第13話 エマの憧れ
エマが初めて騎士に憧れを抱いたのは彼女が6歳の時だった。
それはヘイダで行われたお祭りの催しで騎士団の模擬戦を見た時のことだ。
それまで騎士というものの存在さえ知らなかった彼女は一瞬でその姿に魅了された。
アルフの村という狭い世界しか知らなかった彼女にとって、その出会いは鮮烈で刺激的で熱狂をもたらした。
「僕も大きくなったら騎士になる!」
模擬戦を見終わると、近くで警備をしていた騎士に高らかに宣言をした。
「じゃあ沢山ご飯を食べて、よく運動をして、強くなろうね。大きくなって君が騎士になるのを待ってるよ」
騎士の男は笑顔で答えた。
この催し自体が騎士団の宣伝を兼ねたものだったので、周囲には同じ様に夢を語る子ども達の姿が多く見られた。
この日から今日までエマは鍛錬を欠かさなかった。
そんなエマを両親は優しく見守った。
もともと腕白でいつも外を走り回っているような我が子だったので、診療所を継ぐことは無いというのも覚悟していた。
だから今はただ夢に向かうひたむきな姿を応援したいと、エマに寄り添った。
「昔、騎士団に所属していらっしゃったんですよね。どうか娘に剣術を指南してくれませんでしょうか」
父親は1人で棒切れを振り回す娘を不憫に思い、村に住む老人に頼み込んだ。
「実の所、私は事務方だったので剣術はそもそも経験ないんですよ。残念ですが他の方を当たってください」
唯一剣術を知っていそうな人物からの断りに父親は落胆した。
しかし、そのまま諦めることはできなかった。
「そこをなんとかなりませんかね。子どもにちょっとしたことを教えるだけでいいんです。もちろん月謝も払いますので」
「……わかりました。素人の指導なので何の成果も保証できませんが、それで宜しければ」
熱意に押される形で老人は渋々、剣術の師範を受託した。
***
最初の頃こそ適当なアドバイスをするだけ、素人から見ても明らかにおかしな動きを訂正するだけだったが、エマのひたむきな姿勢や屈託のない笑顔に老人は次第に感化されていった。
老人はかつての騎士団のつてを辿って剣術の指南書を仕入れ、独学で剣術を学んだ。
「先生、今日もありがとうございました」
エマは老人を信じて足繁く道場に通った。
道場の噂は徐々に広がり、剣術に興味を持った子どもや運動不足のお年寄りと幅広い門下生が増えた。
その中においてエマ常に、一番強い門下生だった。
エマは道場以外にも野山を駆け回って運動をしていた。
隣にはいつもクリスがいた。
「エマちゃんが怪我したら僕が治してあげるね」
無茶ばかりで生傷の絶えないエマの後ろを追いかけるクリスは常に応急手当ての道具を持ち歩いていた。
「じゃあさじゃあさ、クリスも騎士団入ろうよ。なんて名前か忘れちゃったけど、騎士団専属のお医者さんがいるんだって。だからクリスもそれになって一緒に戦おうよ」
「僕、戦いって怖くて嫌だな。だからエマちゃんのお父さんみたいに村のお医者さんになりたいんだ」
エマはクリスの答えを聞いて口を尖らせる。
「ちぇ、つまんないの。まあでも、そうなったらこの村は騎士になった僕がしっかり守ってあげるから、クリスに怖い思いはさせないよ」
パチンと左目を瞑ってウインクして見せる。
エマはいつだって騎士の鎧に身を包み、華麗な身のこなしで悪党を退治して村を守る姿を夢見ていた。
***
駐在する騎士がいないアルフの村において、エマは毎年ヘイダで行われる祭りに連れて行ってもらうことで憧れの騎士と触れ合う機会を得ていた。
ところがエマが12歳の年、ちょっとした風邪の流行から診療所は忙しくなり、祭りへ行くどころではなくなってしまった。
「エマ、怒られちゃうからやめようよ」
「大丈夫だって、僕は鍛えてるからクリスを守ってあげるよ」
エマはどうしても祭りで騎士を見ることが諦められず、クリスを連れて2人きりで山を越えようとしていた。
ちょっとした冒険感覚でエマは山を駆けた。
「ほら、全然大丈夫じゃんか」
遊びでも利用する見慣れた道を通りながらエマは自信満々に振る舞う。
その様子に感化され、クリスも怒られる恐怖心から未知に挑む好奇心へと心変わりしていた。
次第に森は深く道は険しくなったが、鳥のさざめきや美しい草花、見たことのない昆虫に2人は心躍らせた。
「ほらね、大丈夫だって言ったじゃん」
2人は無事にヘイダに到着した。
寄り道を繰り返したせいで既に夕暮れだった。
騎士団の模擬戦は見られなかったが、それ以上に大人の力を借りずに辿り着いたという充足感に満ちていた。
2人は名残り惜しむような祭りの喧騒へと溶け込んだ。
今日の冒険を自慢げに語り合いながら、屋台を楽しんだ頃には陽も落ちて本格的に暗くなってきた。
「今日は楽しかったね。じゃあそろそろ帰ろっか」
りんご飴を手に持ったエマは満足そうだ。
「そうだね。そろそろ帰らないと心配かけちゃうもんね」
クリスは眠たそうにあくびをしている。
「じゃあ行こう!」
エマは来た道を引き返す。
しかし山の麓へは辿り着けない。
小さくてわかりやすい道しかないアルフでも、最適化された一本道が続く山道でもなく、ここはある程度栄えた町だった。
