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第9話 生贄の儀式

 トワは雨ガッパのフードを深く被り、顔が見えないように(うつむ)いて北の祭壇へ向かった。

 祭壇の近くではジョンが村長と熱心に話をしている。

 少し離れたところにはジェンセンや村人たちがまばらに立っていた。


「待たせたな」

 トワは声を潜めてジェンセンを呼びかける。

「おう」

 ジェンセンは視線を合わせないまま返事をする。

 何かを言いたげな顔だが、我慢しているようだった。


「儀式とは言っても大したことはしない。祭壇に供物……飯や酒やお前さんを並べて村人総出で祈りを捧げる。ジョンが一応取り仕切ることになってるが、そもそも伝承にもない儀式だからな。適当にやって終わりだろう。そうしたらあそこの崖からお前さんに飯や酒と一緒を持ったまま飛び降りてもらう。そういう流れになってる」

 ジェンセンは小声で淡々と説明する。

「わかった」


 ふと、老夫婦がトワの元に近づいてきた。

「ジェシカちゃん、本当にありがとうね。みんな優しいあなたに感謝しているのよ。不死鳥様もきっと喜んでくれるでしょう」

 夫人は穏やかな声でトワに語りかけた。

 目線は合わせられないので、その表情までは(うかが)い知ることができない。


 顔を伏せたままのトワに対して夫人はしゃがんで目を合わせようとする。

 トワは咄嗟(とっさ)にジェンセンの後ろに回って顔を隠す。

「すまねえ。今はちょっと話したくないみたいだ。勘弁してやってくれ」

「そうかそうか。ほれ、もう行くとしよう」

 夫の言葉を受けて、夫人はスッと立ち上がると別の村人の元へ行き、談笑を始めた。


「もはやここまでいくと狂ってやがるな」

 ジェンセンがぽつりとこぼした言葉は強く吹き付ける風にかき消され、村人の間を駆け抜けた。



***



 時を同じくして、クリスは1人ジェンセンの家に残っていた。

 頭を抱えて堂々巡りを続けている。

 トワに生贄になってほしくない。

 これが間違えなくクリスの1番の本音だった。


 アンダーソンに剣を突き刺されて痛みにもがくトワを思い出す。

(そうだよ、不老不死に関係なく痛みは感じるんだ)

 底が見えないほどの高さから落ちたらどれほどの痛みになるか、想像を範疇(はんちゅう)を遥かに超えている。


(でもトワが生贄にならなかったらジェシカちゃんが……)

 出会って間もない少女ではあるが、ひとつの命がここで失われることはなんとしても回避したかった。

 トワは自らの意思で身代わりを志願した。

 それは不死のトワだからこその選択であり、クリスが代わりになることはできない。


(トワはこれで死ねるならそれはそれで問題ないって言ってたけど、本当にそれで良いの?)

 良いのかもしれないし、良くないのかもしれない。

 誰にとって良いのか、誰にとって良くないのか、クリスにはもはや何も判断がつかなかった。

(わからないけどやっぱりここにいるのは違う気がする……)

 まだ間に合うのかそれさえわからない中で、クリスは北の祭壇へと駆け出した。



***



「皆さん、お集まりいただきましてありがとうございます。只今より、不死鳥様へ捧げる生贄の儀式を執り行います。始めに私たちの村、ソネラを代表して村長のグスタフさんよりお言葉を(たまわ)ります」

 ジョンは粛々(しゅくしゅく)と、そして機械的に進行を進める。


「今、この村は未曾有(みぞう)の危機に(さら)されている。このように風雨に晒され、村は今にも水に沈もうとしている。そんな中で、不死鳥様のお力を借りるべく1人の少女が立ち上がってくれた。ジェシカ、みんなに挨拶なさい」


