第14話 その炎は誰の手に
陽が落ちかけて空が赤く染まった村を人々は慌ただしく移動している。
「あと30分もすれば、ほとんどの住民は東の集会所に避難完了します」
クリスはジェンセンの家で作戦を練るフロウに報告する。
「ごくろーさん。クリスたちも一緒に避難していてくれ」
フロウは地図から目を離さずに告げた。
「フロウさん、本当にそこなら安全なんですかね?」
武器を手入れしている不安そうにジェンセンが尋ねる。
「お前の情報が確かなら、敵は南の林から侵入してくるだろう。奴らの狙いが不死鳥ならそのまま真っ直ぐ北上するだから村の東西に避けてれば比較的安全だろう」
ジェンセンはほっと胸を撫で下ろす。
「もっとも、この村が戦場になる以上、どこに居たって絶対に安全と言い切れるわけじゃねえ。もちろん、避難所に敵をやらねえように立ち回るが万が一はある。だから比較的腕の立つ盗賊もどきのお前ら3人は南北の通りと避難所との中間地点あたりで万が一に備えてくれ」
「わかりました」
武器を持つ手に自然と力が入る。
「それからクリス、お前ももしもの時は自分の身は自分で守ってくれ。無理に他の人間は助けなくていい。まずは自分の身の安全だ」
フロウの表情はどこか浮かなく、遠くを見つめているように映った。
「……わかりました。ところで、敵は不死鳥が北の祭壇にいるって知らないんじゃないですか?」
クリスは自然な疑問を投げかけた。
不死鳥の所在はジェームズが話していない限りは村人しか知らないはずだ。
「それなら問題はない。敵は夜間を狙ってくるだろう。そうなれば昼夜問わず明るく燃えている不死鳥に自然と気がつくはずだ」
レオンハルトの補足にクリスはなるほどと頷いた。
夜を迎えた村は物音ひとつなかった。
避難所を含めて村中の明かりは消えていたが、避難している村人たちは恐怖から一睡もできずにいる。
フロウはリゲルが派遣した力自慢の男数名と共に林の近辺で待機をしている。
その数十メートル後方にある民家の屋根の上でリゲルは弓を持って様子を伺っている。
そして、不死鳥が眠る北の祭壇ではレオンハルトが立っていた。
林の奥でわずかに炎がゆらめく。
盗賊団ゴライアスの侵攻だった。
フロウの合図に合わせて林の前で待機していた男たちは臨戦体制をとる。
「タイラーさん、見えてきましたぜ」
ゴライアスの下っ端が首領タイラーに声を掛ける。
「んなもん、言われなくてもわかってんだよ」
タイラーはおおきく振りかぶって拳骨を下っ端に浴びせた。
「ジェームズの話じゃ北の祭壇に不死鳥はいるらしいじゃねえか。一直線に突っ切るぞ!」
50名ほどの盗賊団の隊列は足音を立てないように静かに歩を進めた。
「よし、くるぞ」
盗賊団の先頭が村にひっそりと入ってきた。
それに合わせてフロウたちは一斉に襲い掛かり、先頭集団を即座に鎮圧する。
「待ち伏せされてます! 不意打ちを受けました!」
襲われた盗賊は後方へと声を大にした。
「お前ら! 走れ! もうバレてんなら遠慮はいらねえ。邪魔する奴は全員殺せ!」
隊列の中程にいたタイラーはさらに大きな声で叫んだ。
それに合わせて盗賊たちは隊列を乱しながら一気に駆け出した。
「おいおい、一気に来ちまったよ」
さすがのフロウといえども、一度に数十名を相手に戦うことはできず、多くの盗賊が村へ侵入してしまった。
「させませんよ」
弓兵リゲルは盗賊たちが持つ松明の僅かな灯りを頼りに弓を引き絞る。
そして一直線に走る単調な的の動きを予測して矢を放った。
矢継ぎ早に放たれる放物線はどれもが見事に盗賊の足を捉え、鎮静化に成功していた。
「ざっとこんなもんでしょう。ったく何やってんだよフロウさん」
足を抑えてのたうち回る盗賊を見下ろしながら、リゲルはひっそりと悪態をついた。
***
大方の盗賊は既に無力化されていたものの混乱に乗じて暗闇に姿を隠した男がいた。
首領タイラーである。
