のように穏やかで、クッキーを一心不乱に頬張(ほおば)る時はあどけない子供のようで、別れを告げられた時は気品あふれる淑女(しゅくじょ)のようで、いくつもの表情に少女の実態が(つか)めなかった。

 あらゆることが謎に包まれている少女に少しだけ想いを()せる。


 なぜ少女は村へ行くことを拒んだのか。

 クリスがすぐに思いついたのは2つの理由だった。

 村の人に見つかりたくなかったか、急いで向かわなくてはならない場所があったか。いずれにしても今わかる話ではない。

 

 もう一つの疑問は彼女がどこから来たかということだ。

 少なくともクリスが住む村・アルフではないことは確かだ。

 アルフに住むほとんどの住人がクリスとは顔見知りの仲だが、彼女は見たことがなかった。

 そうなると今クリスがいる山の逆方向にある町から来たと考えるのが自然だろう。


 アルフは周囲を山に囲まれており、近隣で人が住んでいるのはこの山を超えた先にある町ただ一つだけだ。

 しかし、村から町までは少女の力では半日以上かかってしまう。

 それはクリス自身が身をもって知っている。

 だとすれば少女は陽が昇らないうちから山に入っていたという事になる。

 それに向かいの町から来たのであれば、彼女が向かった先がますますわからない。



***



 その後もクリスは色々と考えを巡らせながら歩き続けたが、結論には至らなかった。

 そして考えが詰まりきった頃、ようやく村へたどり着いていた。

 予定よりもかなり遅い到着となってしまい、村は夕日に包まれていた。


 リュックを一度背中から下ろし、その場で一息つく。

 溜まっていた疲労感がどっと湧き上がり、すぐにでもベッドに横になりたい気分だったが、今日のことを先生たちに話さないといけない。


 水を一口含んでから、もう一度リュックを背負い直そうとしたその矢先、背中に剣を突き付けられた。

「おっと止まれ」

 背筋を剣先が這う。

「貴様、怪しい奴め。どこのものだ」

 無理矢理低くしようとしているのか、妙な声色になっている。


 その様にならない声をクリスはよく知っている。

「エマ、ごめん、今日はそんな元気ないんだ」

 騎士を志すエマは度々こういった『ごっこ遊び』の悪戯(いたずら)を仕掛けてくる。

 昔は一緒になって遊んでいたが、最近は適当にあしらうことが増えたし、今日はなおさら付き合えるよううな元気はない。


「ちぇ、つまんないの。まぁいいや」

 口を尖らせながらエマが正面に回ってきた。

「うわぁ本当に疲労困憊(ひろうこんぱい)って顔だね。お疲れ様。リュック、僕が持つよ」

 背負いかけて止まっていたリュックをエマが取り上げる。

「ありがとう、今日は本当にクタクタなんだよ」


「よっしょっと。その割にはリュックは軽いみたいだけど、何かあったの?」

 少女を治療するためにそれなりに薬草を使ってしまった。

 そのうえ少女との追いかけっこのおかげで午後はろくに薬草を採取できなかった。

「結構ドタバタでね……診療所に着いたら話すよ」

 今すぐに言い訳しても良いのだが、診療所で同じ内容をもう一度先生に話すのは大変だと思い、話を先延ばしにする。


「ふうん。ところでさ、クッキーどうだった?」

 エマの問いにクリスの胸が少し痛んだ。

 空腹にあえぐ少女にあげたと言えば済む話ではあるものの、エマからの贈り物なんて滅多にないことで、それを食べ損なったという事実を知ったらエマはきっと悲しむだろう。

 そう思うと本当のことは言い出しにくく、つい嘘をついてしまう。


「あぁ……甘くて美味しかったよ」

「ふうん……そっか、じゃあまた気が向いたら作るよ」

 エマはそっけなく告げた。

「まぁ、結構作るの大変だし、気が向くのは当分先かも知れないけどね」

 エマはクリスの顔を見て悪戯っぽく笑いかけた。

 その表情にクリスの胸はさらに傷んだ。



***



「……ということなんですよ」

 クリスは山で出会った少女について、先生とエマに話した。

「そんなことがあったとはね。特徴を聞く限り、やはりこの村の人ではなさそうだね」

 先生は腕を組んで考え込みながら話す。


「クリスも言ってくれたように、その子は町の方からきた可能性は高いだろうね……明日の捜索に参加できそうな人へは今晩中に声かけしておくよ」

「ありがとうございます」

 クリスは疲労から、力なさげに答えた。


「しかしクリスが追いつけないなんて、その子めちゃくちゃ足速かったんだね」

「あぁ……」

 少女の走りを思い出す。

 単純な速さだけではなく、なりふり構わないがむしゃらさのようなものがあった。

「まぁそんなに落ち込まないでさ、明日また頑張ろうよ」

 エマはポンっとクリスの肩を叩いた。

「……そうだね。絶対見つけるよ!」


「ご飯できたわよ!」

 台所から先生の奥さんの声が聞こえた。

「クリス君も疲れてるだろうし、食べていっちゃいなさいな」

「ありがとうございます!」

 先程までより少し元気を取り戻した声で、クリスは答えた。

「エマはお皿持ってくの手伝ってね」

「はーい」

 エマは素直に返事をするとトテトテと台所へ走っていった。


 賑やかな夕食を終えるとクリスは家に帰り、体を綺麗にするとすぐに深い眠りについた。

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