道が入り組んでいる場所もあれば、画一的で混乱を招く似た風景も多い。
「ねえエマ、この道あってるの?」
祭りの灯りはどんどん消えていき、一気に夜が訪れる。
「わかんない……わかんないよ!」
エマは目に溜まった大粒の涙をなんとか堪えている。
「エマ……ううっ……」
エマの姿に影響されてクリスの方が先に泣き出してしまう。
その声を聞いて堰が切れた様にエマも泣き始めた。
「君たち、もしかして迷子かな?」
道路に響く2つの泣き声を聞きつけて、1人の女性騎士が声をかけた。
「僕たち、アルフから来たんだけど山に帰る道がわかんなくて……」
泣きじゃくるエマの代わりにクリスが答える。
「お父さんやお母さんは一緒じゃないのかな?」
首を大きく横に振る。
「じゃあ今日はもう暗くなってるから、明日お姉さんと一緒にアルフに戻ろうね。今日は騎士団のお家でお泊まりしよう。私はアンナよ。2人のお名前教えてくれるかな?」
女性騎士は明るい声色で2人に優しく語りかけた。
「僕はエマ」
「僕はクリスです」
2人はアンナの醸しだす温かい雰囲気に落ち着きを取り戻していた。
「エマちゃん、クリス君、よろしくね。じゃあ行こっか」
アンナは両手で2人それぞれの手を握ると、明るく鼻歌を歌いながら騎士団の詰所まで連れて行ってくれた。
「すごーい! ここで騎士は寝てるの?」
詰所に着く頃にはエマはすっかり元気を取り戻しており、普段見ることのできない騎士団の生活風景に興奮していた。
「ここで暮らしているわけじゃないけどね。休憩所みたいな感じかな」
アンナは棚をゴソゴソと漁ると、お菓子を取り出してきた。
「お腹空いてるでしょう。ご飯買ってきてあげるからちょっとこれで我慢しててね。アンダーソン君、ちょっと留守番頼めるかしら」
「もちろん、構いませんよ」
部屋の奥から大柄な男が顔を覗かせる。
「えー、お姉ちゃん行っちゃうの?」
「ちょっとだけ我慢して、あのお兄さんに遊んでもらっててね。それじゃあ、いってきます」
後に残された2人にアンダーソンはのそのそと近寄る。
「何かして遊ぶか?」
「じゃあ騎士ごっこしよう! 僕が騎士だからおじさんは悪者ね」
アンダーソンの眉がピクリと動く。
「おじさんかあ。おじさんはあのお姉さんより若いんだけどなあ。そんなこと言う悪い子は食べちゃうぞ」
そう言ってエマにじゃれつく。
「騎士の誇りにかけて、悪者は倒す!」
エマは騎士になりきり、己の手を剣に見立ててアンダーソンへ切りかった。
「ただいまー。ってあれ? 寝ちゃった?」
アンナが戻った頃には2人は遊び疲れて眠っていた。
「この通りですね」
「そっか。じゃあこれは朝ごはんだね」
アンナの手にはパンの袋が握られていた。
「アンダーソン君、数時間開けちゃっても大丈夫かな?」
「俺は構いませんけど、何処か行くんですか?」
「アルフまでね。ご家族が心配しているだろうから、無事だけでも知らせたくて」
そういうと身軽な格好に着替えて走って行ってしまった。
翌朝、大人でも片道数時間かかる道のり2時間で走り抜けたアンナは何事もなかったように2人を起こした。
「さあ、朝のうちに出発しましょう。今からならお昼くらいには帰り着けるわよ」
「もうちょっと寝てたいよ」
エマは布団に頭を埋めてもそもそと喋る。
「そんなこと言ってちゃダメよ。騎士は早寝早起きなんだから。エマちゃんは立派でかっこいい騎士になるんでしょ?」
「なるよ! だからもう起きた!」
言うと同時に布団を蹴飛ばしてエマは跳ね起きた。
「それでよし。クリス君もいけるね?」
「はい、大丈夫です」
「じゃあ、アルフ目指してしゅっぱーつ」
道中、アンナは2人から夢の話や村の話、さまざまな話に耳を傾けた。
帰路はアンナがペース配分をし、無闇な寄り道もさせなかったことで予定通り昼過ぎにはアルフに戻ることができた。
「エマ! クリス! なんて無茶をしたんだ! 本当に心配したんだぞ」
エマの両親は2人を強く抱きしめた。
「ごめん……なさい。ごめんなさい」
2人は安心感から大きな声で泣いた。
「アンナさん。昨晩といい今日といい、本当にありがとうございました。2人もお礼を言いなさい」
「「アンナお姉ちゃん、ありがとうございました」」
「いいんだよ。騎士はみんなを守るのがお仕事だからね。エマちゃんも将来、みんなを守ってあげられるような強くてかっこいい騎士になってね。クリス君もお医者さん目指してお勉強頑張ってね」
アンナは2人の頭を軽く撫でた。
「それじゃあ、私はこれで」
アンナは嵐のように去っていった。
アンナが夜の間にアルフまで一往復していたことをエマが知ったのはそれから数年後だった。
迷子の2人だけではなく、それを心配する家族をも救おうとしたアンナの姿勢にエマはとても感動した。
そして、アンナからもらった言葉である「みんなを守ってあげられるような強くてかっこいい騎士」を目指してエマは今日に至る。
(だから、僕だって困っている人のために戦いたいんだ)
今、エマは愛刀を手に、決意を確かめていた。