部下全員を囮に使うことで林から西へと逸れることでフロウの網を掻い潜った。
「なんだってあんな手練れがいるんだよ。ジェームズのやつがちくったにしても準備が早すぎる……不死鳥と関係してるのか? とはいえ人手は少ねえみてえだしこのまま獲物を奪ってトンズラさせてもらうとするか」
既に松明は捨てているが、ただ一点明るく光る不死鳥を目印とすることで迷わずに進んでいる。
これによってリゲルの目からも逃れていた。
フロウたちが倒した盗賊の捕縛に時間を要している間にひっそりと着実に不死鳥へと迫った。
***
「一瞬、騒がしくなったと思ったらすぐに静かになったなあ」
避難所ではクリスが周囲に異常がないか目を凝らしている。
エマ、トワと一緒に建物のすぐ側を警護し、さらにその数メートル西側にジェンセンたちが構えているという布陣だ。
「エマ、そっちは異常ない?」
クリスが反対側を見張っているエマに声をかけたが、返事はなかった。
「エマ? 何かあったの?」
慌てて反対側に回るクリスだったが、エマの姿が消えていた。
「トワ、ちょっと来て! エマがいなくなったんだ」
「なんだと」
「まさか、戦いに行ったとか……」
「その可能性は大いにあるな」
昼間、フロウにたしなめられた後のエマは明らかに様子がおかしかった。
「さっきまでは居たから、まだ遠くには行ってないはずだ。探しに行って連れ戻さないと」
クリスは今にも駆け出しそうだった。
「慌てるなクリス。私たちがここを離れるわけには行かない」
トワもエマを連れ戻したい気持ちは同じだったが、避難所を離れることは憚られ、クリスを嗜める。
「ここは俺が見とくんで行ってください」
声をかけたのは先ほどまで寝込んでいたジェームズだった。
「ジェームズさん、こんな体で無茶はダメですよ」
ジェームズの体は至る所に包帯が巻かれ、腫れがひかない右目は未だにほとんど開いていなかった。
「いや、俺が原因で今回の襲撃は起こってるんだ。俺が何もせず寝込むなんてできねえよ」
「でも……」
「すまないがジェームズの好きにさせてやってくれねえか?」
今度は暗闇からジェンセンが出てきた。
「ジェンセン、持ち場はいいのか?」
「あまり良くはないけどよ、さっきエマが北の祭壇方面に向かってる姿が見えたからまさかと思って確認にな。避難所周りの警護なら、ジョンをこっちに連れてくるからジェームズと2人で任せてやってほしい。あらかた戦いはケリがついたみたいだし問題ないだろう。お前さんたちはエマのやつが下手な真似しないうちに連れ戻してやってくれ」
「わかりました。トワ、行こう」
「ああ」
***
エマは1人北の祭壇を目指していた。
(レオンハルト1人で祭壇を警護してるらしいし、そこならあまり敵も来ないってことで一緒に戦わせてくれるはずだ)
エマは一心不乱に駆けた。
(着いたっと。レオンハルト以外いないな。よし)
祭壇付近の物陰に隠れて様子を伺う。
不死鳥の炎はレオンハルト1人だけを照らしていた。
「そこにいるのはわかっている。出てこい」
レオンハルトは物陰語りかけた。
(うわー、僕がいるって気がついたんだ。レオンハルトってやっぱすごいんだなあ)
エマが白々しく出て行こうとした時、西側の物陰から巨漢が姿を現した。
1人不死鳥を求めて侵攻していた首領タイラーだった。
「よく気がついたなあ。イケメンのにいちゃんよ。お見事だ。が大人しく退いた方が身のためだぜ」
「貴様1人のようだが、仲間を囮にしてきたのか?」
「だったらなんだよ。さっさとどかねえとその顔、二度と人前に出せねえようにメチャクチャにしちまうぞ」
タイラーの両拳から腕にかけて鋼鉄のガントレットが装着されていた。
禍々しい棘がいくつもついており、必要以上に角ばったフォルムは身を守るためではなく、他人を傷つけるための装備に他ならなかった。
タイラーは左右の拳を威嚇するように合わせる。
ガチンと鈍い金属音が響き、それが戦いの火蓋を切った。