 既に祭壇の前に立ち、崖の先にある深い谷を見つめていたトワは控えめに首を横に振る。

「……まあ良い。彼女の勇気ある行いと不死鳥様からいただいたこれまでの加護に感謝の祈りを捧げよう」

 村長の掛け声とともに参列していた村人は次々に両膝をついて頭を下げた。


 進行を務めるジョンは仕方なく形だけ合わせていたが、ジェンセンたちは既にその場から姿を消していた。

「それではジェシカ、お願いします」

 トワは両手でお供物を持ってゆっくりと崖へ向かう。

 一歩一歩、踏みしめるように。


 あと一歩踏み出せば飛び降りられる位置に到達するとトワは一度足を止めて息を吐く。

 最後の一歩を踏み出そうとしその時、今日一番の突風が吹きすさびトワは思わず数歩後ろへとよろける。

 それに合わせて頭を隠していたフードが取れて、美しい銀の長髪がはためいた。

 それを見た村人たちはジェシカではないことに気が付き一瞬にしてざわめき立つ。


「ジェシカじゃない?」

「おい、あの子は誰だ?」

 ざわめきをかき消すように遥か後方から叫び声が聞こえた。

「ちょっと待った!」

 村人たちは慌ただしく、今度は声の方向へと向き直る。


 声の主はフロウだった。

「貴様一体何者だ! それにお前も! ジェシカではないな!」

 混乱しながらも村長は2人の異質な存在へ怒鳴り散らす。

「あれ? ホントだ。生贄変わってんじゃん。しかも不老不死の子だよ」

 フロウは左手を額に当てて、遠くを見るようにトワを目視する。

「あいつは酒場で会った……やはり只者ではなかったか」

 トワもフロウのことを思い出す。


「まあ何でもいいや。とにかくこの儀式は即刻中止するように!」

 フロウは両手を頭の上で左右に振って解散を指示する。

余所者(よそもの)風情(ふぜい)が何を偉そうに! 早くしないと村が滅んでしまうのだぞ」

 村長は額に青筋を立てながら叫ぶ。


「かもしれないがこの行い、人命を捧げての儀式はランフェイゲンの法に抵触する。よってランフェイゲン国、グレース女王の名の下に儀式の中止を宣告する」

 フロウは淡々と喋っているが、声色は高圧的だった。

「王命だと? そんなもの信じられるか!」

「これがグレース女王の書状です。直ちに儀式を中止しなさい。さもなくば捕縛します」

 フロウの影からリゲルが出てきてた。


「貴様はこの前の余所者……」

「国として調査に乗り出したにもかかわらず、よくも門前払いしてくれましたね。……まあ別に許可など取らずとも調査できたので問題ありませんが」

 リゲルは呆れた顔で呆然とする村長を見下す。


「我々に村を捨てろというのか? お前たちにこの雨をどうにかする術があるのか?」

 村長は食い下がるものの言葉尻からは勢いが失われている。

「ない。そんなものは必要ない」

「ならば儂はこの村と共に沈む。国に殺されてやろう」

 村長はその場にあぐらをかいて座り、反抗の意思を見せる。


「そうではない。既に問題は解決してる」

「何を根拠に」

「1ヶ月も雨に打たれ続けていながら何の変化にも気がつかないんですね。風ですよ」

 リゲルは空でゆっくりと流れる雲を指さす。


「おい、リゲル。俺のセリフを奪うんじゃねえよ」

「誰が言おうと変わらないでしょう。大体フロウさんはいちいち仰々(ぎょうぎょう)しい感じだして回りくどいんですよ」

「言わせておけばてめえ。数日で随分太くなったなあ」

「最初は年上ですし遠慮してましたけど、フロウさんもそういう感じの人なのでこちらもこういう感じでいかせてもらおうかと」


「ちょっと待ってくれ。一体どういうことなんだ」

 話の本筋そっちのけで口論を始めた2人に村長が問いただす。

「昨日の夕方まで、この村には一切風が吹いていなかった。そうだろう?」

 村長は少し考えた後に頷く。

「そして今はかなり強い風が吹き荒れている。これによってこの村にとどまり続けていた雨雲はどこかへ流れていくだろう」


「一体何が原因でそんなことが?」

「そこにいる盗賊もどきたちが落っこちた東の石碑を元通りにしてくれたおかげだ。それによって『祝福』を再び受けられるようになった。つまり1年前の地盤沈下に伴う石碑の落下がきっかけになってここ1ヶ月の異常気象が発生していたわけだ」

 騒ぎを聞きつけ物陰から出てきたジェンセンたちを指差しながらフロウが説明する。


「祝福?」

 トワやジェンセン、多くの村人たちはその言葉の意味に首を傾げた。

「信じられない……」

 村長の口から思わず本音が漏れる。

「俺としてはお前らの行いの方が信じられないけどな。村にどれほどの価値や思い入れがあるかは知らねえけど、他人の命でどうこうしようって発想が気に食わねえ」

 フロウは()き出しの感情を村人たちに浴びせる。


 呆然と立ちすくむ村長、どうすればいいかわからずざわつきだす村人、騒ぎに乗じてトワを安全な場所へ連れ戻すジェンセンたち、祭壇の周りは雑然としていた。

 その時、グワングワン大地が大きく揺れ始め、びゅうびゅうと風が一段と強くなる。

 そして空がより一層暗くなった。

 一同が影の主人を見上げるとそこには巨大な燃え盛る一羽の鳥がいた。

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